悪魔殺しの冒険者
七年前。
「ぷっは!!クエスト終わりのお酒は最高だね!」
「よっ!流石ソフィアちゃん!一流の冒険者は飲みっぷりも豪快だね」
ソロで冒険者活動をしながら一人で酒を飲むのも憚られ、冒険者ギルドに滞在している者たちと酒を飲み合いながらクエスト完了の余韻に浸る。
「いやー、近頃は魔物が弱すぎて仕方ないね。私としてはもうちょい歯ごたえのある魔物と戦いたいってもんだけど」
「ソフィアちゃんはソロで活動をしながら一人じゃ倒せない魔物も簡単に倒しちまって今ではこのギルドの一番の冒険者だね」
「このギルドじゃなくて世界最強の冒険者だっての。そろそろ次元が違う相手でも戦いたいってもんだね」
最近では魔物が弱すぎて歯ごたえも無く、緊張感も皆無に等しい中で淡々と魔物を倒す日常と化しているので違うクエストを受けたいと思ってきた所だ。
難攻不落の【ゴーレム】、もしくは【スライム】、【オーク】に挑むのも悪くは無いが戦うとなれば一人ではなく傭兵たちと一緒に戦うことになるので私一人の功績にならないのが嫌だ。
「悪魔と戦うのも悪くない」
悪魔は強いと聞くし、拳による物理攻撃が効くのであれば私の敵ではない。
「こらソフィアよ。強い事を誇りに思うのは悪くは無いが自惚れれば足元を掬われるぞ」
豪快に酒を飲み干していると、冒険者ギルドの受付の男子であるライムが礼儀正しい姿で顔を出す。
「何だジジイ。私が負けるとでも思ってんのか?どれだけ強敵倒したと思ってんだよ」
「確かにお前は強い。しかし、その強さは己自身に傷を負わせているぞ」
「ふっ。知ったような口を聞くじゃん。なら、教えて欲しいね。私に傷を負わせるような相手が出てくれば遠慮気味な態度を取ってやるよ」
大抵の魔物を一撃で屠れるようになったにも関わらず、今更何を恐れることがあるのか。
緊張しても変わらず倒せる魔物に恐怖も、畏怖もすることも無い。
「いずれ分かる時が来る」
「精々楽しみにしとくよ。私が負ける日が来るとは思えないけどな」
「では、早速シャン実の森にいるトロールを討伐して欲しい。どうやら一体だがトロールがシャン実の自然を破壊して近隣の人も困ってるらしい」
挑発的な態度からクエストを発注する度胸のライムに溜息を零すが、酔いを醒ますと同時に身体が鈍らないように動かす程度の相手にはなるか。
「…ハア。仕方ねえな。本当に私がいないとこの冒険者ギルドはどうなることやら」
酒を一気に飲み干し、ライムからクエストを奪い取り、紋章に冒険者カードをかざして冒険者ギルドを後にし、シャン実の森へと向かう。
「…ったく、トロールなんて瞬殺なんだよな」
本当に歯ごたえの無いクエストばかりなのでそろそろ違う街を拠点に更に強い敵と戦う日常を送ることも検討しても良いかもしれない。
この街に思い出も未練も無いし、お金も貯まっているので引っ越そうか。
「…でも、馬車が嫌いなのよね」
自分で歩く分には疲れないが、乗り物に弱いので馬車に乗るまでが億劫で遠出に行けないのよね。
悪魔や魔王軍の幹部がこの街に現れればぶん殴って消し飛ばす準備は出来ているのに…。
馬車に乗らずに自分の身体を鍛えながら引っ越そうかと本気で考えているとシャン実の森に辿り着いたが、何も気にせず普通の街道を通る感覚で雑草を掻き分けながら歩いて行く。
「歯ごたえの無いクエストに行って――うわっ!?」
視界が明暗し、尻もちを着くまで何が起きているのか分からず困惑したが…落とし穴だ。
「グギャギャ」
「ギャギャ」
結構深く掘られた落とし穴の上から棍棒を持つゴブリンたちが何を喋っているのかは把握出来ないが、中傷染みた歪な笑みを浮かべて二体のゴブリンが高笑いしている。
……こいつら。
「てめえら覚悟できてるんだろうね!?私を襲った瞬間にその脳天勝ち割って…え!?お、おい!」
青筋を立て、指を鳴らしながらゴブリンたちが襲い掛かるのを待ち構えているとゴブリンたちは襲う事もせず、中傷染みた笑みだけを残してその場を去って行った。
「え…いや。ちょっと」
困惑し思考がままならず、文章にならない言葉を紡ぐが目の前の壁に反響するだけでゴブリンたちから返事もなく…空しく一人…小さな穴の中で立ち尽くすしかなかった。
◇◇
ミツルside
「――――という一人の冒険者のお話だ」(※名前は伏せて話してます)
