デート2
「さあ、張り切っているミツルさんは何処に連れて行ってくれるんですか?」
「…からかわないでくださいよ」
当然の様に覚えているソフィアさんが三日前の勢いの良い返事を蒸し返して小悪魔的な笑みを浮かべているが、正直に言うと食事程度しか考えてなかった。
「今日は初めてですし、食事だけでもどうですか?」
「そうですね。私もはっきりと言えば仕事終わりなので余り歩きたくは無いんですよね」
「正直に伝えてくれるのは有難いですね」
苦笑いを浮かべてしまうが、俺は女子が遠慮して我慢して一緒に遊ぶよりも大変だ、面倒だと直球で伝えられるのが一番安心できる。
不安になる要素も無いし、気が楽で助かるな。
「おい、何であんな野郎にあんな美人な子なんだ?絶対に釣り合ってねえだろ」
「信じられねえ。どう見てもひ弱な男だろ」
こらこら。
難聴系ではない俺は小さな声で喋っても全部聞こえてるんだぞ?
右側でボソボソと俺を睨みつけながら半目で睨まれるが素知らぬ顔をして通る。
「フフフ。ミツルさんは怒らないんですか?」
「残念ながら平和主義な物で。それに、ソフィアさんが美人で釣り合ってないのは事実ですからね」
「勝てないの間違いでは?」
……普通ならここで美人と言う言葉に頬を赤くするのがテンプレ物語としては正しいのかもしれないが、残念ながらソフィアさんは美人と言う言葉を華麗に受け流してさらっと俺を罵倒する。
「勝負は始める前から分かりませんが、ここは俺の器の大きさで受け流しているんです」
「素敵ですね」
「もっと褒めてくれても良いですよ」
ソフィアさんの言葉を軽く受け流していると、背後で――――爆発音が鳴り響いた。
「た、大変だ!!一人が顔面を殴られて吹き飛ばされたぞ!?」
「もう一人は槍みたいなもので八つ裂きにされてる!!」
背後で何が起きているのかは分からないが、触らぬ神に祟りなしだ。
デートの最中に余計な事件に巻き込まれる系のイベントは要らない。
「何か起きてるみたいですけど」
「気にしたら駄目です。ソフィアさんも面倒事は嫌いでしょう?」
「まあ、その通りですね。面倒なのは仕事だけで十分です」
自分で言っておきながら…全然テンプレイベントは発生しないんだよな。
ここで、背後の不穏な爆発音でイベント発生、更にソフィアさんとの仲も親密に!…なんて事も起きずに雑談を交えながら歩いて行く。
しかし、俺がソフィアさんにkえお勧め出来るであろう場所など一つしかなく、
「…ここが美味しいんですけど良いですか?」
結局はテリサのお店に辿り着くんだよな。
最近はテリサのお店の常連と化して従業員の人達とも仲良くなって、三つ子には食事を無料で提供してもらう代わりに色々と教授したりもする。
まあ、この辺で一番美味しいのはテリサのお店で決まりだ。
「最近噂になっているお店ですよね。見たことも無い絶品料理や、新鮮な味わいが食べれることで賑わいを見せていると言っています」
「そうですよ。凄い美味しいので是非食べて欲しいと思って」
「だけど、まだ開店の十分前ですけど」
「大丈夫です」
先導してテリサのお店に入ればホールスタッフで一番経験値の高いホールスタッフである――リエさんがホールをブラシで掃除していた。
「すみません。まだ、開店では…ってミツルさんじゃないですか。玄関から入るなんて珍しいですね」
「今日は普通に食べに来たんだ」
「ミツルさんなら大歓迎だと思うので席に座ってて下さい。オーナーを呼んできますね」
リエさんに伝えて椅子に座らせてもらうのだが、今までで初めてソフィアさんが口を半開きにして俺をじっと見つめている姿は若干驚いているように見える。
「……ミツルさんは一体何者なんですか?」
「ソフィアさんの驚いた姿を見せられただけでもここに来て良かったです」
「…最初のお返しですか?」
「はい」
誰でも気になるであろう場面で敢えてにっこりと微笑んではぐらかしてあげる。
