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魔法教授

 …最近思うのだが、俺の理想の冒険者とは何か。

 勇者の様に次々に困難に立ち向かいながら王道展開を望むのはチート能力が必須だが既に諦めている。

 二つ目の選択肢としてチート能力は無くともスローライフを送る冒険者と言うのも手だっただが、仲間が戦闘狂で常に戦い続けないと生きられない生物なので不可能となった。


 まあ、冒険者に就いて俺がどれだけ討論しようと無意味な事なので今の自分の仕事に没頭しようと考え得ているのだが、


 「はい、皆さん。今日は魔王軍幹部を倒した英雄の人が魔法を教えて下さるので静かにしてください」


 冒険者ギルドの中にある一室で十人程度の子供たちが騒ぎ、大声を張り上げて室内を歩き回っている。

 世の中には教師になりたい人、教えるのが好きな人など様々な人がいるかもしれないが、全員が全員とも人の話を聞く存在ではないので気を付けておこう。


 全く意に介さずに遊び続ける子供たちに対してソフィアさんが優しい音色で呼び掛けると、子供たちがピタリと息の合った行動で動きを止めて視線が俺に集中する。


 「初めまして。冒険者のミツルだ。今日は魔法を教える為に来たからよろしく」

 「えええ!!この兄ちゃん、全く強そうに見えねえ!」

 「だよな!」


 一人のやんちゃな坊主がアハハと高笑いしながら呟くのに、隣にいた子供が賛同し室内に笑い声が膨れ上がる。

 我慢だ。

 相手は子供で俺は大人だ。

 子供の馬鹿な発言を真に受けて怒るなど、愚の骨頂だ。


 「兄ちゃんって本当に強いのか?俺より弱く見えるぞ?」

 「やめてあげなよ。お兄さんも弱そうに見えて強いのかもよ」


 ガキ大将らしき坊主頭の子供が俺を値踏みするように下から見下す視線で舐め腐り、背後で学級委員長らしきポジションの女の子が皆を嗜めるように呟くが、全くフォローになっていない。


 「ソフィアさん。こいつらに永遠に消えないトラウマを植えても良いですか?」

 「…辞めてあげてください」


 怒りが頂点に達して【閃光弾】を投げつける準備をしてソフィアさんに確認を取るが、苦笑い気味にやんわりと否定されるが…どうしてやろうか。

 言われっぱなしなのは御免だが、このままだとこいつらは俺に怒られなくても情報を聞いたシャルが容赦なく殴り掛かる恐れもあるので、この時点で優しく仲良くしたいのだが。


 「ほい」


 考えるのも面倒なので一室の天井に向かって【閃光弾】を投げつけ、天井と球体が重なり合って小さな光が室内に照らされる。


 「へえ……。少し見ない間に…ミツルさんは大きな成長をしていますね」

 「ありがとうございます」

 「えええ!?なにそれ!!今の見たことないぞ!」

 「凄い!もう一回!」


 ソフィアさんからは感心され、子供たちから注目を浴びた今がベストタイミングだ。


 「何度でもやってやるから取り敢えず全員座れ」

 「「はーい」」


 先程まで全く話を聞かなかった子供たちが整列して静かに席に座った。

 俺が考えていた用途とは違うが【閃光弾】って凄い便利!


