20 こだわりの秋の庭
ひとまず、言質は取った。
これで安心して改装を眺めていられるだろう。
全員縁側に座し、見学と相成った。
真ん中であぐらをかく湊の手には風鈴があり、その目前に、小さな山神が伏せている。
全員の正面に広がる庭は現在、クスノキをはじめ、緑の植物しかない。大池に映るそれらは、夏の青さのままだ。
これらが秋色に変わったら、どんな風になるのだろう。
あまり想像がつかなかった。
何しろ昨年は、気がついたら秋が終わっていたという有り様で、秋らしい庭とは無縁だったからだ。
とはいえ、クスノキは常緑樹である。
多少枯れ色になるものの、紅葉はしないからさほど変わり映えはしないだろう。
思っていれば、スフィンクス姿勢の山神がブツブツ言っていた。
「秋はとりわけ移ろいゆく色を楽しむものであろう。一時に、変わってしまうなぞ、情緒もへったくれもない」
あなたがそれを申しますかと、湊は思ったが口にはしなかった。他のモノたちも同様に。
なんとも言い難い空気が流れようと、山神は気にもしない。
「やはりモミジにすべきであろうか」
「紅葉の定番だよね」
湊がつぶやくと、ヒゲをしならせた麒麟も賛同してくれた。
『王道がよろしいのではありませんか。まず失敗しないでしょうし』
それな、とお仲間たちも幾度も頷く。
「なあに、改装して気に入らぬ場合は、変えればいいだけのことぞ」
あっさり言った山神は、実際に変えてみせた。
山側の塀沿いに並ぶ低木が一瞬にして倒れると、ニョキッと地面からコキアが生えてきた。ホウキグサとも称されるそれは、もこもとした真っ赤な草である。
「このように、な」
山神が顎を上下させると、コキアが煙のように消えてしまった。あとには、何事もなかったように元の緑の低木が立っている。
カエンがもどかしげに顎下に握った前足を動かした。
「――麿はまだ、こうもたやすく神域を変えることはできんのじゃ」
「ひたすら繰り返すがよい」
そっけなく助言し、山神は庭に向き直った。
やや上向き、歌うようにつぶやく。
「秋ならば、やはりイチョウよな」
「たしかに。――でも落ち葉が悩ましい問題なんだよね……」
なにせ、掃いても掃いてもキリがないうえ、イチョウの葉も水分を含んでいて重い。防火に優れた素晴らしい木であるが、やはり神社や街路樹といったイメージである。
個人宅はいかがなものかと思っていると、山神が素敵なことを言ってくれた。
「なあに、案ずるな。葉は地面に吸収させるゆえ」
「助かります!」
「ついでにあの臭い匂いもない」
「最高だね!」
手放しで喜びをあらわにすると、他の連中も微笑みを浮かべた。
「うむ。ならば、まず黄葉を楽しむことにしよう」
まず、というのならば頻繁に変えるつもりか、と思う湊の見つめる先で、最初に渡り廊下が震えた。
クスノキの部屋へとまっすぐ延びる床板の両側の水面から、いくつもの木の先端がお目見えした。
「水中に木が生えるって……」
湊が呆れる間も伸び続け、でんとイチョウの木が立った。
等間隔に並ぶそれらは、イチョウの並木道といった様相である。樹冠が屋根の代わりを果たしてくれそうだ。
「まだ色づいていないけど、いいね」
イチョウの葉は緑だ。
若々しさを感じるその色と独特な葉の形を目にすると、かの南部稲荷神社のイチョウを思い出した。
元気にしているだろうか。成長具合も気になるところだ。近いうちに様子を見にいくべきだろう。
そんなことを考えていると、山神がこっくり頷いた。
「うむ、これで日々色の移り変わりを楽しめよう」
「うん、楽しみだよ」
と湊は喜ぶも、山神はイチョウ並木のどんづまり――クスノキを不満そうに見やる。
「ぬしは、まっ黄色にはなりはせぬがな」
ケッ! とばかりにクスノキがてっぺんの枝をしならせた。
こればかりは致し方あるまい。樹種が異なるゆえ。
皆一様に言葉にせずともそう思っているなか、山神はひとり不満げに前足を組み替える。
「なにはともあれ、黄色ぞ。まっ黄色にせねばならぬ」
今回はそこにこだわるようだ。
山神の唸り声が終わる都度、塀沿いの低木の樹種が変わる。
「クロモジもよき……。いや、シロモジも捨てがたい……」
どちらも黄葉の美しさに定評のある低木だ。
しかし気に入らなかったようで、即座に土に戻してしまう。
そして、ハッと鼻先を上げた。
「そうであったわ、イタヤカエデぞ。こやつがよかろう!」
ずばんと四方へ枝を張ったイタヤカエデが立った。
が、山神は双眸を細める。
「いや、こやつは黄から赤くなりおるのであったわ。いまはいらぬ」
ぺっと前足を払って消す。続けて「カツラ、いや、ブナぞ」と木々の選定を繰り返す。
次から次に樹種が変わる庭に、湊はいまさらながら遠い目になった。
「実際、こんなことを植木屋さんに頼んだら、どうなるんだろう」
『おっそろしい値段がかかりますよ。ええ、間違いなく!』
首を伸ばした麒麟が訳知り顔で言ってくる。
「それもそうだけど、そもそも木が傷むからという理由で断られそうだ」
かくして、いろいろ変更したものの、一周回って最初のクロモジに落ちついた。
大池の周りを囲むそれらもいまは緑色である。
樹種は変わってもそこに変化はなくとも、イチョウ並木ができたことでかなり印象が変わった。
とはいえクスノキがひときわ背が高いところは同じで、主木の威厳は保たれたといえるだろう。
鎮座したちびっこ狼の山神は鼻を鳴らした。
「これで、心ゆくまで黄葉を楽しめよう」
秋に備えた庭づくりは終わった。
前回のように大改造をしたわけでもなく、山神の負担もほとんどないようだ。
安心した湊は膝を起こす。
「じゃあ俺、そろそろ護符を書くよ」
「――うむ」
山神は庭を見つめたまま、軽やかに尻尾を振って応えてくれた。