最初に蒸し返して馬鹿にしたのはソフィアさんなので丁度良い仕返しになった。
「このお店は人気店で入るのも一苦労なんですよ。なのに、開店前から優遇するなんて普通は有り得ませんよね」
「そうかもしれないですね」
「…私が悪かったです。気になるので教えて頂いても良いですか?」
余程気になるのか、ソワソワとしながら辺りを見渡している。
「…簡単な話ですよ。【ゴーレム】を倒した報酬でこのお店を建てる援助金を俺が渡したんです。なので、オーナー兼シェフの人とも仲良くしてもらってるんですよ」
ようやく腑に落ちたのかソフィアさんは両手を合わせ、満面の笑みを浮かべている。
「そうだったんですね。私はてっきりミツルさんが脅迫でもして脅しているのかと。犯罪の片棒は担ぎたくないですから」
「ソフィアさんの俺に対する偏見が大変なことになってますね」
満面の笑みで呟く内容ではなく、更に冗談ではなく本気で思っているのか深く安堵の溜息を吐きだしていた。
「ミツルさんたちは今では魔王軍三大幹部の二つを落とした人物として有名になり…借金を生み出す天才でもあることから、何をするか分からない【危険物資】として名を連ねてますよ」
「あいつらは何をするか分かりませんけど、俺は無関係でしょ!?」
あの三人は現在は落ち着きを持っているが、常に何をするか分からない爆弾を抱えている様な物だ。
「フフ。ミツルさんも彼女たちの色に染まって…いえ、違いますね。染まっているのは彼女たちなんでしょうね」
「クエストを行っていないからですか?」
「それもありますが、もう一つありますよ」
「何ですか?」
満面の笑みを浮かべていたソフィアさんが若干口角を上げて、悪戯っ子の様に首を傾げて妖艶に微笑む。
「何だと思います?」
本当に良い性格をしていると思います。
先程の仕返しのつもりなのか妖艶に微笑む姿は美しくもあり、可愛らしさも孕んでいるが曖昧に濁す姿はまさしく悪魔だ。
「……教えてくださいよ」
「フフ。簡単な話ですよ。温厚になり始めているということです。特にシャルさんは特に染まっていると私は思いますよ」
「そうですか?何をするか分からない…それこそ危険な部分もあると思いますよ」
シャルは確かに俺の前で余り危険な部分や不機嫌な所を見せないが、危ない思想の持ち主なのは確かである。
常に向上心を持って生きるのは憧憬を抱けるし、勇ましいとも思えるが危なっかしくて見ている側はハラハラして見るに堪えない。
「ミツルさんが来る以前までは少し棘が目立ち、殺気が溢れ誰とも群れず、眠れる獅子の様な佇まいで私も恐怖を抱かずにはいられませんでしたが…今は、私も普通にお話しすることが出来る程度にはシャルさんが温厚になっていると思います」
「そうなんですかね……?俺には余り分からないんですけど」
「何度も見て来た私が言うので間違いありません」
最近では付き合いもあるが、俺は今までの三人の話を余り聞いたことが無い。
シャルが眠れる獅子の様な佇まいなど今の俺には全く見当も付かない。
寧ろ、何処かおっちょこちょいで照れ屋で若干不器用な所もあるが年相応の女の子に見える。
「…そうかも知れませんね。俺は今までの三人を知りませんから」
「今のミツルさんから見てシャルさんはどう見えますか?」
「普通の女の子ですね。向上心を持って歩いている姿はカッコいいですけど見ている側は心配ですけど、何処にでもいる女の子と変わらないです」
「成る程」
何故か、聞いている側のソフィアさんが何度も満面の笑みで首肯すると椅子を引いて立ち上がる。
「どうしました?」
「見ているだけで良いんですか?宜しければご一緒にお食事でもどうです?」
「へ?」
ソフィアさんは誰もいない筈の玄関に向けて独り言のように呟く姿に背後に幽霊でもいるのかとビビっていると、玄関が開き――シャル、アイミ、ミカの三人が苦笑いを浮かべて姿を現した。
「お、お前ら何してんの?」
「私の尾行に気付くのは流石ソフィア」
