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10 お楽しみの浜焼き







 釣った魚は、美味しくいただかねばならぬ。

 むろん、浜焼きである。

 ということで、砂浜に場所を移した。


 いまだ残照で明るい空のもと、寄せては返す波の音に、焚き火の音が重なる。

 赤々と燃えるその前に、忽然と現れた山神が座していた。

 火は鋳物のコンロの下にある。むろん、鍛冶の神のお手製だ。形はやや歪でも、焼くのになんら支障はない。

 そこからもうもうと上がる白煙に混じる魚介類の香りに、食欲を刺激された。当然ながらそれは湊だけでなく、他のモノも同様である。

 薪をくべるカエンも、鉄板の上にウツギがちょいと潜って取ってきたサザエを並べるセリ、トリカ、ウツギも鼻をひくつかせた。


「とれたての海の幸をその場で食べるって贅沢だよね」


 湊の言葉に、一様に頷く。

 魚介類は、焼くだけではなく鉄鍋でぐつぐつ煮られている。

 味噌と合わさって、いい味を出してくれているだろう。

 けれどもやはり、自ら釣った魚は刺身でいただきたいものである。


 クエをさばく湊の手にある刃物は、厚さも幅もまばらだ。

 これまたカエンお手製なのだが、はじめての作らしく、出来はまだまだだという。

 しかしながらクエの背骨に添わせた刃は、さして力を入れずとも、魚肉を切り裂いた。


「すごい切れ味だね。指を落とさないようにしないと」

「心配は無用じゃ。汝には傷一つつけられんようにしたのじゃ」


 振り返ったカエンが自慢げに言った。

 ありがとうとお礼を述べつつ、湊は好奇心から刃に軽く指をあててみた。


「本当だ、薄皮すら切れない。神様のつくるモノって、やっぱり普通じゃないんだね……」


 あらためて感嘆しつつ、手早く切り身へと変えていった。




 かくして、夕飯がはじまった。

 一同がついた岩のテーブルに並ぶのは、刺身、魚の塩焼き、山神が持参してきてくれたきのこのバター炒めなどなど。

 調味料はあれこれ持ってきてはいなかったため、味付けはごくシンプルである。

 むしろ素材を楽しむならそちらの方がいいだろう。

 いっただきま~すと元気よく唱和した眷属たちは、無言でむさぼり食い出した。


「こ、この魚、舌の上でとろけおる……!」


 山神はクエの刺身に震えている。


「お気に召したようでなにより」


 と言いながら、湊は己が手を見た。

 木製の箸に、皿。眼前の木のコップには、なみなみと新鮮な水が入っている。

 調理器具などもすべてカエンのお手製である。

 自らここに担いできた物など何もない。


 それだけではない。

 うまいうまいとはしゃぐ眷属たちの後方には、ログハウスがある。今夜の寝床だとトリカに紹介されたそこは、真新しい木の香りがして、心地よく眠れそうなベッドまであった。

 まさに至れり尽くせり。

 さらに、ウツギがにこやかに言った。


「湊、ここから少し下りたところに野湯もつくったから、ご飯食べたら入りに行こうね~」


 うんと頷きながらも湊は思った。これでは、平地にいる時と変わらないなと。

 キャンプとは、不便さをも楽しむものではなかっただろうか。

 しかしながら、すべては山神一家の心遣いである。文句などいえるはずもない。


「野湯も楽しみだよ。――ところでたぬ蔵さん、いつからそこにいるの」


 いつの間にか、セリとトリカの間にタヌキがいた。

 もぐもぐと焼き魚を咀嚼しつつ、にんまりと笑った。


「数分前からいたぞ。わが妖気に気づけんとは、おぬしもまだまだだな」


 小癪な古狸である。とはいえ、酒瓶を持参しているのはいい心掛けであろう。


「はいはい。ところで、いつも気になってたんだけど、お酒はどうやって手に入れてるの?」

「助けてやった人間に礼としてもらうことが多いな」

「助けるって?」

「道に迷った時や、人生相談だな」

「人生相談をされるの? 妖怪が認識できる人に?」

「いえ、祠に向かって悩み事を打ち明ける者が結構いるんです。その者らのことです」


 セリの補足に驚いた。

 しかし思えば、十和田記者もなんの迷いもなく祠に話しかけていたし、ウツギも祠周辺の草を求める者もいると言っていた。

 もしかすると、祠に向かって悩み事を打ち明けるとアドバイスをもらえるとか、周囲の草に霊験があるとか噂になっているのかもしれない。


「――なんかあれだね、山神さんは大人気だね」

「だな。ただ何かしらの反応を返しているのは、ほぼ妖怪なんだがな」


 そう言ったトリカはやや気の毒そうだ。

 誰しも山の神に救いを求め、祠に祈っているであろうに、聞き届けた相手が妖怪だったと知ったらどう感じるのだろうか。


「正体なぞなんでもよかろうて。その者が気づきを得、かつ気持ちが上向いたのならば、な」


 サザエのつぼ焼きを舐める山神は、ちっとも気にしていないようだ。


「なのじゃ」


 焼いたタコをかじるカエンも、同意見らしい。

 二神のいう通りだろう。悩みが晴れたのなら、誰のおかげなどさしたる問題ではあるまい。


「それもそうだね」


 納得した湊は、鍋の蓋を開けた。


 一挙に広がった味噌の香りに、たぬ蔵が眼を輝かせる。


「うひょ〜、馳走ではないか!」


 踊りながら、腹鼓も打った。にぎやかな狸ばやしに、笑いが起こる。

 微笑んだまま湊が見上げた空には、天の川が輝いていた。


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