ソフィア
ソフィアside
私は自分が幸運だと思ったことは一度もない。
冒険者ギルドに入る前も運は無く、入った後も上司に理不尽に叱られる毎日、問題児を取り纏めろと無茶難題を押し付けられる日々に飽き飽きしながら働く何処にでもいる普通の女性だと自分自身で自負している。
しかし、一つだけ私には今の楽しみがある。
今の現状にだけは少しだが冒険者ギルドに入って良かったと思える楽しみが存在する。
一つ目はミツルさんと言う得体のしれない…しかし、何処か似ていると言われてもさして不思議ではない男性の存在だ。
大抵の人は下心丸出しで話しかける中で、私に警戒心を抱きながら常に裏を読もうとする考えは話に張り合いがあって面白い。
変な人だと思えば、昨日の魔法授業ではまともな一面も存在する面白い人材だ。
二つ目はミツルさんが来る前は【借金の帝王】とネーミングセンスが優れている異名を付けられた三人組の存在だ。
今となっては四人組になっているが…近頃は人が増えようが害はなく寧ろ面白さが倍増していると言っても過言ではない。
昨日の夕方にミツルさんが今日は夜ご飯は要らないと何処かに飛び出したのだが…朝になってもミツルさんが帰ってこないのを不安がっているアイミさんの姿は何とも可愛らしい。
朝からご飯を食べた後はリビングをウロウロ、玄関をウロウロしている姿は心配性の新妻らしき風格を漂わせている。
「アイミさん、先程からウロウロしてますが何かありました?」
「ふぇ!?な、何でもないです!少し…暇だったので歩いてただけです」
わざとらしい程に目を見開き動揺した姿を見せるアイミさんだが…これを本心で行っているのだから素直というべきか、嘘が吐けない人だ。
「あ…そう言えばミツルさんの帰りが遅いですね」
「そう…なんだよね。別にミツルさんだから気にしてないけど」
気にしていないと言いながら何度も玄関に向かう扉をチラチラと見つめて隠しているつもりなのだろうか?
お腹を抱えて笑い出しそうになるのを必死に堪えながら咳ばらいを一つ。
「おっほん。もし良かったら一緒にこの辺を散歩しますか?」
「でも…すれ違いになると困るし」
アイミさんは本当に隠す気があるんでしょうか?
「え?私、変な事言いました?」
「な、何でもないですよ。大丈夫です」
顔を逸らし体を震わせながら口元を手で覆い、笑みを必死に隠し通おす。
…笑っては駄目だ。
アイミさんは真面目に言ってわざと私に分かるように喋っている訳ではない。
これ以上追及するのは私の良心が可哀そうだと訴えているので、アイミさんをそっとして、中庭の方へ歩いて行くと今日も今日とてミカさんとシャルさんが素振りをしているが、昨日とは様子が違い二人は雑談を交えながらゆっくりと素振りを行っている。
昨日とは全然違う様子に首を傾げ…一つ案が思い浮かんだ。
「あ、ミツルさん」
私が声を上げると同時に一秒前まで雑談をしていた二人が唐突に真面目な顔をして素振りを始める。
「…かと思いきや間違いでした」
「…ふう」
…面白すぎる。
ミツルさんと聞いた瞬間に先程までの和やかな雰囲気が一変するが、私の一言でミカさんとシャルさんは額の汗を拭って落ち着いた姿を見せる。
「もう、ソフィアちゃんったら驚かさないでよ」
「すみません。だけど、どうしてミツルさんの前だけ真剣に行うんですか?」
「ミツル君の前で情けない姿は見せたくないし、見てくれるなら凄いって所を少しでも見てもらいたいからね」
……何て可愛らしい子でしょうか。
頬を赤らめ恥ずかしそうにしながらも、純粋な瞳ではっきりと断言する姿は女の私でも男なら間違いなく惚れると断言が出来てしまう。
「シャルちゃんもそうでしょ?」
「私は何時も真剣」
「またまた~。どう見てもミツル君がいる前だと張り切ってるし」
顔を赤らめたシャルさんがソッポを向くが、ミカさんが悪戯っ子の様な笑みを浮かべて詰め寄る姿は何処か微笑ましく姉妹と言うのが一番似合う言葉だ。
「張り切ってない」
「ミカさんはミツルさんの事を好きなんですか?」
「うん。大好きだよ」
この人、即答ですよ。
照れ臭そうに言うまでもなく、当たり前だと言わんばかりの即答に少し呆気に取られてしまう。
「どうかした?」
「い、いえ。そこまで素直に喋るとは思いませんでした」
私的には初心な反応で「そんな訳ないじゃん!!」と顔を真っ赤にさせて全否定する姿が見れるのかと思いきや、予想の斜め上をいく所が本当に素晴らしい。
「シャルさんはどうなんですか?」
短い付き合いである私でも分かったのだが、最近変わったシャルさんの反応を私は見たいと思うのは自分の性格の悪さを現しているが、私は自分が善人だと思ったことは無いので別に構わない。
自分が楽しい生活を送りたいのだから。
「シャルちゃんもミツル君の事は大好きだよね」
シャルさんが答えるよりも先にミカさんが同意を求めるように笑顔で伝えるが、シャルさんはソッポを向く。
「…知らない」
「ええ!あれだけ分かりやすいのに違うとかあるの?」
全くもってそのとおりである。
恋は人を変えると言うが、まさにそれを体現しているのはシャルさんなのだから。
「分かりやすくない」
「なら、ミツル君のこと嫌いなの?」
「…嫌いじゃない」
素直ではない所はミツルさんと同等のレベルに達していますね。
先程からミカさんがシャルさんの顔を覗こうと試みているが、気配を感じ取れるシャルさんに通用するわけでもなく顔を合わせる事さえしない。
「僕ってウジウジして素直に認めないの嫌いなの!好きなら好き!嫌いなら嫌いってハッキリ言おうよ!」
反対にミカさんは素直過ぎる性格の様で若干ムスっとした男らしい言葉をシャルさんに投げかけるが、当の本人はどう対応――――え?
