宴
◇◇
シャルside
……最近、自分で体験したことのない事ばかりが起こりつつある。
「飲んで騒いで楽しめ!!」
「「うおおおおお!!」」
ミツルの声を区切りに冒険者、受付嬢も含めた冒険者ギルドでの大宴会が始まった。
こんなこと、前代未聞で…この状況を作り上げているのは…ミツルだ。
「おお!何だこの子!凄い勢いで料理が食べ尽くされてるぞ!?」
「おかわり」
「早過ぎる!?」
アイミは既に食事に手を付けて完食してお代わりを求めている。
相変わらず引っ込み思案で人と関わるのは苦手だがお腹の許容量はブラックホールだ。
「こっちも開始一分で三杯目に突入してるぞ!」
「誰か勝負しなさい!今日の私は負けないわよ!」
セリーヌも既に若干頬を高揚させて高らかにジョッキを掲げて豪快な男顔負けの飲みっぷりを披露している。
何時もはあんなにも明るくないのに…ミツルが来てからセリーヌは元気一杯で冒険者生活を楽しんでいるよう見える。
全てミツルが来てから変化している。
今ままで冒険者ギルドに来ても腫れ物扱いで誰にも歓迎されたことも無く…体にチクチクと針で刺されるような感覚だけしか生まれていなかったのに。
「おいおい!セリーヌ良い飲みっぷりだな!俺も負けないぞ!」
「良いじゃない!一度、あんたとは勝負したかったのよ!」
いつの間にか出来上がったミツルとセリーヌは頬を高揚させジョッキを重ねて賑わいの中心で騒ぎまくっている。
「ゴーレムを倒した英雄の勝負だ!」
「どっちも頑張れ!」
冒険者を選んだのは自分でその決断を後悔したことは無いけど…ギルドに行くことが億劫になりただ戦闘に身を任せたいと何度も考えて静かに冒険者ギルドに来ていた。
「あれ?ミツルってばもう限界なの?」
「お、お前強過ぎるだろ。もう連続で五杯目だぞ…」
…今は冒険者ギルドに渦巻く感情は温かく…癒されるような感覚しかない。
喝采を浴びることも、称賛を浴びるのも全部…初めての体験だ。
「あー、初っ端から死ぬかと思った。あ、ソフィアさん飲んでます?」
「ミツルさん。最初から飲み過ぎでは?」
「何言ってるんですか!今日は飲みますよ!ソフィアさんも飲んで下さい」
全身筋肉痛も和らいで入るが全力で動くにはまだ無理があり椅子に座って顔を真っ赤にしたミツルがソフィアに絡む姿を見つめる。
……何だか胸の奥からムカムカと今まで感じたことも無い感情が…流れている気がする。
「私は明日も仕事なので程々に飲ませて頂きます」
「今日は奢りですよ?ソフィアさんには初日の恩がありますから。泊まらせてもらったり」
ミツルが次々とソフィアを褒めちぎる度に…何だか胸の奥から締め付けられるような痛みが走る。
「…なにこれ」
自分でも分からない意味不明な感情に首を傾げてしまう。
「もう感謝の印に何か贈りたいぐらいです!」
相当酔っているのかミツルは両手を上げて演説している姿に溜息が零れる。
「ミツル、そろそろ飲み過ぎ」
「お礼にキスをしましょう!!」
「……え」
一瞬頭が真っ白になり視界が消え、何も考えられなくなってしまう。
徐々にミツルがソフィアに顔を近づける度に心臓の鼓動が速くなり、慌てて立ち上がり防ごうと試みるが、
「ッ!?」
体全体に痛みが走り動けなくない。
「ちょっと」
言いようのない焦りを覚えて声を出すが、ミツルが顔を近づける時にソフィアの人差し指がミツルの唇に添えられる。
「飲み過ぎです。ミツルさんが我に返った時に後悔するんですからね」
女性の私から見ても可愛らしい姿でウインクをしながらミツルを嗜めるように呟く。
「うう!シャル、俺は振られてしまったぞ!」
「…ミツルは酒癖が悪い」
ハイテンションで動いていたかと思えば今度は泣きながら私に抱きついてくる。
……あれ?
「シャルさん。ミツルさんの事をよろしくお願いしますね」
「うん」
ソフィアにお願いをされミツルを腿の上に乗せて寝かし付けるが…ふと、私は小さい頃にお母さんに掛けられた言葉を思い出した。
『誰かに寄り添って嬉しいと思えた時、ずっと居たいと思える人が出来ればそれは…貴方にとって大切で大好きな人になると思うわ』
――――そうだったのか。
ミツルがソフィアに近づくのに焦りを覚えたのは、悲しかったのは、辛かったのは…誰にもミツルを取られたくなかったからだ。
私の気持ちの当事者であるミツルはお酒を飲み過ぎたせいで若干苦しそうに呻き声を上げる姿を見てクスリと笑みが零れ、珍しい黒髪を優しく撫でる。
今まで誰からも認められ、受け入れられることも無かった。
自分は口下手だけど、仲間だけは大切にしたくて仲間を罵倒する人間を許すつもりは無くて、私の悪口なら幾らでも我慢できるけど…許せなくて何度も殴りかかった。
その度に、違う人からは何度も罵倒を受けた。
――――ふざけるな!
――――たかが、罵倒で殴るな。
誰も私の気持ちなんて考えず目の前の借金に頭が苛立ちで溢れていて…自分の気持ちを分かってくれる人間なんていないと諦めていた。
……なのに、ミツルだけは違った。
『殴るなら家を壊すな』
『お前が心配だ』
セリーヌ、アイミ以外は私が殴るときに怒り、クエストになれば頼りっぱなしで誰も心配する人間なんていなかったのに…初めて誰かに心配された。
殴っても良いなんて言う人間は初めて見た。
「…一目惚れかしら」
彼の仲間に対する優しさや、何だかんだと理由を言いながらも見捨てない姿に惚れたのかは自分自身でも見当は付かない。
「うう。気持ち悪い」
酒の苦しさに悶えるように呻き声を上げる姿を守りたくなるような、可愛らしくて愛おしく思えてしまうのだから…もう想いに歯止めが利かない。
「ミツルは今後は公共でお酒は禁止」
「……もう、絶対に飲まない」
意識が戻って来たのか返答がくると言うことは安心はできるが次の日は大変な思いをする可能性が高いが自業自得だ。
「でも、わ、私と二人の時なら飲んでも良いけど」
自分で言っておきながら恥ずかしくて顔が熱いのはきっと頬を高揚させていると思う。
「おう」
…意識的にか無意識なのかは定かではないが応えてくれた一言が大勢の人達の称賛、喝采、今回の勝利よりも嬉しいと思えてしまったのだから…もう私は前の頃には戻れないかもしれない。
「今日はお疲れ様」
介抱してあげたい気持ちもあるけれど、私は動けないし誰かを呼ばなければならない。
今は、一秒でも長くこの時間を――――共にしたいと思えてしまった。