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11 播磨とクロは似ている?





 ケサランパサランが世に放たれてから一週間ほど経った頃、播磨はあいも変わらず悪霊祓いに励んでいた。

 海にせり出す崖上の廃ホテルである。

 忙しなく鳴き交わす海鳥の声が聞こえる。

 窓がいくつも割れているなら当然だろうと思いつつ、播磨は悪霊を追って長廊下をひた走った。

 肩に黒豹のクロを乗せて。

 廊下を斜めに遮る梯子を頭を下げてくぐる際、クロが跳ぶ。梯子を抜けたら、しゅたっと肩に降り立った。

 その重みでクロの存在を意識する。いることを忘れるほどに、クロは馴染んでいた。


 前をゆく悪霊は、芋虫めいた形状をしている。

 形に似合わず俊敏で、なおかつ巨体だ。

 象ほどのそれが動くたびに身が震え、おぞけが走る。

 さっさと祓うに限る。

 印を結びかけるも、部屋に逃げ込まれた。

 続けて戸口を曲がった時、振り回されたクロがはがれる。片手で胴をつかみつつ、部屋に踏み込んだ。

 床に藤椅子や抜け落ちた天井材が散乱し、乱れ、淀んだなかで、壁画のエメラルドグリーンの海が場違いに明るかった。

 それを背に、悪霊が分裂する。


 一瞬にして鮮やかな緑が禍々しい黒で塗りつぶされた。

 それも無数の小粒な芋虫である。

 波のように動いて、欠けた窓、骨組みだけの天井、戸口へと這っていく。おそらく少しでも生き残るためだろう。


「一匹たりとも、逃がすものか」


 播磨はクロを真上へ放り投げた。

 真言を唱えつつ、ちゃきちゃきと手を組み換える。

 どろりとした粘液と化した悪霊の群れが、爆発。

 その寸前、播磨は落ちてきたクロを受け止め、部屋の外へ退避していた。

 悪霊の残滓が身につくわけでもないが、気分的に浴びたくなかった。


「形がカタチだけにな」

「ギャオ~」


 生理的嫌悪感が半端ない。顔をしかめるクロも同意見のようだ。



 戸口から天井板や埃が噴出するのが収まったあと、播磨は顔を傾けて室内を見た。

 窓辺で外れかかったカーテンがゆれ、壁画も鮮やかさを取り戻している。いまや誰の目も楽しませられなくなったのは、非常に残念だと珍しく感傷的な気持ちになった。

 ともあれ悪霊は、一匹残らず駆逐できていた。

 思う様、霊力を込められるようになったからだ。


 むろん、クロのおかげだ。


 見上げてくる黒い頭をなでると、手のひらに擦りついてきた。

 クロは自ら悪霊を祓うことはしない。仕事中は、常時くっついているだけだ。

 だが、霊力を満たしてくれるため、かつてのように残量を気にする必要はなくなった。


「それだけでじゅうぶんだ」


 クロは率先して悪霊を祓う、式神とは違うのだから。

 播磨は長廊下を戻りつつ、つくづく思う。

 悪霊祓いは終わりのないイタチごっこのようだと。霊力の心配はなくなったが、神経が休まることはない。

 ゆえに、意識して休まねばならない。


「おーい、終わったかー?」


 螺旋階段の下から声を掛けてきたのは、葛木である。

 パナマ帽を引き上げ、見上げる中年の男は和装に身を包んでいる。足元は革靴という、相変わらずの和洋折衷な出で立ちであった。

 そんな葛木は階下を担当していた。


「はい、すみずみまで」


 階段を下りながら腕時計を見ると、正午だ。時間を意識したら、自ずと空腹を感じた。


「よし。なら、飯食いにいくか」


 葛木の提案に否やなどあろうはずもない。返事をしかけたら、ギャオ! とクロが勇んで鳴いたのであった。




 待機していた車で移動し、着いたのは繁華街である。

 かの方丈山が遠くにうっすら望めるが、さすがにクロが反応することはない。

 他に気になる対象がいるからだろう。

 クロはいま、店の脇で葛木の式神――ペンギンと対峙している。

 白い腹に『二号』と書かれたこの飛べない鳥は、ぬいぐるみなのだが、まるで生きているかのように動く。

