正々堂々と戦うとでも?
「ちょっと待て!」
「……最後の遺言かしら?」
「まず話を聞け!俺は勇者じゃない。確かにこの世界の住人じゃないし突然この世界に連れてこられたんだけど」
「え!?そうなの!?」
「今話してるから後にしてくれ!」
背後を振り返れば三人とも驚いた表情を見せるが、今はテリサさんの誤解を解くのが先決だ。
……魔王軍幹部なんて俺が戦える相手でもないし、無暗に綺麗なお姉さんと争う理由もない。
先程までの行動に戻ってテンプレラブコメ展開を巻き起こすんだ!
「この世界に来て俺も自分が勇者だと思ってたんだが」
「それは無いわ。絶対にあり得ない。悪魔の方がお似合いよ」
「だから静かにしてろ!」
再び背後を振り返ればセリーヌが真顔で手を左右に振って全力で否定するが…俺も自覚しているから勘弁して欲しい。
「俺は――巻き込まれたんだ!手違いでこの世界に来たらしくて証拠に冒険者カードにも【巻き込まれ転移者】って書いてあるだろ」
「…手違いってお似合いすぎる。ミツルに一番似合うわね」
背後からセリーヌの笑い声が聞こえたので今日の夜にはあいつの部屋の前に球体の罠を張り巡らして悪戯してやる。
「…見えない」
「見えないじゃねえよ!見ろよ!冒険者カードに書いてあるだろ」
「見えない」
ゴーレムの肩に乗るテリサはソッポを向いて俺の方を見向きもしない。
「降りて見ろよ!俺は勇者じゃないんだって!」
「……全く見えない」
「お前見る気が無いだろ!」
先程まで敬語で話していたが…こいつ、何か理由があるのか分からないが俺が勇者だと決めつけてる。
「ええ!見る気が無いのよ!私は今まで契約で探す羽目になってまた探すのなんて絶対に御免なの。貴方が勇者だと私が決めつけて見つけたことにして倒せばそれで解決になるのよ」
「ふざけんな!俺は勇者じゃないんだって!諦めろ!」
「諦めない!」
なんだこいつは。
新種の馬鹿か?
駄々をこねる姿も可愛らしいが俺の生死が関わっているのだからただの馬鹿な女にしか見えない。
「貴方を倒して私は美食を食べ歩き生活に戻ると決めているの。だから、ごめんなさい」
「ごめんなさいで済むか!さっき助けただろうが!」
「それに関しては本当にありがとう。だけど、それとこれは別よ」
何を言っても通用しないのか既にテリサさんは戦闘態勢だ。
「私の為に死んで頂戴!【操作】」
テリサさんが一言呟くと今まで静寂に包まれていたゴーレムの眼が赤く染まり、ボロボロと土が少量零れながらゴーレムの腕が上空へと振りかざされる。
「おいおいおい!!」
『せめてものお礼よ!一発で終わらせてあげる』
何が起きたのかは分からないがゴーレムからテリサさんの声が反響して聞こえると三mの巨体が機敏な動きで腕を振り下げる。
「全員退避!!」
今までの人生の中でも最速で足を加速させギリギリの所でゴーレムの拳から逃げることが出来たが…一秒でも走るのが遅ければ俺は木端微塵になりこの世にはいなかっただろう。
「…あ、危ないわね!ふざけんじゃないわよ!ミツルに用があるなら私を巻き込まないでくれる!?」
「俺も巻き込まれてんだよ!全員今すぐ逃げるぞ!」
三mのゴーレムと戦える術など全く思いつかない。
ゴブリンの様に球体で罠を貼ることも出来ないし…あの巨体で機敏に動かれては太刀打ちできる攻撃は皆無だ。
「ミツルに賛成よ!全速力でって…シャル?」
「おい!本気か!?」
セリーヌと互いに顔を見合わせ全速力で逃げ出す準備をしていたが、シャルは一人ゴーレムを見据えて剣を構えている。
「しゃ、シャル。今回ばかりは流石に厳しいと思うよ。ゴーレムは鈍くて固い魔物って言われてるけど魔法は効かないし…シャルでも傷付けられないと思う。しかも、ゴーレム本来の弱点の鈍さも無いし、あの大きさに勝てる見込みは無い筈だよ」
アイミが杖を握りしめてシャルを説得するように試みるが、シャルはゴーレムだけを見据えてその場を動かない。
「私は冒険者に成ると決めた時に一度対峙したら誰が相手でも逃げないって誓いを立ててる。真剣勝負で背を向けて逃げ出すなら私は戦い続ける」
……まさに主人公で勇者と思わしき風格を滲み出すシャルは勇ましく逞しい戦士だが…俺達はゴブリン二十体にギリギリで勝つことが出来る程度の冒険者で勇者でも無ければ物語の主人公でもない。
「でもな、勝つ見込みがないのに戦うのは」
「――――勝てる見込みはある」
「は?」
「十分ほど私に敵を近づけさせなければ勝てる」
シャルはゴーレムを真っすぐ見据えて端的に呟くがその瞳には負けの二文字は見えない。
「…ほ、本当に勝てるの?」
「大丈夫よ」
セリーヌが再度確認するように恐る恐る呟くがシャルははっきりと断言する。
「――――分かったよ!やるだけやるか。助けてくれた恩も忘れて自分勝手に暴れてる奴に対してお灸を添えないとな」
「ありがと」
…俺も大概甘いらしい。
命が掛かっている状況で、チート能力がある訳でもない、ステータスも子供以下なのに魔王軍幹部に挑むなどゲームで言えば初心者で始めたてのプレイヤーが最大難易度に挑むのと同じ程度で難しい案件だ。
傍から見れば馬鹿らしいと笑われるのがオチだが、シャルの真っすぐの瞳を向けられると俺には断りずらい。
