8 カエン操縦士の腕はピカイチ
ブロロロロ……。鳥型飛行機のプロペラが軽快に回る。
意外にも飛行は順調であった。
風防はないため、乗り組み員たちはむき出しの状態であるが、暴風に晒されてはいない。カエンが防御膜めいたモノを張ってくれていた。
その頼もしき操縦士の後ろに、セリ、トリカ、そして湊が座っている。
が、湊は一人、緊張から身体の力が抜けず、膝の上で両手を握り合わせていた。
なぜなら機体全体からガタガタ、ごとごとと絶えず異音がしているからだ。
心臓に悪すぎる。
いまにも空中分解してしまいそうだ。
戦々恐々としていると、トリカが振り返った。
「湊、そう緊張するな。この乗り物は頑丈だぞ」
「そうですよ。飛行訓練中、何度か墜落しましたがびくともしませんでした。逆に地表の方が抉れてしまいました……」
セリはやや悔しげである。やはり神であるカエンの方が、力が強いゆえだろう。
ともあれ、二体がそういうのなら、あまり緊張しなくてもいいかもしれない。
それにいざとなったら、風を遣えばいい。
どうにかなるはずだ。いや、してみせる。
決意を新たにすると、心に余裕が生まれた。景色を楽しむべきだろう。
厚い雲をつき抜けるたび、島が大きくなっていくのはなかなか見応えがあった。
ところで、ウツギは。
ひとり宙を駆け、飛行機と並走していた。
「空を駆けられるようになったんだね」
「そうだよ~。いっぱい練習したもんね!」
得意げなウツギは、飛行機を追い越し、ぐるりと周囲を回る。
「うえ~い!」と主翼を踏み台に、高く飛んだ。
ギシリと主翼が悲鳴のごとき甲高い音を立てたが、壊れはしない。
飛行機は問題なかったが、蹴った方のウツギが砲弾を喰らったかのように後方へぶっ飛んでしまった。
「うわああああぁぁー……」
回転しながら真っ逆さまに落ちていく。
「なんで、ウツギの方がダメージ喰らっているの!?」
湊が焦る一方、半眼のセリとトリカは辛辣であった。
「調子に乗りすぎたゆえです」
「だな。この飛行機は腐っても神の乗り物だぞ。足蹴にするなど許されるはずがない」
「腐ってはおらんのじゃ」
ムッとした様子で言い返したカエンであるが、心から憤っているようには見えない。
実際その通りのようで、困った顔で弁明する。
「麿がウツギを撃ち落としたのではないのじゃ。神の乗り物とはそういうものなのじゃ」
「勝手に反撃するってこと!?」
「そうです。神がつくりしブツは、自ずと意思をもちますから、気にいらなかったので自らの判断で攻撃したのでしょう。――まことに申し訳ございませんでした。ウツギの代わりにお詫びいたします」
セリに加えてトリカも「すまなかった」と機体をなでている。
やけにのんびりした空気であるが、ウツギはどうなった。
ガバッと湊は機体から頭部を出し、見下ろす。
血の気が引いた。
ウツギの落下地点に大きな魚がいる。
いや、魚ではあるまい。
恐竜と見紛う胴体に、ワニめいた頭部。あれは――。
「モササウルス!?」
はるか遠い昔、海の食物連鎖の頂点に君臨したとされる、魚竜である。
むろん絶滅している。
「なんであんなものがいるの!?」
「つい、調子に乗ったウツギが復活させてしまって――」
とトリカが説明するも湊は耳に入っていなかった。
モササウルスが大口を開け、ウツギを食らわんと待ち構えているのが見えたからだ。びっしりと生えた歯列が光る。
「カエン、助けに行こう! 急いで!」
「合点承知じゃ!」
その言葉が終わらないうちに、機体は神速で急降下をはじめた。
きりもみ回転しつつ、海面へ。
モササウルスがウツギに食らいつく間際、直角に曲がる。
水しぶきが噴き上がるなか、湊は腕を伸ばしてウツギを受け止めた。
ガチンと大口が空ぶる様を見ることもなく、機体は海上スレスレを滑るように逃げる。
ほっと息をついた湊は腕に抱えたウツギを見下ろした。ぐるぐるおめめになって眼を回していた。
✽
かくして一行は、地上に降り立った。
「天降り成功じゃ!」
胸を張るカエンの後ろ足が踏むのは、山の頂――ではなく、ぽかぽか陽気な島の端っこの磯場である。
ゴツゴツの岩礁からは、見渡す限りの大海原が広がっている。波も穏やかで小島や船の影も形もないのは、ややさみしい気もするが、見晴らしがいいともいえよう。
水平線の両端がやや湾曲しているのは外界と同じで、ここが異様な神域であることを忘れそうになる。
カエンの隣に突っ立つ湊は、ぼんやりそう思った。
無言なのは、どっと疲れを感じていたからだ。
まだ何もしていないというのに、ひと冒険したような心地である。
ちらと横を見やった。
「湊、魚いっぱい釣ろうね~!」
はしゃぐのは、ウツギだ。
ピンピンしてらっしゃる。
なんのことはない。今しがたのモササウルスはウツギがつくったという。たとえ食われていたとしても、どうにかなったわけでもなかっただろう。焦る必要はなかったのだ。
「いえ、食われていたら少しまずかったです」
セリがこっそり言い、カエンも続く。
「うむ、あれを復活させるのに麿も手を貸したのじゃ。ゆえにやや危なかったのじゃ」
神たるカエンの力が入っているため、眷属のウツギを消すことも可能らしい。ならば、自らの心配も行動も無駄ではなかったということだ。
「――なら、よかったよ」
気を取り直した湊は、あらためてあたりを歩いてみた。
靴底に伝わってくる岩の硬い感触は、本物と寸分違わない。
「お、潮だまりだ」
潮が引き、岩の窪みに取り残された海水である。
そこに屈んで顔を近づけると、泳いでいた小魚が水しぶきを立て、端へ逃げた。水底にいたカニも潮だまりから逃げ出していった。
「――普通の反応をされてしまった」
妙に感慨深かった。
何しろ、四霊に加護を与えられて以来、魚や甲羅を持つモノたちにまで愛想よくしてもらえるようになったからだ。
湊はその潮だまりに指先を浸してみた。
「生あったかい」
引き上げ、匂いを嗅いだあと指先をこすり合わせる。
「ベタつきもある。うーん、すごい。海水だけじゃなくて生き物や岩も本物みたいだ」
「みたいじゃなくて、本物だぞ」
隣にきたトリカに言われ、湊は瞬く。
「そうなんだ。じゃあ、みんなは海の物もつくれるってこと?」
こういってはなんだが、山のモノは山絡みの物しかつくれないのかと思っていた。
後方にいるセリが苦笑する。
「いえ、我らはまだそこまでできません。これらはえびす神が提供してくれたんです」
「えびす神にこの神域の相談をしたら『うちの鯛が世話になっとるからな!』と海絡みの物を山ほどくれたんだ。ほら、湊は鯛が遊びにきたら、気前よくビールを振る舞うだろう。そのお返しだと言っていたぞ」
トリカが補足してくれた。
何もお返しを期待し、酒を出していたわけではないが、ありがたいことに変わりはない。
「えべっさん、ありがとうございます」
潮だまりへ向かって拝んでいると、ウツギが横からのぞき込んできた。
「だからね、湊、釣れた物は全部食えるよ〜!」
「おお!」
湊は心が躍った。
なにせ、ただ魚もどきを釣って遊ぶだけかと思っていたからだ。食えるとなったら、俄然やる気が出てきた。