霧の街【クラウム】
「【クラウム】に着いたわよ!」
「おお」
セリーヌは馬車から降りてからもテンションが高いが…聖獣と呼ぶべき化物を倒すためにここに来たのだと思えば…やる気が出る方がおかしな話だ。
「ミツルってばテンションが低いわよ!前を見なさい!」
セリーヌが高らかに宣言する言葉を聞いて馬車に降りてからもクエストの事しか頭になくて、俯いていた顔を上げる。
「……な、なんだこれ」
色鮮やかな洋風の家、毛皮を被った獣人らしき人物たち、ピエロの様な赤い鼻、仮装をしている人間なども居て…本当に景色が明るく賑わいを見せている。
「すげえええ!なんだよ!凄い面白そうだぞ!」
目を輝かせてしまい、年甲斐もなく大声を上げて絶叫してしまう。
「でしょ!?今日は騒いで楽しむわよ!」
「おお!」
賑やかさを孕む目の前の光景に先程までの憂鬱な気分が吹き飛び華やかな気分でセリーヌの言葉に拳を掲げて答え、四人で歩き始める。
「ミツル、上を見て」
「上?……ん?別に不思議な事は無いと思うが」
シャルに言われ上を見上げるが、雲に覆われているとしか言葉が浮かばないが特殊な事でもあるのか?
「太陽が当たらなhい」
「そりゃあ雲で覆われてるからな」
「違う。何時も太陽が当たらない」
「……本当に?」
普通ならそんなのある訳ないだろ?と全否定から始めるのだが俺が住んでいるのは異世界なので半信半疑になりながら、隣のシャルを見るが冗談ではなく本当の様で首肯が返ってくる。
「後はこの街では獣人が少し多くて人間たちは仮装をするのが好きって聞いたよ」
「成る程な。ここは俺達の街とは全然違うから旅行に来た甲斐があるぞ」
待ちゆく人たちはどちらかと言うと俺達の様に普通の格好をしている人間の方が少なく、全体が白に黒い斑点を付けて変な仮面を被った人たち、意味の分からない虹色の面を被る人まで多岐にわたる。
…けれど、一番良いのは獣人だよな。
俺が知る異世界だと獣人にメイド服を着せて「ご主人様」と言われた日には天に召されてもおかしくはない。
…お金も有るし誰かメイド服を着て世話をしてくれる獣人は居ないだろうか?
存在するのなら借金を背負ってでも払う価値はある。
「ねえねえ!どうする!?初めに何をするの!?お酒!?ご飯でも良いわよ!?」
…普段の倍以上にテンションを上げて目を輝かせるセリーヌは先程から様々な露店を凝視して興奮している真っ最中だ。
まあ、俺もテンションは上がってるし色々な物を買いたいのだが…お金が無いんだよな。
自分から提案していたが少しでも違う街を見たいという願望があるだけで…これほどまで違い買い物をしたい欲求に駆られるとは思いもしなかった。
テリサにお金を渡したことはもう後悔はしていなかったが、少しは自分のお小遣いを残しておけばよかった。
「セリーヌ落ち着いて。まずは、宿を決めないと夜に野宿することになる」
「それは絶対に駄目だ」
何を我慢しても三食と、宿だけは何があっても決めなければ駄目だ。
「えええ!なら、早く決めましょうよ」
セリーヌは遊び尽くしたいのか頬を膨らませて文句を垂れるので宿を探せばやはり観光客などは多く存在するのか宿の数も多く直ぐに見つけることが出来た。
「――――それでは、またお部屋に入る際にはまずは定員にお申し付けください。後、こちらでは温泉も堪能できると思うので是非に」
「分かりました」
宿屋の女将さんの言葉を聞いて俺達は宿屋と荷物を置いたので後は旅を満喫するだけだが…先程からセリーヌがソワソワして忙しない。
散歩をしたい欲求に駆られている子犬に似ているが…相当楽しみなんだろうな。
「セリーヌ」
「何!?遊んでいいの!?良いわよね!?」
「待て」
待てと呟くと忙しなく動いていた動きがピタリと止まる。
「まだだぞ。まだ、駄目だぞ」
「……」
「落ち着けよ…まだだからな」
「私で遊ぶんじゃないわよ!?」
子犬を躾けている気分になって面白かったのだが流石のセリーヌには何度も通用しなかった。
「遊んでも良いがここに戻って来いよ」
「分かってるわよ!遊んでくるから!」
目を輝かせているセリーヌがもう止まらないと言わんばかりに砂塵を舞う程の勢いで全速力で加速していく姿を見てあそこまで騒がしい姿を見れば旅行に来てよかったと思える。
