表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/42

忘れてた

◇◇

ミツルside


 「…やばい。死ぬ」


 ゴブリン戦では冷や汗を掻き、ゴーレムの戦いでは踏み潰される間際だが一度も痛い思いをしていない。

 しかし、現在は地獄の苦しみを味わっている。


 「頭がぐるぐるする」


 …頭がグルグルと周り、気分も悪く頭痛もするし一歩も動こうとさえ思わない。

 一番近い例えであればインフルエンザのきつい二日目に近いと言える。


 というより、俺の部屋に戻った記憶が一切ない。

 覚えているのは冒険者ギルドの人達と飲んで食って…セリーヌと酒を飲む勝負をしたんだっけ?それ以降の記憶は一切ない。

 二階の自室までどの様に戻ってきたのかも何も覚えていないのは俺の記憶喪失か、これがお酒を飲んだが故の二日酔いかもしれない。


 いや、二日酔いなのだろう。

 もう二度とお酒は飲まない。


 再度寝ようと寝返りを打てば二階の階段を誰かが登る音が聞こえる。


 「ミツル!いい加減起きてくれる!?大変なことになってるって何度も言ってるんだけど!?」

 「……何度って今のが初めてだろ。というより、俺は眠いから寝る」

 「何が初めてよ!何度も呼んでるわよ!これで五回目よ」

 「一切記憶にない」

 「寝てるからでしょ」


 ごもっともな正論だが、俺は惰眠を貪る生活をすると決めているので今後はお昼頃に起こしてほしい。


 「いいから起きなさい!本当に大変なのよ!」

 「おい!寒いだろうが!」


 セリーヌに布団をむしり取られ全身に肌寒さが突き抜けて身震いを起こしてしまう。


 「寒いとか言ってる場合じゃないの!あんたがいないと話が進まないから起きてくれる?」

 「…ったく。朝っぱらから何を騒いでるんだよ」


 セリーヌの目覚ましと今の寒さで目が覚めてしまったが…起き上がってもやはり頭が痛いし気分も悪い。

 ……本当に二度と飲まないようにしよう。


 「二億金貨も手に入って…贅沢な暮らしが出来るのに何を大変な目にあうってんだよ。俺はこれから先はダラダラと過ごすと決めて」

 「あら?やっと起きたの?もうすぐ朝ごはんが出来るから待っててくれる?」


 ――――え。


 うん。あれだな。

 寝ぼけているか夢のどちらかだ。

 …寝て起きたら――――テリサさんという美人お姉さんがエプロン姿で朝食を作っているなんて夢以外に考えられない。


 「……まだ夢の世界みたいだからもう一度寝るわ」

 「夢じゃないわよ!私達も朝起きたらいつの間にか台所で朝食を作ってたの!」


 夢でも寝ぼけている訳でもないようだが、昨日何かを忘れていると思ったがようやく思い出すことが出来た。


 「昨日何か忘れてると思ったら…テリサさんの事を忘れてたな」

 「…そう言うのは心で言って欲しいんだけど、丁度朝食が出来たから食べながらお話ししましょうか」


 テーブルを見れば既にシャルとアイミが座っているので俺も座らせてもらおう。


 「勝手に料理を作らせてもらったけど美味しいと思うから食べてみて」

 「「「いただきます」」」


 余り食欲は無いが匂いで強制的に食欲がそそられてしまう。

 恐る恐る口の中にサラダを入れれば…、


 「旨い!!おい、これ美味しいぞ!」

 「ほ、本当ね」

 「幾らでも食べれちゃう」


 アイミの場合は何時でも食べているだろうと言いたくなるが、折角美味しい気持ちを味わっているので黙っておいてあげよう。


 「良かった。一段落したから私も食べさせてもらおうかしら【生成:土】」


 セリーヌが地面に向けて手をかざすと何も無かった地面から椅子が姿を現して、テリサさんはお嬢様の様な品を備えてたまま座ってナイフとフォークを持って料理に手を付ける姿は中々に美しい。


 「取り敢えず水が欲しい」


 徐々に頭が回ってはいるが、まだ正常ではないので水をコップに注いで一気に飲み干して席に戻る。

 ……お酒を飲んだ後は水を飲んだ方が良いと言うのは正しいみたいだ。

 少しだけ気持ちが楽になった気がする。


 「そろそろ調子も戻って来たし誰もが知りたいかもしれないが…よく生きてたな」

 「…あの時は私も人生の終わりを覚悟したわ。だけど、ゴーレムは元々無機質の物体で本体は生身の人間だからゴーレムが死んでも私は死なないのよ」

 「成る程な。それで、次の質問だが」

 「え?何個ぐらい質問があるの?」

 「気になることを全部喋るまでだ」


 正直に言えば戦う前から聞きたいことは山ほどあったのだ。

 けれど、有耶無耶にしたままここまで来たが丁度良い機会なので全て話してもらおう。

 それはテリサさんも言われると分かっていたのか肩をすくめ姿勢を正した。


 「それもそうね。何でも聞きなさい」

 「荒野を彷徨った理由は?」

 「それは簡単。私は魔王と契約していてゴーレムを貸す代わりに美食巡りが私は趣味だからそのお金を貰う事。それ以外は全部自由って契約だけど魔王の命令の時だけは聴く約束になってるわ。それで、勇者を探す羽目になったんだけど…場所が分からなくて荒野を彷徨ってた」


