まだまだ続く
「強過ぎるだろ」
真っ二つに斬り落とされたゴーレムが崩壊し、剣を鞘に納めたシャルがいつも通りの飄々とした態度で戻ってくるが…余りの強さに誉め言葉よりもドン引きしてしまった。
「まだまだよ。少し刃こぼれしたから」
まず、剣が折れない時点でおかしいのだがシャルと俺とでは話の次元が違う。
「シャルってば強過ぎるわ!一体どれだけ強いの!?」
「有り得ない強さだったよ」
アイミとセリーヌが興奮気味にシャルに話しかけるのを見れば…やはりシャルの強さは異次元なのだろう
「ミツル、これ」
和気あいあいと話している中でシャルから投げかけられたのはゴブリンの魔石の二倍以上の大きさを誇る魔石だ。
「一応ゴーレム中にあったから取っておいた」
「おう」
受け取るのだがバックに入る大きさでもなく手で持って帰らなければならない。
「それじゃあ魔王軍幹部も倒した所で帰ろうぜ!!今日ぐらいは酒でもご飯でも食べて騒ぐぞ!」
「ミツルって中々ノリがいいわね!私も今日は飲むわよ!」
「魔王軍幹部を倒したんだからな!今日ぐらい騒いでもバチは当たらない筈だ」
死の間際まで追い詰められたので、少しぐらい自分を労う機会があっても文句は言われない筈だ。
セリーヌも乗り気な様で拳を掲げて満面の笑みを浮かべている。
「…ミツル…一つだけいい?」
「どうした?」
「動けない」
帰還しようと背を向ければ背後からシャルの呻き声が聞こえて…振り返れば何時もの勇ましい姿など欠片も無く小鹿の様に足を震わせて一歩も動いていない。
「……あの技を使った後は反動で全身筋肉痛になるの」
「…寧ろあれほどの大技をデメリット無しで打てる方がおかしな話か」
シャルは平気そうな顔をしていたが普通はあれほどの大技を出して何もデメリットが無い方が怖いぐらいなので筋肉痛程度なら安堵できる。
「仕方ないから私が運んで」
「いや、俺が運ぶ」
セリーヌが率先してシャルを運ぼうとするが遮ってシャルの前で屈む。
「え!?で、でもシャルが」
「お願い」
「「え!?」」
シャルが乗っかる重みを感じて背負って歩き始めるが…背後から驚いた声が聞こえる。
「し、信じられないわ。あのシャルが私達以外に触れるなんて。誰かが触れただけで壁を吹き飛ばす程に殴るのに」
「昨日からおかしいよね?人を殴らないし」
……二人のシャルに対する偏見がおかしい。
シャルを肉食動物か何かと勘違いしてないか?
人を食料だと思って飛びつく動物でも無いんだから。
「三人とも頑張ったからな」
「まあ、当然よね!」
「セリーヌは回復魔導士の名を捨てて囮の魔導士って名前に変更した方が良いと思うぞ?」
「な、なんですって!?」
少し褒めただけで調子に乗るので余り調子に乗せないように適宜に貶してあほな行動に出ないように制御しなければならない。
浮かれて借金倍増なんて絶対に御免だからな。
隣から聞こえる声を右から左へ聞き流しながら帰路へと立つ。
「ミツル」
「どうした?」
背後でしがみ付いているシャルがか細く俺だけに聞こえる声で小さく呟いた。
「貴方が借金を作った私達を見捨てなくてよかったわ」
「……急にどうした?」
「ミツルが残ってくれたおかげで今日は勝てたから」
シャルが褒めてくれるのは嬉しいのだが…あの時はソフィアさんの厚意に嵌められた結果であり、正直に言えばあの時にソフィアさんとの約束が無ければ俺は借金を作った日にシャルたちを見限っていたかもしれない。
「…ぶっちゃけて言うと色々あってお前らのパーティに残っただけで…本当なら二日目にお前たちと別れてたかもしれない」
「でも、残ってくれた」
「まあな」
「途中で色んなことが起きても最後に決断したのはミツル。だから、私は――お礼を言いたかったの」
「なら、遠慮なく受け取っとく」
「うん。ありがと」
シャルからのお礼は何だか…嘘ではないと確信が持てる分、何だかこそばゆく体が熱くなるのを感じて頬を掻いてしまう。
「ねえ、ミツルちゃんと聞いてるの!?」
「悪い。一切聞いてない」
「ふざけんじゃないわよ!?」
セリーヌが喚くのを適当に首肯して頷き、その様子をアイミが口元を手で隠しながらもクスクスと笑いシャルもまた背中の中で静かに笑っている気がした。
……何だか良い感じで終わった気がするんだが一つ忘れている様な気もするが…気のせいか。
◇
「こ、これはもしかして魔王軍幹部の巨大ゴーレムの魔石ではありませんか!?」
「そうよ!私達で倒したの!ねえ、凄いでしょ!?」
冒険者ギルドに戻り、ソフィアさんにゴーレムの魔石を渡した所で笑顔ではなく純粋に驚いた顔で魔石を見つめていた。
…ただ、倒したのはシャルの筈なのにセリーヌがまるで自分が倒したぞ!と言わんばかりに胸を張っているのかは分からない。
「凄いと言いますか…少々お待ちください」
ソフィアさんが慌てた様子で後方へ下がっていくのを見ればやはり魔王軍幹部を倒した所で多少のお金は貰えるのかもしれない。
「シャルのおかげで借金が減りそうだな」
「私一人では勝てなかった」
シャルは誇らし気にする訳でもなく俺の背中で首を横に振っている。
何処かの誰かさんも見習って欲しい姿である。
流石に俺も学習するので今までの経験からも今回の借金を全額返済できるだけでも十分な朗報だ。
最高で借金返済、最悪でも三十金貨以上あれば満足が得られる。
魔王軍幹部を倒してお金を払えと言われるのは無いだろうから大丈夫と願いたい。
「あ、戻って来た」
ソフィアさんが若干駆け足で戻ってきたが息を切らし肩で呼吸を落ち着かせている状況だった。
「…どうしました?」
いやいや。
まさか、お金が減るとかないよな?
