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励まし

 俺に初めての弟子が出来て一日が過ぎ、二人で昨日休んだ場所で座っているのだが、イチイは失敗の連続で俺の隣で塞ぎ込んでいる。

 ……勘弁してくれ。


 慰める行為や落ち込んでいる人を助けられるのは本当の勇者の役目で一般平民の俺が誰かを慰めて惚れさせるようなトーク技術など持ち合わせていないのだ。


 「あんまり落ち込むなと言っても無理な話か……」


 「頑張ろうと思っても何度も失敗して…自分が嫌です」


 ここで、俺がイチイが働いていくうえで何が駄目なのかを教えれば簡単に解決するのかもしれない。けれど、それを教えては駄目な気がするのだ。

 俺が教えればイチイは納得して改善するかもしれないが、漫画などで多く見られるが――自分で見つけることが大事だと。


 俺が教えると言った手前何も言わないのは間違いだし、ヒントを与えるだけでも良いか。


 「自分で何で失敗したか分かるか?」


 「…いえ、頑張ろうと思ってもまた駄目の繰り返しでした」


 「――それは違うな」


 断言出来るが、イチイは決して二人に劣っていない。

 俺よりも真剣で優秀だし、貢献したいという気持ちも強いと言える。


 「え?」


 「イチイは一つだけ駄目な所がある。何か分かるか?」


 「何ですか!?教えて下さい」


 やっぱりこうなる。


 「自分で一度考えてみろ。分かるかもしれない。まずは、何処から失敗したのか思い出してみろ」


 少しだけ厳しめに伝えるが、イチイは真剣な表情で顎に手を当て顔を俯かせて考える仕草を行っている。


 「ヒントだが、お前はニイに比べて出来が悪いとかは全くない。寧ろ、根気はニイより上だ。そして、ヨンイより速度は速い」


 イチイは俺と少し似ていて誰かと比べたり劣等感を抱きネガティブな方向に考えてしまう傾向にあると見えるが、正直に言って傍から見た俺としてはニイよりイチイが劣っているとは思わない。

 努力しようと気持ちが全面に出てる分、どちらかというとやる気の部分では圧倒的にイチイの方が上だ。


 「だけど、足りないんですよね」


 「足りないというよりは…長所が短所になってる」


 イチイが失敗したのは最初にテリサに注意というよりはやり直しを与えられた時だ。

 あれは俺から見てもやり直しを食らうのは必然だしテリサは何一つ悪くは無いが、イチイとしてはあの些細なやり直しが負の連鎖に続く一番の要因でもある。


 「私の長所って何ですか?」


 直球なイチイの言葉に思わず苦笑いを浮かべ転げそうになるのを抑える。


 「それを言ったら答えになるだろ。自分なりにまず考えてみろよ」


 「…長所ですか。ニイは何でも効率よく出来る所、ヨンイは落ち着いてる。そして、私は……何ですかね?」


 考えても分からないのかイチイも苦笑いを浮かべて俺に尋ねるのを見れば…まあ、真剣に考えたと思うことにしよう。


 「イチイの長所は俺に教えてもらうように頼んだりする向上心だろ」


 「そうなんですね」


 こいつもド天然なのか全く理解出来ていないのか笑顔で首を傾げているが…テリサの所は天然が二人もいるのか?

 エリさんの苦労が目に見えてしまうぞ。

 閑話休題。


 「だけど、その向上心がイチイの邪魔をしてる訳でもある」


 「向上心を持つのは大切なのでは?」


 「確かにその通りだ。だけど、イチイは……強過ぎるんだ。他の二人よりも上手くなりたいって思いがあるから失敗した時に早くしないとって焦りが生まれる。焦ると視界が狭まりまた失敗する。その繰り返しだ」