 ……成る程。

 今ので荒野を彷徨っていた理由と魔王の契約とか喋っていたことに関しては大体把握することが出来た。


 「次の質問だがお前は捕まらないのか?魔王軍幹部なのに」

 「……?何で私が捕まるの?」


 本当に分からないのか首を傾げているが、この人は自分の立場を分かっているのだろうか。


 「な、なんでってお前は魔王軍の幹部なんだろ?」

 「幹部はゴーレムで私ではないのよ。実際に私は戦場に出て悪さをしたことも無いし、ゴーレムを貸してただけ。街の噂でまさかゴーレムを戦争兵器に使うとは思ってなかったけど」

 「寧ろあのゴーレムを他に何に使うんだよ」

 「街を探すのとかで偶に呼び出す程度に使ってたわ」

 「勿体ないに決まってんだろ」


 この人は基本大人な感じで綺麗でお淑やかに見えるが…中々に発想が貧弱というのか戦争とは無縁で生きているようにしか見えない。


 「私の魔法は基本、楽をするためにあるだけだからね」

 「…なら次だ。魔法軍幹部なら魔王軍の所に戻らないのか?」

 「残念ながら私はもう魔王軍を辞めたの。ゴーレムを斬られた時点でゴーレムを貸すという契約も切られて私はもう魔王の言うことを聞く義理も無いし、戻るのは面倒だから」


 大体の事は把握できたかもしれない。

 テリサさんは嘘を吐いていない様に見える。

 昨日、冒険者ギルドに行った時にゴーレムの換金をした際にテリサさんが戦場に出ていたのなら、魔法を操るテリサさんに賞金が掛かっているのが当たり前だが、賞金はゴーレムに掛かっていた。

 それは、テリサさんが戦場に出ているのではなくゴーレムだけが戦場に出ていた証明でもあるのだろう。


 「…あんたは悪い人間にはあんまり見えないけど…どうして魔王軍に入ったんだ?」

 「それは私が騙されたのよ。魔王に初めは私は世界の王って言われててっきり私は魔王の事を人間の王様だって思ったのよ。だけど、契約した後に魔王だって知ったし、ゴーレムを戦争兵器に使ってるのも知って大慌て。まあ、結局は魔王軍に入っても美食巡りの旅は変わらないから良いかなって」


 ……この人はまたセリーヌとは違って純粋無垢な天然だな。

 契約を易々とするのもまず意味不明であるが、簡単に騙される辺りがまた天然以外の何物でもない。


 「ということは、誰も殺してないのか?」

 「殺すわけないでしょ?私は美食巡りをしたいの。人を殺しても美食巡りは出来ないじゃない」


 何を当たり前のことを言ってんだと喋られるが、あんたが形だけでも魔王軍幹部だから仕方がない。


 「なら、テリサさんを冒険者ギルドに連行してもお金にはならないのか」

 「ねえ、このまま流れる感じで終わりそうだったのに急に怖い事言わないで欲しいのだけど?私を連行しても一銅にもならないし、寧ろ拉致であんたが捕まるのよ?」

 「…だよな」


 あわよくばもう二億金貨ぐらい欲が出たがそう都合は良くないか。

 ……ん?

 セリーヌが良く分からないがジト目で見つめてくる。


 「どうした?」

 「悪魔の証拠を見つけようと思って」

 「おいおい。朝っぱらから挑発か?今日は頭が痛くて機嫌が悪いから容赦はしないぞ?」

 「美味な朝ごはんまで提供してもらって捕まえるなんて極悪非道よ!こいつは、悪魔よ!」

 「そうよね!セリーヌだっけ?貴方は分かってるわ」


 いつの間に結託したのかセリーヌとテリサさんは手を掴んで友好を深めているのだが、セリーヌは食事程度で施されるなよ。


 「あ、あの一つだけ気になったんですけど…どうしてこの家の場所が分かったんですか?」


 アイミがおずおずと言った形で話しかけるが確かに気になる所ではある。


 「魔王軍に帰る気も無かったから一番近いこの街に来たんだけど…問題は私は一文無しで何処に住める場所も無かったのよね」


 今の一言で少しだけ手離散に親近感が湧き、同情めいた目を向けてしまう。

 分かるぞ。

 家も無い、お金もない程怖いことは無いんだよな。


 「だから、ミツルたちがここに住んでいるのは分かったから、ここに鬼畜で変態、セクハラ男のミツルが住んでる家はありますか?って聞いて回ったら辿り着いたのよ」

 「ちょっと待てやあああああああ!!」


 親近感が一気に失せて酔いも全て吹き飛んで大声で叫んでしまう。

 え?どういうことですか?