「私も行きたい所があるから」
「分かったがこれ以上何もするなよ?仕方ないからクエストは手伝うけどそれ以外は駄目だからな」
「分かってる」
本当に分かっているのかは不明だがシャルは既に歩き始めているので信じることに決めた。
「アイミはどうする?」
「どうするってここで私が何処かに行ったらミツルさんは何も買えないよ?」
「まあ、そうだが」
もうすでに何かを買うことを諦めて適当にあるきまわるだけにしようかと考えていた所だ。
「私は別に食事が出来れば良いから何か買ってあげるよ」
「お?本当か?実は入った時から気になってる物があってな」
「…ミツルさんって結構遠慮が無いよね」
アイミにジト目で見られるが折角買ってくれると言うのならその厚意には有難く受け取ろう。
なんせ一文無しの生活に戻っているからな。
二人で歩き始めたが、既に俺は興味を持っている露店があるので来た道を戻れば…来た時に香ばしい匂いを漂わせていた露店を見つけた。
「あ、ここだ。何か来た時から良い匂いがするなって思ったんだよな」
「確かに良い匂いがするね」
食事好きなアイミには素晴らしく思えたのか満面の笑みでうっとりとしている。
「へい。霧の肉だよ。兄ちゃんたち食べてるかい?」
「なら、二つ下さい」
「二つなら八銅だよ」
「だとさ、アイミ」
俺はお金が無いのでアイミが払ってくれるのだが、店員の親父さんから何で女の子に払わせてんだ?と言わんばかりのジト目で見つめられるがお金が無いのだから仕方がない。
「霧の肉二つだよ」
「ありがとうございます」
せめてもの償いと言うべきかお金は払ってもらったので二つほど霧の肉と呼ばれる食材を貰いアイミへと渡して再び歩き始める。
「見た目は普通の肉だよね」
「だな」
霧の肉と言うのだから全体が湯気で覆われた肉でも出てくるのかと思えば日本で言えばフライドチキンと全く同じ形をしている料理だ。
…まあ、異世界と日本では余り料理が変わらないのは知っているが…初めに来た時の香ばしい匂いは俺の勘違いだったのか?
「食べないの?」
「いや、食べるぞ」
選択を間違えたかと思いながらもフライドチキンを一口…食べて衝撃が走った。
「うわ!?な、なんだこれ!?口に含んだ瞬間に湯気が溢れて来た」
「す、凄いね!表面がぬるい感じなのに中の肉が熱々で絶妙な温かさと肉汁が合わさって最高の味になってるよ」
フライドチキンを噛んだ瞬間に肉汁が溢れ出て湯気が立ち上り最初に来た時の香ばしい匂いが口の中に充満して…幸せの一時を味わっている様な感覚だ。
霧の肉は俺達の街では味わえないのかアイミもまた満足げな笑みを浮かべてフライドチキンに夢中で食べ始めているが俺も負けじと食べてしまう。
「ハア。堪能した」
「美味しかったね」
「だな。他にも色々と食べようぜ」
太陽が当たらず若干静けさを感じる筈の街が街の華やかさで俺達が住んでいる街よりも明るく見えて妙にテンションが上がって走り出してしまう。
「ね、ねえミツルさん」
「ん?どうした?」
走り出したのだがアイミが付いてくることは無くその場で立ち止まり顔を俯かせている。
「…相談があるんだけど良い?」
「……?別にいいが」
悲し気に見せるアイミの瞳を見て冗談ではなく真剣だと悟り近場にあったベンチに二人で座る。
座って周囲の光景を見ればやはり誰もが明るくて、無邪気に走り回る子供たちや仮装をする大人たちが宴会を楽しんでいる中で隣にいるアイミは誰よりも静かに顔を俯かせている。
……急にどうしたのかは俺には皆目見当もつかないがアイミが話し出すのを周囲の光景を見ながら静かに待つ。
「…み、ミツルさんは強くなったよね」
「そうなのかな…。正直に言うと球体魔法が出て徐々に成長しているとは思うが…自分一人では戦えないのがな」
色々と実験を繰り返してはいるが…バウンドベア以降は何も実証はしていないし自分一人で冒険者活動を行おうとも思えないので今の所は強いのかは不明だ。
「…シャルは魔王軍幹部の【ゴーレム】を斬る程の実力者だったし、セリーヌはいざと言う時に大切な回復魔導士で…私だけ何もないんだよ」
……成る程な。
少しだけアイミの悩みに気付けたかもしれない。