 ヒレ状の翼(フリッパー)をばたつかせるその後ろで、葛木がにこにこ笑っている。


「さあて、仲よくできるかな~?」


 葛木は式神に甘い。

 クロが気になる式神が懐で暴れたゆえに店に入る前に、少しだけ遊ばせてやろうと言い出したのだ。

 幸いなことにランチタイムは終わっているため、あまり人通りはない。

 そこは気にせずともよかろうが、クロはやんちゃである。

 楠木邸に預けて以来、だいぶ大人しくなってくれたとはいえ、式神に対してどういう態度をとるのか予想もつかない。


 播磨がクロの後方で目を光らせていると、クロはペンギンの周囲を回り、嗅ぎ出した。

 腹が気になるようで、執拗に鼻を押しつけている。

 その間、当のペンギンが大人しくしているはずもなく。クロをくちばしでつついたり、フリッパーでぺちぺち叩いたり、さかんにじゃれついている。

 しかし、クロは一切反撃をしない。


 わかっているようだ。

 山神からいただいた己のぬいぐるみとは違い、一撃でも繰り出そうものなら、ペンギンの身を容易に引き裂けることを。

 クロはまだ幼獣でも、その力はすでに一般的な豹の成獣を凌駕している。


「相当なやんちゃボウズだと聞いていたが、賢そうじゃねぇの」


 葛木が感心したようにいった。


「――毎朝、やったらダメなことを逐一伝えています」

「そりゃあまた、教育熱心だねぇ」


 目を丸くして、笑われた。

 面倒といえば面倒だが、そうしなければ、クロを外に連れていくことなどできない。

 とはいえ言い含めれば、クロも理解してくれる。

 楠木湊のいった通り、言葉で伝えれば伝わるのだ。


「それにしても、このコ、お前さんと似ているな」


 葛木の唐突な発言に、播磨は目が点になった。


「――どのあたりがでしょうか」

「見た目だよ。いつも黒系のスーツを着ているだろ」


 播磨が半目になると、葛木は目尻に皺を刻んで笑う。


「冗談だって。あれだよ、妙に綺麗好きなとことか」


 二人がそろって見れば、クロは顔を洗っていた。

 せっせと励むその背にペンギンが蹴りを入れているが、どこ吹く風である。

 いや、違う。

 平静を保とうとしていた。ペンギンに手を出しそうになるのを我慢している。

 播磨がやや感動している間も、葛木は続ける。


「あと、興味のないものには、一切関心を示さないとことか」


 播磨が無言でいると、葛木は大通りの方を親指で示した。


「あとは、さっきここにつく前に、このコ、めんどくさそうにしながらも、人に憑いた生霊の執着を祓っていただろう」


 目ざとい。

 ほんのわずかな時間でそれだけのことを見抜く葛木という男が時折、空恐ろしくなる。

 なお、生霊は悪霊と異なり、扱いが厄介だ。

 悪霊と同じように祓おうものなら、肉体も死んでしまうため、術者でも手こずる者が多いが、神の武器――神器たるクロにはたやすいことだ。

 執着のみ消すことができる。


「なんだかんだいいながら、放っておけないところとか、お前さんにそっくりだと思ってな」


 快活に笑うその懐がもぞもぞと動いた。ほかの式神もクロが気になるのだろう。


「どうした。お前さんたちも、あのボウズと遊びたいのか?」

「葛木さん、クロはオスではありませんよ」

「なんだ、女の子だったのか」

「いえ、どちらでもありません」

「なら、うちと一緒じゃねぇか。ほら、一号、五号、お仲間だぞ~」


 と、葛木が屈んでクロに近づいた直後、二人の男子高校生が路地を駆けてきた。


「だから、これはオレのだっていってんだろ!」

「違う、俺のだって! 返せよっ」


 と言い争いながら、ブレザーが後ろから学ランの肩をつかみ、むりやり引き止める。学ランが振り返りざま、拳を握った。

 殴ろうとするなど穏やかではない。

 素早く近づいた播磨は学生の腕を握って止めた。

 勢いを殺され、学ランが体勢を崩す。はずみで反対の手が開いた途端、淡い光が放たれた。

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