天然
「ねえ、ミツル。寝てるのかしら?」
「寝てる」
「起きてるじゃない!ね!少しだけ私のお話を聞いて欲しいのよね」
碌な事ではないと思い、狸寝入りをしようかと考えたが流石に可哀想なので話だけは聴こう。
テリサも俺の了承を得ようと断ろうと関係ないのか既にソファの隣に座って話す気しかない。
「どうした?」
「おっほん。私はこの度、この街で飲食店を開こうと思います。それも、酒場や露店では無くて高級なレストランをね!」
テリサが全員に聞こえる声で宣言することで、背後の三人が拍手を送っていたので俺も倣って拍手を送れば満更でも無さそうに後頭部に手を添えて照れくさそうな笑みを浮かべている。
話は終わったな。
寝よう。
「おやすみ」
「まだ、話は終わってないのよ」
「…何だよ。飲食店開くんだろ?今朝の料理も美味しかったし繁盛すると思うぞ」
「え!?本当にそう思う!?」
…意外な食いつきでテリサが満面の笑みを浮かべて前のめりになるが…自分が儲かると言う根拠が欲しかったのだろうか?
その点ならあんまり心配は無いと思えるが。
「ああ。今朝の料理は今まで食べた中でも最高に美味しかったし今まで美食を食べ歩いた経験を活かして飲食店を開くなら繁盛すると思うぞ?」
「なら――――お金を貸してくれない?」
一瞬だが時が止まった気がした。
テリサが流れるようにお金を貸してと言っているのだが…俺の聞き間違い…いや、目が潤んで上目遣いの時点で絶対に聞き間違いではないな。
「よし。俺は寝るか」
「聞かなかったふりをしないでよ!」
この場にいるのは危ういと直感で悟ったので起き上がって自室へと戻ろうとしたがテリサがしがみ付いて離れない。
「だけどな」
「お願い!一生のお願い!今朝、皆に食事を食べてもらった時に美味しいって言われて凄い嬉しかったの!今度は色んな人に私の料理を提供して少しでも美味しいって思ってもらいたいの!」
……ああ、非常に良くない状況だ。
俺は物語の主人公とは殆ど自分は似ていないと思う。
強さも無く、平凡だと豪語しながらもピンチの時に閃く作戦とかも無いのだ。
だが…一つだけ俺と物語の主人公で似ている所があるとすれば――――押しに弱いのだ。
非常に困るのだ。
懇切丁寧に説明され気持ちも理解出来てしまうし、潤んだ瞳で見つめられると恐ろしい程の破壊力を備えてつい払いそうになるが…いや、お金の問題は別だと頭の中で何度も唱える。
「俺はお金を貸すのは嫌いだ」
「…お願い」
「……駄目だ」
一瞬「分かった」と言いそうになるのをぐっと堪える。
「お金を貸すのは嫌だがあげるのなら良い。その代わり、月々五十金貨払うならな」
「ちょっと!私が幾ら馬鹿でも騙される訳ないって気付いてる!?」
「違う。騙すつもりじゃなくてあげるつもりがないんだ」
初めから騙すつもりなど欠片も無いが、お金を払う気も一切ない。
「…あの、お金を貸してほしいなら借金したらどうですか?返すのは大変ですけど儲かれば大丈夫だとは思います」
アイミがおずおずといった形で提案してくれるが、流石は【借金の帝王】の言葉だ。
借金を返すのを大変だと言う事を身に沁みめているのだから。
「そうだぞ。借金を返すのは大変かもしれんが」
「…無理だったの」
「は?」
「…住所が無いとお金を借りられないんだって」
……成る程。
確かにテリサはこの街の住人でもないし、この屋敷には俺と同じく居候という形だ。
まあ、実質俺はここに住んでいてると自分で勝手に思い込んではいるが。
テリサが頭を俯かせて項垂れている姿を見てアイミが困惑した姿を見せるが…この状況は非常に駄目だ。
このままでは、結局は払うことになるので…退散しようと足を動かそうと思えばテリサがしがみ付いて離れない。
…本当にこの世界は駄目だな。
これが、自室のベットであれば幾らでも抱きついてくださいとお願いするのだがお金を貸して欲しいという提案なのが頂けない。
「ミツル!本当にお願い!誰にも借りることは出来ないしミツルしかいないの!私に出来る事なら何でもするから」
「……何でも?」
「ちょっと揺らいだわね」
しがみ付いて涙目で訴えるテリサが非常に鬱陶しいが最後の言葉に引っかかって固まって反射的にテリサを見つめて生唾を飲み込む。
セリーヌが横槍を入れるが…男子であれば誰もが振り返る「何でもする」と言うワード。
…まてまて。
考えてもみろ。
今回はテリサが自分から何でもすると述べたのだ。
これが、俺から「何でもするなら貸してやる」となれば最低、屑、ゴミと言われても否定は出来ない。
しかし、テリサからのお願いというのなら断るのこそ最低と言えるのではなかろうか?
決して!テリサに触りたいとか?邪な気持ちがある訳じゃないし?誰かが困っている時には手を差し出さないと言うのは人として駄目だと思うだけだ!
頭の中で自己完結して結論を述べようと思えば、テリサが俺の足から離れて頬を朱色に変えて俯きながら腕で体を抱きかかえる。
「ミツルは仲間を守るために頑張っている人だし優しい人だって分かったからミツルになら…少しなら胸も触らせて」
「俺に払えるお金を全額出そう」
「本当!?」
…ハッ!?
