その後
「おはようございます、ミツルさん」
……ん?
昨日散々弄ばれ、結局は四人で食事を取った後はお楽しみイベントなど欠片も無く、楽しい活気に満ちた食事会を勝手に開催したのにセリーヌが拗ねるなど面倒な事もありながら、今日から再びスローライフに戻ろうかと思ったのだ。
朝からアイミに叩き起こされて朝食を食べようとリビングへと足を踏み入れれば、ソフィアさんが既に椅子に座って満面の笑みを浮かべている。
……いやいや。
夢か?
ソフィアさんとデートをしたことで一緒に住みたいと言う幻覚でも見ているのか?
そこまで求めていない筈だが、一応頬を抓るがちくっとした痛みが及ばされ、夢ではないことが実証される。
「……何でいるんですか?」
「何でそんなに離れてるんですか?」
何が起きているのか分からず、自分の危機感地センサーで近づいては駄目だと訴え、階段の隅っこから顔を覗かせソフィアさんを見るが…他の奴らは誰も不思議に思わないのか?
「ミツルってば何をしてるの?早くご飯食べたいから座ってよ」
「私もお腹ペコペコだよ」
「安心して。お金が沢山あるから料理も山ほど作れるから」
誰もソフィアさんがいることが当たり前の様に席に座って料理を目前に涎を垂らす子犬の様な顔をしている。
……ソフィアさんが来るのは初めてだから普通にいるのに疑わないのはおかしい筈なんだけどな。
「もう食べても良いんですか?」
「駄目よ。食事は皆で食べるのがこの家の決まりだからミツルが席に座ったら食べるわよ」
「ミツルさんも早く座ってくださいよ。テリサさんのお料理に昨日ハマってしまって早く食べたいです」
目で何時までそこにいるんだ、早く座れよと言われている気分だが当たっているのかは分からない。
「……分かりましたけど、何でいるんですか?」
これ以上待たせてしまうと非難は間違いないので渋々席に座るが気になって仕方がないので、尋ねる。
「そうね。ミツルも揃ってから話すって言われてたから気になってたわ。あ、テリサもご飯食べるわよ」
「ええ。私もお腹が空いたのよね」
テリサが席に座った所で手を合わせて料理を食べ始めるので、もう聞いても良いよな?
「それで、テリサさんはどうしてここに?」
「ミツルさんに会いたくてって言ったらどうします?」
「「なっ!?」」
妖艶な笑みを浮かべ首を傾げて俺の反応を伺うように尋ねるのに対して、シャルとミカが驚いた声を上げるが、
「騙されませんよ。仕事関係のお話だと思いますけど」
「フフ。私的にミツルさんの初心な反応を見たかったんですけど」
「ご期待に沿えずすみませんね」
これが他のメンバーに言われると結構照れたかもしれないが、相手はソフィアさんだ。
単純に会いたくて来るなど絶対にあり得ない。
寧ろ、嫌な予感がするので朝食を食べたら即刻、仕事に行ってもらいたいのだが。
「まあ、本当の理由としては冒険者ギルドで新しい制度が出来まして、『冒険者支援制度』と呼ぶべきものです」
……おかしいな。
俺達は既に冒険者活動の欠片も行っていないのに、『冒険者支援制度』なんて必要あるのか?
いや、必要ないので断るしかない。
「すみません。俺達はもう殆ど冒険者を引退したような」
「ただ、この制度はまだ導入されたばかりなので少数の――強い冒険者のみが選ばれていまして」
「「「詳しく」」」
チョロインズの四人が真っ先に反応して、アイミまでも食事を止めて耳を傾けている。
淡々と食事を進めるのは俺とテリサだけだ。
「詳しく説明すれば、冒険社ギルドの受付嬢を一人派遣して、家の中、もしくは宿の中に置くことでわざわざ冒険社ギルドに行かなくてもクエストを受けたり、報酬を受け取ることが出来ます」
「便利ね」
「そうだね。手間が省けるのは助かるね」
シャルとアイミが同調しているが本当に説明の意味を理解しているのか?
今の簡単な説明だとソフィアさんがこの家に住んで、何度もクエストに行けとしつこく迫られることになるんだぞ?
「更に他の人は出来ないであろうクエストを皆さんの様に――最強の冒険者だけが選べるんですよ」
「「「最強」」」
……どう考えても面倒なクエストを押し付けられるだけだろう。
「因みに、受付嬢を家の中には嫌だと言う方や、そもそも受付嬢が反対する場合は呼ばれたら行くシステムになってますので」
「全然良いわよ!私の家に住みなさい!」
簡単に落とされているセリーヌが真っ先に賛同するが、
「待て。お前ら分かってんのか?俺達は億万長者だ。わざわざ冒険する必要もない」
「だけど、最強の冒険者しか選ばれないのよ!?凄いと思わない!?」
「残念ながら【ゴーレム】、【スライム】を倒した時点で俺達は周囲から最強の冒険者だと思われてるんだからわざわざ自慢する必要もない」
…どうだ?