 「…へえ。ミツルさんは意外と何でも知ってるんですね」


 「何でもは知らんし意外とは余計だ」


 褒めるのが下手なのか上手いのか分からない純粋無垢な満面の笑みで言葉を紡がれるが馬鹿にされている気がする。


 「だけど、失敗したら焦りますよね?」


 「まあな。だけど、ニイを見たら分かると思うが俺が注意した時も驚くのは一瞬で直ぐに対処しただろ?ニイが料理を任せられる要因の一番は冷静さだと思う」


 「…詳しく教えて下さい」


 ニイが選ばれた秘訣が気になるのか前のめりになって耳を傾けるが、俺はテリサから直接聞いた訳ではないので半信半疑な部分もある。


 「俺の個人としての意見だけど大丈夫か?」


 「問題ないです!」


 「なら、教えるが俺がもしもテリサなら焦ってパニックになる人は調理には入れることが出来ない。理由は簡単でパニックになって下準備を終えた料理を台無しにして更にお客を待たせるのは一番駄目だからな」


 以前、テリサと歩いている時に二人で喋っていたのを思い出した。


 『誰かに任せるのは少し不安なのよね』


 テリサの意見は理解出来るし、今のイチイを調理場に入れることが出来ないのは見るからに明らかだ。


 「どうしたら良いですか?」


 「簡単だ。お前が――二人の良い所を吸収すれば可能だ」


 「二人の良い所?」


 イチイは理解出来ないのか可愛いくキョトンとした顔で首を傾げているが…これを小悪魔系のあざとい女の子ではなく天然で素で行っているのが凄いとしか感想が思い浮かばないが、


 「お前がさっきも言っただろ。ニイは効率よく進められる良い所があって、ヨンイは落ち着いてる。なら、二人の良い所だけをお前が盗めばいい」


 「……成る程」


 少し思案しているのか顔を俯かせているのでもう少しだけ助言をしよう。


 「ヨンイは落ち着いている…いや、落ち着き過ぎているのが稀に傷だな。慌て過ぎるのも駄目だが落ち着き過ぎてペースが速まらないのは少し厳しいが、ヨンイの落ち着きを少しは見習うべきだ。ニイに関しては言うまでもなく効率よく進められているのを覚えれば良い」


 「どうやって覚えたらいいですか!?」


 …こいつは考える気があるのか?

 最初は考えさせるとことを意識していたが、全ての質問を俺が自問自答している気がする。


 「自分で少しは考えてみろ。答えは簡単だろ」


 「……覚えるには――見る?」


 「その通りだ。ニイがどうやって進めているのか、その質問に関しては俺やテリサに聞くのも有りだしニイを見て学べばいい」


 見て学ぶというのは部活などでも伝えられている言葉だと思うがバイトでも便利なのだ。

 かくいう俺も最初は全然ダメで迷惑を掛けるのが嫌な気持ちもあったが、働いている中で誰かに聞けるほどのコミュニ―けしょんも無かった。

 そんな時は見て学ぶしかないのだ。


 自分と何が違い、どのように進めているのかを見るのはいい勉強になる。


 「落ち着きに関してはヨンイを見て焦らなくても大丈夫だって思いながら進めるのも有りかもしれない」


 「分かりました!明日から早速教えてもらっていいですか!?」


 「今日だけで十分教えた気がするんだが」


 「お暇ですよね!?毎日、食事に来るほど暇ですからお願いします!」


 イチイは喧嘩を売ってるのかな!?

 いや…こいつは本気で言っている。


 純粋な尊敬の眼差しでキラキラと目を輝かせながら俺を見ている。

 これで真剣に頼んでいるのなら中々の曲者過ぎるだろ。


 「……分かったよ。出来る限りの範囲だからな。俺も忙しいから!」


 「またまた~。面白い冗談ですね」


 アハハとお腹を抱えて笑い始めるイチイの顔を見て無意識に額に青筋を立ててしまう。


 「教えるの辞めるわ」


 「ああ!何でですか!」


 イチイに裏表がないのは理解していたが、無さ過ぎて寧ろドン引きだ。

 テリサに近しいものがあるが、これはまた別の子供特有の純粋さを永遠と引き継いでいるとしか思えない。


 立ち上がりお店に入ろうとすると、入り口の前にはテリサが壁にもたれ掛かって俺の方を笑顔で見ている。


 「ありがとね。イチイを助けてくれて」


 「何のことかさっぱり分からん」


 「途中で少し緩んだ笑顔が無ければ最高だったわよ」


 先に入室するテリサだが最後だけは少しだけ不満そうな表情をしていた。

 ……鼻の下を伸ばしていたのかもしれないが、俺は――今日を持ってロリコンではなくなりました。


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