新しい可能性
「ミツル?」
俺が固まっていたのが原因かシャルが肩を触り優しく揺さぶるので正常さを取り戻すことが出来た。
「悪い、悪い。もう大丈夫だ」
「本当に?まだ、二日酔いが治ってないんじゃないの?」
「いや、少し考え事をしてただけだから」
頭の中で自分が行いたいことのイメージは湧いたのだが、それを具現化するには最低限の物が必要だ。
「一つ聞きたいんだがテープってあるか?」
「あるわよ」
セリーヌが記事を見ながら渡してくれるが…よかった。
異世界に家電などの文化と疎遠なのは知識としてあるが、セロハンテープぐらい存在しているかと期待したがセリーヌから受け取ったセロハンテープに口角を上げる。
……これなら出来るかもしれない。
まだ、可能性の段階だが【軟:球体】が強く可能性は期待できる。
「良し!俺は今から出かける。誰か付いてくるか?というより、俺はまだ道を覚えてないから付いて来て欲しいんだけど」
「ちょっとデートに誘うならもう少し直接的に伝えたら?」
「お前は馬鹿か?」
「何ですって!?」
何を勘違いしているのかは分からないがデートに誘った覚えは無いが…あれ?一応、これはデートに誘ったことになるのか?
いや、今の俺には邪な気持ちが無かったのでデートに誘ったことにはならない筈だ。
「私が行く」
「お、流石はシャルだな」
「ねえ、シャルってば本当にミツルに弱みでも握られてるの?正直に話したら私が何時でもミツルを衛兵に突き出してあげるわよ?」
「お前は俺を馬鹿にし過ぎだ。俺は聖人君主な男だぞ?」
俺が聖人君主な男には間違いないが、シャルなら何か弱みを握られても相手を吹き飛ばして何事も無かったかのように過ごしてそうなイメージだが。
「悪魔の間違いじゃない?」
「…お前覚えておけよ?今、俺が強くなる可能性を見出してるから成功したらお前を実験台にしてやる」
「…アッハハハ!面白い事を言うわね!楽しみにしてるわよ」
球体魔法に未来は無いと思っているセリーヌは俺を見下す様に腰に手を当てて笑っているが絶対に後悔させてやる。
泣いて謝っても許さない程に後悔させてやる。
「セリーヌには絶対に仕返しをするからな!?覚悟しとけ!行こうぜシャル」
「うん」
「楽しみに待ってるわ~」
最後まで小ばかにした態度で見送るセリーヌには絶対にお仕置きしてやると覚悟を決めてシャルと共に屋敷を出て歩いて行く。
「そう言えばお金を忘れたがシャルは持ってるか?」
「うん。屋敷のお金は私が管理してる。セリーヌもアイミもお金を使い過ぎる気がするから」
「納得が出来過ぎる言葉だな」
シャルの場合は暴力だが、セリーヌは飲酒、アイミは食事とお金がかかる要素が多いのでお金を渡した日には恐怖しかない。
「因みに俺のお金は」
「私がお小遣いをあげる」
「ありがとな。今からの買い物も俺の小遣いから引いてくれ」
「分かったわ」
ふと思ったが三人で出かけることがあっても、シャルと二人っきりで何処かに行くのは初めてだ。
…まさか、二人で出掛けるのに一番最初がシャルとは思わなかったけど、何故か不思議ではない。
どちらかと言えばセリーヌと出掛けるイメージの方が頭の中にあるのだが、シャルと歩いてもさして不思議ではないと思ってしまうのは少しでも一緒に居る時間が多いからかもしれない。
「それでシャルは何処か行きたい所があるのか?俺は別に今すぐ買わなくてもいいからシャルが買いたいものからでも良いぞ」
「私は別に欲しいものは無い」
「……ん?なら、何で俺の買い物に付き合ったんだ?」
偏見かもしれないがシャルは無駄な事をするのを嫌う性格に見える。
暇なら庭で剣を振っているとセリーヌからも聞いているし、どうして付いて来たのかが俺には分からない。
「…べ、別に良いでしょ」
「うん。別に良いんだけど暇になるかもしれないぞ?」
「大丈夫よ」
……どうしてそこまで確信を持って呟くことが出来るのだろうか。
シャルが行きたい買い物でもないのに…付いて来ても暇ではない?
