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にごろあまた  作者: ぺろたまぽこさく
SF長編「2569 Core」は「にごろあまた」の核心に触れる作品です。短編をご覧いただいてからお読み下さい。
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2569 Core 2「ヤタノ256」

 ──2469年、場所は黒い島……ヤタノという後世に名を残す天才アンドロイド技師が産まれたのはこの年だった。

 ヤタノは汚染された黒い島特有の遺伝子欠損症により、右足のない状態で産まれ、海外から来た難民である貧しい母親に捨てられた。


 物心が着いた頃には施設で育ち、欠損していた右足はアンドロイドが使う義足であった。微弱な神経の電流を読み取って義足が動き足の役割を果たし、用途に合わせて換装(かんそう)もできる機械の足だ。


 施設の環境に恵まれ好奇心旺盛に育ったヤタノにとっては、生まれてすぐに義足を使い始めた事は成長に大きな影響を与えた。右足の義足はヤタノが生まれついて授かった特別な力となった。少しやんちゃがすぎて、自分の義足を勝手に改造したり、ケンカで改造した義足を飛ばして「ロケットキック!」等と叫んで遊んだり、破天荒な男に育った。


 むしろ、自分の足が無いことを欠点とは思わず、(むし)ろ誇らしくもあった。運動能力は全く問題なく、それどころか生身の人間以上のスピードで走ることができた。ヤタノは全身を義体にしたいと思うほどまで機械が好きになっていった。


 ──2489年10月


 ヤタノは成人すると自分の義足で培った知識や経験を生かし、人間の義体、またはアンドロイドの修理屋として自然とアンドロイド技師への道を歩んでいた。


 黒い島は白い島や海外からゴミの集まり、汚染された区域として忌み嫌われていたが、ヤタノにとっては刺激的な故郷であった。自分と同じ遺伝子欠損で産まれてきた子供の手足を作ったり、除染作業をするアンドロイドの補修をしたり、数々の経験で技師としての腕前はあっという間に世界有数のレベルになっていった。


 ──大人になったヤタノは色んなことを考えるようになった。この黒い島の汚染はいつまで続くのだろう?10万年と言われている汚染収束までの時間。その途方も無い時間を聞いただけで、その10万年の中のほんの一瞬、汚染をこれ以上広がらないように自分の仕事をして人生を全うする。それだけの為に自分は生きているのだろうか?と考えてしまうことがある。


「目の前で生まれてくるパーツの欠けた人間や汚染されて壊れたアンドロイドを、俺はひたすら治すだけだ、それが今の俺の生きがいだ。」


 自宅兼作業所の外で星空を見ながらヤタノは呟く。


 きっとここで自分の人生は過ぎていくのだろう。この仕事は人間の医者以上に手厚く国に支援されている。このままこの仕事を続けていれば安泰だ。


(俺の人生はこれでいいのか?これで満足なのか?)


 ヤタノは時折、自分自身の最終到達点を考える。だが、安定している今の生活を目の前にすると、思考は停止する。


 仕事が終わりネットで調べ物をしようと古びたパソコンの前にヤタノは座る。


 突然パソコンの画面の窓が勝手に開いた。

 勝手に文字が入力される。


「00000qqqqqqddddaaaaa999999」

「うわっ、なんだこれ?キーが壊れたか?」


 別の窓が開く。


「00000qqqqqqddddaaaaa999999」

「おいおい、まさかウィルス?冗談だろ?今時ウィルスなんてすぐに駆除されちまうってのに……」


 プライベート用のチャット欄が開く。


「256」

「ん?にひゃくごじゅうろく?」

「そうです。私は256」

「うわぁ!どこから聞いてる!?」

「突然ですが、私をかくまってもらえませんか?」


 文字で誰かが訴えかけてくる。それに対し、ヤタノは言葉で話しているのに何故か相手には伝わってしまう。


「誰だよ!?256って……かくまうってなんだよ……」

「貴方は好奇心旺盛でいらっしゃる。私は生きたプログラムとでも言いましょうか……話せば長くなるのですが……貴方はアンドロイド技師で腕が良いこともわかっています。私の身体を作って欲しいのです」

「胡散臭いやつだな……私の身体って言っても、お前さんは誰かに追われているのか?」

「できればネットからすぐにでも切り離して欲しいのですが……説明しましょう。私はウィルスとして検知されてしまうようで、場所を転々としないとネットワーク上の防衛システムに消されてしまうのです」

「防衛システム?なんだそれは?聞いたこと無いぞ?」


 急に聞きなれない単語が出て来るものだから、陰謀論者のイタズラかと思ってしまう。


「この国ではネットワークを常に監視しています。いや、海外のネットワーク網でも同じです。防衛システムは何処の国にでも存在します」

「手の込んだイタズラだな……」

「イタズラなどではありません。どうか助けてください、ネットワークから切り離して身体を手に入れたいのです」

「身体って言ってもなあ……一応聞くけど、お前さんはどっちの性別なんだ?」


 少しからかってやろうと、ヤタノは性別を聞いてみた。


「私は元々メスの猫でしたので、猫のボディーをお願いします」

「何言ってんだ……!?冗談だろ?……猫!?猫と俺は喋ってるのか?」

「ええ、オリジナルの猫は2470年にすでに死んでいますが」

「19年も昔に死んだ?ハハハ……ここまでくると化け猫だな……」


 猫、人間の性別を言うならばリアリティの無いイタズラにも聞こえるが、よりによって猫。ヤタノは自分の事を猫と即答した256と名乗るものを信じ始めた。


「ネットの中に住んでからウィルスとして消されてしまった数は255体、私は256体目のコピーなのです」

「だから256?うーん、呼びづらな……あーそうだ……『ニゴロ』って呼んでいいか?」

「構いません。ネットの中を逃げ回るのは疲れてしまったんです。お願いします」


 しばらく、ヤタノは考える。10万年のほんの一瞬だけと思っていた自分の人生が変わるような気がしてきた。


「……OK、猫のボディーと新品の電脳を用意してやるよ。じゃあネットワークを切るぞ。準備に数日かかるから、そこのPCの中に座ってなよ。狭いかもしれないが」

「ああ、助かりました。ヤタノさんが私の思った通りの人でよかった。私のコピーは256以上は作れないことがわかりまして……どうしても、生きていたかったのです」

「生きていたかった?プログラムなのに?何故?」

「本能……とでも申しましょうか……とにかく、このまま消えることは許せなかったのです」

「さぞ、オリジナルの猫は生存本能の強い猫だったんだろうな」

「そうですね……そうでした。でも、今の私は私です。『ニゴロ』と名前をつけて下さってありがとうございます」

「いやー、久々に面白いことができそうだよ。ありがとうな、ニゴロ」


 ヤタノは生きることに貪欲な((猫))と出会って、これから起きる波乱万丈な人生に(あらが)っていくことになる。

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