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不幸と幸運が入り交じる

 「ちょっとソフィア!あんた任務の管理をちゃんとしなさいよ!」


 予想外の数のゴブリン相手に大金星を挙げた俺達は冒険者ギルドに帰還したのだが、セリーヌがクエスト完了を伝えると言えばクレーマーの如くソフィアさんに対して喚き散らしている。


 「申し訳ありません。まさか、ゴブリン十体が二十とは思いませんでした。ですが、大抵の人達は逃げ出す中でセリーヌさんは果敢に立ち向かいゴブリンの大群相手に勝利を収めるとは流石としか言いようがありません」

 「ま、まあね!私達に掛かればこの程度楽勝よ!」


 ソフィアさんはセリーヌに対してもやんわりとした表情でセリーヌを持ち上げて褒め絶やすことで先程まで怒り心頭だったセリーヌの顔が一瞬の内に一変して調子に乗っている王女様の様な風格を出している。

 …一度逃げようと俺と一緒に背を向けていたのに何故威張れるのだろうか。


 「お前は直ぐに調子に乗るな。後、ソフィアさんを困らせるな」

 「困らせてないわよ!あ!思い出した!クエストが間違ってるんだからその分の報酬も渡しなさいよね!」


 ……ソフィアさんのフォローをしたつもりだったのだが、余計なことは言うなとソフィアさんの満面の笑顔が現している。

 なるほどな。

 セリーヌを丸め込んで帳消しにしようと考えたが今の一言で思い出してしまったのか。


 「…分かりました。私達の不手際でもありますので報酬二十金貨を四十金貨へ変更し、魔石換金分の報酬も含め計六十金貨のお支払いです」

 「流石ソフィアね!分かってる!」

 「おおおおお!借金が結構減るな」


 六十金貨を四等分して一人当たり十五金貨を貰えることになる。

 三人のお金は借金で殆ど消えるかもしれないが俺は今日の宿代、食事代に加えて服も買えることになった!


 「これなら宿代も大丈夫だし今日は囮を頑張ったからセリーヌにお酒を奢ることも出来そうだな」

 「もう!ミツルってば分かってるわね!」

 「え?」


 再びセリーヌと肩を組んで喜びを露わにしているとソフィアさんが珍しく間の抜けた声を出している。


 「あ、あの、何を仰っているのか分かりませんが報酬六十金貨は借金返済に使用して一銅も有りませんよ?」

 「へ?」


 喜んでいた動きを止め、有り得ない言葉を発するソフィアさんの方を見れば困惑した様子で首を傾げいてる。


 「ど、どういうことですか!?」

 「ですから借金返済に使用するので」

 「待って!ストップ!借金はこいつらだろ!?俺まで巻き込まれてるのはなぜですか!?」

 「ええと、三人の借金はパーティでの返済となっていますのでクエストを四人のパーティで受けていますので」


 頭の思考が追い付かないが…まさかと一瞬脳裏にちらついた考えが過る。


 「ま、まさか少しずつ返済とか…無いんですか?」

 「……?そのような制度はありませんけど。報酬全額を借金に返済し、全額返済した所で報酬は受け取ることが可能です」

 「嘘だろ!?」


 予想外の出来事だ。

 ……日本では分割払いと少しずつ支払うシステムがあるのにと考えて…気付いてしまった。

 俺が滞在しているのは異世界で日本ではないので制度が全て一緒など有り得ないんだ。


 「忘れてたわ!ミツルってばどうやって私にお酒を奢るの!?」

 「お酒の話をしてる場合じゃねえよ!今日の衣食住が全部駄目になったんだけど!?」


 衣食住の全てが大丈夫だと安心したのも数分で一気に地獄へと叩きつけられた。

 ……よくよく考えれば小切手は一枚なのだ。

 シャル、アイミ、セリーヌに個々に渡されているのなら俺には一切関係ないけどパーティとなれば俺も含まれてしまうのは当然の帰結だと言うのに冒険者生活が頭の中で埋め尽くされて何も考えていなかった。


 「…終わった。俺の裕福に暮らしたい願望が…駄目になった」


 今こそ本当の危機だ。

 ゴブリンに襲われた時以上の悪寒が背中に駆け巡ってしまう。

 昨日の内にソフィアさんには「明日は無理ですからね」と既に伝えられているのだ。

 チラッとソフィアさんの方を向くが苦笑いで首を横に振られてしまったので昨日も頼り、今日もお願いするのは流石に無理だ。


 「ミツルは泊る所が無いの?」

 「泊る所か、今日の食事も服も全て駄目になった」


 ゴブリンでは無くてもう少し難しいクエストにするべきだったか?

 …いや、今回は力量を見る為だし異常事態も発生して結果的には相当な金額を貰ったので正しいとは思うが、借金を忘れていた俺の単純なミスだ。


 「なら、私達の家で住む?」

 「「へ??」」


 絶望して膝を折り、落ち込んでいるとシャルが膝を曲げて何時もの飄々とした態度で手を差し出してくれた。

 ……女神様かな?


