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にごろあまた  作者: ぺろたまぽこさく
SF短編集「2569」
1/36

1-A「視覚 2D 変換」

まずは一編、ショートショートですので肩の力を抜いてSFの小旅行を少しでも楽しめればいいなと思って配信してるポコ!っあ!ちがう!配信しています!

――2116年3月21日


 僕は自分の目に入ってくる世界を捨てた。


 こんな汚いナマモノの人間しかいない、こんな(みにく)い世界をどうやって生きていけば良いんだ。科学がいくら進歩しても、ちっとも人間は変わらない。遺伝子組み換え技術で、美形に作られた顔の人間も最近は珍しくないが、数が増えれば増えるほど、それは美形ではなくなるのだ。


 ナマモノの彼女に「本当にあなたは私に興味が無いのね。ネットのアバターチャットで好きになって、実際付き合ってみたら、あなたはまるで私を見ようとしない」と言われ一週間前にフラれた。


 僕がナマモノに興味が無い事を自覚したのはいつからだろう、2Dの美少女にしか胸がときめかないと気づいたのは。そんな人間は世界に山ほどいると思う。でも、どこかで折り合いをつけてナマモノの女と結婚し落ち着いてしまうものだ。そう思っている事がきっと彼女に伝わったのだろう。


 3日前、ネット上のニュースで義眼を改造して、外の世界を2D表示に変えてしまう記事を見つけた。

 義眼のプログラマーが作ったフィルター、ニュースサイトの画像には世の中の人間がすべて2Dキャラクターに変換され、背景は美しい色彩のCGが映り、人間の女性はすべてフィルターを通して2D美少女キャラに置き換わっていた。


 ニュースサイトのコメントには「本物の変態が現れた」だの「技術のムダ使い」だの面白がる人達のコメントに溢れていた。でも、僕はこの記事に自分を救うヒントを感じた。すぐに作者へコンタクトを取った。


 このフィルターは本来、事故や病気で視覚を失った人間の目に代わる「視力が戻る義眼」のパーツである。それを不正に改造し、わざわざ2D処理をかけている。目の視神経に「2Dフィルター」をはめ込む手術は意外にも一晩入院で終わった。


 病院のベッドで目が覚め、僕は病室の天井を見つめていた。2D調のグラフィックで蛍光灯が書き込まれている。直視してもあまり(まぶ)しくはない。


 病室の扉が開いた、執刀医の先生だ。初老の極めて無個性な男がゲーム画面のモブのようにそこに居る。男はすべて無個性なモブキャラに置き換えられる。


「ああ、こんな風に見えるんですね、ペラペラした人間が出てくるのかと思いましたが、よくできた擬似2Dのような……でも距離感があるので生活に支障は無さそうです」


 意外と落ち着いて、レビューをするように僕は執刀医の先生に自分から語りかけた。


「あなたは目が健康なのに、酔狂な人だ……手術前に説明した通り、元に戻す場合はフィルターが神経に癒着(ゆちゃく)する為、長年使用した場合、付け外しはできませんよ」


「ええ、わかっています。後悔はしていません」


 使用上の注意を一通り聞いて、病室を出た。


 廊下を歩くナースがかわいい……やばいどうしよう、なんだこの天国は!世界が変わった!生々しい質感の肌、血走った目玉の人間はもういない!そうだ!鏡を見てみよう!僕の顔はどう見える!


 ああ……オーダーした通りの好きな絵柄で僕の顔が鏡に映っている。顔は元の顔を少し整えてもらったアバターを設定してある。他人には今まで通り何も変わらないが、僕が僕を認識するときのコンプレックスが解消された。


 それから、少しだけ自分に自信がついた僕は新しい世界でリアルを楽しめるようになった。ナマモノがいないカワイイ美少女、あとは男は無個性なモブキャラだけの世界。


 術後の経過を見る為にしばらく通院が続いた、実はこの目になってから初めて見たナースが可愛すぎて忘れられなかった。この病院のナースを見ることが今一番の楽しみだった。


 僕にしては積極的にナースのカワイイ娘に話しかけて、ようやく名前も連絡先もゲットした。名前はエリカ、性格は明るく僕を引っ張っていってくれる、少しドジなところや茶目っ気のあるいい娘だった。


 3年間交際を続けて、僕らは結婚した。エリカには目のフィルターの事は教えていない。教えられない、僕は自分の目を(あざむ)いて妻の本当の素顔も知らないのに結婚したなんて口が裂けても言えない。


 子供は授からなかったが幸せな時間は(またた)く間に過ぎていった。彼女の良いところ、悪いところも全部見せてもらった。彼女が大好きだった。僕の良いところ悪いところも全部エリカに教えてもらった。


 そして来るべき時が来た。僕より先に妻が旅立つこととなった。僕らは随分と歳をとった、見た目は変わらない世界で、妻の容姿も変わらない世界。


 僕は既に気持ちの悪いナマモノの世界があったことすら忘れていた。妻には嘘を突き通していた。いや嘘をついていたことすら忘れてしまっていた。


 あの手術を受けたあと、さらに僕は気づいてしまったことがあった。視界だけではダメだったのだ、エリカと付き合い始めてからすぐに、わかったのだ。


 まず、エリカの匂い、ナマモノの匂い……僕は嗅覚を変える手術を受けた。甘く爽やかな匂いに満ち溢れた世界になった。ああ、なんて快適なんだ……


 次にエリカの感触、ツルツルの肌を触ったつもりが産毛の感触が手に伝わる。髪がまとわりつく。違う、この世界は違う。僕は次の日、触覚を鈍くする手術を受けた。無機質な肌、フラットな感触、ああ……何もかもが平坦だ……