シャルの強さ、セリーヌは今の所は余り活躍はしていないが誰かが怪我をした時には必須な職業でアイミは雷魔法と言う強力な武器を持っているが今は未だ魔力が足りないので使えない。
その中で今まで最弱だった俺が色々と球体魔法で成長する姿を見て…自分の力が足りないと思っているのかもしれない。
特にアイミは人口一割にも満たない雷魔法を持っているからこそ不安は大きいのだろう。
「だがな、アイミの炎魔法も強力だと思うぞ?ゴブリン戦の時も活躍しただろ」
「ううん。炎魔法を使える種類も少ないし他の魔導士ならもっと強いよ。私は雷魔法を持ってるけど…使えないから…シャルもセリーヌもきっと私が使えないのを気にしてもいないけど…私はこのパーティで何が出来るのかなって――――存在意義が見いだせないの」
……俺の予想は正しかった。
やはり、アイミは自分だけが力不足で引け目を感じているのだろう。
「その話は二人には話したのか?」
「ううん。話さなくてもあの二人は必要ないって言うと思う」
「――――それが答えじゃないのか?」
「え」
アイミが首を横に振るうがアイミが気にしている問題は正直に言って既に解決していると言っても過言ではない。
「ぶっちゃけて言うと俺にはアイミの気持ちが分かっているつもりではあるけどお前自身がどれだけ自分を追い詰めているのかは俺には分からない。雷魔法を持っていて使えないのはアイミ自身で一番負い目を感じているんだろうけど」
「うん。少しでも二人の力になりたいのに…凄い悔しい」
アイミは顔を俯かせ拳を握りしめているが…そこまで落ち込まなくていい筈だ。
「だけど、これは俺の考えだがセリーヌ、シャル…まあ、俺もだが俺達はアイミが雷魔法を持ってるから一緒に居る訳じゃない。アイミだから一緒に居るんだよ」
「……どういうこと?」
意味が分からないのか首を傾げて尋ねられるが…言葉にするのは中々難しい。
「言葉にするのは難しいが存在意義と言うのは自分で決めるのかって事だな。確かに、自分自身で力を見せて存在意義を示す時もある。だけど、今回の話は違う。俺達がアイミに求めているのは炎魔法を扱える魔導士でも、天才的に魔法を持つアイミでもない。単純に食事を誰よりも楽しんでいるアイミや…いつも通りに過ごすアイミが好きだからセリーヌもシャルも一緒に居るんだ」
「……」
アイミが目を見開き口を開けて固まっているが自分でも恥ずかしい事を口走っている自覚はあるので余り真剣に聞かないで欲しい。
「まあ、なんだ?お前は雷魔法を扱えないと俺達のパーティには必要ないんじゃないかと思ってるのかもしれないが…違うんだよ。俺達にとってアイミの存在意義は――――いつも通りの笑顔で食事をするアイミだって事。これで、聞きたいことは聴けたか?」
「……う、うん」
表情は晴れて何度も頷いている姿を見ればアイミ自身の中でも上手く纏めてくれたのだろう。
「それでも心配ならシャルにでも聞いてみろ。絶対に雷魔法が無くても私が斬るから関係ないとか言うぞ」
「アハハハ。それ凄い言いそう」
「だろ?」
若干雰囲気が和らいでいき先程までの真剣な話も無かったことにしてもらいたい。
自分らしかぬ恥ずかしい事を永遠と呟いていた気がする。
「…やっぱり、私はミツルさんと仲良くできる気がするよ」
「…何言ってんだ?」
「あ、また変人とは仲良くしたくないとか言うの?」
アイミが悪戯っ子の様な笑みを浮かべて呟くのだが…いまさら何を言っているのか。
「仲が良く無かったら旅行になんて行くわけないだろ」
「あ、う、うん」
「それともアイミはまだ俺の事を仲間と思ってなかったのか。ショックだな。俺的には結構仲良く出来たつもりだったんだけどな」
あからさまに頭を下げて落ち込んだ姿を見せればアイミが慌てて立ち上がって混乱した様子を見せる。
「ち、違うよ!?そんなつもりで言ったわけじゃなくて!」
「分かってるって。アイミは反応が面白いな」
「…もう。驚かさないでよ」
冗談だと気付いたのか肩を落として安堵の溜息を吐きだしている姿は…中々に面白い。
「さあて、今日はお金も無いしアイミに奢ってもらうか」
「今日ぐらいは私に任せて」
…これからクエストも行い大変かもしれないが…このメンバーなら何とかなる気がするのは…俺もまたもうこいつらを信頼している証拠でもあるんだよな。