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神の庭付き楠木邸・WEB版【アニメ化】  作者: えんじゅ
第9章

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10 人もいろいろなら妖怪もいろいろ





 方丈山は、緑あふれる雄大な山である。

 明るいうちは目印になり、目に安らぎも与えてくれるありがたい山といった風情だ。

 しかしながら太陽が沈む頃から、不気味さ一辺倒となる。

 むろん人ならざるモノが多く住まうからだ。

 たとえ、それらを視ることもできない常人であっても、雰囲気でその存在を感じとれるだろう。


 そんな怪しい妖気を醸し出す妖怪たちが、頻繁に集う場所がある。

 山の中腹にある磐座だ。

 巨岩が積み重なるそこは、山神の居場所――本宅でもある。


 めったにそこへ帰らない山神であるが、今宵は珍しくそこにいた。

 怠惰に伏せるその御身はいつも通り煌々と輝いている。

そのまばゆい光を真正面から受ける妖怪が、数十体いる。

 磐座の下に半円を描いてひしめき、山神を見上げ、我先にと話しかけていた。


「山神様、聞いてたもれ。登山者が言うてたんやけど、町で悪さする妖怪がいるみたいで――」

「ちょいと待ちな! あっしの話が先でさぁ。山の神さん、聞いておくんなせぇ。これはあっしのツレから聞いた話なんですがね。昨日山に来た人間が――」

「ちょっと! わたくしに言わせてくださいませ。山のヌシよ。わたくし、もう我慢できませんわ! うちの旦那がまたよその女に色目を使っていたんですのよ! お願いですから、あのすけこましにひと言ガツンと言ってやってくださいまし!」


 といった具合に、妖怪たちの話題は多岐にわたる。

 町の噂、山の現状、痴話喧嘩、そして新しい入居者のお伺いまで。


「家主~。新しい妖怪(やつ)がここに住みたい言うて来とりますが、いかがいたしますか?」


 山神はそれらに逐一耳を傾けてやらなければならない。

 なにせ、山を御神体とする神――家主なのだから。

 妖怪たちは基本的に夜行性だが、昼日中に行動するモノもそれなりにいる。そのため彼らはひっきりなしに訪れてくる。妖怪らの話す内容は有益なものは少なく、どうでもいい愚痴や世間話ばかりだ。

