英雄
「……ん」
徐々に意識が覚醒し…ゆっくりと目を開ければ眩しい光が目を覆い、思わず細めになりながら徐々に目を開けば、自分の部屋の天井が目の前に映し出されていく。
「…生きてる」
「アイミ!?」
視線を左右に向ければミツルさんが椅子に座って慌てた様子で前かがみに私を見つめる。
「大丈夫か!?何か違和感とか傷とか気分が悪いとか無いのか!?」
「だ、大丈夫だよ。少し身体が重いだけだから」
一番大変そうなミツルさんが寝込んでいる私の周囲を何度も見つめて安全確認をするが…一度体験したことのある体の重さで魔力枯渇と一緒だ。
だけど…ここに寝ていると言うことはスライムを倒せたと言う証でもあり…素直に嬉しい。
「――――大丈夫なわけないだろ」
「……ミツルさん?」
重い腰をあげ座りながらミツルさんの方を向けば顔を俯かせ――声を震わせていた。
「魔力が足りないって…自分で言ったんだぞ」
「…うん」
後から責められるのは分かり切ったうえで私は自分の魔力を超えた雷魔法を使うことを決意した。
ゴーレム戦を経て少なからず魔力も上昇し自分の命を削って出来ると確信を持っていたが…誰も賛成するとは…特に心配性のミツルさんには断固反対されるのを承知の上で行ったので責められるのは…え。
「目の前で…突然倒れて…本当に…怖くて」
「……」
喉から声を出して謝罪の言葉を述べようと思ったのに…ミツルさんの眼から涙が落ちる光景を見て目を見開き…声が出ない。
「…一日経っても目が覚めないし…死んだかと…凄い…怖かったんだぞ!!」
「ご、ごめんね。スライムを倒さないとって必死で」
慌てて言葉を紡ぐがミツルさんが涙を止めることなく溢れ出て腕で拭うが何度も溢れ出る涙に強く心を締め付けられる。
「街が破壊されても…お金や家を失っても…俺はお前らだけは失いたくないんだよ」
「うん」
涙を流すミツルさんの背中をゆっくりと擦りお落ち着かせようと試みるが…ミツルさんが涙を流すなんて初めての後景で戸惑いを隠せない。
「もう二度と…自分を犠牲にしてまで戦おうなんて…思わないでくれ」
「…分かった。約束するから…本当にごめんなさい」
私は馬鹿だ。
戦おう、役に立とうと言う思いが先走り…皆の気持ちを…まさか泣くほど心配されるなんて思いもしなくて…後悔ばかりが募っていく。
「でも…本当に良かった」
「ふぇ!?」
ミツルさんが泣きながら私を両腕で強く抱きしめる。
……その腕が震えていることに気付き…自分の愚かさに気付かされる。
「アイミが…生きててくれて良かった…」
心底安堵したのか強く握りしめられる腕に締め付けられるが…痛くはなく寧ろ心地よいと思えてしまった。
――――駄目だと分かっているのに。
シャルがいつの間にかミツルさんの事を好きになっていることに気付いて…ミカさんもミツルさんの事が好きって知っているのに身体が徐々に熱くなっていく。
暖めているのはミツルさんが抱き着いているからだと思いたいのに…誤魔化さないと駄目だと分かっているのに自分の――――早まる鼓動だけは誤魔化せない。
◇
「もう大丈夫だよ」
「駄目だ。テリサの所まで俺が運ぶから大人しく摑まってろ」
今日はスライムを倒したことで祝勝会を挙げるとの事でテリサさんのお店まで歩くことになったのだが、魔力枯渇で体調の悪さが原因で一瞬だけふらついたのを見たミツルさんが私を背中に背負うが…最近食べてばかりで少し太っているから…恥ずかしい。
だけど…もう少しだけこのままで居たいと思う自分の矛盾の気持ちに歯がゆさを感じながらもなるべく体重を預けないように工夫をしてミツルさんの背中に乗せてもらう。
「…ミツルさんは心配性だな」
「誰も心配させるようなことしなければ俺だって心配しない」
「……正論過ぎる」
今回ばかりは自分の愚かさに気付かされ…涙を流させないように努力しようと覚悟を決めたのに…結局はミツルさんを泣かせてしまった。
自分の気持ちだけを片付けるのではなく…今後は絶対に皆が不安にならないように戦おうと改めて知った。
「アイミは食欲旺盛だけど今日の所はゆっくりと食べろよ」
「分かってるよ。食欲もあんまりないし」
「アイミが…食欲が無い?おい!まだ体調が悪いんじゃないのか!?別に祝勝会は今日じゃなくても良いから家に帰るか!?」
……私を一体何だと思っているのかミツルさんが立ち止まり慌てた様子で呟く。
食欲魔人とでも思い込んでいるのかもしれないが、魔力枯渇と言うのは体調不良と同じで食欲も失せてしまうのは当たり前なので気にする必要は無い。