 「まず、始めに俺が魔法を教えられることなど殆どない。【球体魔法】って言う一つの魔法しか持ってないが、物は使いようだ。もう一度投げるぞ」


 子供たちが話を聞いているうちに話すことは話しておこう。

 【閃光弾】を再び天井へと投げれば小さな輝光石が落ちながら光が照らされる。


 「「おおお!!」」


 子供たちから純粋無垢な喝采を浴びるのは悪くない気分だ。


 「これがあれば、魔物の攻撃を防いで仲間が倒せる時間を稼ぐことが出来るし、魔法を放つ時間も稼ぐことが出来る便利な魔法だ」

 「綺麗ではありますけど、本当に魔物に通用するんですか?」


 先程の学級委員長の風格を漂わせる女の子が手を挙げて純粋な疑問をぶつけてくれる。

 確かに綺麗な線香花火程度の光を見て魔物に通用するかどうかは分からないだろう。


 「…そうだな。ソフィアさん、こいつらと一緒に魔物を狩りに」

 「勿論駄目です」


 分かり切っていた事だが、最後まで言うよりも先にソフィアさんから駄目出しを受ける。


 「…私がこちらに来てよかったです」

 「嘘だ!絶対に通用しない!」

 「魔王軍幹部なんて倒してないんだろ!」


 子供とは素直なことで、またしてもヤジを飛ばしてくるが実際に俺が魔王軍幹部を倒した経歴は無い。

 全てシャルやアイミが倒したので正直に言うと囮程度でしか俺の役目は通用しないのだが、


 「そうだな。確かに俺一人では倒せないが」

 「やっぱり!」

 「嘘つきだ!」


 おお。

 散々な言われようだが、


 「だけど、冒険者は一人で戦う訳じゃない。自分より強い魔物を俺達は全員の力で倒してきた。俺の【閃光弾】も単体では活躍する場面は殆ど無いが、仲間と戦う時には一番大切な物を守ってくれる」

 「大切な物って何ですか?」

 「ま、まあ、仲間を守ってくれるんだよ。冒険者ってのは危ないし命の危険も含まれる職業だって身をもって知ったからな。俺一人が活躍して他の人を危険に晒すなら、俺が一番活躍するんじゃなくて、仲間が無事に勝てる状況を作れるのが一番良いからな」

 「…大人でカッコイイ」


 普通な事を言っただけなのに、今までと違って全員が真剣に耳を傾け学級委員長らしき女の子は俺にキラキラと目を輝かせ両手を重ねて見つめ、他の子どもたちも文句も垂れず真剣に耳を傾けていた。


