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6 怪異を体験したくば方丈山へ





 道なき道を進むと、薄暗い山中に濃い妖気が漂っていた。

 下草のないぽっかり空いたその中心に、三人の男がいる。

 倒木に座す彼らの中央に切り株がある。木の実が山と置かれており、三人はそれをむさぼるように食べていた。


「うまい!」


 と口々に喜びの声をあげながら。

 その光景を目の当たりにした湊は、木立の間で愕然と立ち尽くした。

 湊は息を殺しておらず、ここにくるまでも足音も立てていた。

 なれど、誰もこちらに気づいていない。一人などこちらを向いているにもかかわらずにだ。

 一様に、木の実を食べることに夢中であった。

 しかもそれは、おそらく生である。

 湊は目を凝らし、それらが生で食しても問題のない椎の実(どんぐり)であることを確認し、胸をなでおろした。

 とはいえ大声で笑う三人は異様に高揚しており、相当不気味であった。


「あーあ、ものの見事に妖術に掛かっちゃってるね〜」


 足元のウツギが半笑いで言った。


「妖術で強制的に、どんぐりを食べるように仕向けられているってこと?」

「そうじゃないよ。あの者らには、幻影――別の光景が見えているんだ。たぶん荘厳な御殿にでもいて、豪華な御膳を食べてるんだろうね」

「その通りだ」


 のっそりと横手の茂みから出てきたのは、古狸――たぬ蔵であった。

 その双眸が、ほの明るく灯っている。

 それは湊に化けて、宅配業者を相手にしていた時と同じだ。

 ならば、いま三人組に術を掛けているのはたぬ蔵だということにほかならない。そもそも、あたりに漂う妖気もこの妖怪のモノであるからわかっていた。

 湊は顔をしかめながら、たぬ蔵に尋ねた。


「なんであの人たちを騙してるのかな」


 正面に座したたぬ蔵は、役者のように大仰な仕草で前足を広げた。


「騙すなどと人聞きの悪い。やつがれは、あの者らをおもてなしをしている最中だぞ」

「まあ、山のモノがもてなすとなったら、自然の物を振舞うのは当然かもだけど……。なら、なんでわざわざおもてなしを?」

「あの三人はオカルトが好きなようでな。この山で頻繁に怪異が起きるという噂を聞き、わざわざ遠方から調べに来たらしい。それで、土産にいい酒を持ってきてくれてな」

「たぬ蔵さんに?」

「いんや、祠に」

「それは、山神さんに護ってほしくて、お供えされたのでは?」

「そこは、気にするな」


 自由すぎる。

 しかし実際、山神は酒をあまりたしなまないうえ、妖怪たちの所業を知っていながら放置している。

 ならば、湊がとやかく言うことでもなかろう。

 ともあれ、妖怪たちが起こす怪異は噂になっているようだ。それも広域にわたって。

 おそらくSNSのせいだろう。文明の利器は便利なことこの上ないが、この手の噂も一瞬にして拡散されるから厄介でもある。

 湊が悩ましい顔をしている間も、たぬ蔵は語り続けている。


「それでまあ、その礼として幻影を見せてやっとるわけだが――おい、伏せろ」


 唐突な指示に、湊は反射で屈んだ。

 カシャリ。三人組の一人がこちらへスマホを向け、写真を撮った。

 続けて方向を変えつつスマホを操作し続ける彼的には、御殿を撮っているつもりなのだろう。その面持ちと行動は興奮冷めやらずといったところである。


「実際、カメラには木しか写ってないよね。なんか、気の毒になってきた」

「なにを言っている。大好きな怪異を体験できているのだから、うれしいに決まっているだろう」


 得意げに言ったたぬ蔵は、ふんぞり返った。

 それを見つつ、湊は疑問を覚えた。

 今も濃密な妖気の只中にいるうえ、前回もそうだったが、湊は何も異常を感じていないのだ。


「あのさ、どうして俺にはその妖術は掛からないの?」


 たぬ蔵が苦々しそうな表情を浮かべると、その傍らのウツギが笑った。


「そりゃあ、湊は神と親和性が高いし、なにより神の力をもってるからね!」

「そうじゃ。妖怪より神の方が断然強い。妖術になぞ、引っかかるわけがないのじゃ」


 ふふんとカエンが顎を上げる。バチバチと古狸との間に火花が散った。

 その時、ゲホゲホと三人組の一人がせき込んだ。

 喉が詰まったのだろう。どんぐりオンリーでは、無理もあるまい。