「……だけど、一つだけ俺は言うけど俺はお前が心配だ」
「……」
ずっとゴーレムだけを見据えていたシャルの眼が初めて俺の方を向いた。
「俺は冒険者に成ったばかりで正直命を懸ける覚悟も出来てないし仲間が死ぬとか想像できないし、したくもない。シャルが誰よりも強くても俺は心配だ。他の誰が心配しなくても…俺はきっと何度も心配すると思う。だから、お前が無茶をすると判断したら俺は嫌われてもお前を抱えて逃げ出す。それだけは分かってくれ」
日本から異世界転移して初めて出来た仲間たちと冒険者生活が始まるが…俺には全く覚悟なんてできてない。
冒険者もただカッコいいかなと思った程度で初めて仲間の命を背負う覚悟も…自分の命を懸ける覚悟も多分誰よりもない。
少ない期間で借金を作って苦労する三日間だが、俺はこいつらが――――気に入ってしまったんだ。
この先もずっと楽しく面白く冒険者生活を送り家に帰ればセリーヌや皆とお酒を飲む日々を恥ずかしくて口に出せないが思っている。
「…フフ。分かった」
「しゃ、シャルが笑った…?」
「…は、初めて見た」
セリーヌとアイミも初めて見たようで驚き声を震わせているが、シャルは――――可笑しそうに満面の笑みを浮かべて笑っていたのだ。
…本当に可愛い笑顔をする奴だ。
「シャルを頼りにさせて悪いが…俺達も頑張るか」
「や、やってやろうじゃない!シャルばかりに頼ってられないわ!」
「わ、私も出来る限り頑張るよ」
二人もシャルの笑顔を見て勇気を与えられたのか拳を握りしめやる気を漲らせてゴーレムを睨みつける姿を見て…俺も少しだけ頑張ろうと勇気を与えられる。
「皆…お願い」
シャルはその場に剣を置いて座禅を組んで瞳を閉じて微動だにせず固まっている姿を見て再度前を向く。
「まず、手始めにセリーヌを囮に使ってその間にアイミが魔法でダメージを与えなくてもちょっかいを掛けるのが一番か」
「待ちなさいよ!また、私を囮に使うの!?ミツルが囮をしてよ!」
「俺はやることがある」
セリーヌが憤慨するが…俺には少し気がかりというか…弱点を見つけている気がするので確かめたいのだ。
「ま、また!?言っとくけど今回は洒落にならないわよ!?一度でも攻撃を食らえば終わりだからね!?」
「任せろって。安心して全速力で逃げてくれ」
「安心できないから変わって欲しいんだけど!?」
セリーヌが駄々を捏ねるが、俺の作戦を始めれば否が応でもゴーレムに襲われると思うので放っておく。
「アイミは魔法の詠唱を始めてくれ」
「分かった」
アイミに指示を出したが…ずっと気になっていたがゴーレムは何故動かないのか?
『もう話し合いは終わったかしらね。最後の会話は楽しかった?』
もしかしてとは思ったが完全にテリサさんは油断して俺達が話し合いを終えるのを待つほどに舐め腐っている。
「お前を倒した後の祝勝会で大盛り上がりだ」
『へえ』
興味深そうにテリサさんの声が聞こえるが…全く自分が負けるとは思っていない様なので作戦を始めよう。
「油断しているがここいいるセリーヌは世界人口一割も満たない希少な――雷魔法を持つ魔導士だぞ!?」
「は?」
『え!?」
隣のセリーヌからはこいつは何を言ってるの?と言わんばかりの声が聞こえるが初めてテリサさんの驚いた声を上げる。
『じ、自分たちの切り札を伝えるって馬鹿なのかしら。全然勇者らしき戦いじゃ…はっ!さ、流石は勇者ね!切り札をばらすなんて中々肝が据わってる』
絶対に気付いてるよね?
もうこじつけで俺に勇者という二文字の言葉を付け加えているだけだよな?
『さあ!貴方の言葉を真に受ける訳じゃないけどセリーヌって子から排除しようかしら』
先程までの落ち着いた雰囲気が一変し少し焦った音色でセリーヌへと移動を開始した。
「よし!セリーヌ逃げろ!」
「あんた絶対に許さないからね!?後で覚えておきなさいよ!?」
セリーヌが涙目で悲鳴を上げながら全速力でゴーレムから逃げ出す瞬間を見て、せめて手を振って見送る。
「さあて、アイミは魔法の準備は出来たか?」
「う、うん。出来たけど、ミツルさんってやっぱり悪魔なの?」
「……勘弁しろよ。流石にセリーヌ一人に囮をさせて俺は何もしないとかそこまで鬼畜な男じゃないから。俺も少し試したいことがあるから合図をしたら魔法をゴーレムに気付かれるように発動してくれ」
「分かった」
アイミも何か策があると見抜いたのか真剣な表情で頷いてくれたので…十分程度は時間を稼げるはずだ。
もういちどゴーレムを見るが…間違いない。
「【小:球体】」
小さな球体を生成し自分の手の中に収めれば後は自分の予想が正しい事を天に祈るのみだ。
「セリーヌ!こっちに来い!」
「言われなくても全速力で行くわよ!」
セリーヌがゴーレムの拳を紙一重で避けながら逃げ回っているのに対して呼び掛ければ俺達の方へと涙目で全速力で駆け抜けてくる。
「アイミ、俺が合図をしたらゴーレムの眼に魔法を打ってくれ」
「で、でも、魔法は効かないと思うよ?」
「大丈夫だ。少しでも注意が引けるだけで十分だ」
ゴーレムが徐々に近づいて行く中で大きく息を吸いゆっくりと吐きだして心を落ち着かせる。
――――反撃開始だ。