「アハハハ!!最高じゃない。調子に乗ってるからトロールに痛い目に遭わされるのかと思ったらゴブリンの罠に引っかかるなんて…アハハハ!お腹痛い」
話し終えるとセリーヌがお腹を抱え目に涙を浮かべた状態で体を前傾し笑いを必死に堪えようとしているが、笑い声が止まらない。
「油断大敵。未熟者ってことね」
「僕も情けないなって思ったけどその後、その子はどうなったの?」
「三日三晩、誰も近づかなかったが最後にはゴブリン狩りに来た初心者冒険者に助けられたんだと」
シャルはしみじみと頷き、セリーヌは未だお腹を抱えている中で――一人だけ顔を真っ赤に染め上げて睨みつけている人がいるが見て見ぬふりをしよう。
「その子の面目は丸潰れね。他の冒険者を雑魚扱いしてゴブリンに負けた挙句に初心者冒険者に助けられるなんて…その子…どうしたの?」
「その後は冒険者ギルド中に最強の冒険者がゴブリンの落とし穴に落ちる。挙句の果てに、女子に見境なしに手を出すゴブリンが手を出さないことで大爆笑。そして…冒険者ギルドで付けられたあだ名が自分の中の悪魔の心をゴブリンに悟られたことで悪魔の冒険者というあだ名がきた。そして、その冒険者は二度と冒険者として生活することも出来ず…心を入れ替えたことで自分の心の悪魔を殺した冒険者として【悪魔殺しの冒険者】と称号が付けられて普通に生活しました。お終い」
全くハッピーエンドではないお伽噺を聞かせれば、先程からセリーヌは椅子から転げて涙を浮かべて爆笑し続け、他の皆も笑いをこらえるのに必死な様子だが…一人だけ違う。
「…アハハ。【悪魔殺しの冒険者】って凄いネーミングセンスだね。僕は内容よりもそのネーミングセンスに笑っちゃった」
「分かるぞ。この街の誰が付けたのか分からんがネーミングセンス抜群の人がいるよな」
シャルたちの時も【借金の帝王】やら、シャルには【暴君】などのあだ名も付けられていたが全てが中二病ではないギリギリの絶妙な称号が付けられているから、つい吹き出して笑ってしまうのだ。
「因みにこの冒険者にはきちんと病名があって【俺TUEEE病】と言って冒険者で少し強敵に勝てたことに調子に乗ったり、敗北を知らない人が調子に乗る病気だ」
「アハハハ!!最高!面白すぎる!何よその病気。初めて聞いたわ」
涙を拭ってようやく抑えていたセリーヌが再び爆発して腹を抱えて笑っているが…こいつ笑い死にするなよ?
「シャルはもしかしたらその瀬戸際に立ってたかもしれないね。【ゴーレム】を倒したから」
「それを言うならアイミも【スライム】を倒した」
「私の場合は雷魔法と皆のおかげだよ」
「私も皆が引き付けてないと勝てなかった」
シャルとアイミが互いに称賛し合い百合っぽい雰囲気を滲み出しながら会話をしているが…基本はこのような形になるのだ。
冒険者の殆どはパーティで活動をするので、誰か一人の手柄になると言うことは皆無に等しいが…極稀にソロで活動をしている人間、もしくは強い能力を持つ人に現れる病気ということも聴いた。
「ああ。面白かった。久しぶりに大笑いした」
「あ、因みにもう一つあって昨日クエストで子供たちに魔法の授業を行ったんだがその際にお前たちの事を子供たちが目標にしてたぞ」
「どういうこと!?私!?私が出たのよね!?ね!?」
先程までの笑顔が瞬時に消えてセリーヌが目を輝かせて予想外の食いつきを見せる。
「ま、まあ出てたぞ。治癒魔法で皆を癒したいって人も居ればシャルみたいに【ゴーレム】を一刀両断できるような女冒険者を目指す人、アイミみたいに雷魔法みたいな攻撃を使いたい人もいたぞ」
「し、信じられないわ!!しゃ、シャル聞いた!?今の聞いた!?」
「うん。聴いた」
妙に興奮気味なセリーヌがシャルに詰め寄りながら仲睦まじく話し、アイミはモジモジと照れ臭そうにするのをミカが羨ましいと話す姿は大変仲のよろしい事で。
伝えるべきことは全部喋ったし、俺は飲み会で全然眠れていないので昼間だがぐっすりと寝ることに、
「ミツルさん」
……平穏な形で終わるかと想像していたが…背後に存在する修羅がそれを許すわけもなく仁王立ちし、背後に紫色のオーラを放つソフィアさんがて手招きをするので即刻逃げ出したいが…追い付かれるだろうな。
俺もまた満面の笑みを浮かべてソフィアさんに近づけば手を掴まれ、リビングから連行されて廊下に立たされ、ソフィアさんの左腕を壁に叩きつけて俺が逃げ出せない状況を作り上げた。
