弟子
テリサのお店の閉店時間になり三つ子の内の二人が帰りテリサがお店の掃除をしている中で、何時しかテリサに抱きしめられた休憩所の所でイチイと一緒に居る。
相手はまだ年端もいかない中学生程度の女の子だ。
頭を使えば簡単に分かるがこれで付き合うのなら完全なロリコン男子となり、セリーヌには大笑いされ街中ではロリコンのミツルという噂が出ても俺には文句は言えない。
イチイの事は悪いなどとは断じて思ってないがここは世間体を考えて発言しよう。
「……それでイチイは何の用事なんだ?」
「あの…私」
え?
ちょっと待って!
イチイが頬を朱色に変えてモジモジしている姿を見てかつてない程に心拍数が上昇している。
俺としてはテンプレギャグコメディ展開で期待してたら違いました的な形を期待していたんだけど…まさかの本当の告白!?
テンプレとして普通はもう少し好感度を上げた所で最高パフォーマンスとして告白がベストな筈なので今は駄目な気がするとか…そういう問題じゃない!
「…どどどど、どうした?」
必死に冷静を装うと試みるが嚙みまくりで全く言葉が喋れない中でイチイに話を促すと、決心がついたのか目を瞑った。
「わ、私を――弟子にして欲しいんです!」
「ん?」
「へ?」
イチイが力強く放つ言葉に俺は何も言えずに静かに首を傾げてしまうが、向こうも対応が不思議なのか疑問符を浮かべている。
……結局はテンプレなのかよ!!
ここまで来たら告白で良いだろ!?
どうして告白では無いんだ…と言いたい所だが冷静に考えるとそもそも俺とイチイはそこまで関りがある方ではない。
寧ろ、最近ではニイの方が教えたりするので関りが多いがイチイに告白なんてあり得ない話だよな。
「何でもない。もう少し詳しく聞きたいんだけど弟子って言うのは…」
「私はニイより不器用でヨンイみたいな落ち着きはありません。でも、私は三つ子の長女で誰よりも頑張りたいんです」
イチイが目を伏せ顔を俯かせるが…成る程な。
よくよく考えると初日にも混乱していたし、下準備の手順も慣れてはいるがまだぎこちなさは取れない。
俺の予想の範囲内だが頭の処理が追い付かずに混乱しているか、自分に自信が持てないかのどちらかだと考えられる。
「別に今のまま努力しても最終的には同じ土俵に立てると思うけど?」
「それでは駄目なんです。私の我儘ですが父は何処かに消え、母が私達を産んで早くに亡くなりました。その中で自分は長女として皆を引っ張っていく存在になりたいんです。オーナーは忙しくて頼み辛いですし、ミツルさんは今日はニイにも説明していたし教えてもらえると思ったんです。お願いします!」
暗に俺は暇人そうに見えたので頼めると思ったと言われていると思い込んでしまうのは俺が卑屈なせいだろうか?
いや、間違いなくそう思われているが頼りにされているのもまた事実だと思いたい!
「下準備なら俺は教えられる。だから、明日から一緒に頑張るか?」
「はい!ありがとうございます!」
何度も満面の笑みでお辞儀をされると受け入れて良かったと思えてしまうから少女でも無邪気な笑顔は断れない物だ。
◇◇
翌日
「テリサ、今日から少しの間だがお前の店で働かせてくれ」
「え!?本当!?」
いつも通りテリサのお店に通う途中で俺が話を切り出すと想像以上にテリサが満面の笑みを浮かべて前傾姿勢になるが…胸も強調されるので目線を何処に向けるかで困ってしまう。
これを素で行っているのだから質が悪い。
「少しの間だけどな。イチイが少しずつ成長したいって言うからその手助けをする」
「……ふーん」
表情豊かなテリサが今度はスンとした感じで目を細めて若干不機嫌さが出ている。
「…何だよ」
「私の言うことは聞かないでニイやイチイの言うことは聞くのよね」
面倒な女だ。
「イチイは長女として頑張りたいって話だ。それを協力してやればテリサが俺の料理を作る暇が増えるだろ?テリサは従業員のスキルが増えて助かって、俺は料理が食える時間が増えて一石二鳥だ」
「と言いつつ本当は自分が料理が食べられる量を増やしたいだけでしょ」
変な所で鋭いテリサだが、イチイを手助けしたいという思いも同じなので問題はない。
「お前の料理は美味しいからな」
「…本当に卑怯なんだから」
テリサに呆れたような眼で見られるのは非常にムカつくが今から料理を作ってもらう立場なので大人しくするが料理を作り終えた後に小さな悪戯を仕掛けてやる。
テリサと共にお店に入ればエリさんがフロアを掃除し、三つ子が既に調理場にスタンバイしているが大体の準備が終えられ一番注文の多いメニューの下ごしらえを完璧に終わらせている。
「今日も宜しくお願いします!」
誰よりも元気に挨拶をしてやる気十分なイチイを見て俺とテリサは顔を見合わせてつい笑みを零してしまう。
……仕方ないし、少しだけ手伝おう。
開店して、少しずつ客足が増え事前に下準備を終えた材料も減ってからが本当の実力が見える。
俺は皿洗いを終え、イチイの隣に立つ。
「今から俺は細かい事は言わないし、適当に見てるだけだから何時も通りにやってくれ。駄目な所は伝えるから」
「分かりました」
イチイを観察しながら俺も仕事の手伝いを行うが…うん、今の所は全く悪い箇所は見当たらない。
綺麗に下準備をしながら次のメニューを見て準備の確認と間違いを出さない様に懸命に働いている。
準備だけで言えばニイと差異はない。
因みにヨンイは少しだけイチイより速度は遅いが間違いも無いし完璧な手順でマイペースに進めている気がする。
「良い感じだ。今の所は文句なし」
「あ、ありがとうございます」
皿洗いを少しだけ手早く済ませてイチイの行動を見る時間を増やしていくが、徐々に下準備の量が増え始めイチイとヨンイの仕事量が増え続ける。
「次に肉と魚と…後野菜も…あと」
普通なら絶望しそうな注文の数の中でもイチイは思考を張り巡らせ忘れない様に口に出して呟きながら準備を始めているが…、
「イチイ!これ、切り込みが浅いからやり直して」
「は、はい!すみません!」
段々といつも通りに行っている所に間違いが発生し、焦りが生まれ、次々と工程が頭の中から消えていき…最後には間違いが起こる。
当たり前で簡単だが最も多いミスではある。
「イチイ、ちょっと止まれ。間違えてるぞ」
イチイが徐々に間違え始めているが少しだけ見守ったがこれ以上はテリサたちにも迷惑が掛かるので手を止めると、イチイも気付いたのかハッとした表情でこちらを向く。
「あ!?今は」
「大丈夫だ。そっちは俺がやるからイチイは野菜の方を頼む」
「あ、ありがとうございます」
イチイが慌てて野菜を取る姿を見つつ、ニイ、ヨンイの方に目を向け少しだけ溜息を吐きだす。
なるほどな。
――イチイの何が原因なのかがようやく理解出来た。