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神の庭付き楠木邸・WEB版【アニメ化】  作者: えんじゅ
第4章

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2 お疲れ気味な管理人

明けましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします!




「よし、休憩終わり」


 湊は木彫りを中断して、庭の散策をしていたのであった。

 頭も心もリフレッシュした彼を待ち受けていたのは、座卓に積まれた木材だ。


 竹籠を縁側に置いた湊が座卓につくと、その対面に寝そべる大狼がもぞりと動いた。

 その瞼が緩慢に開き、黄金の眼が湊を捉えた。


「休憩はもう終いか。もっとゆっくりすればよかろうに」

「んー……」


 早くも彫刻刀を握った湊は、生返事を返すだけだ。

 護符のみならず、木彫りにも祓いの力を込めているが、彫刻刀には、まだ意図的に力を流せない。

 神水を用いた墨の時と同じく、滑らかには流せていなかった。


 湊の力は、縛りが多い。媒介を通さなければ、祓う力を付加できない。

 たとえば、素手で砂に字を書いても、その効果は一切つかない。

 今のところ、神水が一番力を通しやすかった。


 彫刻刀には力めば力むほど、無駄に力が流し込まれていた。


「焦ったところで、うまくいくまいよ」


 のっそり寝返りを打った山神がボソリとつぶやく。


「――まぁ、そうなんだけど。またキーホルダーがなくなったみたいで、早くつくらないと……」


 湊は細長い角材を手に取った。

 これは、実家の温泉宿――客室の鍵に付けるキーホルダー用だ。

 少し前、母からメールで依頼されて大量に作成して送ったばかりだが、相次いで客に盗られてしまい、急遽作成に取りかかっていた。


 湊は角材に書いた文字の(ふち)をなぞり、削っていく。

 ――その動きは、ひどく鈍い。

 ここ最近、仕事にかかりっきりなせいだ。


 毎日の管理人業務に加え、護符作成、それから木彫り。

 護符も木彫りも、一日にできる数は限られている。

 そのうえ凝り性のため、一つ作成するのにも大幅に時間がかかる。

 さらに祓いの力を行使すると、運動等をした時とは異なる疲れ方をするのだ。

 庭の散策程度で、その疲れが完全に回復するはずもない。


「あ! しまった」


 刃が滑り、余計な線を刻んでしまった。

 盛大にため息を吐き出した山神は、目顔で「ほれ見たことか」と語る。


「その木片にも、その前に彫っていたやつにも、祓いの力はろくに入っておらぬ」


 湊の手元を見もせず、言った。


「あー……。ダメだね」

「根詰めすぎぞ。まるで、生き急いでおるようにしか見えぬ」

「そんなつもりはなかったんだけど……。でも確かに、ちょっと焦っていたかも」

「ここ数日、普段ののんびり具合が噓のように、鬼気迫る勢いであったぞ」

「――そこまで……? というより、俺、そんなにのんびりしてるかな」

「まさしく我ら(悠久を生きる神々)のごとく、な」

「それはそれで問題のような……」


 厳かに断言されると地味にショックであった。

 苦笑いして息をついた湊は、彫刻刀と角材を座卓に戻した。


 早く片付けたいのには、いくつか理由があった。

 まず、実家が経営する温泉宿〝くすのきの宿〟は常に大繁盛だ。

 半年先までみっちり予約で埋るのが、常態となっている。


 母曰く。近頃とみに、キーホルダーを目当てに宿泊する客が多く、中にはキーホルダーでは飽き足らず、客室の袖看板までも盗っていくという。

 どうにかしたいけれども、一見の客ばかりで防ぎようもなく、さらには詫びとして大金を置いていくため、されるがままらしい。


 一概に盗人扱いもできぬ困った者たちだが、ありがたき客であることに変わりはない。

 彼らが求めるのならば、キーホルダー類はあるに越したことなかろうと、湊はせっせとつくっていた。


 そんな焦りの原因を話すと、山神が鼻を鳴らした。


「なれど、手癖の悪い輩どもに人気のきーほるだーは、まったく祓う効果なぞついておらぬ。このまま続けたところで、無意味ぞ。しばらくの間、その身と神経を休めよ」

「――そうだね。しばらくゆっくりするよ。最近、一日に書ける護符の枚数も増えていないし、集中力が続く時間も伸びてない、どころか減ってるし。……これ以上、失敗作を量産しても意味ないしね」