 「やはり、ミツルさんに任せて正解でしたね」

 「今、大層な事を言いました?」

 「はい。授業と言うのは教えるのは勿論、自分の経験を活かした言葉こそ子供たちに一番の教育を与えると私は思っていますよ」


 そうなのか。

 俺には教育と言うのは何一つ分からなかったし、興味も無かったが…教師を目指す人は…この光景が好きなのかもしれない。

 自分の話に耳を傾け、少しでも自分の気持ちが届けばいいと…柄にもなく思ってしまった。


 「良し。今日は魔物を倒す魔法ではなく…仲間を手助けできる魔法を考えることにする」

 「私は水魔法が使えます!」

 「俺は炎が使えるぜ!」

 「僕は土!」


 子供たちが次々に魔法を打ち明けてくれるが、俺は聖徳太子の様に七人の会話を全て把握することは出来ないので、順番にご対応しよう。


 「丁度、ここには悪魔が居るからな。練習台になって貰おう」

 「あらあら。それは言うまでもなく私の事を言ってますよね?幾ら、優しい私でも怒るんですよ?」


 可愛らしく頬を膨らませるソフィアさんだが俺は運ー1000なので自分に被害が被られる可能性が零ではないのだ。

 なので、一番運の良さそうなソフィアさんが適切だろう。


 「順番に教えていくから並んでくれ」


 手を叩き指示を出せば、子供たちは立ち上がり一列に並んで最初の子は学級委員長の女子だ。

 銀色に透き通る髪の毛をツインテールに纏め上げ、可愛らしい風格と俺の偏見によりツンデレが似合う女子と思う。


 「ええと、名前は?」

 「アキです。水魔法が使えます」

 「おお。水魔法なら俺も少しは教えられると思うぞ。ここに悪魔が居るから実験台になって貰おうか」

 「……ミツルさん?」

 「冗談ですよ」


 流石のソフィアさんも許容できなかったようで背後からどす黒いオーラを滲み出していたので、実験台にするのは諦めよう。


 「水魔法は相手に攻撃することも出来れば、自分たちが危ないから逃げようとなった時にも重宝される魔法だ」

 「教えて下さい!」


 子供と言うのは裏表のない純粋無垢な者であるが故に、人を傷つける言葉を直ぐに発言することもあれば、笑顔もまた裏表のない可愛らしい笑顔となる。


 「そうだな。俺が水を利用するのは地面に水を置いて相手の動きを鈍らせるのが主だけど…例えば水魔法を相手に掛けることで相手の動きを鈍らせることも出来ると思う」

 「…【ウォーターボール】でも出来ますか?」

 「ああ。試しに本当に当てるのは悪魔の呪いに掛けられるから、地面に放ってくれ」

 「は、はい。【ウォーターボール】!!」


 小さな少女の手から彼女の顔以上の大きさの水の球が出来上がり、ソフィアさんの目前に放たれる。


 「ソフィアさんはこの場合、どの様に動きますか?」

 「そうですね。横にずれて動くか、少しだけ慎重になりながら真っすぐそのまま進むかの二択ですね」


 顎に手を当て、思考するソフィアさんから最善の二つの選択を選んでくれたのでこの子に説明するのは簡単だ。


 「悪魔が横にずれた場合、たった一秒かもしれない。だけど、一秒って貴重で戦闘を整える環境も作れるし、逃げる準備も行える。アキちゃんが魔法を打った功績で誰かを助けることも出来るって訳だ」

 「わ、分かりました!考えてみます!」


 俺の言葉が伝わったのかは定かではないが、両手の拳を握りしめるアキちゃんは後ろに下がって一人で羽ペンを動かしていた。

 一つ思い浮かんだのは、俺の印象的に冒険者は男の数が多く、女性は物語上のヒロインやサービス的な目的で出していると思い込んでいたが、意外と女性も冒険者に成りたいと言う人は多く存在するんだな。


 「私も【スライム】みたいな強敵に対して立ち向かえる魔導士になりたい」

 「ん?」


 アキちゃんが独り言のように呟いて羽ペンを走らせているが…今のは俺が考えれる限り思い付くのは…アイミの事だよな?


 「ええ。私は女騎士みたいな冒険者になって【ゴーレム】を真っ二つにする」

 「私は回復魔法が使えるから皆を助けたい」


 男性諸君は剣術などが多い中で、女性の方は俺が知る情報ばかりが出回っている。

 ……もしかして、女性陣はシャルやアイミ、囮として一級品の活躍をしているセリーヌなどの記事を見て冒険者に成りたいって…思ってくれているのだろうか?

 信じがたい光景ではある。


 つい、先日の様に思い出せる光景は俺が最初に冒険者ギルドに来た時だ。

 誰もがシャルに怯え、アイミ、セリーヌは問題児扱いで腫れ物だった。

 歓迎している人など一人もいないし、誰かに尊敬の念を抱かれるなどあいつらはきっと思ってもいないだろう。

 …今まで冒険者活動をしてきて最初から受けて良かったと思えた日は無かったが、今日は初めて受けてよかったと思えてしまった。


 次々と魔法の事に関して教えてクエスト完了となり、子供たちとは冒険者ギルドで分かれ俺とソフィアさんは冒険者ギルドの一角にある小さな酒場で食事休憩をしていた。


 「今回のクエストは如何でしたか?」


 食事を食い終わったソフィアさんは右肘をテーブルに付け、手に顎を乗せ俺の反応を伺うように質問をするが…分かっていながら聴いているよな。


 「…普通ですね」

 「あら、そうでしたか?私としては楽しんでいるように見えましたが」

 「分かってて聴いてますよね!?」

 「フフ。でも、私も感謝しています。このクエストはミツルさんが行ってくれて有難いです」


 …ソフィアさんが素直に感謝の言葉を送ってくれるが、何時も嵌める作戦ばかり考えているソフィアさんの答えに警戒心が強まってしまう。


 「私も素直に答えることはあるんですよ?」


 …ついでに心も読めるソフィアさんには俺の警戒心など無意味だ。


 「俺には全く想像できませんけど」

 「本当です。大抵の冒険者はやはり命を賭けて戦っている訳ですから、勝てば自信が付きプライドも増加します。そんな冒険者が教えれば子供たちは将来危ない冒険者に成ります。ですが、ミツルさんは子供たちに自信を付けさせるのではなく、危険なのだと示していました。私の事を悪魔呼ばわりしなければ…百点のクエスト完了でしたよ」