 妻が歳をとると声の異変に気付いた。ああ、なるほど、今度は耳か……僕の世界が壊れる……医者に行かなければ。


 今度は妻の手料理にも変化が生まれた、味が……違う。今思えば妻の病気の前触れだったのかもしれない。次の日、僕は味覚を変えた。


 結局、五感の全てを僕は変えてしまった。それが幸せだったから、それが僕の望みだったから、全部自分の為に……


 病院のベッドに寝ている妻は、始めて見た時のままの可愛い美少女。なのに、体力的にあと3日間くらいだろうと、医者にそう告げられた。


 最後の2日前、妻がふと思い出したかのように話をしはじめた。


「今までありがとう。お互い、おばあちゃん、おじいさんになるまで、あなたはいつでも優しく接してくれた、もうシワくちゃのおばあちゃんなのに、あなたったらずっと女の子扱いだったのがうれしかった」


 おじいさん?おばあちゃん?何を言ってるんだ、君はずっと可愛い女の子……次の瞬間、突然胸が苦しくなった……違う!この世界はニセモノだった!!ああ、何てことをしていたんだ!僕は君に嘘をつき続けているうちに自分をも騙していた……!


 妻は自分の残り時間がわかっているかのように話を続ける。


「ケンカもしたけれど、それも私のいい思い出です。子供に恵まれなくてごめんね。でも、その分あなたと一緒の時間が過ごせました。本当にありがとう」


 僕は正気に戻っていた、今聞こえている音声は歳をとった妻の声そのものではない。耳に埋め込まれたフィルターを除去しなければ!いや、すべてのフィルターを除去しなければ!


 僕はすぐに病室を抜けて医者の元へ走った。息が苦しい、何故こんなに動けない。いや、わかってる。


 僕は今、老人なんだ。


 医者に僕は全ての気持ちを伝えた、せめて最後は本物の世界で妻を看取りたいと懇願(こんがん)した。


「フィルターを全て除去してくれと(おっしゃ)るのですか?あなたのフィルターは、既に神経と癒着しきっています。無理に外すと後遺症……いや、全ての感覚を無くしますよ……」


「それでも構いません。私もきっと、そんな長くはない、最後に本当の妻を見たいんだ。助けてください、助けてくれ……!」


 手術はすぐに()り行われた、待っていてくれ。待っていて……視界が、真っ暗になった。


 目を開ける、蛍光灯かあれは?ボンヤリと光っている、右目は……見えていない真っ暗だ。左目は……辛うじて神経が生きているのか。音、音はどこだ、何も聞こえない、いや……医者の声が聞こえる。


「手……失敗で……。……たの感……の80%は……でに失われています」


 自分の声もよく聞こえなかったが、こう伝えた。


「大丈夫です、少し慣れれば目と耳は何とか……ありがとうございます」


 僕は妻の病室に向かった、右足の感覚がない。足が痺れてマヒした時のような、空を浮いているような感覚。


「待ってください!その状態では危険です!歩かないで!」


 いや、大丈夫だ……片耳は麻酔でおかしくなっていただけだ。僕は少し安心して感覚のない足を引きずって倒れた。


 大丈夫だ、這いずればいい、もう少しでエリカのいる病室だ。


 病室に辿り着くと、エリカは待っていてくれた。


「あなた……どうしたの?足を引きずっているわ……」


 僕の知っているエリカの声じゃない。声が小さく、低くなった老婆の声が聞こえる。でも僕はわかっている、これが僕の妻なんだ。足を引きずり、ベッドの脇の椅子に腰をかける。そしてベッドに横たわるエリカの手を握った。


 ああ、肌がシワだらけだ、顔は白髪の目がくぼんだ老婆だ。急に涙が溢れた、本当の妻を僕は今、始めて見たんだ。生まれて始めて見たんだ!もう会えないんだ、もうすぐ会えなくなるんだ。僕の世界は妻が死ぬまで嘘の世界だった。


 ここが現実だ、汚い世界だと思っていたんだ。でも違っていたんだ、一人の人間から愛されて僕も愛していた、それだけで十分なのに。それなのに僕は妻に嘘をついていたんだ。


 五感の80%が失われて20%残っていただけでも僕は感謝していた。


「ありがとう。エリカ……そして謝らないといけないことがあるんだ」


「大丈夫よ、あなた……言わなくていいのよ。あなた、どこの病院で手術を受けたと思っているの?」


 エリカは少し、呆れたように笑っていた。


「あ……」


 当たり前のことにいまさら気づいた。あの日現実を捨てたあの病院で、僕は恋をしたのだった。


「あなたのような人、初めて見たの。現実を捨てたいだなんて、こんなにおもしろい世界なのに、だから私も興味を持ったの」


「そうだね……こんなにおもしろい世界だってエリカに教えてもらったよ」


「どう?ここの世界の居心地は」


「こんなにも肌が凸凹していて、ノイズがいっぱい耳に入ってきて、この部屋の消毒液の匂いがして、僕の涙の味がして、そして、君は本当に綺麗だと思う」


「よかった。これで私、思い残すことないわ。ありがとう、あなた」


 もう、これ以上は声が出なかった。涙がボロボロと頬をつたい、鼻水が口に入り、しょっぱい味がする。


 最後の日、エリカは少し苦しんだけれど、すぐにいってしまった。


 僕は残りの時間と五感を精一杯使って、もう少し、この大好きな、汚くて臭い世界で転がってみるよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の人間としての意地というか、汚いものを美しく感じる描写が良く感じました。 [気になる点] あっさりとした文章が淡々としている所ですが、落ち着いて読めます。 [一言] 興味の湧く短編だっ…
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