「も、もし私が好きなら…ミカやソフィアとかじゃなくて…最初に本人につ、伝えたい」
……信じられません。
威風堂々とした態度で常に凛とし、聖騎士の如く輝かしい姿を見せて冒険者を歩いている姿とは真逆で、顔を真っ赤に染め上げ、指を絡め、モジモジとした態度で話す姿は…年相応の恋する少女にしか見えない。
最近のシャルさんは別人過ぎるぐらいに変化し…周囲はシャルさんの話題で持ちきりだが…その気持ちが理解出来てしまう。
暴君とまで呼ばれ、いずれ街を破壊尽くすのではないかと冗談にならない冗談を喋る人間まで溢れるほどに恐ろしかったシャルさんだが…今は全く怖さが感じられない。
「うう!シャルちゃんってば女の子の僕でも可愛いって思えちゃうよ!!」
「抱きつかないで」
余りの可愛さにミカさんは耐えきれなかったようでシャルさんに抱きつているが、気持ちは分からないでもない。
「お前ら中庭で騒いでどうしたんだ?」
「あ!ミツル君おかえり!」
シャルさんとミカさんの仲睦まじい姿を見ていると、ミツルさんが平然とした表情で現れると言うことは…先程の話は聞かれていない?
ミツルさんの性格上、話を聞いているのなら余所余所しく話すことは出来ないであろう事も考慮すれば間違いなく聞いていない。
「ああ。ただいま」
「ミツル、帰りが遅い。何してたの?」
「ん?ちょっと飲み会に言ってた」
「……飲み会?」
ミツルさんの一言が琴線に触れたのか、シャルさんの動きがピタリと止まる。
……これは、もしかすると大変怒っているのでは?
「ミツル、お酒を飲んだの?」
シャルさんの瞳孔が鋭く光り睨みつけるように尋ねると、ミツルさんも若干困惑した様に頬を引きつらせ、半歩下がるがシャルさんが許すわけもなく後退した分ほど詰められている。
「い、いや、飲んだけど!少し」
「お酒は飲んだら駄目」
「話を聞いてくれ!全然飲んでない!ほ、ほら!二日酔いも無いし記憶もはっきりとある」
両手を広げ自分の身の潔白を証明しようと必死になっている姿はシャルさんを怒らせるのは駄目だと知っている態度だ。
以前までの私であればシャルさんがミツルさんを殴り飛ばし屋敷が崩壊するのではないかと言う危惧があったが、今は余り心配もなく、寧ろ第三者として見物する分には新婚夫婦のショートコントにしか見えない。
「…何も無かった?」
「何もないぞ!ていうか、俺が記憶が無い時に一度何をしたのかじっくり聞きたいんだが」
ミツルさんの言葉にシャルさんの瞳が一瞬だけ私を捉えたのだが…私に関係があるんですか?
…面倒事に巻き込まれるのは御免……あ!
思い出せのは【ゴーレム】討伐で祝勝会が始まり、開始早々でミツルさんが酔った勢いで私にキスをしようとした過去がある。
……その件が引き金ならお酒を飲むのを禁止にするのは分かるが…やはり新婚夫婦にしか見えないのは私だけだろうか?
「だけど、お酒を飲むのは私といる時だけ」
「へいへい。お前は俺の母ちゃんか。それより、全員に話したいことがあるからリビングに呼んでくれよ」
「…?分かった」
ミツルさんが満面の笑みを浮かべているが…話すことと言えば昨日の件しか思い浮かばない。
ミカさんとシャルさんが家の中に戻るタイミングを見計らい、ミツルさんに近づく。
「お話と言うのは先日の授業の件ですか?」
「まあ、それもありますよ」
……ミツルさんは余程嬉しいことがあったのか上機嫌な笑みを浮かべて、スキップをしながらリビングに入るのだが…少しだけ嫌な予感がする。
今までミツルさんの見たことも無い笑顔…何処か悪魔的にも錯覚してしまう笑みに慎重になりながら全員が待つリビングに入る。
「ったく、ミツルってば朝っぱらから皆を集めて何の話があるの?まさかとは思うけど借金を作ったんじゃないんでしょうね?」
「お前にだけはその件に関して言われたくないわ!」
セリーヌさんがジト目で見るのに対し、ミツルさんが拳を握りしめて言い返しているが…先程の笑みは私の見間違い……?
「まあ、良い。最初に話すのは二つあるんだがどっちにするか…うーん」
ミツルさんが腕を組んで悩むそぶりを見せているが…二つ?
昨日の魔法授業の件であれば…一つしか無かったはずですけど。
「良し!最初は――――『悪魔殺しの冒険者』について話そう」
――――え。
全身に悪寒が駆け巡り、全身に鳥肌が立ち冷や汗を垂れ流してしまう。
いやいやいやいやいやいや。
偶然だ。
偶然に違いない。
ミツルさんが知っている訳は無いし…絶対にあり得ない筈だ。
…だけど…もしも知っているとしたら…私は――やはり不運なのかもしれない。