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神の庭付き楠木邸・WEB版【アニメ化】  作者: えんじゅ
第4章

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24 神は軽率に祟るという



 黄金の景色の中、家屋を背に立つカカシと湊が対峙している。その距離、家二軒分。互いに戦闘態勢を取りもせず、突っ立ったままだ。

 緊張感や緊迫感は皆無である。


「では、ワタシからいこう」


 殺意も闘気もないかけ声と同時、カカシが回転した。

 その速度が上がり、風の渦が生じる。その勢いに巻き込まれた数多の稲がカカシの姿を隠していく。

 瞬く間につむじ風が形成されても、家屋はまったく影響を受けていない。


 ――ただの遊び。田の神はその言葉を守り、家内の裏島を巻き込む気は毛頭ないようだ。

 むしろ彼女を守るべく、退場させたのだろう。


 湊にしてもありがたかった。人の枠からはみ出した姿は、極力他者に見られたくない。


 そう考える湊を中心に、翡翠の色を帯びた風が巻いている。至って冷静に自らを防御していた。それなりに守りの風は使いこなしてきており、危なげはない。


 それに、つい先日荒々しいスサノオ(暴風の塊)と一戦交えたこともあり、気負いもなかった。意図せず鍛えられたおかげともいえよう。


 スサノオの面で襲いくる暴風は、厄介極まりなかったが、渦巻き状の風もなかなか手を焼かされそうだ。


 なお湊は、特に意識せずに風を放つと翡翠色を帯びるのだと、自らの目で視認できるようになった。

 むろん風のみならず、祓いの力を込めて書いた字も同様である。こちらはうっすらとだが、日増しに濃く映るようになってきている。


 山神曰く。それらが視えるようになったのは、翡翠の色を実際に目にしたことで、その色が己の色だとしかと認識したゆえだという。

 ならば、それは天狐のおかげであろう。



「ほいほいと」


 気の抜ける声とともに風の渦をまとうカカシが、ゆらめきながら寄ってきた。今やその風の直径は家屋と同等に育っている。

 少しの移動距離で、湊の風とぶつかった。翡翠の風が消失した途端、湊は後ろへ飛び退った。


「おや? すごく脆いね、キミの風」


 湊は応えない。冷静に田の神の力を計っていた。

 決して侮っているわけではないが、目前の神は武神ではない。神威入りの風でなくとも、応戦できるのではないかと試してみた。


 が、結果はご覧の通り。

 いとも容易く消されてしまい、まったく歯が立たないことが証明された。


 ――やはり神に対抗できるのは、神の力だけだ。


 湊の両手――十指の先端が光を放つ。

 どこまでも澄んだその蒼い光は、風神の色――神威をまとった証だ。


「いきますね」


 相手に倣って声をかけざま、腕を振り抜いた。

 蒼い軌跡が走り、風の大刃がつむじ風を二つに斬り裂き、カカシの一本足へ迫った。


 当たる間際、とんとカカシが高く跳躍した。

 湊の黒い頭のはるか上を越え、その背後へ。振り向いた湊が放った二刃目がその着地点を襲う。


「おっと、危ない」


 宙で跳ねたカカシは、またも身軽に避けた。

 地でトントン跳ぶカカシが首をかしげた。


「いやに対処が早い。戦い慣れてるようだね」

「そうでもないですけど……。田の神様と同じく風神様の力に興味を持たれた方に、長時間挑まれました」

「わかる。そりゃあキミに興味持つよ、皆」

「皆……?」

「神らだ」


 我が国の神々はそんなに好戦的な御方ばかりなのか。

 苦い表情を浮かべた湊の視線の先で、カカシが一本足を軸に左右へ大きく振れる。

 やじろべえの動きは、余裕の表れか。


「やはり田の神なのだよ、ワタシは」


 ゆれながらも、世の真理を語るかのように宣った。

