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23 少しずつ変わりゆく





 湊は竹籠の果実を見やった。はじめての収穫品だというそれらは、どれも大ぶりで立派であった。


「なんでまた急に、果実を育てはじめたのかな?」

「趣味をもとうと思ってね〜」

「なるほど。それで、これらはなんで少し変わってるのかな?」

「よその神産物(かみさんぶつ)と同じではつまらんだろう。我が方丈山ならではのモノにしなければならない」


 トリカがやけに力強く言った。


「そうそう、そんな感じ! それはいいから湊、舌がとろけちゃいそうなうちのジュースを飲んでみてよ〜」


 ウツギがにこやかに言うと、「一気! 一気!」とセリとトリカから手拍子付きのコールがかかった。

 ここで拒否なぞしようものなら、男がすたる。

 湊は、ひっさらうようにグラスをつかんだ。

 ぐいっと一口。瞬時にその味わいに心が震え、ついその口を離した。


「うまい!」


 甘味酸味、ついでに旨味まであった。はじめての味覚体験に満面の笑みが浮かぶ。


「わーい、やった〜!」


 と眷属たちがやんやの喝采にわき、湊は一挙にグラスを空けた。


「乗せられやすいのは、性分よな」


 呆れたようにつぶやいた山神が視線を流した。

 そこには、セリとトリカの間で背を向けたカエンがいる。

 自らの何倍もある鉄板と向き合い、黙々と作業に勤しんでいた。


「――もう少し、もう少しじゃ……」


 両の前足が動くのに合わせ、鉄板の上側と下側で文様を描く赤い炎がゆらめいている。ジュ〜ッと鉄板に並ぶ、輪切りのオレンジが湯気を上げ続けていた。

 カエンはお手製のオーブンで、ドライフルーツづくりに励んでいる真っ最中であった。

 その様子を湊も微笑ましげに眺めた。

 そんなことに神の炎を遣っていいのかとか、そもそもあなた鍛冶の神様でしょうとか。様々な思いが錯綜するも、決して口にはしない。


 なぜならカエンをはじめ、眷属たちは生き生きと作業をしているからだ。


 起きている、もとい存在していること自体に飽きた神や眷属は無気力になって、永き眠りにつく場合も多いという。

 ならば、楽しみ――趣味をもつのはいいことだろう。


「うむ、完成じゃ……!」


 うれしげな声をあげたカエンのもとに、セリたちが集う。それぞれにドライフルーツが手渡され、一斉に匂いを嗅いだ。


「う~ん、爽やかないい香り~!」


 ウツギの賞賛に全員が頷き、そしてセリが音頭を取る。


「それではいただきましょう」


 あーん、と大きく開いた四つの口が、乾燥したオレンジに嚙みついた。

 ――サクッ。

 キラキラリンと四対の眼が光り輝いた。そして声もなく味わったあと、感想を言い合う。


「完全に水分が飛んで歯ごたえ抜群です」

「だな。それでいて味はまったく損なわれていない。むしろ上がっているぞ」

「味が濃縮されたって感じがする~」

「うむ、成功じゃ!」


 だね! と喜び合う生産者と加工者であった。

 味見が済んだら、もちろん次は味にやかましい、というより偏食極まりない山神の試食である。

 山神が前足の間に置かれた小皿を見下ろす。

 あふれそうなほどドライフルーツが盛られているのは、その大口を考慮してのことである。


「うむ、どれどれ」


 顔を傾けた山神が、食らいついた。眼を閉ざしてバリバリと小気味よい音を鳴らし、あっという間に平らげてしまった。


「湊もどうぞ」


 とセリに勧められたものの、礼だけ述べて、固唾を呑んで待機するカエンとウツギと同じように、山神の返答を待った。

 ゆっくり大狼の金眼が開いた。


「――なかなかよいのではないか。もうちといただこうか」


 わー! と歓声をあげた眷属たちは飛び上って喜んだ。それもそうだろう。山神がおかわりまで要求したのだから。


「よかったねぇ」


 笑顔のまま湊もドライフルーツを口へ運ぶ。


「――美味しいな……。これは止まらなくなりそうだ」


 通常の果実は限りなく水分を飛ばしても、カリカリにまでなる種はそうない。しかしこのオレンジは神の実ゆえか、スナック菓子と遜色ない歯ごたえがあった。

 神の実、あなどれぬ。

 と思いながら、湊は縁側を見やった。


 そこでは、四霊がグダグダしていた。

 あたたかな射光を浴びる四つの異なる形態が、さらなる輝きを放っている。

 その一体――頭だけ産毛が残っている鳳凰のまとう真珠色の光度が上がった。


「ん? 鳥さん、どうしたんだろう?」


 その言葉が終わるやいなや、鳳凰を包み込む丸い光がひときわ明るくなった。思わず片手で光を遮ると、山神の低い声が響く。


「いよいよ、真の姿に戻りおったぞ」


 光が収まり、あらわになったのは、きらびやかな羽の生えそろった成鳥であった。

 クジャクに似たその姿をもっと近くで拝みたい。祝いの言葉も送らねばならない。

 と思う湊であったが、


「――あれ? なんか頭が熱いような……」


 ふいに感じた己の異変に戸惑い、上げかけていた腰を下ろした。ところに、ウツギが弾んだ声を発した。


「あ、効果が出たね!」

「や、やっぱりなにか妙な効果をつけてたんだね!?」

「もっちろんだよ〜! ただ美味しいだけじゃ、面白くないでしょ」

「美味しいだけで十分だけど……っ!」


 バサリと突然視界を黒いモノで塞がれ、鼻も口も覆われた。一瞬パニックになって触ると、慣れ親しんだ感触であった。


「なにこれ!? 俺の髪!?」

「そうだよ。一瞬にしてロングヘアーに早変わり〜」


 ウツギが楽しげに言うように、伸びた髪は肩を越えている。

 ぎゃ〜っと髪を引っ張りつつ叫んでしまった。


 湊の悲鳴がほとばしるなか、山神の盛大なるため息で雑誌がめくれる。アコーディオンめいたその隙間に、ちょいと白い前足が差し込まれた。

 パタリと開かれた見開きに写っていたのは、きな粉でおめかししたきび団子。周防庵の看板商品であった。

 ちり〜ん。

 湊に同情的な風鈴の音が鳴り広がるにつれ、大池に水紋が刻まれていく。敷地外の木々も梢をゆらし、順々に御山の木々へと伝わる。青空を散歩中の雲も戯れるように、その面積を広げた。







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