「左様。仕事を忘れ、ただ無為(むい)に過ごすのも時には必要である。(いな)、もっとも重要であろうよ」


 ぐうたらがデフォルトな御方のお言葉には、やや同意しかねる。

 胸中で思う湊は、空笑いした。


「早いところキーホルダーを片付けてしまいたかったのは、別の理由もあったんだ――」


 実はそちらが本命であった。


 静かな目で湊は、正面を見やった。

 その真剣な様子に、起き上がった山神も居住まいを正す。


「なんぞ、改まって……?」

「近いうちに、荒れ果てた御山(山神さんち)を整備しようと思ってる」

「なにゆえ?」

「――そうしたら、人がたくさんくるようになって、山神さんの力が増すんじゃないかと……思うから」


 つい先日、まざまざと目の当たりにした山神と天狐の力量差。それは、両者の現状を比較すれば自ずと納得がいった。

 人があまり訪れない山神の御山に比べ、天狐を祀る稲荷神社は信者を多く抱えて常に賑わっているからだ。


 その圧倒的信仰心の差を見て、湊は決意した。


 ――御山の整備をしようと。


 ひとまず、落ちかけのかずら橋と大岩の転がる登山道をどうにかするつもりである。



 口を閉じた山神は、何も語ろうとしない。

 年がら年中冬仕様の豊かな毛並みが風にふわふわとそよぐ。うっすら金粉を振りまくその御身は、威風堂々とそこにある。

 少しばかり前、庭の改装で力を遣いすぎて縮んでしまい、あまつさえ透けてしまったのが、信じられぬ。


「山神さんち、整備してもいい?」


 こっそり行ってサプライズ! などできるはずもない。なにせ相手は山そのものである。

 そのため、あらかじめ知らせて許可を乞うた。

 気怠げな山神が、座布団に身を横たえる。組んだ前足に顎を乗せ、その身を座布団に深く沈めた。


「お主の好きにすればよい」


 静かな声は嫌そうでも、喜んでそうでもない。とりわけ思うことはなさそうだ。


「ありがと。じゃあ、俺の好きにするよ」


 言質(げんち)は取った。整備決行である。

 しかし、その前になさなければならぬことがある。


「人間社会にとって、欠かせないほうの許可も取らないといけないんだ。御山を所有している方がいるんだよね? その所有者さんはどこに住んでるの?」

「知らぬ」

「なんだと……」


 そっけない返事に、湊は面食らった。


「昔はしばしば訪れておったゆえ、そう遠くではなかろうよ」

「最近全然来てない、ってこの前言ってたね」

「左様。我のもとに来ておった者どもは、もうこの世にはおらぬ」


 山神から情報を得られるかと思っていたが、無理なようだ。

 腕を組んだ湊は、つらつらと思考を口に出していく。


「たぶん今は、その子孫の方が所有してるんじゃないかな……。でも山にこなくなったのなら、引っ越していなくなってるか、他家の方に移ってる可能性もあるのか……。基本的に山の所有者はわりと近場に住む、地元の方だと思うけど……」

「さてな。人間社会の事柄なぞ我にはわからぬ」

「――和菓子の情報収集には熱心なのにね」


 ふすっと不遜な鼻息だけが返された。

 興味なきことに、時間も頭も費やす気はないとダラけた姿勢が物語る。


「山の所有者さんってどこで調べられるんだろう……。検索してみるか」


 湊は座卓のスマホへ手を伸ばした。

 その横に、ちょこんと座る狼の木彫りがコロリと転がった。

 むろん、まどろみ出した大狼をモデルに彫った物だ。


 木彫り第一弾の鳳凰が完成し、次の出番を待っていた霊亀、応龍、麒麟のいずれかを彫る予定であったのだが、突如山神が割り込んで『我がもでるになる』と言い出した。

 誰も異を唱えられるはずもない。

 普段の二割増しで凛々しいご尊顔、かつやけに姿勢を正して鎮座する山神をモデルにして、完成したのであった。


 まだ木彫りの腕前はそこそこのため、細かい装飾は施せず、デフォルメされた丸っこい狼である。

 ちなみに、湊は絵も描ける。



 湊は、倒れた木彫りを起こして座らせた。

 これは、台座に乗せておらず、すぐに転がってしまう。


「これにつける紐も買いにいかないとな……。それか、すっぽり包める網みたいな物でもいいかもしれない」


 囚われの狼ちゃんになってしまうけれども。


 さておき、この木彫りは母に送るつもりだ。

 鳳凰の木彫りを実家の座敷わらし宛に送ったところ、母にもせがまれてしまった。

 根付(ねつけ)として使いたいとのことで、ピンポン玉サイズにしてみた。


「紐なり網なり、なんでも買いにいけばよかろう。それにきび団子が首を長くしてお主を待っておるぞ」


 床上の雑誌を山神が前足で湊へと押しやった。

 お馴染みの地域情報誌である。




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