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神の庭付き楠木邸・WEB版【アニメ化】  作者: えんじゅ
第5章

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30 麒麟たちのヒミツ




 間近まで迫っていた触手の先端が砕け散り、見る間に胴体まで到達。悪霊が絶叫しながら膨れ上がり、弾け飛んだ。残滓が四方へ飛び散っていく。

 その黒い粒子、一粒たりとも逃さぬ。

 とばかりに、追い風によってすべての残滓が消し尽くされた。


 あっという間、まさに瞬く間に祓われてしまった。

 瘴気も消え失せてあたりは陽光に満ちあふれ、今し方まで悪霊がいたのが信じられない。

 十和田は理解が追いつかず、震えて口は開きっぱなしになっている。


「な、なに、いま、な」


 支離滅裂な言葉をつぶやき、ひとまず深呼吸を繰り返す。回らない頭で必死に考えようとしたら、背中にあたたかな波動を感じた。

 覚えのある四度目の感覚に視界がにじむ。


「や、やまがみさまっ」


 かえりみた瞬間に目を眇め、手をかざした。

 あまりにまばゆい存在が、空中に浮かんでいた。

 白光に包まれた、四肢を持つ獣だ。

 それが放つ濃い気配に畏怖を抱き、総毛立ちながら十和田は指の隙間から必死に目を凝らす。


 その獣は数日前に会った山神の眷属――テンとはまったく違っていた。


 その時も町中で悪霊におののいている最中だった。

 北部方面から弾丸以上のスピードで、金の光に包まれたテンが駆けてきて、そのままの勢いで悪霊のどてっ腹を貫き、祓ってくれた。

 それから後方宙返りで戻ってきて、


『我、山神の眷属! 山神から言付けを預かってきたよ〜』


 と軽い調子でいってのけられたのだった。

 まさかの担当記事のリクエストで目が点になったが、それはさておき。


 目前の獣は全体的に黄みを帯びて、枝分かれした角を有し、鹿に似ているようで似ていない。

 顔は龍のようでもあり、胴体の煌めきは鱗のようだ。

 ひどく変わった容貌をしている。

 けれども、漂ってくる気配は紛れもなく神気だ。

 己に目をかけてくれる神は、北部の御山を御神体とする山神しかいない。


 ――だからこの獣も、山神様が遣わしてくれた眷属に決まってる。


 十和田は感動で身震いしながら、黄色い獣を一心に見上げた。

 獣は言葉を発しない。

 宙に足場があるかのように佇み、たてがみをゆるやかに波打たせ、睥睨してくる。


 ずいぶん硬質な雰囲気で戸惑っていると、その獣が片方の前足を高く挙げた。

 蹄の下が光る。

 その明るさに目を灼かれて瞼を閉ざし、再度開けたらそこに物体があった。


 ――あれは、木彫りか? 亀の形をしているような……。


 そう思った時、


『これをあなたに差し上げます』

「……うッ!」


 十和田は頭を抱えて呻いた。

 脳にじかに声が響き、それに伴って頭が割れそうな痛みを覚えていた。


 地面で軽くのたうつ十和田の足元へ、木彫りが静かに降り立った。

 混乱するその頭に今一度、同じ声が響く。


『山神ど……いえ、山神からの施しです。そちらを肌身離さず持っておけば、悪霊に苦しめられることはないでしょう。ただしこの木彫りが消えるまでですが……』


 歯を食いしばる十和田は何も応えられない。

 耳鳴りがして周囲の音は一切聞こえないにもかかわらず、獣の声だけは明瞭に聞こえていた。

 荒く息をついてると、獣の発する光度が増した。眼球が痛み、頭痛も増して固く目をつぶる。

 だが一拍の間を置き、すべての痛みが消失してしまった。


「――は!?」


 十和田は瞬きを繰り返す。そして、獣の姿が消えているのを目の当たりにした。


「ど、どこにいったんだ……ッ」


 忙しなくあたりを見やるも、その黄色い身も白い光もどこにもない。定まらないその視界に、遠くから近づいてくる親子が映った。


 ――こんな格好を見られるわけにはいかねぇ。


 ふらつきつつ立ち上がった。むろん、片手に木彫りを握りしめて。




 大きなバッグを肩に掛けた十和田が、霊亀を象った木彫りを抱えて歩み去っていく。

 小さくなっていくその姿を、建物の角で縦に並ぶ顔をのぞかせる二人組が見送っていた。

 湊と宗則である。屈んだ湊が上向いた。


「十和田さん、勘違いしてくれたみたいですね」

「ああ、間違いなく」


 しめしめと頷きあった。

 悪霊を祓ったのはむろん湊だった。

 湊が膝を起こす。


「間にあってよかったです」

