4 それいけ、ケサランパサラン
途端、ぶわさっと面で吹きつけてきた風圧で髪がなびいた。そのうえ――。
「は、肌がひりひりする……!」
なんという威力だ。
周囲にもさぞかし甚大な光害が出ているに違いない。
「ワ、ワレも眼を開けていられないんだじょっ」
「あだ!」
メノウの悲鳴じみた声がするやいなや、腹部に衝撃が走った。メノウが突っ込んできたようだ。
手探りで抱え込み、背を向けた。
「できたのです!」
ややあって、ツムギの満足げな声があがり、光の圧が消えた。
そろりと首だけでかえりみると、ツムギの足元に砂山めいたモノがあった。
ひょこっと腕の間から顔を出したメノウが、顔を輝かせる。
「本当なんだじょ! ――けどなんか違うんだじょ」
何をおっしゃると湊は思う。
とはいえ、たしかにそれは山神のモノと異なっており、輪郭が曖昧で、全体的にぼやけていた。
「あれかな、練りが足りない感じなのかな」
「その通りなのです。これはまだ完成しておりませんから、こねて練り上げなくてはなりません。あえてそうしたのです。メノウがやりたいと申したからなのです」
「なるほど、ちなみにどんな幸運にするの?」
「もうつけてあるのです。金運向上のみなのです」
「――そうなんだ?」
ツムギが不敵に笑う。
「ええ、うちに参りにくる者たちが願うこと、不動の一位なのです。これにしておけば、間違いないのです」
説得力しかなかった。
湊が空笑いしていると、ツムギは未完成品を前へ押し出した。
「さあメノウ、自らの手で仕上げるのです」
「了解なんだじょ!」
ぴょんと子狐が湊の膝から跳んだ。
ふみふみとメノウが四つの足でこねるたび、その輪郭が明確になっていく。目に見えてわかるからか、メノウも楽しげだ。
一方、その様子をつぶさに観察するツムギは、厳しい声で指示を出す。
「もっと、こねるのです。現段階では、二人にしか金運をもたらすことができないのです」
その内容に湊はひっかかりを覚えた。
「ケサランパサランって、一人用じゃないの?」
「本来はそうなのですが、今回わたくしがつくったガワは一つですから、使いまわすのです」
「――まあ、もったいないしね」
と同意しつつも、あまりよくないような気もした。
それは、一度手に入れた者のもとから、逃げるようなかたちになるのではないだろうか。
おそらく、逃げられた者は必死になって探すだろう。
そんな光景が想像できて、湊は伝えるべきかと迷っていると、それを打ち消すほどの弾んだ声があがった。
「もう少しなんだじょ!」
ぴょんと垂直に跳んだメノウが体重を乗せて踏みつけると、金運の素が小さくなって色も濃くなった。濃縮されたように見えた。
ツムギが満足げに頷く。
「よいのです、メノウ。それで、三十人分になったのです」
「いきなり増えたね!?」
たまげていると、鋭い視線を感じた。
出所は、たくさんの白い毛玉の中心にいるウツギであった。
燃えるような眼で、メノウが転がす素を睨みつけている。
「うちより強力なケサランパサランって、どういうこと!?」
とことん気に入らぬご様子である。
無理もあるまい。ケサランパサランは元来、山の神がつくるモノだ。
つまり、天狐一家がつくっているモノは、ニセモノということ。
山の神の眷属として看過できないのだろう。もとより、負けず嫌いだ。
ウツギはぐるんと首を捻り、寝そべる大狼に吠えた。
「山神! もっと強力な幸運の素つくって!」
「ならぬ。これ以上やらぬ」
すげなくあしらわれたウツギは、ぐぬぬと鼻梁に皺を寄せる。
「いいもん、己でやるもんね!」
ぶちりとヒゲを引き抜き、手に持つケサランパサランにぶっ刺した。
両隣にいるセリとトリカが、はあ~と深いため息をつく。
「致し方ありませんね」
「だな」
諫めるかと思いきや、自らのヒゲを抜き、ウツギが持つケサランパサランに刺した。
追いヒゲである。
繊細な綿毛の中に、太めの白い毛が三本立った。
湊は背中に、冷や汗が流れた。
やや距離があっても、肌に感じるほどの神圧を放っているからだ。
恐るべき力を秘めるケサランパサランができあがってしまった。
伏せた姿勢で前足に顎を乗せる山神へ、視線を送る。
「山神さん、いいの? 大盤振る舞いしすぎでは?」
「構わぬ。千年ぶりゆえ」
まったく動じておらず、あくびをした。
「うん、まあ……。――あれかな、在庫一掃セールみたいなものだと思えばいいのかな」
「おぬし、もっとマシな言い回しは思いつかなんだか」
呆れられてしまった。
いくつもの雲の影が庭を横断していった頃、床を埋めるほどのケサランパサランが完成した。
その中心にいる、三本のチョロ毛が生えた白き毛玉と黒い毛玉は異様に目立つ。
ぽよぽよとぶつかり合う様は、山神と天狐の代理戦争をしているかのようだ。
二神の眷属たちは、至って仲がよいのだけれども。
いまも共同でケサランパサランを敷地外へ放つべく、床の縁に散っている。
後ろ足で立つウツギとメノウが、快活な声をあげた。
「よーし、じゃあ飛ばすよ~!」
「やるんだじょ!」
二つの掛け声を合図に、ケサランパサランが一斉に浮き、飛んだ。
雪が降るではなく、雪が昇るような光景に、見上げた全員が笑顔を浮かべる。
が、あろうことか、ケサランパサランの群れは屋根の位置を越えられず、引き返してきた。
湊のもとへ。
「なんで!? うわあ!」
瞬時に埋まってしまった。
「あー、湊引き寄せ体質だから……」
ウツギが同情的な声を出すや、一様に形容しがたい空気を放った。
その時、大池の端が七色に光る。
ぞろぞろと水面に顔を出したのは、四霊であった。
みなへべれけなのだが、湊がケサランパサランに包まれている状態を目の当たりにし、すぐさま状況を把握した。
『貴殿方、ご覧なさい。わたくしめたちの加護の威力を!』
『うむ、まったくもって衰えとらんぞい』
『然り。朕の加護がいっとう力を発揮しておるわ』
『応龍よ、しかとかの左肩を見てから申せ。余の足跡がひときわ輝いているではないか』
麒麟と霊亀は満足げで、応龍と鳳凰は言い合っている。
その声がいやでも聞こえてしまい、湊はふわふわなケサランパサランに囲まれながら震えた。
もうこれ以上の幸運はいらぬ。
心の底から思った時、上空に風の精の気配を感じた。
それも無数に。
ならば――。
「お気持ちだけで結構です!」
きっぱりケサランパサランにお断りを申し上げ、全身から風を放つ。一挙に離れた毛玉は、風の精たちが笑顔で受け止めてくれた。
「みんなよろしく」
お手玉にしたり、ヘディングしたり、ドリブルしたり、はては口で吹いたりしつつ、四方へ運んでいく。
「――頑張っている人のもとへ届きますように」
そっと呟いた祈りを乗せた追い風を送ると、屋根の上でもつれていた白と黒の毛玉も宙を舞う。
ちり〜ん。
風鈴の音に後押しされると、ひつじ雲を目指して飛んでいった。




