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22 播磨家家訓、使えるものは使うべし




 朗らかに笑う葛木を見ながら、播磨は前々から気になっていたことを尋ねた。


「でも、一体も連れていない時もありますよね」

「ああ、たまにそろって親父に会いにいくからな」

「――なんというか、自由ですね」

「面白かわいいだろ。お前さんは式神持たないのか?」

「持ったことありませんね」

「いいもんだぞ、癒やされるし」

「本来の用途からかけ離れているようですが……。――でもそうですね、もし式神を持つなら調伏したモノがいいです」

「あー……」


 不敵に笑う播磨を見やり、葛木は帽子をかぶり直した。


「いまのご時世、強い妖怪なんて滅多にいねぇからなぁ。難しそうだ」


 何も式神は一からつくらずともよい。妖怪を調伏して自らの式神とする方法もある。

 陰陽師たちはその昔、自らの力量を誇示するため、いかに強力な妖怪を調伏して己が式神とするかと躍起になっていたものだ。

 とはいえ、返り討ちにあった者も少なくない。


「そうですね、残念といえば残念です。――いないからこそいいともいえますが」

「ああ、いないに越したことはねぇよ。平和が一番だよな」


 話しながら、二人は部屋をあとにした。

 それから、先回りした式神たちが粘液状の悪霊を根こそぎ食べている所に、邪魔するように現れる形をなした悪霊たちを陰陽師たちが祓っていった。




 そうして最後、最上階の角部屋を残すのみとなった。

 部屋の中央で背中合わせの播磨と葛木を、何体もの悪霊が取り囲んでいた。

 獣型、人型、虫型。いずれも中心の二人を凌ぐ体格を有し、一つとして同じ形はない。まるで悪霊の見本市のようだ。

 飛びかかってきた獣の頭部へ符を叩きつけ、葛木が顔をしかめた。


「しっかしまぁ、よくこれだけの数がここにたむろしたもんだ。――それに、こいつらなんかいやに強くねぇか……」

「そんな気がします。――妙ですね」


 普段通り話す二人に、絶え間なく悪霊が襲いかかる。

 播磨は人型の悪霊をすんででかわし、呪を唱えて九字を切った。半円を描いていた悪霊たちが膨張し、破裂。一気に数が減り、残りは獣型ばかりになった。


 悪霊はその形の性質が色濃く出るため、獣型なら獣のままだといっていい。

 動きが直線的でわかりやすく、狙いやすい。

 ゆえに播磨はつい、間合いに突進してきた悪霊の横っ面を殴りつけてしまった。

 その手の甲に湊が祓いの力を込めて書いた家紋はないうえ、護符も仕込んでいないにもかかわらず。ただの拳――たとえ瓦をあっさり割り砕く威力があろうと、悪霊に毛ほどもダメージを与えられはしない。


 悪霊の急激に伸びた爪が播磨の頬を掠った。

 流れる二条の血を拭いもせず、印を結んで飛び退る悪霊を木っ端微塵にした。

 肩越しに振り向いた葛木の呆れた様子に、バツの悪そうな表情になる。


「つい反射で手が出てしまいまして……」

「変なクセがつくのは、まずいねぇ。耳タコだろうけど、どれだけ素手で殴っても悪霊は祓えんからな」

「――はい、肝に銘じます」

「ま、今日はこれで終わりだからいいだろ」


 その言葉が終わるや、戸口からサメとペンギンが入室してきた。予想通り、その身は盛大に煤をまとってまっくろけになっていた。


「おう、お前さんたち、お疲れさん。でもちょっと待てよ、そのままじゃ俺の懐が汚れ――ちょっ、待てって!」


『我らを労え〜!』と、はしゃいだサメとペンギンが葛木へ殺到し、その身をギュウギュウと押しつけた。

 式神たちは葛木を兄弟――長兄だと思っており、甘えている。生まれた方法は違えど、父を同じくする存在だからだ。

 播磨は黒く汚れていく葛木を眺めつつ、血の付いた頬をハンカチで拭った。




 冴え冴えとした月光を背にした洋館の敷地から、播磨と葛木が出てきた。

 錆びついた音を響かせ、播磨は門を閉ざす。静寂を破らぬよう施錠していると、足音が近づいてきた。


 門は通りに面している。そこを隔て、うっそうとした藪が広がるあたりには、街灯も乏しく足元も危うい。この一帯全体的に同じような景観が続き、不審者や幽霊が出るとの噂もある。

