脅し
不敵な笑みを浮かべて、リビングの方に振り返る。
「シャル!!来てくれ!」
「…あ、あなた」
ソフィアさんも俺が何を考えているのを理解したのか、頬を引きつらせ一歩後ずさる。
「どうしたの?」
「助けてくれシャル。ソフィアが俺を殴ろうとしてくるんだ」
リビングから現れたシャルが着た瞬間に迅速に行動して、シャルの背後に回り込み肩を掴んで離れない様にしがみ付く。
「…プライドが無いんですか?」
困惑したソフィアさんが最初に発言した言葉が胸を抉るが、残念ながら無謀な戦いは好まない主義だ。
絶対に勝てる勝負は好きだけど!
ソフィアさんが強いのはライムさんから聞いた話からも重々承知だし、以前の玄関での押し問答で俺がソフィアさんに勝てないのは自分が一番理解している。
では、この状況を打開するのであれば一番頼りになるシャルに任せるのが妥当な判断だと考えたのだ!
「ミツル、何かしたの?」
「何もしてないぞ。急にソフィアさんが壁に叩きつけて記憶が消えるまで殴るとか…怖いんだよ」
「よくもぬけぬけと。私の黒歴史を散々言って」
「何の話?」
青筋を立てるソフィアさんが相当怖いのだが、シャルがいるから安心安全。
この中で一人状況を理解出来ていないシャルが俺とソフィアさんの方を見渡し困っているが…、
「シャルさん騙されないでください!ミツルさんは最低最悪の人間です」
「違う。ミツルは優しい」
「や、優しいって…良心を何処かに捨てたような人間に優しさがあります?」
…あ、本気で言っている。
今までの冗談ではなく、シャルの発言に立ち眩みを起こしたのかフラフラとしながらもボロクソに喋られる。
俺が喋ったのは確かだけど、もう少しオブラートに包んで喋れません?
「ミツルは基本動かないし、怠けてるけど大事な所で優しい」
「ミツルさんは私の…わ、私の」
「私のなに?」
喋ろうとして自分が何を言おうと考えているのか理解した筈だ。
俺は『悪魔殺しの冒険者』がソフィアさんだと知っているが、シャルたちには名前を伏せているので誰か分かっていないのだ。
その中で自分から私は『悪魔殺しの冒険者』だとは喋れないだろう。
ソフィアさんも俺が敢えてシャルたちに名前を伏せて喋った意図に気付いたのか目を見開き俺の方を見つめる。
「…ここまで考えて」
「…何の話か分かりませんね」
俺は心配性の人間なので面白そうな話を喋る事であろうと自分の事は考慮して話すのだ。
甘く見てもらっては困るな。
「と、兎に角シャルさんは離れてください!私はミツルさんに用があるので」
「駄目。ミツルを傷つけるのは私が許さない」
両手を広げて俺を守る様に立ち塞がってくれるシャルはカッコいいのだが…普通は逆だよな。
俺がシャルを守るのが男の役目なのに、何か情けなくないと言えば嘘になるが…ソフィアさんが強いから仕方ないよね!
「そうだ!俺を傷つけるな!」
「この男は何処までも情けないですね!見てくださいシャルさん!ミツルさんの緩み切った情けない顔を!」
今までの口調とは全く違うソフィアさんが俺を指差してボロクソに伝えるが、鏡が無いから自分の顔がどんな感じなのか分からないよね!
ソフィアさんが指差したことでシャルと目線が合うが、シャルの表情は変わらない。
「可愛い」
「はい!?」
素っ頓狂な声を上げるソフィアさんだが…え、そんな風に思ってたのか?
「…ミツルさんは何を照れてるんですか」
「ふぇ!?え!?な、何の話ですかね!?」
いやいやいや!!
全然照れないし?
いつも通りの仏の顔だし?
