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16 思慮深い子になっておくれ





「あのね――」


 鳳凰を凝視していた目が、ようやくこちらへ向いた。


「キミには視えても、他の人では視えないモノがあるって知ってるよね?」


 途端、少年は水をかけられたように大人しくなる。


「――うん」

「それらを視た時、たとえ言いたくなっても、他の人には言わない方がいいよ」


 少年はうつむいた。

 おそらく身内に散々言われているに違いない。前回、母親がかなりキツイ口調で注意していたことから察しはつく。

 今し方、はしゃいだのは、湊なら己と同じ世界を共有できる仲間だと思い、喜びを抑えきれなかったからだろう。

 いじらしいと思う。

 しかし彼は学ばなければならない。この先、視えない者たちから異常者扱いされないためにも。


 しばし思案した湊は、すこぶる真剣な顔つきになった。


「実はね、ひよこちゃんたち、悪い人に狙われやすいんだよね」


 少年は悪霊が視えるか定かではない。ゆえに理解しやすいよう、人とした。


「えっ⁉」


 弾かれたように面を上げた少年は、驚愕の相を浮かべている。


『ん? いや、いまはそんなことはないが――』

『そうですね。ここ最近はありませんけど――』


 否定する鳳凰と麒麟のことはこの際、後回しにする。

 湊は重々しい口調で続けた。


「なにを隠そうこのひよこちゃんも、一度拐われたことがあるんだ」

「そんなっ、よく無事だったね……!」


 純粋な少年は涙を浮かべ、湊は深刻そうな態度を崩さない。


「本当、危ないとこだったんだよね」


 完全なる噓ではない。相手が人間ではなく悪霊であっただけだ。

 空気を読んだのか、鳳凰と麒麟は口をつぐんでいる。


「だから、大きな声でひよこちゃんのことを呼んだり、他の人にもいるって言ったりしないでほしい。どこで誰に聞かれているかわからないからね」

「わかった……!」

「ひよこちゃんのお友達のことも言わないでくれる?」

「言わない! 絶対言わない!」


 少年は嚙みつくように約束したのち、でもと声を落とした。


「お兄ちゃんには言ってもいい?」

「小さい声でならいいよ」


 そう会う機会もなかろうが、それぐらいならいいだろう。


「ところでキミ、どうして一人なの? お母さんは?」

「お母さんは、お買い物してる。鳥たちが騒いでたから、そっちにいけば、ひよ――お兄ちゃんたちに会えるだろうと思って、ボクだけ追いかけてきたんだよ」

「キミもか……」


 嘆く湊の肩で、


「おはよー!」


 と同類の迷い鳥が鳴いた。

 少年がいま気づいたとばかりに、ヨウムを見て目を丸くする。


「あ、そうだ。この鳥知ってる?」

「ううん、知らない。はじめて見た」

「じゃあ、ゴロウって名前の豆柴を知らないかな」

「知ってるよ!」

「えっ」


 あまり期待せずに訊いてみたのだが、思わぬ吉報に湊も驚きを隠せなかった。


 少年曰く、その犬は彼の母親が買い物中の店の看板犬だという。

 その店までの道すがら、手をつないだ少年が問いかけてくる。


「ねぇ、お兄ちゃんの名前はなんていうの?」

「湊だよ」


 少年が破顔する。


「ボクね、海斗(かいと)っていうんだよ! 似てるね!」

「そうだねぇ」


 音だけでそう判断したのか、ともに海絡みだと理解したうえでの言葉なのか。判然としないが、ぶんぶんと大きく腕を振る少年が上機嫌で、まぁいいかと思っていると大きな声が聞こえた。


「海斗ッ!」


 必死な形相をした女性がこちらへ早足に向かってくる。

 少年の母親だ。途中、湊の姿を認め、心配と安堵のないまぜになった表情を見せた。

 覚えていてくれたらしい。誘拐という不名誉な誤解はされずに済んでホッとした。

 一方、少年は手に力を込め、火が消えたように消沈している。


「海斗! いきなりいなくなったから、あちこち捜したじゃない! なんでなにも言わずに離れたのよ!」


 女性の後方にはベビーカーがある。中には二歳ほどと思しき幼女がおり、少年と面差しが似ていることから、彼の妹なのだと想像がついた。

 そのうえ少年がなぜ、湊もとい鳳凰を追ってきたのかも。

 妹にばかりかまける母親の関心を引きたいがために起こした衝動的な行動だったのだろう。


 湊は無言で少年の背後から脇に手を入れ、持ち上げる。

 さらに文句を言うべく、開きかけていた母親の口が止まった。


「とりあえず、抱きしめてあげてください」


 ただそれだけでいい。

 そうすれば、少年は身をもって知ることができるだろう。

 己がいかに心配されていたのかを、どれだけ愛されているのかを。

 母親は虚をつかれたような顔をした。


「えっ」

「お怒りなのはわかりますが、お願いします」


 ずいっと少年を押し出すと、母親が慌てて抱えた。

 そして、力を込めて抱きしめる。


「もう、心配したんだから……!」


 強張っていた少年が顔を歪ませ、母親にしがみついた。


「お母さん……」


 肩口に埋めたその顔から発せられた言葉はこもっていてよく聞こえなかったが、反省しているのは間違いないだろう。




 親子から離れ、店へと近づけば、玄関脇に伏せていた豆柴が身を起こした。それから戸口へと向かって激しく吠え立てる。


「ゴロウちゃん、ちょっと静かにして! いま警察に電話しているところだから――」


 スマホを耳に当てた店員が出てくるや、湊の肩に乗ったヨウムを見て叫んだ。


「ヨウちゃん! ああ、ヨウちゃんが帰って来た!」

「おはよう、おはよー!」


 両腕を広げる店員へ向かってヨウムが羽ばたいた。




「これにて一件、いや、二件落着だね」


 軽くなった方の肩だけを上下させ、湊は笑う。


『なんとも忙しない一日であったな』


 ため息をつく鳳凰に同意するしかない。


「本当に。こういう感じの日、珍しいよね」

『うむ、いまだかつてなかったことだ。さては麒麟がいるせいか』

『とんでもないことをおっしゃる。鳳凰殿、根拠のない言いがかりはおやめください』


 ぶつくさ文句を垂れる麒麟ともども、湊は歩み出す。


 街角を曲がっていくその姿を見つめる人影が一つ。

 店舗の陰で息を潜めていたその者も、音もなく足を踏み出した。

 



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