 そのため、この道は最寄りの駅から住宅地への近道であっても、好んで利用する者は少ないのだが――。


 播磨と葛木が目を見交わしたあと、暗がりから人影が現れた。同時、風に乗った酒気も漂ってくる。

 酔っぱらいかと播磨が思っていたら、覚束ない足取りの中年男もこちらに気づいた。

 目を眇めて近寄ってくるや、突然激昂する。


「アンタら、退魔師だな!?」

「いいえ、違いますよ」


 播磨が反射的に否定するも、男は聞く耳を持たない。


「今時、和服着てるやつなんて退魔師ぐらいだろ! ほら、やっぱりそうだ! そこにけったいなもん持ってやがるじゃねぇか!」


 葛木の懐を指差し、後ずさった。

 男の言う通り、不自然に盛り上がったコブが動いている。少しばかり落ちつかない式神を、葛木はさりげなく押さえてなだめる。

 播磨はやむをえず、素性を打ち明けようと口を開いた。


「我々は退魔師ではなく、この洋館に悪霊祓いにきた陰陽――」

「悪霊だと!? そんなもんいるわけねぇだろうが! まだそんな法螺(ほら)吹いてんのか!」


 赤ら顔をさらに赤くして喚く男は、退魔師に恨みがあるらしい。

 実のところ、こういう者はそれなりに多い。退魔師が各地で悪どい商売をするとばっちりを陰陽師が受ける羽目になっている。

 頭の痛い問題だ。警察がいくら取り締まったところで、詐欺まがいの行為を働く者は雨後の筍のように発生する。

 かといって退魔師すべてが悪人でもない。現役の陰陽師でも敵わない葛木の父のような者もいるうえ、時に協力しあうこともある。


 ともあれ中年男は、退魔師の被害者に違いない。

 どうしたものか、と播磨が悩む時間はわずかで済んだ。


「いかがされましたか。こんな夜更けに」


 突如、背後から声をかけられ、播磨の肩がかすかに跳ねた。

 いやでも聞き慣れた女性の声だった。

 常の抑揚の乏しさをかなぐり捨て、やわらかさを孕んだその声色にうっすら寒気を覚えるも、この場を収めるには申し分なかろう。


 播磨がかえりみた時同じくして、酔っぱらいがあんぐりと口を開けた。

 カツコツと硬質な靴音を響かせ、妙齢なる女性が近づいてくる。

 肉感的な姿態を黒のスーツで包み、陶器と見紛う肌が月明かりに負けぬほどの煌めきを放つ。横に払ったぬばたまの黒髪が光を反射する様は、まるで月から降臨した女神のよう。

 播磨の姉、椿(つばき)だった。

 しかも、その背後に親族六名を引き連れている。いずれも若く美形で、さらには全員が黒衣という物々しくかつ静かなる迫力に満ちていた。


 スーパーモデルもかくやの足取りの椿は、酔っぱらいの前で止まった。生気の抜けた弟とにこやかな葛木を手で示す。


「こちらの者たちが、あなたになにか失礼をしましたか?」


 左右対称の人形めいた美貌に笑みを浮かべ、かすかに首をかしげる。たったそれだけで、中年男の顔がさらに火照った。


「い、いや、あの……そのっ」


 今し方までの威勢はどこへやら、椿の容姿と雰囲気に圧倒され、しどろもどろになった。

 けれどもねばつくような視線で、彼女の胸の谷間やらくびれた腰やら細い足首やら、全身を眺め回してもいた。

 チッと播磨一族の後方でひそかな舌打ちがする。


「おい、おっさん、欲望垂れ流しのうす汚ぇ目で見るな。俺の椿さんが汚れるだろうが……!」


 小声で悪態をつくのは、椿の伴侶だ。そんな彼を見やる者は誰一人いなかった。


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