「照れてるの?」
シャルが下から上目遣いの形で聴いて来る仕草に心臓が飛び跳ねるのを必死に抑える。
「は、はあ!?照れてない」
「顔が赤い」
「熱がある」
「ふうん」
全く信じられないし、シャルが若干だが音色が高くなり上機嫌な様子でソフィアさんと対面するが…嫌だな。
今すぐここから逃げ出して自分のベットの中に入りたい。
「誰が見ても情けない顔ですよ!可愛く見えるのはシャルさんだけです」
「別に良い。ミツルを可愛いと思うのもカッコイイと思うのも私が知っているならそれでいい」
あれ!?
なにこれ!?
味方と思ったシャルが俺に心理攻撃を仕掛けて、ここから逃げ出す様にソフィアさんと手を組んでいるのかと思えてくるぞ!?
「…ミツルさんは何を満更でも無さそうにしてるんですか?」
「何の話かさっぱり分かりません」
シャルが俺の事をそんな風に見てたんだ…とか全然思ってないし?平常心でいつも通りの顔だから全然赤くもなってない!
だけど、誰か助けて!
「ミツルに手を出すのは私が許さない。如何なる理由があっても諦めて」
「…ええ。分かりました。では、絶対にミツルさんの弱みを握ってみせます!」
暴力に訴えるのは流石にシャルの逆鱗に触れると気付いたのか、俺と同じく弱みを握ると考えたようだが、
「分かりました。なので、暴力は禁止ですね」
「因みにミツルの弱みを握った場合は私にも教えて」
「シャル!?」
理由は分からないが、弱みだけ探ろうとするシャルには悍ましい怖さがあるのだが…味方だから大丈夫だよな?
まあ、大丈夫なはずだ。
俺は日本人でこの世界での生まれでもなく、何の黒歴史も存在しないので辱めがられる情報は一つもない。
よって、ソフィアさんが俺の弱みを見つけることなど不可能なのだ。
全てが自分の思い通りに動いていることに笑みを零しそうになるが…落ち着け。
俺は同じ過ちを犯さない人間だ。
調子に乗って失敗を犯すなど二流の行いであり、俺は何が起きてもソフィアさんの思い通りには動かないので大丈夫だ。
「あれ?三人で何をしてるの?」
「ん?テリサこそ何処か行くのか?」
「私はお店よ。毎日満席なのは嬉しいけど…流石に一日ぐらい休みが欲しくなってきたのよね」
よくよく考えれば俺は殆ど毎日だがテリサのお店に通い続けているが…普通は有り得ない。
一カ月に何度か休みがあるのは当たり前だし…特にテリサのお店は従業員の人数も少なく大変なのは間違いない。
「良し。俺もテリサに付いて行くから!」
「ミツル。お酒は駄目」
「分かってるよ。ご飯を食べたら帰る」
ここにこれ以上居ると精神がもたないし、ソフィアさんに目を付けられるのも怖いのでテリサに付いて玄関を出る。
「思い付いたんだが従業員の数は増やさないのか?」
「うーん。増やそうか悩んだんだけど…これ以上増えても私が管理できるが不安なのよね。ニイには料理を少しずつ任せているけど…やっぱり自分で作る訳じゃないから不安もあるのよね」
「少し分かるな。自分が作ってるわけでは無いけど失敗しないかハラハラするよな」
テリサがほほにてをあてて悩むそぶりを見せるが気持ちは分かるのだ。
ニイが駄目だとか、そんな風にテリサが思っている訳では決してないだろう。
駄目ならそもそもニイに調理を任せることも無いし、多分気持ちの問題だ。
俺の実体験でもあるが、調理をしている最中に新人のアルバイトの子が違う料理をしていると間違えないかと少し見てしまう心理がある。
テリサはその時の俺と同じ気持ちなのだろう。
「そうなのよ。ニイが真面目で大丈夫だって思ってもね」
「まあ、そこは店長としては段々と慣れるしかないだろ。まあ、従業員を増やすのはもう少し安定してからなのかもしれないが、あいつら…特に三姉妹の調理場は大変だぞ」
「分かってる。私自身も大変だし、もう少ししたら…って!思い付いたんだけどミツルが私のお店で働けば」
「断る」
