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17 神に嫌われる者と好まれる者







 あと五軒ほど店舗を過ぎると、いづも屋に着く。という所まで至った時、前方の路地から、シャー! と猫の威嚇の声が聞こえた。

 それも一匹ではない。数匹分であった。


「なんだろう? 猫同士の喧嘩とは違うような感じだけど」


 時折野良猫の集会に誘われる湊は、猫同士の喧嘩にもそれなりに遭遇するため、鳴き声の高鳴りに違和感を覚えた。

 猫が一丸となって威嚇の声を張り上げるなど、はじめて聞いた。

 湊は小走りで山神を追い越し、鳴き声がこだまする路地をのぞき込んだ。


「うわ、大っきい猫!」


 目を見張る巨猫がいた。

 それも四匹である。

 毛が長いため、ことのほか体格がよく見えた。それもあるが、洋猫であった。

 メインクーン、ブリティッシュショートヘアー、ラグドール、ラガマフィンであろう。もとより大型になる種たちであるが、四匹はその中でも大きい部類に入るに違いない。毛並みもいいのは暗い路地でも見て取れた。


「どう見ても飼い猫だよね。なんでこんな所にいるんだ」


 脱走してきたのかと血相を変えると、若い男の声に助けを求められた。


「そこのいかにも人がよさそうなお兄さん、ちょっと助けて!」


 四匹の巨猫に包囲されている男である。

 細身で、いかにも今時の若者といったナリをし、一見高校生のように見える。

 が、おそらく二、三歳ほど下だろう。

 実家の接客業で培われた年齢診断力は、それなりに自信がある。

 ともあれ、その間も四匹の猫はいまにも飛びかかりそうな体勢で、若者に威嚇を続けている。

 明らかに様子がおかしい。

 たいてい猫は新たな人間が来た場合、逃げ出すものだろう。どころか猫たちは、ますます男を追い詰めている。

 ゆえに若者の方に、やや疑わしい目を向けてしまっても致し方あるまい。こうまで明確に敵だと定められているなら、猫たちによからぬことを仕出かした可能性が高かろう。


「――この猫たちになにかしたんですか?」 

「俺はなにもしてないって! 誓います!」


 余裕がないかと思いきや、若者は直立して胸に手を当て、紳士ぶってみせた。調子のよさそうな人物である。

 しゃー! と一段と猫に声を張られ、若者はビタッと壁に張り付いた。


「ホントになにもしてないから! 俺はただ、いづも屋に行こうとしてるだけなんだって!」

「いづも屋に?」

「そそ。俺の兄貴がそこで働いているからさ」

『私はこの店唯一の従業員です。()のですね』


 いつぞや、ほがらかにそう言った僧侶のごとき店員の顔が浮かんだ。最後に付け足された言葉が非常に気になったのは、さておき。


「鞍馬さんの弟さんですか?」

「そう!」


 明るく答えられた。

 ならば、あまり警戒しなくてもいいだろう。

 湊が路地に踏み込むと、猫が一斉に振り返った。一挙に四匹の猫に殺到され、足元にまとわりつかれた。


「あ、圧がすごい」


 ゴロゴロと喉を鳴らし、脛に身を擦り付けてくる。今しがたまで、般若もかくやのご面相になっていた面々とは思えない変貌ぶりであった。

 とはいえ、こういう事態は湊にとって日常茶飯事である。言わずもがな、麒麟の加護のおかげだ。


「みんな、帰るおうちがあるんだよね?」


 問いかけると、猫たちはニャーニャーと鳴いた。

 こちらの言葉を理解し、返事をしてくれているのかはわからない。

 だが、真摯に語りかけると、いつも意のままに動いてくれる。


「絶対おうちの方、心配してるよ。帰った方がいい」


 声をそろえて鳴いた四匹の巨猫は、名残り惜しげな様子ながらも背を向けた。

 一列になって路地の奥へ歩む途中、鞍馬の弟に牽制するように牙をむいていった。

 湊はやや感心したように、壁に背をつけた鞍馬の弟を見やった。


「よっぽど嫌われてるんですね」

「はっきり言うねぇ、くすのきの宿の守護神サマは」


 なぜその呼称を知っている。

 鞍馬の兄どころか、他者に漏らしたことすらないというのに。


 警戒した湊は、鞍馬の弟からやや距離を取った。

 鞍馬の弟は手についたゴミを叩きながら、おかしそうに笑う。


「そんなに警戒しないでよ。俺さ、退魔師なんだよね。だから、その手の方面に詳しいし、あなたが持ってるバッグも翡翠色に光り輝いてるのも視えてるよ」


 指を差され、湊は己がバッグを見下ろした。


「それはまあいいや。守護神サマ、お願いがあるんだけど!」

「――はあ、なにか?」

「俺と一緒にいづも屋に行ってください!」

「――俺もいまからそこに行くんだよね」


 ぱあっと輝くような笑みを向けてきた。


「あ、そうなの? じゃ、一緒にいこ!」


 手でも取られそうな勢いである。