…全く分からない。
「あ、でも少しだけ剣を見たい」
「なら、先に剣を見るか」
「良いの?」
「俺は行きたい所は決まってるんだけどまだ、頭の中で整理をしたいからシャルの方が先で大丈夫だ」
頭の中でフワッとしたイメージだが球体魔法を少しでも強い魔法にするための映像は浮かび上がっているので後は頭の中で整理をするだけだが、その整理をするのにもう少し時間を使用したいので今すぐ言っても買い物をすることは無いのだ。
「そう。ありがと」
「別に気にするなって」
シャルと他愛もない話をしながら辿り着いたのは武器屋の露店だ。
武器を白昼堂々と露店で出すのが異世界で普通なのが大変素晴らしいと思う。
日本だと銃刀法違反で即逮捕の案件だが冒険者がいるのだから摑まる訳も無いし、大剣、斧、短剣などの様々な武器をカーペットに敷いてあるのを間近で見れるのは男として少年心が疼く。
「…色んな武器があって面白いな」
「ん?おや、シャルちゃんじゃないか。久しぶりだね」
「うん。久しぶり」
露店ではスキンヘッドの頭を触りながら落ち着いた雰囲気を出している八十歳は超えているであろうおじいさんが現れて、孫を見る目でシャルに優しく微笑んでいた。
「おやおや、あのシャルちゃんが男の子を連れてくるとはいらっしゃい」
「こんにちわ。ミツルって言います」
「マスター、少し剣を触らせて」
「ええよ。シャルちゃんなら幾らでも扱っておくれ」
シャルも若干興味津々な様子で武器屋の露店の物を物色して露店の隣で片手剣の素振りを開始していた。
「シャルちゃんは真面目で良い子じゃが仲良くやっとるかい?」
俺も初めての露店なので屈んで武器を物色していると目の前のお爺さんが優しい口調で話しかけてきた。
「真面目なのかは分かりませんが仲良くは出来てる気はします」
「そうかい。シャルちゃんは優しい子で仲間思いじゃ。しかし、無口な子でもあるから…中々気付いては貰えんからの」
一心不乱に素振りを行っているシャルを見れば確かに無口というより端的に呟く分には想いが伝わりにくいこともあるのだろう。
「だから…儂はここにシャルちゃんが来た時に――凄い嬉しかったんじゃ」
「嬉しかった?」
何を言っているのかいまいち分からず聞き返すがお爺さんはシャルを見ながら微笑を絶やさない。
「…あんなにも楽しそうな顔をするシャルちゃんを見るのは初めてじゃ」
「楽しそうなんですか?俺には分かりませんが」
シャルを見つめるが剣を振り続けている姿からも楽しいのか、事務的に剣を振っているのかも分からないのが今の俺だ。
まあ、短い付き合いで他人の機嫌の良し悪しなど分かる方が不思議ではあるのか。
「ホッホホホ。それは、お主には分からんかもしれんの」
「え?何でですか?」
何故かお爺さんが口に手を当て大笑いを始めてしまった。
「シャルちゃんは不機嫌な時に分かりやすいほど顔に出る。しかし、お前さんがそれを知らぬと言うのなら――お前さんの前で不機嫌になったことは無いと言うことじゃの」
「…成る程。それなら分からないかもしれないですね」
よくよく考えてみれば、俺がパーティに入った時は既にシャルが不機嫌な時は俺には分からずセリーヌやアイミが上機嫌過ぎて怖いと言っていたほどだ。
…もしかしたら、自意識過剰無しにシャルに気に入られているのか?