 「だって、私は自分の身体を弄ばれたし…だから、聞きまわってたらミツルって人は知らないけど【借金の帝王】たちが住んでいるのはここって教えてもらったの」

 「俺の街の人達からどんな扱いになると思ってたんだ!しかも、弄んでねえだろ!」


 こいつに同情めいた親近感が湧いたのは馬鹿だった。

 テリサはまるで汚されましたわ、と言わんばかりに身を抱きかかえているが事実無根の冤罪だ。

 というか、この三人組が【借金の帝王】とかネーミングセンス良過ぎるだろ!


 「どういうこと?」


 …シャルから冷徹で今にも斬りかかってきそうな勢いでジト目で睨みつけるのに全身から冷や汗を流すが間違いなく俺は悪くない。


 「俺は何もしていない!胸を触ろうとしたのはテリサさんから皆を離すための脅しで指先一つも触ってないし」

 「なら、私を抱きかかえてたのは?」


 テリサさんが言っているのは俺が球体魔法でゴーレムの上に乗るテリサさんに球体を当ててその後に抱きかかえていた事だろう。

 だが、それも俺は悪くない!


 「あれは俺なりの優しさだろうが!流石に敵でもテリサさんが三mのゴーレムから落ちたら危ないと思って掴んだんだよ」

 「そういうことね」


 シャルは納得したのか首肯し食事を再開する姿を見て安堵の溜息を吐きだす。


 「ちょっとシャルはミツルの事を信用し過ぎよ!どうしたの?弱みでも握られてるの?私に相談したらミツルのことぐらい吹き飛ばしてあげるけど」

 「おい。お前こそふざけるな。俺は紳士で優しい男だ!」


 何を言っているのか。

 まあ、少しぐらい触っても大丈夫かな?とは考えたが実際は触っていないのでセーフの筈だ。


 「そうなのね。それは、ありがとう。てっきり私はゴーレムからでも抱きかかえてたミツルの顔が興奮した様子だから邪な気持ちでずっと抱きかかえているのかと勘違いしちゃったみたいね」


 ……いやー。

 え、ええと、うん。そうだな。


 「ほ、本当に勘違いして貰ったら困るな…アハハハ」


 そう言えばあの時は女子の身体に触れることが出来たんだとか、軽いなとか、髪がサラサラとか思ってないし?

 ほ、本当に紳士で優しい男だし?


 「…ふーん」


 全員が食事を再開している中で一番馬鹿な筈のセリーヌだけが俺の方をジト目で見られるのが怖くて食事が喉に詰まるのは俺に邪な気持ちがあったからだろうか?


 今後はテリサさんの行動には気を付けておこう。

 ド天然で世間知らず、直ぐに騙される純粋無垢な大人な女性ほど怖いものは無い。

 きっと、自分では分かってなくても誘惑して来るかもしれないが俺は絶対に勘違いしない男だ。


 「あ、そう言えば料理はどう?私としては結構旨く出来た自信があったんだけど自分の舌だけじゃ自信が持てないのよね」

 「百点」

 「美味しい」

 「最高に美味しいわ!」

 「美味しいです。幾らでも食べれます」


 誰が聞いても大絶賛の料理だが実際に美味しいし、店に出しても問題ない程には旨いし、今食べられているのはお得な気がする。


 「良かった。一つやりたいことがあるからその為にも感想が欲しかったの。あ、後、一つだけお願いがあるんだけど…良いかしら?」

 「どうした?」


 嬉しそうに胸をなでおろすテリサさんが、若干指を絡めてモジモジする姿は可愛らしい。

 ……何だろうな。

 可愛い系の子が可愛らしい姿を見せるのは普通に可愛いと思えるんだが、美人系の人が可愛い仕草を見せると可愛いだけでは言葉に表せない破壊力が備わっている気がする。


 「私をここに住まわせてもらえない?仕事は探して家賃も払うし、料理も皆より多く作るし駄目かしら?」

 「私は別に構わないわ」

 「私も良いわよ!こんなにも美味しい料理が食べれるなんて幸せよ!」

 「はい。私も色んな料理を食べましたけどこんなに美味しい料理が食べられたのは幸せです」


 全員から了承も得れたことで新たに俺達の家に住人が増えたことで…俺もスローライフを絶対に過ごすぞ!


 

 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