 それにしても、なぜともに行きたがるのだろうか。

 疑問に思った時、山神が鼻で嗤うのが聞こえた。山神は路地には入ってきておらず、路地口の脇に鎮座している。


「ムダな足掻きよ」


 その台詞の真相は、すぐに知ることとなった。


 いづも屋は通りからやや奥まった場所にある。

 湊は鞍馬の弟と肩を並べ、店舗までの短い道へ曲がろうとした時、鞍馬の弟のみが弾かれた。

 まるで透明な壁に激突したかのように。

 グラリと後方へ倒れかけるも、踏ん張ってこらえた。


「くっそぉ、ダメか……!」


 片頬を押さえる鞍馬の弟も原因がわかっているようで、湊も察した。

 弾かれた時、光の輪が広がったのを見たからだ。

 その現象は、北部稲荷神社の眷属が楠木邸の表門前で、ふっ飛ばされた時と同様であった。


「神様に拒絶されてるんだ……」

「左様。そやつはいづも屋の(ヌシ)に蛇蝎のごとく嫌われておる」


 追いついてきた山神が冷めた口調で教えてくれた。

 鞍馬の弟を見やるその眼つきも冷たく、湊は若干戸惑った。

 もしかして、この人物は神々に嫌われるタイプなのだろうか。

 思っていると、鞍馬の弟が涙目で見てきた。


「守護神サマお願い、俺の兄貴呼んできて!」

「守護神サマ呼びをやめてくれたらいいよ」


 ただでさえその呼称が不相応だと思うし、人前で呼ばれたくはない。

 互いに名乗り合い、落としどころを見つけた。

 鞍馬の弟――鬼七(きしち)は両足をそろえ、敬礼のポーズを取った。


「んじゃあ楠木さん、お願いしま~す!」

「はいはい。じゃあ、鬼七君そこで待っててよ」


 一方、山神はすでに店の前にいる。

 海老茶色の外壁の木造平屋が、両側の大型店舗を隠れ蓑にするように、ひっそりと建っている。紅赤色ののれんの上に掲げられた看板に、いづも屋と書かれてあるからこそ、そこが店なのだとかろうじてわかる。

 注意しなければ、素通りするだろうなといつも思う。

 しかしそれは、常人ならという意味だ。

 神気を感じ取れる者であれば、店が視界に入らずとも通りから察知できるだろう。

 湊は難なく戸口まで達し、看板を見上げる。ひょろりとした字体で、店の名が記されているのはいつも通りだ。


 が、その頭の部分に見慣れないモノがあった。


「ん? 猫の絵なんてあったっけ?」


 看板を新調したのだろうか。

 それにしては、看板そのものの色は変わっていないようだけども。

 変わった部分は、水墨画めいた猫の絵のみだ。

 顔面だけのハチワレ猫である。

 パチリ。突然その大きな眼が瞬きをした。そしてこちらを見下ろし、瞳孔を縦に細めた。

 絵が動いている。


「うわぁ……」


 あ然と見上げると、顔面の下にじんわりと前足が浮き出てきた。おいで、おいでと招くように手招きをしている。


「よかったではないか。歓迎されておるぞ」


 山神が笑い交じりに言った途端、猫の絵は消えてしまった。湊は顎を下げた。


「いまの絵は、いづも屋の神様?」

「左様。あまり表に出たがるタチではないようぞ」

「そうなんだ。じゃあ今日、姿を見せてもらえたのはラッキーだったのかな。猫の絵っていうことは、猫の神様なの?」

「うむ」

「ああ、だから、さっきの洋猫たちを自在に操れるんだね」

「それもあろうが、かの猫らは自主的に動いておるようぞ」

「それはそれは……。知能が高そうだ」


 感心していると、山神がついと顎を上げた。見つめる先を湊も見た。

 神だ。

 先日見た天女のごとき女神が浮遊していた。

 長い衣をひらめかせ、近づいてきたかと思うと、いづも屋の上空で急降下し、店の中に入っていったように見えた。


「――まさかのダイナミックお邪魔します?」

「うむ、神ゆえ」

「自由すぎる。このお店、神様も利用してらっしゃるんだね」

「表の店ではなく、裏の方ぞ。神産物を交換しにきたのであろう」

「あ! じゃあ、ツムギがよく利用するっていう神産物交換所って、ここの猫神様の神域のこと?」

「左様」


 重々しく傾かれた。

 まさか、ここだったとは。興味がわいた。


「交換所ってどういう仕組みになってるの?」

「よその神産物に興味があるゆえ、ほしい。だが、己から探しに行くのも交渉しにいくも面倒な神らが、そこに自家産の神産物を預けておるのよ。ようさんあるその中から、気に入ったブツを選び、持参した神産物と交換できる」

「へぇ。じゃあ神域の中は、スーパーみたいな感じになってるのかな?」


 とても気になり、湊はそわついた。

 山神が横目で見てくる。


「そこは、神産物を持参しておらねば入ることも叶わぬぞ」

「そっか、残念」


潔く諦め、湊は戸口の扉を開けた。


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