情勢
「ミツルさん!起きてください!早く起きて!」
「……おい。昨日眠れてないんだから勘弁してくれよ」
旅行先で何時もはセリーヌが叩き起こしてくるのだが…今日はアイミが布団を剝がそうと躍起になるが、昨日で俺の黒歴史を三人にバレたことに恥ずかしさで全然眠れずにまだ二時間ぐらいしか寝ることが出来ていない。
「ミツルさんが起きてくれないと困るから!早く起きてよ」
「何が困るんだよ。旅行先でトラブルなんて御免だぞ?俺はもう少し寝てから」
「もう起きてるよね!?全然眠そうに見えないんだけど」
一体誰のせいで眠くないと思っているのか。
この街の気温は夜から朝にかけて寒いのでお昼までは寝ることを決意している。
「トラブルなら起きない」
「トラブルって言うかミツルさんが起きてくれないと朝ごはんが食べられないの!」
「はあ?朝ご飯ぐらい先に食べろよ」
意味不明な事を述べて布団を強引にむしり取ろうとするアイミと格闘するが、辞める気が見当たらない。
「私だって食べたいけどセリーヌがご飯はミツルも起きて全員揃ってからって言うんだもん!さっきからミツルはまだ?ってうるさいの。早く起きてよ」
「……ハア。あいつは不思議な所で真面目なんだよな」
そこまで言われれば起きない訳にもいかず…渋々布団から起き上がり凝り固まった身体を解すために背伸びをする。
「セリーヌは何だかんだ言って私達の中で一番仲間を大切にしてると思うよ」
「全くそんな風には見えないけどな」
何時も俺を悪魔扱いして喧嘩を売ってくるので最近出来た球体魔法の新しいのは全て一番最初にセリーヌが実験台になって痛い目を合わされているのはセリーヌだ。
俺の部屋は二階へ設置されていたのでアイミと共に下の階へ降りれば既にシャルとセリーヌが席についてセリーヌは机の上に腕を付けてだらけきった表情で暇そうにして待っている姿が見受けられたが、俺達を見た途端に身体が起き上がる。
「ちょっと!ミツルってば遅すぎるわよ!レディーを待たせるなんて男して最低だと思わないの!?」
「フッ。レディーって誰の事だろうな」
「あ、あんた鼻で笑ったわね!?」
つまらない冗談もセリーヌが言えば面白く鼻で笑えばセリーヌが元気いっぱいの様子で俺に掴み掛かってくる。
「二人とも喧嘩せずにご飯。私もお腹が空いた」
「俺もお腹が空いた」
「誰のせいで遅くなったと思ってんの!?」
朝っぱらからセリーヌと掴み合いをしながらも食事を始めるが…なぜだろうな。
既にアイミは半分以上を平らげているのだが…今は気にしない。
「それで今日はどうするんだ?というより、後何日ぐらいいるのかを決めてないんだが」
「今日の夜には帰るつもり。セリーヌもテリサと約束があるみたいだし」
「なら、最後の一日だし何をするか」
観光は既に昨日の内にアイミと堪能したので他の事に時間を費やそうかと悩まされる。
「私は昨日の内に予約を取ったから行く場所がある」
「そう言えば昨日何処かに行ってたな」
「うん。昨日は【槍王】の所に行ってきた」
「「【槍王】!?」」
セリーヌとアイミが驚いた声を上げ立ち上がるが…俺には何が驚くべきなのかが全く理解不能なのだが…まさかまたトラブルか?
昨日の今日でまた何か起こしたのか?
「なあ、槍王ってなんだよ」
「【槍王】は竜を倒した【剣王】の話はしたと思うんだけど…その同じ系列に名を連ねる人だよ。人間にも王軍の他に【創聖】がいて、それぞれの武器を極め…竜とは言わないけど大物の魔物を倒した人、もしくは名を連ねている人たちを倒すことで得られる称号で…その一人が南の街にいたことも知らなかった」
要するに【槍王】であれば槍を極めた人間がこの街にいるって事だな。
「【槍王】だっけ?それに会ってどうするんだ?」
「鍛錬を申し込んできたら快く了承してくれた」
「へえ。俺も見てみたいな」
「私も見たい」
どれだけの実力者かは分からないが…【槍王】と呼ばれるだけの男ならどうせチャラチャラとした男だろう。
俺は仲間としてシャルを見守る義務がある筈だ!
決して!シャルが他の男と仲良くウフフしてるのが嫌とかでは無くて?そもそも俺とシャルは付き合ってる訳でもないけど!
仲間として見守るのは大切だと思う!