「大丈夫だって。今日だけ落ち着けば治るから」
「……本当か?」
「うん。大丈夫だから行こうよ」
「…一つだけ言わせてもらえば…重い」
折角良い雰囲気で歩いていると思えば…これだ。
「女子に次そんなこと言ったら人生が終わると思ってね?」
「いやー、アイミは軽すぎて驚くな。このまま、何処までも走れる気がする!」
調子の良いミツルさんが漢城の籠ってないトーンで嘘丸出しで語るのだが…まあ、今日だけは何でも許してしまう気がする。
「そのままテリサさんの所までよろしく」
「…お前、実は大丈夫だろ?少し歩くのが面倒になって来たんだろ?」
ミツルさんは他の誰よりも鋭い時もあれば…他の誰よりも鈍い所もある。
特に恋愛関係に関してミツルさんの鈍さは一級品だし、特に女心が全く分かってないのが難点だ。
私の気持ちを一mも理解していないミツルさんが見当違いな事を述べるが…全部を把握して欲しいとまでは言わないけど…少しは私の気持ちを分かって欲しいと言う気持ちもある。
「全く大丈夫じゃないよ。それに、ミツルさんが運ぶって言うんだから最後までお願い」
「へいへい。元より運ぶ気だったからな」
……本当にずるいと思う。
何だかんだ言いながら…結局は優しいなんて…自分の鼓動がミツルさんに悟られていないかで不安で一杯だよ。
「――――ほら、着いたぞ」
ミツルさんにテリサさんおお店まで運んでもらい下ろしてもらうが…店の外からでも聞こえる賑わいの声に…首を傾げてしまう。
もしかして、既に祝勝会が始まってるのでは?
「…あいつ」
ミツルさんが不満げな顔をしながら入るのに連れてお店の中に入れば…活気と賑わいで溢れ返り、様々な人たちが食べ、飲み、騒いでいる日常が目の前に映し出される。
「…ったく。誰が勝手に始めたんだよ」
「ミツル君ってば遅いよ」
不満を漏らすミツルさんの前に木製コップを手にミカがほんのりと頬を染めて現れる。
「一応聞くが誰が先に始めた?」
「セリーヌちゃんが初めは皆が来てからだって言ってたけど一口お酒を飲んだらその瞬間に」
「よし。文句を言って来る。アイミは大人しく座っとけよ」
「うん」
大分落ち着いたが、まあだ本調子ではないので男場に甘えて適当に椅子に座らせてもらえばミカさんが料理を紙皿に乗せて目の前に持って来てくれる。
「あ、ありがとう」
「ううん。アイミちゃんは今回の功労者だからね」
「そう。アイミのおかげ」
「シャルまで」
ミカだけではなくシャルまで皿に料理を持ってきて渡してくれるが、シャルが若干頬を引き締め、私の頭を軽く小突く。
「…だけど、もう二度とあんな事したら駄目」
「うん。分かってるよ」
シャルは怒っている様子でもなく、若干落ち着いた雰囲気で優しく諭される。
「その様子だと既にミツルに叱られたから私が殴る必要は無い」
「…ミツルさんに叱られなくても殴らないでよ」
シャルの基本行動の全てが先頭に始まることに関してだけは仲間の私でも恐ろしいと思えてしまう。
「セリーヌは相変わらず強いな!」
「ミツルも前回よりは強くなったんじゃない?」
「ミツル!お酒は禁止!」
少し離れた所で不満を漏らしに行ったミツルさんがセリーヌとお酒勝負をして既に出来上がっている状態でシャルが慌てた様子で止めに入っている姿が何処か微笑ましく口角を上げてしまう。
「僕の家とは大違いで…皆が賑やかで飽きないな」
私の隣に腰掛けたミカさんも少し酔っているのかコップに入ったお酒を飲み干しながら満面の笑みでシャルたちの姿を見つめている。
「…あの、一つ聞きたいんだけどテリサさんは料理中なの?一応、スライム戦で手伝ってくれたからお礼を言いたいんだけど」
「あ、あー、料理中だけど今は行かない方が良いと僕は思うな」
「どうして?」
純粋にお礼を伝えたいのだが、ミカさんは頬を掻いて顔を横目に向ける。
「実はね、あの後でミツル君がテリサさんに激怒してね」
「え!?私が寝ている間に喧嘩でもあったの!?」
「喧嘩って言うか、アイミちゃんに雷魔法を打たせた手伝いをしたことに関してもう今まで見たことも無い形相でお前の時に使わない時点で気付かないのか!?とか、命より大切な物はねえだろうが!ってもう恐ろしい程に怒ってね。テリサさんは号泣して本当に知らなかったのって言いながら号泣して手が付けられないし大変だったよ」
私が一日中寝ていたことは分かっていたが、まさかミツルさんとテリサさんが喧嘩しているとは思いもよらず…それも自分の責任で怒られたことなら私からも後でミツルさんに謝っておこう。