これは最近は既に流行を過ぎている壁ドンだが普通は俺が壁ドンする側だし、色気の欠片も見当たらない。
ソフィアさんは顔を真っ赤に染め上げ、手が震えながら俺を見つめている。
「…ど、どうして…知ってるんですか」
「…いやー、何の話です?」
「【悪魔殺しの冒険者】の話を」
今までと違いか細い声で顔だけではなく耳まで真っ赤に染め上げて顔を俯かせたまま伝えてくる姿は今までで一番可愛らしい。
「え?ソフィアさんったらどうしたんですか?顔が真っ赤ですよ?」
「…し、白々しい」
「ま、まさか!【悪魔殺しの冒険者】ってソフィアさんなんですか?あの【悪魔殺しの冒険者】が!?」
「連呼しないでください!いやー!!何で私の唯一の黒歴史を!!」
見たことも無い姿でかおを両手で隠して廊下でのたうち回っているソフィアさんだが…やっぱり話して良かったな。
「どうしたんですか!?【悪魔殺しの冒険者】が何かあるんですか!?」
「辞めてください!!これ以上その名前を呼ばないで!!」
「あ、悪魔殺し…フフ」
俺も必死に我慢していたが、流石に我慢できずに吹き出せばソフィアさんの顔が更に染め上がる。
「だ、誰に聞いたんですか!?」
「…何の話でしょうか?」
敢えて何も言わない方向で進めようと思ったが、ソフィアさんの拳が俺の右頬を掠り、壁に叩きつけられるが…ヒビが入っているんですけど?
「誰に聞いたんですか?」
「…ら、ライムさんから」
「あ、あのジジイ。だ、だけどあのクソ上司は口が堅い筈なのに…どうやって」
ライムさんに対して言いたい放題だな。
ジジイやらクソ上司やら部下としては色々と面倒事を任せられて不満を募らせているのは分かるが…きっと【悪魔殺しの冒険者】の話で動揺しているんだろうな。
「確かに口は堅かったです。何度脅してもソフィアさんが元冒険者だって事しか話さなかったので最終手段で酒場で大量に強いお酒飲ませて吐かせました」
「…あ、悪魔ですか?」
「残念ながら巻き込まれて呼ばれた普通の人間です」
しかし、昨日は本当に苦労した。
意外とライムさんが口が堅く、流石は冒険者ギルドの長としての器と言うべきかお酒を多少飲ませても口を割らないので店員に一番きついお酒を頼み続けて一時間後にようやく口を割り、ついでに吐いてもいたがそれは見なかったことにした。
「いやー、よくよく考えると不思議な点が結構あるんですよね。ソフィアさんの様な優秀な方がどうして問題児のシャルたちを対応していたのか」
しかし、今回の話を聞けば納得出来るのだ。
「ソフィアさんは確かに制御することは出来なくても…止めるだけの実力が備わっているから選ばれたのだと。更に加えて俺達の家に来た時に俺と玄関でもみあいになった時も、コメディ的な形ではなく玄関がピクリとも動かなかった。俺はレベルが上がっても一般男性のステータス。だけど、ソフィアさんが普通の女子なら俺の方が勝る筈なのに全く動かないのはソフィアさんのステータスが高い証拠でもありますよね」
「……」
体をプルプルと震わせ顔を真っ赤にするソフィアさんの面白さとは昨日、ライムさんにお酒を奢った甲斐があると言うものだ。
「どうしました?【悪魔殺しの冒険者】さん!」
「その名前で呼ばないで!!いやー!!何で私の唯一の黒歴史を知っているんですか!?最悪です!もう生きていけない!!」
両手で顔を隠しいい大人が廊下を転げまわっている姿は面白さを通り越して若干引いてしまう部分もある。
何度も吐き捨てるように呟いたソフィアさんは落ち着いたのか両手で膝を叩きゆっくりと起き上がる。
「ミツルさんに二つの選択肢を与えます」
「へ?」
ゆっくりと落ち着いた声で満面の笑みを浮かべているソフィアさんだが…明らかに背後からは紫色のどす黒いオーラが放たれている。
「心優しい私からの贈り物として一つ目は記憶が消えるまで殴る、二つ目は殺される、どちらにしますか?」
「心って何でしょうね」
「選択肢は二つだけですよ?」
通常の場合、ここでソフィアさんから逃げ出すことも勝負を挑んでも負ける。
よって、ソフィアさんの選択肢の一つを選んで「もうこりこりだ」的なコメディ漫画のオチで終わるのが妥当だが――甘い。
「…フッフフ。俺がソフィアさんに付いて来た時点で何も考えていないと思いますか?」
「え?」
「――――俺の切り札を見せてやりますよ!」
動揺するソフィアさんに対し不敵な笑みを浮かべるが…どう見ても俺って悪役にしか見えないよね。