「私は観光をしようかしら。折角来たしテリサにお土産を買ってあげようかしら」
「別に二人とも付き添わなくても良いけど」
「俺は【槍王】を見たいだけだ!」
「私も見たい」
セリーヌとテリサが何時の間に仲良くなったのかは知らないが、アイミとシャルのどちらかに手を出そうなら俺の【閃光弾】で一生光に怯える人生を送らせてやる。
「時間も有限だし早速行くか」
「そうね」
行く場所も決まったのでセリーヌとは別れて三人で歩き始めるが【槍王】がいけ好かない男だった時のことを考えて新しい球体も用意している。
まず、出合頭に手を出させないように痛い目を合わせておくか?
「…ねえ、ミツルから殺気が漏れてるけど?」
「何でもないぞ。【槍王】が変な輩だったら懲らしめる準備だ。アイミは俺の背後に隠れてろよ」
「……危険人物に会う訳じゃないのに」
そうだ。
最初は好青年を演じて近づいてくるかもしれないので【閃光弾】で本性を曝け出してこいつらが危機感を抱くように仕組むべきか?
ギャアアと叫びまくる男なら流石のシャルやアイミも近づこうとは思わないだろう。
……というより、こんなモヤモヤするんだよ!
自分でも分からないモヤモヤに憑りつかれながら歩けば意外と近場で直ぐに辿り着いたのだが…俺達の家とは然程変わらない豪邸だ。
違う所と言えば門の前に門兵が槍を持って警備体制が整えられている所だろう。
「何か御用がありますか?」
「昨日来たけど、鍛錬の予定を入れてる」
「シャル様でございますか?」
「そうよ。後ろの二人は仲間」
「分かりました。お入りください」
門兵の人が根太い声を上げながら門をゆっくりと開けてくれるのを通らせてもらう。
もう少しで玄関まで辿り着くが…よし、まずは【閃光弾】で相手の本性を暴く。
もしも、怒った時には新しい球体を利用して逃げれば大丈夫だ。
作戦を立てながらシャルが玄関でノックをするのを聞いて…ポケットの中に入れておいた【閃光弾】に手を掛ける。
「ミツルさん?シャルじゃないけど私でも駄目な事をする雰囲気が分かるよ」
「……何の話か分からん」
大丈夫だ。
この程度で二人に嫌われる訳が無いので…後で全力で謝罪することで許してもらおう。
玄関の向こう側から誰かが近づいてくる足音が聞こえて冷や汗を一粒流して心を決める。
「来たねシャルちゃん!僕も楽しみに待ってたんだ!」
「食ら……え」
【閃光弾】を投げる直前に扉を開けて出てきた人物にピタリと動きを止めてしまう。
「ん?どうしたの?」
扉から現れた――――美少女が元気よく挨拶する姿に温まっていた手が冷えていく。
「え、えええええと、【槍王】って女の子?」
「む!?僕が男の子に見えるって言うの!?確かにもう少し女らしくしなさいって怒られるけどれっきとした女の子だよ!」
頬を膨らませる美少女……もとい、僕っ子美少女が怒るが…男ではなかったのか。
「ごめんなさい。俺はミツルって言います。シャルとは仲間でよろしくお願いします」
「あれ!?動きが機敏だよ!?」
女の子なら何も問題は無く寧ろ大歓迎なので素早く謝罪し挨拶をする。
目の前の子は青髪、青目、短髪で少年らしき風格を見せるが顔の出で立ち、若干膨らんでいる胸から間違いなく女の子だと示されているし…大変可愛らしい。
「まあ、良いけどね。ミツル君だね。よろしくね」
「はい。これからも色々とお世話になることがあると思いますがよろしくお願いします」
「ミツルさんって礼儀正しい事が出来るんだね」
セリーヌがいなければ妙な横槍を入れる役割はアイミなのか背後から余計な事を喋るアイミには人間が傷つかない程度の【閃光弾】をお見舞いしてやる。
「今日はシャルちゃんと僕の戦いの見学に来たの?」
「はい。ぜひとも【槍王】と呼ばれる腕前をこの目で見たいと思いました」
「アハハ。嬉しいけど敬語で話さなくてもいいよ。同じ歳だろうし…あ、私はミカって言うんだ。よろしくねミツル君」
…何て爽やかな笑顔なんだ!
今のは重要な要素だ!!
僕っ子娘の大事な所って可愛らしくて天真爛漫な笑顔が大事だと本当に思うんだよ!