「シャルちゃんの事を今後ともよろしく頼むんじゃ」
「出来る限りは見捨てるつもりはありません」
もう既にシャルには何度も助けられている。
ゴブリン戦でもシャルがいなければ死んでいた可能性もあるし、ゴーレム戦ではシャルのおかげで大金持ちの仲間入りを果たすことも出来た。
「おじいちゃん。この剣、良い」
「おー!流石シャルちゃんじゃ。この剣は儂の自慢の一品じゃ」
「これを買うわ」
シャルが素振りを終えたのか若干だが清々しい表情を浮かべて剣を購入するようだ。
「一金貨じゃ」
「…思ってた以上に安いんですね」
「儂が趣味で作っておるだけじゃ。安くて丁度良いんじゃよ」
剣などの武器は何十万とすると思い込んでいたが想像以上に安くて良い剣が手に入る様だ。
シャルが腰に掛けてあるバックから一枚の金貨を出して剣を購入して、露店のお爺ちゃんに手を振って再び買い物を再開する為に歩き始める。
「良かったな。良品が見つかって」
「うん」
若干頬を朱色に染めながらも、今の俺でも分かる程に嬉しそうな表情をしているシャルを見れば武器屋の露店に行って良かったと思えてしまった。
「あ、あのミツル!」
「うお!?え、なに?」
突然ほんわかとした雰囲気の中でシャルが大声を出したことに全身が飛び跳ねて心臓がバクバクと鳴り響いている中で、シャルの方を見れば何故か先程買った剣を俺の方に差し出している。
「……ん?ええと、どういうことだ?」
「み、ミツルにあげる」
自分でも恥ずかしいのかシャルが見たことも無い雰囲気を滲み出していた。
頬を朱色に変え、恥ずかしいのか全身をモジモジさせながら俺の方を見つめずに剣を両手で向けてくる。
「…何で?え?シャルが自分で使うために買ったんじゃないのか?」
「ち、違う。ミツルにあげようと思って」
てっきり、ゴーレム戦で少し剣が刃こぼれしたと言っていたのでそれで剣を新調したいのかと思い込んでいたが違うらしい。
…けど、どうして俺に?
「凄い嬉しいんだけど、何で?今日は俺の誕生日でもないぞ?」
有難くシャルから剣を貰うのだが…意味が分からずに俺までシャルの高揚が移ったのか頬を朱色に変えてしまいながらも聞くことが出来た。
「わ、私達のパーティに入って歓迎してないし…ミツルも冒険者で危ない目に合うから剣を…持っておいた方が良いと思った」
「…成る程な。正直に言うと俺は非力だしレベルも低いから男の浪漫の剣を持っても不愛想かと勝手に思い込んでいたが…凄い嬉しい。ありがとう、シャル」
お礼を伝えればシャルが一瞬顔を更に赤くさせ、目を見開き固まっている姿に変な事を言ったのかと不安になれば顔を背けられる。
「どうした?」
「……何でもない」
「それは嘘だろ。誰でも分かるぞ」
何でもないなら顔を背ける必要が無いのに、何故かこちらを見ようとはしない。
試しに正面に向き直ろうとするが、シャルの【感覚察知】で気付かれてしまったのか瞬時に反対を向いて振り返ろうとしない。
……頑なに見せないと言わんばかりの態度を取られると無性に見てしまいたくなるのは何故だろうか?
意地でも見てやろうと何度も回り込むが絶対に見せないとシャルが反対方向を向くが、俺は諦めな…、
「しつこい!!」
「ぶへっ!?」
先程までの穏やかな雰囲気が消えてシャルの拳が頭に落とされる。
「…ばか」
余りの痛さに頭を抱えて蹲っているとシャルが口を尖らせて不満そうな表情を隠そうともせずに先に歩いて行く。
……成る程。
シャルの不機嫌な時ほど分かりやすいことはない。