「仲直りはしたの?」
「仲直りって言うか、今回の祝勝会と食事代を提供する代わりに許すって話になって僕もテリサさんを手伝おうかと思ったんだけど余程怒られたのが悲しかったのか、怖いのかは分からないけど泣きながら料理をするから私も話しかけにくいし…今日はそっとしておいてあげて」
「…うん」
絶対にテリサさんに謝ろう。
明日の朝一番で土下座をしよう。
「…だけど、アイミちゃんが羨ましいね」
「え?」
追加で新しくお酒を入れたコップを飲み干すミカさんがミツルさんたちの方を向きながら【槍王】とは思えない言葉を掛けられる。
「僕はミツル君の役に立ちたかったけど今回の戦いでは【槍王】なんて称号を付けられても何も役に立たないし、ミツル君はアイミちゃんの事を凄い大事にしてるから妬けちゃうよ」
「テリサさんとの喧嘩の事?」
「それもあるけど…看病の時もね」
「看病?」
てっきりミツルさんとテリサさんの喧嘩の事かと思ったが聞きなれない言葉に反射的に繰り返して聞き返してしまうが、ミカさんも私の反応は予想外なのか首を傾げてキョトンとした表情をされてしまう。
「……聞いてないの?」
「多分何も聞いてないと思う」
「聞いてないなら言わない方が良いのかな……」
ミカさんが首を捻らせ悩む仕草を行うが…途中まで言われると気になって仕方がない。
「教えてよ。凄い気になるんだけど」
「…ミツル君には内緒にして欲しいんだけど、アイミちゃんが倒れてからミツル君が一睡もせずに看病をしてね。挙句に喉に食事は通らないって二日も何も飲まず食わずでアイミちゃんの隣で起きるまで看病をし続けるって聞かなくて。私達が代わるって言っても部屋から出て行こうとしなくて…ミツル君の方が倒れそうで怖かったよ」
……聞かなければよかった。
もう、想いに歯止めが効かないのに…これ以上思いを募らせては駄目なのに心臓の鼓動は高鳴り…酔ってもいないのに身体が熱を帯び、シャルたちに絡んでいるミツルさんの方を見てしまう。
先程まで…大変な素振りを全く見せず…平然として誇らし気にする訳でもなく当たり前の様に歩いていたのに…どうして隠しているのか。
こんなタイミングで聴かされたら…もう止められないよ。
「ミツルは自分から優しさを誇らし気にする人間じゃない。それを当たり前だと思ってる」
「あれ?聞こえてた?」
「地獄耳だから」
シャルは殆ど表情を変えないが…若干口角を上げている。
「シャルはミツルさんを止めに行ったんじゃないの?」
「今日のミツルはしぶとい。私と飲み比べでいい加減大人しくさせる。ミツル!勝負」
「おお!こいこい!俺が勝つけどな!アハハハハ!」
既に出来上がっているミツルさんが高笑いをしながらシャルを向かい入れている姿を見るが…本当に酒癖が悪いみたいだ。
「ちょっと!シャルってば私と勝負しなさいよ!絶対に勝ってあげるから!」
「あらあら。私も明日は仕事が休みなので少しだけ飲ませて頂いても良いですか?」
「ソフィアが相手をするの!?私に勝てると思ってるの!?アハハハ!!勝負よ!」
セリーヌも頬を真っ赤にさせ、両手に酒が盛っているコップを手に冒険者ギルドの受付嬢のソフィアさんと勝負を開始している姿は――私が望んでいた何時もの日常だ。
「――本当に不思議だよね」
「え?」
「僕さ、正直に言うとミツル君の事は嫌いじゃないけど…大好きかって言われたら答えに詰まってたんだよね。初めは私を負かした人が見向きもしないのが悔しい想いの方が強かった。だけど…おかしいな」
ミカさんが…先程よりも顔を赤くしてシャルと酒飲み対決をしているミツルさんの方を見つめる。
「僕ってあんまりのめり込むタイプじゃなかったのに…ミツル君に段々とのめり込んでるよ」
……ミカさんが微笑を浮かべ乙女な表情をしながら呟く言葉に痛いほど共感できる。
「私もミツルさんと昔からいるわけでは無いけど…ミツルさんの良さは長ければ長い程分かってくるんだと私は思うな」
「その通りだね」
働かない、動かない、家から全く出ようとはせず直ぐにセリーヌと喧嘩を始める器の小ささ、悪い所を数えれきない程出てくるのに――――悪い所の倍以上の良さが見つかってしまう。
…シャルの事を応援したかったんだけどな。
「おおおおおお!!酒豪セリーヌが大酒豪ソフィア姐さんに負けたぞ!!」
「こっちは剣豪シャルの勝ちだ!」
周囲が盛り上がる中、私はお水を飲んで少しずつ頬の熱を冷ましていく。
――――私もミカさんやシャルに負けないように頑張ろう。
覚悟してね、ミツルさん。