「女の子ですから常に周囲に目を配らせてるんですよ」
普通に話し始めてるけど全く状況が整理できていない。
デートをしていたと思えば、シャルたちが姿を現すなんて想定外だ。
しかし、俺の混乱を他所に既に食べることは決定しているのかアイミとミカが椅子を持ってきて隣に座る。
「おい!お前ら何してるんだよ!」
「ミツル君が浮気してないかの尾行だよ」
ミカが悪びれた様子もなく可愛らしくウインクをして喋るのだが…違うと言ったのに全く信用されていない。
「そもそも、俺とお前は付き合ってないだろ!?今日はデートだから別の日に」
「ソフィアさんは冒険者ギルドの受付嬢で皆の物だから手を出したら駄目だよ」
「…アイミがいるのは想定外なんだが」
尾行などの行いをするのとは程遠いと思い込んでいたのに、アイミは既に着席して料理を食べる準備は完了している。
「ミツルさん。皆でお食事をするのは楽しいですよ」
「…デートって男女の二人で出掛ける事ですよね?」
「はい。現在仲の良い男女でお食事をしていますよ。それに、デートが二人と言う決め事はありませんからね」
何という見苦しい屁理屈だ。
折角のデートが普通の食事とは変わらない。
「ミツル」
「ん?どうした?」
左隣に無言のまま座ったシャルがソッポを向いたまま話しかけるが、顔を背ける理由は?と聞きそうになるが…シャルがあの状態で話すことは無いので気付かないふりをしよう。
「ありがと」
「……何のことか分からん」
…絶対に聞いてたよな。
【感覚察知】もあるし、先程のソフィアさんとの会話も玄関なら絶対に聞こえていたに違いないが、ここでどういたしましてと言うのも気恥ずかしくて誤魔化すしかない。
「別にいいけど」
「ん」
……いやだ!!!!
恥ずかしすぎるよーーーー!
「そう言えばミツルさんは私達の事はどう思ってるの?」
「あ!僕も知りたいよ!シャルちゃんだけずるいよ!」
…シャルの言葉を聞き流すことで話は終わり仲睦まじくエンディングを迎えるかと思えば…アイミとミカが前のめりに聴いてくる。
本当に空気読んでくれる!?
もう、その話は終わったんだけど?
「フフフ。やはり、食事は大勢で食べるのが一番ですよね」
先程から上機嫌なソフィアさんは他人事のように傍観している。
信じられない。
俺をクエストで誘き寄せるだけでは飽き足らず、デート中に他の女子を呼んでハーレム気分を味わう暇もなく、拷問と呼ぶに相応しい質疑応答が続く。
「ほらほら!シャルと同じみたいに私達の事にも正直に言ってよ」
「うんうん!僕も聞きたいな!」
「アイミは精神年齢大人の体型子供な子」
「なっ!?」
アイミが唖然とした様に口を半開きにして驚きを露わにしている。
「ミカは痴女」
「ちょ!?」
ミカも驚いたように声を上げているが、前回俺のベットに侵入してきたことは永遠に脳内に染みついている。
挙句の果てにあの後は一度も来ないお預け状態。
俺は常に次に来た時の為に入念に心を落ち着かせているのに、何の意味もなく勿体ぶる行動を取るミカには痴女がお似合いだ。
べ、別に全然来て欲しいなんて思ってないんだからね!
「…こ、子供」
「…ち、痴女」
アイミとミカが急に落ち込んだ姿を見せる中で、オーナー兼、家のシェフであるテリサが笑みを浮かべて現れる。
「もうミツルたちってば本当に私の料理が好きよね。開店前から食べたいなんて仕方ないから作ってあげるけど」
満更でも無さそうにソッポを向いて笑みを浮かべるテリサの姿はツンデレそのままだ。
「いや、別にお前の料理じゃなくても良いんだが無料で食べられるから」
「そこは普通に私の料理が食べたいって言えば良いのよ!今までの料理の代金も払ってもらおうかしら!?」
「冗談だからお任せで頼む」
「もう…調子が良いんだから」
結局満更でも無さそうにキッチンの方へ戻っていくテリサの姿はチョロインそのものだ。
「ミツルさんの素直ではない所も筋金入りですね」
「……」
何も言えない……。