反射的に喉から言葉が出ていた。
テリサが腕で体を抱きかかえることでより胸が強調されてつい答えてしまった。
恐るべき破壊力を備えている。
「ミツル」
「何だシャル…あ、ええと」
テリサの背後からシャルが腕を組んで仁王立ちしている姿に身体が身震いして言葉に詰まり目を泳がせてしまう。
「そんな気持ちで貸すなら私は一銅もミツルに渡さない」
「だけど」
「駄目」
「お願い」
「絶対に駄目」
取りつく島もなくシャルから全否定を食らってしまう。
……払うつもりだったが仕方がない。
「残念だがテリサ。諦めろ」
「諦められない!お願いミツル!絶対に返すから!」
「うお!?」
再度、テリサが足にタックルをしてソファに倒れこんでしまうが…本当にどうしようか。
だけど、現在お金持ちでわざわざ儲かるかも分からないのに飲食店を開業すると言うことは大金が必要なのだろう。
……リスクが高すぎるんだよな。
倒れ込みながら頭の中で整理するが、やはり貸すには高い気がするが、
「貸すと決まってないが因みに何金貨だ?」
「…五千金貨な、なんだけど」
「高くないか?」
「一から家も建てて商品も揃えるからその程度は必要だって言われたの」
…ようやく気付いた。
今日の朝に用事があると言うのは飲食店を開くための予算を見積もるために歩き続けていたのか。
…それで、レストランを建てるとなれば五千万なのは…高いが納得出来るのだが…絶妙な金額を提示するのは勘弁して欲しい。
今回のゴーレム戦で手に入ったのは二億金貨、四等分すれば一人当たり五千金貨だ。
これが六千万、一億などと言われれば俺だけでは払えないと断ることが出来るのに俺の全財産を貸せば払うことが出来てしまう。
…しかし、全財産を払えば俺が今後に生活することが出来ないし、
「やっぱり無理だ。毎月五十金貨なら払ってやる」
「それは絶対に無理だから!一金貨なら!」
「俺が生活出来るわけないだろうが!交渉を考えてから出直せ!」
一金貨では月の食事代も払えない額で生活など出来るわけない。
話は終わったので自室に戻ろうと考えたが、テリサが俺の身体の上に昇って逃げ出すことが出来ない。
…下から見ると本当にテリサの胸が大きいことに気付いてしまった。
「なら、二金貨で!」
「ちょ!?お、お前」
テリサが顔を至近距離まで近づけるのだが…やばい、やばい、やばい!!
顔が近いし、体も密着してるし俺の胴体に当たってるのって…もしかして、
「…ミツル」
……ド天然!!
この近距離でテリサが瞳をキラキラと輝かせ、本当に顔が引っ付くほど近い中で名前を呼ばれるのは非常に困る!!
天然な癖に交渉の仕方が分かってる!
「だ、駄目だ!四十金貨!」
「さ、三金貨!」
「お前はもう少し増やせ!永年に終わらずに最後には本当に逃げるぞ!?」
まあ、もう少しこの状況は続いても良いんですけどね!
「じゅ、十金貨!だ、だけどこれって返すって言うか永遠に払うんでしょ?これが最大ラインだと思うんだけど?」
最大ラインはお前の距離だ!
本当にやばい!
絶対に顔は赤いし、こんな近距離まで近づかれるのは本当に頂けないが…一つだけ助かっているのはテリサが腰をあげて胴体だけを俺にくっつけている所だ。
これが、腰まで下がれば俺の…この家での人権が失われる気がする。
テリサが腰を下げるまでに話し合いを終えないと絶対に駄目だ!
「俺も最大限譲歩して二十金貨!」
「ねえ!分かってる?返すんじゃなくて払い続けるんでしょ?十五金貨!ね!これって凄い額だと思うのよ!お願い」
「――――分かった」
「本当!?ありがとミツル!」
テリサが満面の笑みを浮かべて首に手をまわして抱きついて来た。
……もしかしたら、今までの人生で一番幸福な時間かもしれない。
「――いい加減、近すぎると思うんだけど?」
テリサが抱き着いていたのを堪能していると、シャルがテリサの首根っこを持って引き離してくれた。
「もう五千金貨用意した」
「シャル、俺が払わないという可能性を考えてないのか?」
「ミツルは何だかんだ言って払うと思ったから」
シャルが大量の金貨が入った袋を持ってきたのをテリサが抱きしめて満面の笑みを浮かべている。
「早速用意するから明日から私がご飯を作るから今日はお願い!ミツルも本当にありがとう!!」
テリサが嵐のように去っていく姿を見送るが…本当に疲れたので明日の朝まで自室で寝かせてもらおう。
「ん?」
ソファから起き上がろうかと思えば、何故かシャルがソファの前で仁王立ちしている。
「え、ええと、どうした?」
何も言葉を発さないのは怖いので何かしら発言して欲しいのだが、シャルが無言で何故か俺のお腹にまたがる。
……何が起きてるの?
「おい、本当にどうした?」
「…赤くならない」
「ええと、マジで何が起きてんの?」
「何でもない」
気になって仕方がないと動揺しているとシャルが離れてくれたのだが…本当に何が起きているのか全く分からないが…これで自室に戻れる。
若干ムスっとした表情を浮かべていたシャルだが…よく分からないので後で機嫌が直ることを祈るしかない。
今度こそ起き上がって自室に戻ろうと思えば、正面ではセリーヌとアイミからジト目で見つめられる。
「お前らまでなんだよ」
「テリサの身体に負けたわね」
「お、お前!!」
「ミツルさんの変態さん」
「アイミは変なあだ名を付けるな!」
頑張って耐えたのに!
人権は守られたとホッとしていたのに…結局意味が無いのなら最初の「何でもするから」で了承したかった!
だが、今日で一つの教訓を得た。
胸の破壊力はすさまじいと。