3 霊験あらたかな隣神勢も参戦
「ただ漠然と幸運を授けるわけじゃなくて、山神さんが決めた運を与えるってことなんだね」
「左様。人間が願うことが叶う代物ではないのが、ミソである」
ちょいといじわるのような気がしないでもないが、気まぐれな神の施しなぞ、そんなものだろう。
「ああ、だからケサランパサランは、幸運をもたらすみたいな漠然としたことしか言い伝えられていないのか」
と湊は妙に納得してしまった。
「山の神によって異なるうえ、情報が錯綜したのではないか」
「そうかもね。それに滅多に現れないならなおさらだよね」
「そうさな。他の山の神らも数年越しであったり、数百年ごとであったり、我と同じく気が向いたらであったりとまちまちゆえ」
話しながら塊の切断作業に勤しんでいた山神であるが、床に珠を散りばめつつ、眉を寄せた。
「さて、次はいかなる幸運にしたものか……」
なんともうネタが尽きたかと、湊は声に出さずとも、思いっきり顔に出してしまい、ジロリと一瞥された。
「その昔は、五穀豊穣のみでよかったゆえ」
「――まあ、千年も前なら、それが人々のもっとも叶えてほしい願いだったろうからね」
「左様、あの時代の人間らはよう飢えとったわ。悲惨ぞ。空腹が極まるとあやつらは共食いをはじめ――」
「山の神、それ以上はお控えくださいなのです」
ツムギにキツイ口調で遮られると、山神は存外素直に言葉を止めた。そして気分を変えるように、明るい口調で言う。
「昨今の人間らは自ら作物をつくる方が珍しかろう。ならば、豊穣なぞ喜ぶまい」
山神は作業の手を止め、真正面から見つめてきた。
「おぬしに問おう。人間が神に叶えてほしい願いとはなんぞ」
「俺に訊くの!?」
意表を突かれ、湊はつい背筋が伸びた。反動でころりと転がった子狐が、よじよじと膝の間に戻ってくる。ごめんごめんと迎え入れるなか、山神は言葉を続けた。
「むろん。ここにおる人間はおぬしのみゆえ。ちと、否、だいぶ一般的とはいいがたいが、参考にはなろう」
どんな顔をしたらいいかわからなかった。
ともあれ、責任重大である。
――人が神に希うこととはなんだ。
腕組した湊はしばし悩んだ末、腕を解いて口を開いた。
「死ぬまで健康でいたい、かな?」
「人間、身体が資本ですからね」
セリがうんうんと頷き、賛同してくれた。
一方、ウツギとトリカは違った。
「けどさ、健康な人間だった場合、そのありがたみがわかってないことが多いよね。たとえケサランパサランによって健康が維持されたとしても、気づかないんじゃないの?」
「だな。ケサランパサランは、幸運をもたらしてくれるモノだと、ほとんどの者は信じているのだろう。ならば、わかりやすい幸いにした方がいいのではないか?」
ごもっともであろう。
湊は脳をフル回転させる。
「じゃ、じゃあ、えーとね……。まずは除災招福、金運向上でしょ。それから心願成就に、恋愛成就、厄除け、安産……。あ、あと商売繁盛!」
「それらは、たいがい神社で謳っているご利益なのです」
ツムギが呆れ顔で言った。しかし湊は動じない。
「そうだよ。だってみんなそれを目当てに神社へいくんだから、それらにしておけば間違いないってことでしょ」
「――うむ、それも道理よな」
ならば、と山神は眼光を鋭くした。
「ぬしは、除災招福。ぬしは金運向上。それからぬしは――」
と湊が話した順に、御言葉を珠に与えていったのであった。
かくして、床に色とりどりの珠が転がることとなった。
主張し合うようにそれぞれが光を強めたり弱めたりする様は、まさに光の洪水で、湊は両手で目元を隠すしかなかった。
「目がチカチカする……」
「この明るさは、人間の湊にはやや辛いでしょうね」
セリの同情的な声に、指の隙間から薄目でのぞくと、せっせと作業に励んでいた。
まずパカリと毛玉の核を開く。次に赤い珠をひとつかみし、ひっぱった。びろ〜んと引く糸をちぎり、ぎゅぎゅっと毛玉の核に詰める。
「これは、除災招福のみでいいでしょう」
毛玉の核を閉じるその横で、トリカは青い珠から少し千切った。
「こっちは、半分は金運向上にして、もう半分は――恋愛成就でいいだろう」
黄色い珠からつまみ取り、詰め込んだ。
「幸運は一つだけにしないんだね」
湊がつぶやくと、毛玉を開きつつウツギが笑った。
「そうだよ〜。いろんなパターンがあった方が面白いでしょ。我もいっぱい詰めるんだ〜」
ウツギは黒、白、緑といくつもの珠から少しずつ取り、詰め込む。その間も愉快げに語った。
「人間はさぁ、いろんな物をちょっとずつ食べたがるから、こういうのも好きでしょ」
「よくご存じで」
「もちろん知ってるよ〜。うちにきたおなごが弁当をシェアしてるのをよく見るからね!」
セリとトリカ、はては山神まで頷いた。
いつでもどこからでも、神の類いは見ているぞと言わんばかりである。それを証明するように、眷属たち――とりわけウツギが、流暢に横文字を話すことが多くなったようにも感じる。
山神のたどたどしさは変わらないのだけれども。
ともあれ、ひと仕事終えた山神は、クスノキに寄りかかってくつろいでおり、その周囲で三体の眷属が作業をしている。その風景は、粘土遊びをしているようにしか見えない。
そう思ったのは、湊だけではないようで――。
胴震いしたメノウがその身についた毛玉を落とし、ツムギに駆け寄った。
「御姉様、ワレもアレをつくってみたいんだじょ!」
「そう言い出すだろうと思っていたのです……。まったくしょうのない子なのです」
ツムギは深く息をついたあと、ギラリと双眸を光らせた。背後にメラメラと炎の幻影が燃え上がる。
「よいですか、メノウ。やるとなったら、とことんやるのです! 我が神の威信にかけて!」
吠えるような宣言に、ビシッと万歳したメノウが応える。
「わが主の名にかけて!」
なんの怪しい集まりなんだと思う湊だったが、別の疑問もわいた。
ツムギはなぜ、天狐を〝我が神〟と呼ぶのだろうかと。
メノウも他の眷属もことごとく〝主〟呼びであったというのに。
とはいえ山神の眷属なぞ〝山神〟呼びである。
神によって異なるのかもしれない。
そんな考え事をする湊をよそに、ツムギはメノウに言った。
「では、少し待つのです」
だしぬけに後ろ足で首元を搔きむしった。もそりと黒い毛の束が床に落ち、それを丸めて掲げる。
「いっちょあがりなのです。ガワができたのです」
その毛玉は、山神がこしらえたケサランパサランと寸分違わない。ただ色が異なるだけだ。
メノウが眼を輝かせた。
「御姉様の色なんだじょ!」
「当然なのです。わたくしの身を削ってこしらえたのですから」
「ツムギ、問題ないの?」
つい口を挟むと、ツムギはニコリと笑う。
「心配ご無用なのです。まったく大したことはないのです」
その身を艶めかせ、わかりやすく元気さを示してくれた。
「さて、次は肝心の中身なのです」
ツムギが湊を見た。
「いまから生み出しますが、湊殿、あなたにはかなりまばゆいと思うのです」
「あ、ハイ」
湊は即座に目元を覆った。
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