敢えて説明の合間に否定するのではなく、全部の説明を聞いたうえで否定すれば自分たちが一時的に興奮しているだけだと気付けたか?
俺の目論見通り、先程まで浮かれていたセリーヌの顔が若干悩むように首を傾げている。
「…確かに私は美酒を求めて散歩をしたいのよね。最近は、街を歩いただけで英雄扱いだし…わざわざ冒険する必要も無いんじゃ…」
おおおおお!!
良いぞセリーヌ!
お前は賢い女だ!
「…そうですか。残念ですね。冒険者支援制度を取り入れるのを決めた際に真っ先に出たのはミツルさんたちのパーティだったんですが、流石に冒険者支援制度で出てくるクエストは難しかったですよね」
「「「やる」」」
ソフィアさんが全く悲しそうな雰囲気など見せずに落ち込んだ姿を見せるが、戦闘狂の四人は即答で結局『冒険者支援制度』を行う羽目になった。
「ミツルもそろそろ分かってきたと思うけど」
「だな」
「「世の中は上手くいかない」」
テリサと言葉が被るが、まさしくその通りで俺の思い通りに事が動いたことは一度もない。
不思議なことに俺の思い通りには動かないのに、ソフィアさんの企み通りに動くのはおかしいと思うのは俺だけだろうか?
更に、やってあげましたと言わんばかりに俺に向かって笑みを浮かべている姿は本当なら憎たらしいのに、可愛いのが困りものだ。
これ以上は気にしたら駄目だ。
『冒険者支援制度』を取り入れるとしても結局は冒険に行かなければ意味のない事なので、俺はスローライフを送ることに決定だ。
朝食を食べた後は新しい球体魔法の可能性に賭けて出掛けるか、シャルとミカが素振りを行うのを見るかの片方を選択するが、今回はソフィアさんが俺の家にいるので絶対に外には出たら駄目だと直感が訴えているので家の中庭に椅子を用意してシャルとミカの素振りを見守る。
「お隣宜しいですか?」
シャルとミカの素振りを見つめていると、ソフィアさんが受付嬢の格好で俺の言葉も待たずに隣に腰掛ける。
「…椅子を持って来ても良いですよ」
「その言葉を待ってました」
直ぐに起き上がって椅子を持ってきたソフィアさんが隣に座るが…何を企んでいるんだ?
ソフィアさんが普通に座るなどあり得るのか?
いいや、有り得ない。
一年中、策略と悪魔のような考えだけを働かせているソフィアさんが何もしないなんてことは決して有り得ない!
「…ミツルさん。私の事をどう考えているのかは分かりませんが、単純に興味本位で見ているだけですよ」
「…へえ」
「全く信じられてませんね」
当たり前ですと言うのを喉の奥で押し殺す。
「まあ、大丈夫だと願っています。因みに冒険には行きませんけど」
「冒険には行って頂かないと私が怒られるので困ります」
…俺の意見には興味ないらしく、ソフィアさんにとって上司に怒られずに生活するのが最優先の出来事らしい。
だが、気持ちは分からなくもない。
きっと、俺も働けばソフィアさんと同じ行動を取っていたに違いない。
「…何故か無理難題や、色々と弄ばれてるのにソフィアさんを怒る気になれないんですよね」
「あらあら。事実無根の話が出て来てますよ。弄んだことなんて一度もありません」
散々な目に遭っている筈なのにソフィアさんを全く怒る気になれない謎の違和感を覚えながらシャルたちの素振りを見ていると、ソフィアさんが軽い調子で断言したので振り返ると、可愛らしくウインクをして人差し指を唇に添えていた。
「何時も真剣ですよ」
「はいはい」
「あら。全く信用されてませんね」
ソフィアさんからすれば本気なのかもしれないが…全く真剣に言っている気がしない。
まあ、何だかんだでソフィアさんとは仲良くできる気がするが、
「シャルとミカの素振りが何時もと違うな」
「分かるんですか?」
キョトンとした顔で尋ねられるが、俺も最初の頃は分からなかったが何度も見る度に今のは良かった、今のは駄目だったと専門家の様に分かるようになってきたが、今日は殆ど良い素振りが見れていない。
「お前ら今日素振りが変だぞ?」
「「誰のせい!?」」
おっと。
まさかの怒られてしまった。
俺達が喋るから気が散っているのかもしれないので、静かに見守ることにしよう。
ソフィアさんも何も企みは無いのか静かに傍観しているが…お!