 カエンがその者から、古狸へ視線を流した。


「――たぬ蔵よ、あの人間らに飲み物も与えてやるのじゃ」


 おお、優しい。

 思いはすれど、口には出さなかった。

 湊はウツギと視線を交わし、にんまりと笑い合った。


         ✽


 腹が満たされた三人は、術が解けた。

 まさに()につままれたように山を下っていくのを見届けたあと、一行はさらに山奥へと歩を進めた。

 なぜかたぬ蔵もついてくる。


「その大荷物、さては御山に泊るつもりだな。ならば、今宵は宴会ということだな! もちろん酒はたんと持ってきたのだろうな!?」


 周囲をくるくる駆け回る狸を見て、湊はつい顔がほころんだ。

 この古狸、声と性格は完全におっさんだが、外見と動きは愛らしいのである。


「見た目ってホント大事だよね」


 本音を言うと、ウツギとカエンが呆れた顔になった。


「人間ってちょろいよね。こんなに卑しいのに、ちょっとかわいくて愛嬌があればすーぐ許しちゃうんだから」

「こやつは本当に、どうしようもない毛むくじゃらなのじゃ」


 あしざまに言われようと、たぬ蔵は気にもせず、伸び上がり、ザックの底をスンスン嗅いでいる。


「おお、この香りは……! 酒だな!」

「うん、持ってきたよ。ただ酒は酒でも料理酒だけど」


 前に回り込んできたたぬ蔵は、キリッと無駄にカッコつけたポーズをとった。


「問題ない。酒ならなんでもおいしく呑める」

「あげませ〜ん。それにさっきの三人からもらったんでしょ」


 呆れながら小石をまたいだ時、またも鋭い妖気を感じた。

 それは、林冠の上を移動している。縦に細長く空いた隙間を烏天狗が横切っていくのが見えた。

 じろりと睨まれ、目の上に手をかざした湊は、顔を曇らせた。


「うーん、相変わらず冷たいなぁ」

「気にしないほうがいいよ。烏天狗は誰にでもあんな感じだからね。我らにもそうだよ〜」

「ああ。やつがれにも、そうだぞ」


 ウツギはともかく、当然のように言うたぬ蔵は、この御山に住まう妖怪の総大将ではなかっただろうか。


 空笑いする湊の耳には、絶えず獣の足音が聞こえている。大勢の狸がついてくるからだ。成体から幼体までもれなく、そろっている。しかも妖怪ではなく野生動物だ。

 にもかかわらず、足に触れそうなほどそばにいる。


「狸のこの警戒心の薄さは、いつもどうかと思うんだよね」


 鈍く、そのうえ動きも遅い。ゆえに車に轢かれることも多いのだろう。


「歓迎されとるのよ。よかったな」


 含み笑いをするたぬ蔵だが、なにもこの妖怪のせいではなかろう。野生動物に寄ってこられるのはいつものことだからだ。

 それにしても、数が多い。多すぎる。

 キツネ、イタチ、アナグマまでも加わり、どんどん数も増す。


「うわ!」


 そのうえさらに、木から落ちてきた蛇が足に巻きついてきた。

 とっさに引きはがしそうになったが、思いとどまる。ふともものところで鎌首をもたげ、ちろちろと二枚舌を出すのは、歓迎の証であろうから。


「ど、どうもこんにちは」


 ひきつった笑みで応えつつ、湊は大いなる不安を抱いた。

 今日はここに泊って、眠れるのだろうかと。


「一睡もできなさそうだ……」


 明日のご来光は、血走った目で拝むことになるだろう。

 そのうえ、大変いまさらであるが、神の居場所――神聖な磐座付近に寝泊まりするのもいかがなものかと思わないでもない。

 山神一家は気にしなくとも、他者に見られてこの山はそういうことができる場所だと勘違いされても困る。

 立ち尽くしていると、野生動物の集団の中にあっても、決して埋もれることのない神の眷属テンが見上げてくる。


「湊、今日はこの山じゃなくて、我らの神域で過ごす?」

「ぜひ」


 ウツギの誘いに、即答した。

 いかなる場所なのか知る由もないが、山の神の眷属なのだから、似たような山であろう。

 もしかすると、まったく同じかもしれない。

 想像している最中、ウツギが双眸を弓なりにして笑った。

 どこか悪神めいた禍々しさを感じたのは気のせいだろうか。

 ちょっぴり不安を感じるなか、後ろ足で立ったウツギが虚空に神域への入り口を開いた。


 

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