この人は僕っ子娘の申し子だ。
是非ともこれを機に仲良く…いや、もっと仲良くなりたい。
テリサは胸も大きくて美人だしお姉さんっぽい姿で素晴らしいのだが…それとは別の可愛さを孕んでいるこの子も捨てがたいほどの素晴らしい素質を持ち合わせている。
「ちょっと、私と話してるからミツルは後ろで」
「…へいへい」
「何で拗ねるのよ」
「別に拗ねてないし」
ミカさんと話しているとシャルが間に入って少し不機嫌な様子で俺を睨みつけるが…感情を悟られないようにソッポを向いて答えるが…シャルの眼が俺を離さない。
「あー、何かよく分からないけど取り敢えず中庭に行こうか。そっちの魔導士の子も折角だから上がってよ」
「は、はい。アイミって言います!」
「なら、アイミちゃんね。こっちだよ」
ミカが先導して道案内してくれるのだが、人見知りなアイミにも気軽に話しかけ得てくれるコミュニケーションも備わっているなんて素晴らしい才能の持ち主だ。
こんな幼馴染が欲しいランキングでは今の所断トツの一位だ。
ミカの素晴らしい才能に善望の視線を向けていると、隣を歩くシャルからじっと見つめられる。
「…何だよ」
「…デレデレしてる」
「してねえよ!勘違いすんな!」
何でも見破られるシャルからジト目で的確な言葉を述べられるが、反射的に反抗するがシャルは聴く気が無いのかッソッポを向いている。
「良し。ミツル君とアイミちゃんは適当に座って見てて良いよ。僕とシャルちゃんが戦うから」
「分かった」
「分かりました」
言われた通りに中庭から全体を見渡せる位置でシャルとミカが対峙するのを見つめるが…ミカは何時の間に槍を用意したのかは分からないが…シャルと変わらない風格を漂わせている。
「早速いってみようか」
「よろしく」
礼儀を大事にしているのか互いが同時に礼をしてシャルは剣を鞘にいれたまま手に持つのを見てミカの方も見てみれば、槍には刃が無く丸い形状になっているので人を刺すことは出来ない仕組みとなっているので両方に傷が出来ることは無いって事か。
「…おお」
互いが合図を送る訳でもなく同時に駆け抜け、シャルの剣先とミカの槍のさきが衝突し周囲に風を吹かせるほどの速さが備わっているのを体感し、思わず声を上げてしまう。
「ふっ」
シャルが瞬時に身を屈め槍の剣先を滑らせるように弾き飛ばし近づこうと試みるが、ミカはシャルの行動に驚く事も無く槍を回し横に薙ぎ払いをしてシャルを近づかせないように牽制する。
見ているだけでもレベルの高い戦闘だが…実際に戦っている二人は更に熟考を重ねたうえで行動して戦闘を行っているに違いない。
「おりゃあ!!」
今度はミカの番だと言わんばかりに槍が加速したように早くなりシャルへと迫るのを身を捩じって躱しているが…ミカの槍の扱いが有り得ない程に上手いと称賛せざるを得ない。
引いて、突き、その繰り返しを高速で繰り出すことで連撃となりシャルを追い詰めんと迫っている。
「……二人ともレベルが高すぎるね」
「ああ。凄い」
シャルは大抵の人には負けるわけがないと思い込んでいた。
難攻不落と呼ばれ魔王軍幹部のゴーレムを一刀両断したシャルが負けるわけがないと思い込んでいたが…目の前のミカはそれ以上の力を発揮してシャルを圧倒していた。
差が無いように見えてある実力差にシャルは防戦一方となり最終的に左右に振り回した槍の勢いを乗せてたミカが上から振り下ろしシャルが受け止めきれずに倒される。
「…いや、シャルちゃん強過ぎ。危うく負ける所だったんだけど」
「そんなことない。ミカは強かった」
最後はミカがシャルに手を差し出し互いに称賛し合って終了となった。
「ミカは相当強いんだな。俺はシャルが負ける所は今まで想像出来なかったんだが…初めてシャルが負けるかもしれないって思ったぞ」
「アハハ。褒めてくれるのは嬉しいけど剣と槍だからね。剣の間合いに入られたら私が負けるよ」
称賛に対しても全く嬉しそうには見えないが、普通は間合いに入らせないようにするという技が難しいと思えるのだが。
「休憩ついでに聞きたいんだけど冒険者がゴーレムを倒したって聞いたけどもしかしてシャルちゃんたち?」
「そう。私が斬ったけどミツルたちが囮を請け負ってくれなかったら私は勝てなかった」
「やっぱりミツル君たちなんだね。僕も今戦って間違いないと思ったよ。ていうことは、ミツル君も強いんだ」
何故かとんでもない勘違いをされているが…ゴーレム戦に関して詳しく話すとなれば…俺がテリサの胸を揉もうとしたことも赤裸々に話さなければならないので勘弁して頂きたい。
「いや、俺は全然強くない」
「またまた、謙遜しちゃって。あ、シャルちゃんが休憩している間に――――私達で対戦しようか」
「はい?」
……またとんでもないことに巻き込まれそうな気がする。
流石は運ー1000だな。