「そうだね。あの記者の恐れようからかなりのモノだったろうからねぇ」

「でしょうね、たぶん」


 視えない己は幸せだと双方思っている。

 そんな彼らのそば――店舗の庇に黄色い獣――麒麟が降り立った。


「ありがとう、麒麟さん。お疲れさまでした」

『――なんのこれしきのこと。お安い御用です』


 決してそう思っていない気持ちがにじむ声である。

 その声が聞こえる宗則は口角を上げた。麒麟が顔をしかめていると、湊が疑問を口にする。


「途中、十和田さんが苦しんでいたのが、気になったんですけど……」

「ああ、麒麟様に話しかけられたからだよ」


 宗則があっさり答えた。


「え?」

「――知らないんだね。麒麟様たち霊獣は、人の頭に直接声を届けることができるんだよ。でもそれに、慣れていない者がその声を受け取る時、耐えがたいほどの苦痛を伴うんだ」

「俺、一度もそんな風に話しかけられたことがないんです。四霊の誰からも……」


 やや呆然と告げれば、宗則は訳知り顔で語る。


「君に痛みを与えたくないからだろうね」


 湊が振り仰いだら、麒麟は澄ました顔で庇に座っていた。


『そこの者、あまり余計なことを言わないように』


 厳しい声で咎められようと、宗則はただにこやかに笑っている。その面持ちが急に引きしまった。


「ところで翡翠の君、君の木彫りを卸した店を教えてくれないかい」


 一歩、踏み込んでこられ、湊はかすかに上半身を反らした。喉から手が出そうだとは、まさにこの状態をいうのだろうと頭の片隅で思う。


「和雑貨・いづも屋です」

「あそこか!」


 いまにも駆け出さんばかりの宗則を湊は驚きの表情で見やる。


「ご存知なんですね」

「ああ、私はあそこの店の常連だといっていいだろうね。実は、そこに向かいかけていたところだったんだ」

「そうだったんですか」

「ああ。その途中で麒麟様の光に気づいて、ついフラフラ追ってみたら、君がいることにも気づいたんだよ」

「――俺のこともわかるんですか……?」


 疑わしそうな湊を前に、宗則は自信ありげに己が目を指さした。


「私は目がいいものでね。君の両肩と背中についている四霊様の加護の軌跡が視えるんだよ」

「きせき?」

「君が歩いたあとにうっすら残っているんだ。空中に線を引いたように色濃く残っていたからね。君が近くにいるのだろうと思ったら、案の定だった」


 思いもよらぬ情報は衝撃でしかなく、湊は呆けたように告げた。


「なんだか、今日は驚きの連続です」


 宗則の能力もさることながら、麒麟についてもだ。


 麒麟は、神の力を持っているという。

 四神の一角、西方の守護神たる白虎(びゃっこ)の力だ。


 十和田が感じた神気は白虎のモノだ。

 山神の神気とはまったく性質が異なるが、十和田は質の違いがわからなかったため、首尾よく騙されてくれた。

 湊と宗則は、その仕掛けを施す前、白光――白虎の神気に包まれた麒麟から教えてもらっていた。

 湊殿と同じですよと。


 ――あなたが風神殿やアマテラス殿から力を授けられたように、わたくしめも白虎から力を与えられているのです。

 ついでにいえば、霊亀殿は玄武(ゲンブ)殿の、応龍殿は青龍殿の、鳳凰殿は朱雀(スザク)殿の力を持っています。それぞれ量は異なりますが――。


 そう告げた麒麟は、ひどく苦々しそうだった。



 湊は回想しつつ、改めて感心したようにつぶやく。


「麒麟さんは、霊獣でもあり神獣でもあったなんて……」

『違いますよ、湊殿! わたくしめはれっきとしたレ・イ・ジュ・ウ! 断じて神獣ではありません!』


 喚く麒麟はとにかく白虎の力を行使するのを厭うている。


「麒麟様は、霊獣としての矜持が高い方のようだよ」


 困った表情の宗則が湊へ伝えると、麒麟が吠えた。


『当然でしょう! わたくしめは代えのきかない四霊なのですから。だというのに白虎ときたら! 先日わたくしめの旅先に突然現れて「我が授けた力が少なかったばかりに悪霊に捕らわれる羽目になったんだな。すまん、もう少し与えておくわ」だなんていって、一方的にさらに力を与えていったのです! わたくしめは、いらないと昔もこの間もさんざんいったのに!』


 音高く悔しげに地団駄を踏んでいる。その身からうっすら白い光がもれはじめた。

 湊が目を丸くすると、ハッと我に返った麒麟が四肢を前へ後ろへ繰り出し、光を追い払う。

 それらが霧散したのを確認した麒麟は顎を上げ、己が固有の黄みの強い真珠色をまとった。

 気高き霊獣を取り繕う姿に、湊は呆れるしかなかった。


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