 ゆえに辟易した山神が、楠木邸に行くとなかなか戻ってこなくなるのは、無理からぬことであった。


 通常なら同時に発せられる何体もの話を聞き分け、指示を出したり、適当に慰めたりする山神であるが、今日は違った。

 絶え間なく、その前足を動かし、白い粘土のようなモノをこねていた。

 昨日からまだまだこの作業を続けていた。妖怪らはそれに目をくれることもなく、話しかけてくる。


「ほう? 左様か。――して?」


 山神は相槌と決まり文句を繰り返し、さくさくとさばいていく。しかしその間も妖怪の数は増え続け、妖怪網の厚みが増していき、いまや行列までできていた。

 それを流し見つつ、山神は思う。


 最近、とみに増えたなと。


 それはやはり、山に大勢の人間がくるようになったゆえであろう。そのことを歓迎するモノと歓迎しないモノがいる。

 なぜなら、近年ここに棲みついたモノの中には、人間がいないからこそ、ここに住まいを移した――逃げてきたモノも少なくないからだ。


 ――なれど、こればかりは致し方あるまい。


 いつまでも、人ならざるモノたちだけの閉じた世界のままではいられないのは、わかっていたことだ。

 人間は、もろく弱いわりにしぶとい。あらゆる地に侵入し、己が存在を刻もうとする。まるでそれが本能のように。


「山の神さんもいやでっしゃろ。人間どもに好き勝手にされるんは!」


 妖怪の中には、人間を厭うモノも少なくない。

 この手の愚痴の場合、山神は適当に流すことにしている。


「そうさな――」


 そのうえいまは、作業に忙しかった。


「ぬぅ、もうちと粘りを強うせねばならぬわ。あの赤子のやつめは、顎の力だけはすでにオトナ顔負けゆえ」


 ブツブツ言いながらこねる大狼を悔しげに見た妖怪は、背を向けた。集団から離れていくその背に数体がついていく。

 その一味を山神は一瞥しただけだ。

 遅かれ早かれ、人間に山の門戸は開かれると覚悟していたのもあり、山神は特別に思うところはない。

 もとより山はただそこにあるだけだ。人間のみを排除しようと思うはずもない。

 とはいえ、いくら山のヌシがそう思っていても、妖怪も同じようにとはいかないものだ。


 よからぬコトを画策するモノらもいた。





 山神のついたため息が山の息吹となった夜半、妖怪のみで集会が開かれていた。

 場所は、山の麓にある朽ちかけた小屋である。

 楠木邸の裏側の斜面にあるため、湊はその存在すら知らないだろう。

 さておき小屋の中は、台風に襲われたあとのように荒れている。

 しかし、穴の開いた屋根から滴った雨だれで波打つ床であろうと、その一部がはがれていようと、妖怪らが気にするはずもない。


 わずかに月光が差し込むそこで車座になった妖怪は、三体。

 人型の巨漢、一本足の一つ目、そして古狸――たぬ蔵。

 にこやかにスルメを食むたぬ蔵と違い、他の二体は不穏な妖気を放ち、酒をかっくらっていた。


『毎日毎日、人間どもがあほみたいに来やがって、うるさいったらねぇよ』

『ああ、その通りだ。儂はここが静かな山だったからこそ選んだってのに、まったく意味がなくなっちまったよお……』

『まぁ、そういうな。悪いことばかりではないだろう。人間らがくるようになったからこそ、いろんな食い物を食えるようになったではないか』


 たぬ蔵は笑顔でスルメを噛みちぎった。その足元には、饅頭や果物、駄菓子もある。

 これらは山で迷った人間を案内したり、いたずらが過ぎる妖怪から助けてやったりして、その礼に己が好物を要求して手に入れた品々だ。

 それらを気前よく振舞ってやっているというのに、巨漢は鬼面のごとき顔をゆがめ、ワンカップを床に叩きつけた。


『たったそれだけじゃねぇか!』

『いや、それだけではない。オマエがいま呑んどるその酒も、人間がくるようになったからこそ手に入るようになった物の一つだ。――しかもそれは、山の神さんに捧げられた物だろうに』


 非難がましい眼を向けようと、巨漢は不遜に鼻を鳴らすだけだ。ぶわっと床の埃が舞い、たぬ蔵は眼と口を閉ざした。

 こそりと饅頭を口に放り込んだ一つ目が、その目を鋭くした。


『かずら橋なんか、あのまま朽ち果てればよかったんだよお。あれさえなければ、人間どもはこなかったんだよお……!』


 現状に不満をもつ妖怪が決まって言う台詞であった。

 そして、その後に続く言葉も同じである。


『あの者さえ、余計なことをしなければよかったんだっ』


 あの者とは、むろんかずら橋の修繕を決行した湊に他ならない。


 湊は、本人が知らぬ所で、一部の妖怪に少しばかり恨まれている。


 いつもならこの山の妖怪らの総大将ともいえるたぬ蔵は、すぐさま湊に手を出すなと警告する。

 しかし今回は、しなかった。

 実際に己の身で知らなければ、理解しないのは人間のみならず妖怪も同様だろうと思ったからだ。

 それもあるが、湊に悪感情を抱くモノの数がやや増えたせいもある。


『よし! なら、あの者をいっちょ懲らしめてやろうぜ!』

『いいね、いいね。やろうよお!』


 二体が意気込むと、小屋の外でも賛同する複数の妖気があった。

 それを知りつつ、たぬ蔵はただ酒を舐める。


『多少の犠牲はやむをえまい。いい教訓となるだろうさ』


 身をもって知ることになるだろう。

 かの者を故意に傷つけるような真似をすれば、山神とその眷属三体、さらに鍛冶の神が容赦なく牙をむくことを。


『見せしめともいうか……』


 つぶやいたたぬ蔵は、おちょこに映る月へ、軽く息をついた。

 破れた屋根にかかる枝葉が不自然にゆれても、眼をやることもなかった。



 山神は狼の姿をしていることから勘違いされがちだが、本体は山そのものである。

 つまり山神の眼は山のどこにでもあり、いつ何時であろうと山で起こる出来事を観察し、把握しているということだ。

 けれどもそのことを山神自身が周囲に告げないうえ、態度で示すこともない。

 ゆえにその事実を心得ている妖怪はほんのひと握りで、大半の妖怪はわかっているようでわかっていないのであった。


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