9 大魚を狙え
とはいえ、忙しないのは疲れる。
疑似餌がいいか生き餌がいいかと問われ、迷いなく生き餌を選んだ。
ピーヒョロロロロ。
トンビが旋回するもと、湊、カエン、セリ、トリカ、ウツギは並んで糸を垂らした。
むろんそれぞれの身に合った釣り竿である。ご丁寧にリールまでついている。
「この釣り竿すごいね。見た目だけじゃなくて、自分の一部みたいに扱いやすい」
「いいでしょ。山神がつくったんだよ~」
ウツギが笑って竿をぶんぶんと上下させる。
いまいち釣りが、なんたるかわかっていないようである。
ともかく山神は、先日ノートパソコンにかじりついていたのだが、その時に調べてつくってくれたようだ。
おかげでクーラーボックスだの、タモだの、釣り椅子だの一式そろっている。
そんな素晴らしき逸品の一つである釣り竿なのだが、残念ながら開始からある程度時間が経っても魚は釣れなかった。
けれども潮風に吹かれ、ただ波の音を聴く。それだけでいいのではないかという気にもなってくる。
湊はよくとも、他の面子はそうではないようだ。
早くも退屈モードになっていた。
「全然釣れないよ〜。まだー?」
ウツギのように、さかんに竿を振っていては、魚も食いつくまい。
「ウツギ、待つのです。ただひたすら待つのです」
セリのように釣り糸がたわんでいるのなら、餌は底についているだろう。タコなら釣れるかもしれないけれども。
「きた!」
ビュンとトリカが勢いよく竿を立てた。海上ではねる釣り針には、生き餌が完全な状態でついている。
「おかしいな。食いついたと思ったんだが……」
反応が早すぎる。かすかなアタリがあるたびに竿を立てていたら、かかるものもかかるまい。
いろいろ思いはすれど、湊は基本的なことを伝えたあとは、何も注意はしなかった。経験者ぶるのは気が引ける。そのうえ湊が釣りをしていたのは幼い頃のため、知識も曖昧だ。
ただ、楽しめばいいだろう。
そう思いながら、隣を見た。
海に突き出た岩礁の上に、エゾモモンガが鎮座している。その身に合う釣り竿は、おもちゃにしか見えない。
しかし、糸は太い。大物を狙う気まんまんだ。
そしてその佇まいたるや、プロの釣り師のごとし。
瞼を閉じ、前足に伝わる感覚だけを頼りに、魚を待っていた。
ピクリ。
竿の先端がわずかに上下すると、カッと双眸が開かれた。
「魚のやつめ、ちょびっとずつ食うておるのじゃ……!」
突如、竿が大きくしなった。
「おお! 全部食らいおったのじゃ!」
むりくりリールを回すカエンは、やはり初心者であった。
「あ、無理やり寄せたらダメだよっ。魚を走らせて!」
カエンがキョトンとなった。
「魚には足があるのか?」
「いや、そうじゃなくて、泳がせて!」
「わかったのじゃ」
ジジジジ〜。ドラグ音がやまない。
沖へ向かってどんどん糸が出ていく。ミニリールに巻かれた糸が一向に減らないのは、さすがの山神製である。
「間違いなく大物じゃ!」
カエンが喜びの声をあげるも、湊は真顔になった。
「もしかして、モササウルスじゃ……」
「湊、違いますよ。アレはこちらの海域にはきません」
セリが教えてくれた。
「じゃあ、どんな大物がかかってるんだろう」
「ホホジロザメかな〜?」
ウツギの言葉にぎょっとしたその時、ぷつっと糸が切れた。
反動で後ろにひっくり返ったカエンであったが、すぐさま起き上がり、沖へ向かって吠えた。
「なんでじゃー!」
「残念だったね」
と湊は言ったものの、内心胸をなでおろした。恐るべき外見のモノが釣れたら、扱いに困る。
それから誰の竿にも反応がなくなってしまった。
湊は、おもむろにクーラーボックスから小魚を取り出した。
風でさくさくとぶつ切りにしていると、トリカが不思議そうに訊いてきた。
「湊、魚を切り刻んでどうするんだ」
「海にまくんだよ。そうすれば、魚が寄ってくるかと思ってね」
ほーれとセリとウツギの間にばらまいた。
ほどなくして、セリとウツギの竿にアタリがあった。
「きたー!」
「結構、重いんですね……!」
しばしの格闘後、海面にそれぞれの獲物が浮き上がった。
「やったー! 釣れたー!」
ウツギは釣れた魚を振り回し、セリはしげしげとタコを眺めている間に、トリカがヒットし、続けてカエンにも。
ともに無事、釣れたものの、カエンは中空でぴちぴちと跳ねる魚を睨みつけている。
「小物じゃ」
不満そうだ。とはいえ、魚はカエンの三倍はあろうサイズである。
「じゅうぶんでしょ」
「さっきのやつは、もっともっと大きかったのじゃ」
「逃がした魚はデカいっていうからね。でも、それぐらいの魚の方がおいしいと思うよ」
「そうなのか?」
カエンの魚と同等のサイズだったトリカが訊いてくる。
「うん。魚の種類によるけど、育ちすぎるとあんまりおいしくないよ」
「だが、やはり大物がよいのじゃ。見てみたいのじゃ」
カエンは眼を煌めかせ、沖を見やった。純粋に釣りを楽しみたいならそうだろう。
「まあ、それもそうだね。じゃあ、あれだ。大きくておいしい魚がいいね。――っ!」
ガツンとアタリがあり、竿先が海面につきそうになった。会話しながらもしかと竿を握っていた甲斐はあった。
派手にドラグ音が鳴るなか、ウツギが竿を放り出し、駆け寄ってくる。
「大魚だー! きっと大魚だ!」
わらわらと他の面子も集まってきた。
その最中、湊はひどく焦っていた。
引きは恐ろしく強い。身体ごともっていかれそうだ。糸はある程度出たものの、沖に出ていく様子はない。
磯の下に潜り込んだに違いない。
まずい。
みなの期待値が高まった今、糸が切られでもしたら落胆は半端ないだろう。
ええいままよと、奮闘すること数分。
ようやく観念したその獲物が、海面に現れた。
茶褐色の流線形なボディに、うっすら斜めの縞模様が入っている。体長は余裕で一メートルを超えていた。
「クエだ! 大きくてもすっごいおいしいやつ!」
湊が笑顔になったのは、高級魚として名高い魚だったからだ。
やったー! と眷属たちの歓声が、波が砕ける岩場に響き渡った。
山神よりお知らせ
「コミカライズが更新されておるぞ」