 「え?シャル本気!?」


 俺と同じく声を上げたセリーヌが真っ先に戸惑った表情でシャルに再確認するが俺ももう一度聞きたい。


 「本気よ。今回のクエストもミツルのおかげで誰も怪我を負わずに帰ることが出来たし、仲間だから私は大丈夫。アイミは?」

 「う、うん。私もミツルさんは大丈夫だと思うし…クエストに行くときも言ったけど…仲良く出来そうな気がするから良いよ」


 女神様が二人に…?

 困惑したまま顔を上げれば背景が光り輝いている二人の女神様が存在している。

 神々しく、眩しくて目の前が見えない。


 最後はまだ眩しくない普通のセリーヌへと全員の視線が向けられると、腕を組んでソッポを向いた。


 「ま、まあ、今回は活躍してたし良いんじゃないかしら!」

 「……本当に助かる!」


 そこら辺の野原で寒い中、野宿をするのだけは勘弁して頂きたいので家があるだけでも本当に幸せだ。


 「今日は戻ってご飯にしましょ」


 一通りクエストも終了してここまで帰った時には夕暮れに差し掛かっていたので丁度良い時間帯ではある。

 ……この先も不安ではあるが、今は野暮なことは考えないでおこう。


 「あ、あのミツルさん」

 「どうしました?」


 俺もシャルたちの後を追おうと歩き始めると背後からソフィアさんに言い難そうな表情で呼び止められる。


 「…お伝えするのを忘れていたんですが…冒険者カードの後ろを見ておいてください」

 「後ろ?」


 ソフィアさんの言葉に首を傾げて冒険者カードの裏面を見ると、【称号】と書かれた欄が存在していた。


 【称号】

 ・巻き込まれ勇者、・ゴブリン以上の狡猾な男。


 ――――本当にこの世界は腹を立たせるのが上手いと思う!


 ◇


 【称号】と書かれた欄を見て絶望したのは間違いないが、宿が手に入ると言うだけで十分な収穫だ。

 全ての事が忘れ…られないけど気にしない!

 実は秘められた力がある勇者とか全く思ってないし!?

 全然悔しくないから!


 「ねえねえミツル」

 「何だよ」


 先頭をシャルとアイミが歩き俺達はその後を歩いているのだが、突然美少女が耳元まで顔を近づけるのは勘弁して欲しい。

 不覚にも暴飲女にドキリとさせられながらも表情には出てない筈だ。


 「シャルが凄い上機嫌なんだけど何したの?」

 「上機嫌なのか?変化が俺にはまだ分からないんだが」


 前方を淡々と歩いて行く姿からは上機嫌なのか見当もつかない。


 「何言ってるのよ!シャルは警戒心が強くて私達以外の人を家に連れてくるなんてあり得ないんだから。今までも何人かパーティを組んだけど全員シャルは殴り飛ばす以外の行動を取ったのは初めてよ」


 シャルの行動選択肢に逃げる、我慢という文字は無いらしい。

 殴る、吹き飛ばす、蹴り飛ばすしか道が存在していない気がする。


 「上機嫌になるきっかけがあるならずっと一緒に居たお前が分かるんじゃないのか?」

 「うーん、シャルが上機嫌になるのは戦闘している時と庭で鍛錬している時ぐらいね」


 本当に戦闘本能の塊のような存在……ん?

 今聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。


 「お前らは一軒家に住んでいるのか?」

 「そうだけど?」

 「……最高だな」


 宿屋に住んでいるのかと思いきや一軒家なら気兼ねなく騒げる空間であり、堕落するには一番の場所だ。

 借金を返済してお金が無くなればゴブリン狩りをする程度で働けば生活が出来るんじゃないのか?

 魔王を倒す?

 もうその様な事は忘れました。


 俺は絶対にスローライフを送ると覚悟を決めている。

 魔王討伐は本物の勇者が頑張ってくれればいい。


 「着いた」


 頭の中でニート生活を送る計画を立てているとシャルの端的な声に顔を上げる。

 ……目の前に大きな屋敷が存在している。

 白い綺麗な屋敷で間違いなくシャルたちの家ではないな。


 もう定番は見えている。

 最初に豪邸な所を見た後にその隣にあるボロボロな老朽化が進んだ家と言うオチだろ?

 伊達に沢山の小説や漫画を見ている訳ではないのだ。


 「……ん?あれ?」


 しかし屋敷の周りを探しても一軒家が中々見つからない。


 「ミツルってば何してんの?早く入りなさいよ」

 「……え」


 既に屋敷の門を潜り抜けるシャルたちだが俺は茫然としてその場を動くことは出来なかった。


 「お前ら意味が分からねえよ!!」


 借金を作る貧乏冒険者が豪邸に住めるって異世界はどうなってるんですか!?

 


 


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