 …少し意外だった。

 初めて、ソフィアさんが本心を喋っている様な、言葉に重みがある気がした。

 何時もは冗談めかしく言葉を伝えているだけなのに…今回は気持ちの籠った素直な言葉だと感じたんだ。


 「…俺も今まで子供とか気に食わない存在ぐらいにしか思ってませんでしたけど…子供も良いものですね」

 「私は子供は素直で可愛くて好きですよ」

 「正反対の性格ですね」

 「何か言いました?」

 「…何でもないです」


 ソフィアさんの悪魔をも超える恐ろしい笑顔に目を逸らし何も無かったことにするしか言葉が浮かばない。


 「それは後々じっくり聞くとしてミツルさんはどうしますか?私は他の方も気になるのでお家に行こうと考えているんですが」

 「今の時間ならまだテリサもいますし、セリーヌも居ると思うので入って良いですよ。俺はもう一品だけ頼んで帰ります」

 「分かりました」


 ソフィアさんが冒険者ギルドを出るのを見て酒場の従業員にもう一品頼んで食事を待っていると、反対側の席にこの冒険者ギルドのギルド長である――ライムさんが姿を現した。


 「…ど、どうも」

 「畏まらなくても大丈夫ですよ」


 ライムさんはオールバックの白髪頭に白の顎髭を生やした姿で佇んでいるが恐ろしい程の風格を匂わせ、反射的に立ち上がって頭を下げるが、見た目とは裏腹にソフィアさんとは真逆に心が真っ白で純粋な優しい笑顔を向けるライムさんの姿を見て腰を落とす。


 「如何ですか?冒険者支援制度は」


 俺の隣に突然座ったことに驚きだったが、今の言葉で納得出来た。


 「まあ、良いと思います。散々だらけていた生活の中で皆は張りがあって充実していると思いますが、一つだけ疑問があるんですよ」

 「何か不便でも?」

 「不便と言うか、どうしてソフィアさんが俺達の担当なのかと。ソフィアさんならもっとまともな所に配属されそうな気がしたんですが」


 初めはソフィアさんが唯一俺達を操れるからだと勘違いしたが、普通に考えれば今までソフィアさんは今までシャルたちを制御出来ていないのだ。

 出来ていないから俺を罠に嵌めてシャルたちを任せたのだ。


 もしも、自分で制御できるのなら俺に頼る必要など無いし寧ろ運ー1000という恐ろしいまでの悪運をあのパーティに入れる悪行に出来る必要もなかったはずだ。


 「ソフィアはミツルさんたちのパーティに最適でございます。あの――過去があれば…おっと。すみません。つい、最近は老後の人生では喋ることが生き甲斐で口を滑らしてしまう」


 …ソフィアさんが最適だと?

 【借金の帝王】たちのパーティに最適な人材などそもそもいるのか?

 いや、問題はその後の過去話だ。


 「教えて下さいよ」

 「いえ、ソフィアから固く喋ることを禁じられていますので」

 「…実は『冒険者支援制度』に関して一つだけ不満があります」

 「さ、先程不便はないと」

 「あります」


 ライムさんは若干困惑した姿を見せるが、まだ俺の事を分かっていない。

 少しでも面白そうな話題を見つければ俺はどんな手段も厭わない。


 「ソフィアさんに関して俺達は家にあげることを許してます。しかし、冒険者ギルドの受付嬢だからと全てを信頼するわけにはいきません。冒険者ギルドの意向は分かっているつもりですが、やはりソフィアさんに関して俺達は知る権利がある筈です」

 「え、いや、しかし」


 年頃のお爺さんに対して詐欺の様に言葉を使うのは気が引けるが、始めに口を滑らせたのはライムさんだ。

 実際はソフィアさんを家にあげなければ問題は解決するし、俺達が『冒険者支援制度』を受け付けなければ良い話ではあるが、今は敢えて伝えない。


 「本音を言えばこの先も難しいクエストや他の人が受け付けないようなクエストも…頑張ろうと思ってたんですけど…」

 「……分かりました。しかし、なるべくご内密に」

 「はい」


 きっと今の俺はこの世界に来て一番良い笑顔をしているに違いない。

 

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