残念ながらお金がない時期なら働くのもうやぶさかではないがお金が溢れるばかりに溜まっているので働く必要性は皆無だ。
しかし、俺の答えなど分かり切っていた筈なのにテリサはどうやら不満らしくわざとらしく頬を膨らませて睨みつけてくる。
「入って」
「断固断る」
「料理を提供してあげてるのよ」
そこを突かれるのは弱いのだが、非常に働くのは面倒だな。
「しかしな…お金があるのに働く意味も無いし楽に過ごしたいんだよ」
「最後に本音が出てたけど?」
「喧しい。俺は楽して生きていけるほどのお金を持ってるんだから働かなくて良いんだよ。だけど、お前の料理が美味しいからつい行くんだよな。駄目なら今度からは違うお店に」
「分かったわよ。何時でも食べに来て良いから!」
……俺の中で最近では一番チョロいのはテリサなのではないかという疑惑が浮かび上がっている。
料理が美味しいのは事実なのでそれを告げれば何度でも料理を提供してくれるのだ。
「遠慮なくお邪魔させてもらう。ただ、誰かが体調不良とか切羽詰まったなら言ってくれ。その時は助けてやるよ」
「あ、ありがと」
「まあ、後は…あれだ。お前は自分の体調管理に気を付けろよ。他の誰でもなくお前がいないとお店は回らないし、お前の料理を好きな奴らが困るからな」
テリサが体調を崩せばお店だけではなく俺の家の料理状態にも影響が出てしまう。
アイミ、シャルは基本的な料理は出来るし美味な料理が出されるので文句は一つも無いが、セリーヌの場合は碌な料理が出てこない。
例えるなら赤いシャン実だと、実際に皮をむいて食べてみると美味な果実だが、テリサ曰く調味料にも使えると言っているのに、セリーヌの場合はシャン実の皮を剥いたままがそのままテーブルの上に並ぶのだ。
お決まりだが、セリーヌはどや顔で私は料理が出来るんだぞ!と言わんばかりに腰に手を当てて大きな胸を張っているので何とも言えない。
人が驚きすぎると絶句してしまう気持ちを異世界で味わうとは思いもしなかった。
「ん?どうした?」
一人でセリーヌの絶句した料理を思い返しているとテリサが俺の方をジト目で見つめていた。
「別に…」
「別にって顔ではないな。何か言いたいことでもあるのか?」
「ただ、ミツルって結構卑怯よね」
今更な話だ。
俺はネットゲームでは姑息なミツル君と呼ばれた男だ。
相手が嫌がる戦法など百は知り尽くしているし、自分が今からする対戦ゲームでは必ず事前の情報で大勢が強いと評価するキャラしか使わない人間だぞ。
しかし、俺はまだまともな部類だと自分ながらに思っている。
中には煽ってくる人間などもいるが、俺は自分から煽ったりなどはしない。
何故なら煽りとは惨めな人間の行いだからだ。
俺から見ればリアルで誰にも相手にされず惨めな気持ちをゲームで発散しようとするのだと思い、自分から行う気にはならなかった…と懐かしい記憶が蘇る。
懐かしい記憶に思いを馳せているが、横を振り返ればテリサは頬を膨らませている。
「卑怯なことに関しては誰にも負ける気がしない」
「絶対に勘違いしていると思うんだけど……」
「…?どういうことだ?」
「あああ!何でもないけど、今日は仕方ないからご馳走を用意してあげる!早く行きましょうよ!」
ツンデレありがとうございますと先走って歩くテリサに頭を下げるが…、
「いった!!」
何でもない所で転げるのは天然の所業だな。
因みにテリサはスカートなので普通に背後にいる俺にはテリサのパンツが見えた。
黒とは中々に大人だが今までの言動を見る限りでは大人を意識した子供だ。
「ごちそうさまでした」
「何が!?」
テリサが恥ずかしいのか顔を真っ赤にしている姿にもう一度深々と頭を下げて前を歩いて行くが、慌ててテリサが顔を真っ赤にしたまま隣に追い付いてくる。
「ねえ!まだご飯食べてないのに何でごちそうさまなの!?」
――――このド天然美女の体調に一瞬でも不安を覚えた俺がおかしかったな。
日本には素晴らしい言葉がある。
馬鹿は風邪を引かない。