「今のミカの素振りは良いな」
「えへへ」
今度は満更でも無さそうにミカが後頭部を擦りながらはにかんでいる。
単純な女と言うか、裏表がないと言った方が表現は柔らかいが言葉に出しずらい。
ミカの素振りを称賛していると、隣のシャルの素振りが徐々に素早く、綺麗になっていく。
シャルの特技である負けず嫌いが発動したらしい。
「おお!シャル早いぞ!」
「…うん」
口角を緩めるシャルが更に勢いがついて、高速を超えた音速の域で何重にもぶれた素振りが始まるのを見て、ミカが口をへの字にして負けじと速度を上げていく。
俺が見ている限りではこいつらは常に張り合い、負けじと素振りを行って最後は俺が止めるまで永遠に止めない。
「おい!お前ら張り切り過ぎだろ!少しは休め!」
今日は何時もより何倍も強く速く振る姿を見て慌てて止めれば、二人はピタリと素振りを辞める。
若干汗を掻いているのようでタオルを渡して休憩をさせる。
「お前ら、疲れないのか?」
俺が素振りを行えば一分で疲れる自信はある。
流石の無限体力に引く所はあるが、二人は何事も無いように汗を拭いて息を整えた。
「僕はまだまだ全然平気だよ」
「私も平気」
再び二人の意地の張り合いが行われているが、既にお馴染みの後景で笑みを零してしまう。
「まあ、二人が大丈夫なら全然良いけどな。最近は大人しくしてくれてるし、このままスローライフを楽しめれば俺は大満足だ」
「昨日、一千万金貨だけ使ったけどそれ以外は何もしてない」
「僕も意外と高くて驚いちゃった。まあ、後悔してないし素振りを再開しよう」
「うん」
二人が和やかな雰囲気で素振りを再開しているが俺は固まってしまう。
何処か不穏なお金の流出が聞こえたがこれ以上追及するのも疲れるし、何より今はお金に余裕があるので気にしないでおこう。
シャルたちの素振りを立ってみるのも辛いのでもう一度ソフィアさんの隣の椅子に腰かける。
「…初めて見ましたが、完璧にシャルさんの扱いに慣れてますね」
「そうなんですかね?シャルは最初から余り反抗的な態度を取ってないから分からないんです」
ぶっちゃけて言うと、シャルが危険物資なのは変わりないが俺に対して反抗的な思春期特有の反抗期も無く、何でも素直に従ってくれるから手間は無い。
「驚くべき所ですよ。鬼の暴走列車とも呼ばれたシャルさんを手懐ける男が居るとなれば街中大騒ぎの案件です」
一体、シャルは今までどれだけの大惨事を行ってきたのか…。
俺が異世界に来たのが最近なので分からないが、来る前は想像以上に爆弾を持ち続けている様な存在だったのだろう。
「あ、そう言えばミカさんですよね?」
「うん。昨日も自己紹介してなかったけど僕は【槍王】の称号を持つミカだよ。よろしくね」
「はい、宜しくお願いします。それで、ミカさんにお一つ耳よりの情報がありまして、実はクエストで」
……ん?
聞き捨てならない気がするぞ?
ソフィアさんの方をジト目で見るが、ミカと対面で話しているので俺には気付かない様子で話が進んでいく。
「大変難しいクエストで今まで槍使いなどの中、遠距離のクエストがあるんですけど…【槍王】のミカさんでも厳しい可能性も」
「やる!!」
おっと。
俺が何かを言うよりも先にミカが目に炎を宿し、拳を握りしめてやる気を昂らせ戦闘態勢を整えている。
「シャルさんは…いえ、難しいので辞めておいた方が」
「言って。気になる」
なんとも白々しい演技だ。
わざとらしく気になるような演技をしてシャルが絶対に聞くように仕向けている。
「【ゴーレム】に匹敵するほどの硬さで…ゴーレムを倒したシャルさんでも斬れないと思うので」
「私に斬れない物は存在しない。やる」
ミカ同様に基本無気力で表情が変わらないシャルの眼に生気が宿り、剣に手を添えて戦闘態勢を整えて家の中へ入っていく。
「…俺よりもソフィアさんの方があいつらの扱いに慣れてません?」
「残念ながら私は焚きつけることは出来ますが、制御できませんから」
納得してしまう。
確かにあいつらを止めるのは至難の業だが、シャルは元々言うことを聴いてくれるので、余り困った経験は無いがソフィアさんは俺が来るまで相当苦労していたんだろうな。
「因みにミツルさんにはこれが丁度良いかと」
「俺にはもう何も演技をしないんですね」
「バレてますから」
『未来の冒険者候補に魔法授業を開催:報酬七金貨』
俺が今まで理想を描いて来た冒険者とはかけ離れたクエストを手渡される。
…冒険者って何なんだろうね。