 いかんせん、その口調は羽根のごとく軽い。山神とは別の意味で自由な神である。


「はぁ、そうなんですね」


 湊は他に言いようがなかった。

 ピタッとカカシの動きが止まり、直立した。


「ワタシには、風は扱いづらいんだ。だから得意分野で遊ぶことにする」

「得意分野……田んぼですか?」

「そうだ」


 カカシが回る。ゆっくり回転する速度に合わせ、カカシの顔が向いたほうから稲穂が刈られていった。

 驚嘆すべき速さで稲刈りが終わり、野面には根株すら残っていない。

 見渡した湊の眉尻が下がった。


「一気に寂しくなっちゃいましたね」

「ああ。やはり、田は稲穂がある姿がもっともいいよね」

「そうですね。でも、俺は水田風景も好きですけど」


 惰性で回っていたカカシが、湊の正面で静止した。

 表情一つ変わらぬものの気配が尖り、湊は片足を引いた。


「先ほど、とても不愉快な人間がいたんだ」


 カカシのその声調はガラリと変わっていた。

 低音のひび割れた声が響くや、大気がうねり、羊雲も散りゆく。湊の鼓膜をも激しく打った。


 かといって、手で耳を塞ぐわけにもいかぬ。

 固く握られた湊の腕に筋が浮いた。


「――どのような、人間ですか……?」

「田が臭いと喚き、あまつさえ田はなくなればいいとほざく輩だ。吐きそうな悪臭を己の魂から垂れ流しておきながら……!」


 田の神が怒気を発し、その周辺の土埃がいくつも渦巻いて立ち上り、湊はさらに数歩下がった。


 よほど腹に据えかねたのだろう。

 身構えながらも、湊は相槌を打ちかねた。

 人間性に難のある者の魂は悪臭がするのだと、今日、山神とツムギとも話題にしたばかりだ。


 カカシがますます荒ぶり、跳ねるその足元からヒビが四方へ走った。


「よくそんなことが言えたものだよ……! ワタシがいるこの場でね……!」

「――たいていの者は、その場に神様がいらっしゃるか、わからないと思います……」


 なんのフォローにもなりはしないが、いちおう告げた。いなければ、何を言ってもいいわけでもないけれども。

 家屋五軒分は離れた湊へ向かい、カカシはやや上体を反らした。


「ここに田の神(ワタシ)がいるのは、有名なのだよ。地元の者なら知らないはずがない。皆カカシさんと呼び慕ってくれる。この体も奉納(ほうのう)されたモノなんだ」

「――そうだったんですね。存じませんでした」


 湊は声を張った。なにぶん遠い。

 ともあれ、裏島が田の神の御身に驚きもせず、親しみを込めて名を呼んでいたのに合点がいった。

 地元民の彼女なら、あらかじめ田の神の存在を知っていたに違いない。


「無理もない。キミは地元民とほとんど交流しないからね」


 カカシは淡々と言った。

 湊はまったく気づけなかったが、楠木邸のそばに御座すのなら、知っているのは当たり前だ。

 やや鎮まった田の神だったが、またもや荒れた雰囲気を醸し出す。それに呼応し、全域の野面が激しく波打った。


「それで、思ったんだ。そのふざけたヤツを二度と米が食えない身体にしてやろうかと――」


 足場の危うくなった湊は、ちょこちょこ移動しつつ黙って拝聴した。


 その間、かつて雷神から『神は軽率に祟るから気をつけなさいよ』と言われたのを思い出した。

 至って軽い口調であったが顔つきは真剣で、その言葉になんら誇張はないと、否応なしに理解させられたものだ。


 神はやると言ったらやる。


 田の神も本気だったに違いない。他人事ながら湊の顔色は悪くなった。

 それからなぜか、突然、田の神は荒ぶった気を鎮めた。


「――でも、今回は見逃してあげたよ。ワタシが祟る前に、山のモノたちが面白いことをしていたからね」


 愉快げに嗤い、その身をメトロノームよろしくゆらした。

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