魔王軍を倒してお金が減るとかは有り得ない。
「大変ですよミツルさん。魔王軍幹部巨大ゴーレムの報酬――――二億金貨です」
「「「えええええええええええええ!?」」」
夢?夢なのか?
え?本当に!?
ソフィアさんも相当驚いているのか困惑気味に資料を見つめる。
「情報によれば巨大ゴーレムは度々魔王軍との戦争の合間に出現し王軍をいとも簡単に混乱の渦に巻き込む魔物と謳われ誰もがゴーレムの出現に恐れ逃げ出すほどでした。魔法が当たる事も適わず、剣で斬ることも出来ず…戦う術がなかったのです。よって…クエストではありませんが賞金首として名を連ね――二億金貨の報酬となります」
「み、ミツル。ゆ、夢じゃないわよね…?」
「お、おう。多分な」
何も言わずにセリーヌの頬を抓り、両手が塞がっているのでセリーヌに抓ってもらえば痛みを感じると言うことは…夢ではない!!
「おおおおおおお!!!!きた!きたぞ!異世界に来て最高な事が起きたぞ!」
「し、信じられないわ!借金ばかりだったのに」
「シャルの功績だ!」
「ふぇ!?」
一番の功労者であるシャルを背中から下ろして全力で抱きしめる。
「ミツルさん!そんなことしたら殴られて…え?殴られない?」
背後でソフィアさんが驚いた声を上げるが全く気にならない。
「シャルのおかげで俺達大金持ちだ!おい!セリーヌもアイミも来いよ!」
「当たり前よ!」
「う、うん」
三人で全力でシャルを抱きしめ喜びを分かち合う。
「俺達の大勝利だ!!」
「ミツル!私もお酒を飲んでも良いわよね!?」
「幾らでも飲め!バカ騒ぎするぞ!」
「わ、私もご飯を食べたいんだけど」
「幾らでも食べろ!」
以前までなら絶対に駄目だと豪語していたが…今なら全く問題は無い。
俺達が喜びに打ちひしがれている時…冒険者ギルドで小さく拍手の音が聞こえた。
「凄いな。王軍が勝てない相手を倒すなんて」
「問題児でも実力は一級品なんだな」
徐々に小さい拍手が大きく膨れ上がり…俺達を祝福するように冒険者ギルドに鳴り響く。
「ミツル…私、今までの人生でこんなこと起きたの初めてよ」
「俺もだよ」
「歓迎されたのは初めてだね」
「信じられないわ!」
三者共、今の状況が理解出来ないのか目を丸くして放心して固まっている。
「ミツルさん、おめでとうございます。そして、冒険者ギルドとして難攻不落のゴーレムを打ち破ったことを…心からお礼申し上げます」
背後を振り返れば受付嬢の人達、ソフィアさんもまた拍手を送り深々とお辞儀をしていた。
「…ソフィアさん」
お辞儀をするソフィアさんの姿が本当に褒められている様な気がして…思わず名前を呟いてしまう。
「借金九十金貨返済し、ゴーレムの魔石も含め二億金貨をお支払いします」
ソフィアさんが伝えると同時に背後から大柄な男性が姿を現した。
目つきが鋭く白髪に白い顎髭を生やした威厳のある爺さんが俺達の前に…大きな袋を手に持ってくる。
「私、この冒険者ギルドのギルド長であるライムと申します。私からも重ね重ねお礼を申し上げます。全人類の方々に朗報が伝わり感謝することでしょう」
現れたライムさんもまた深々とお辞儀をして俺が一人で持つことは出来ないであろう二億金貨の袋を渡されたが…やはり重くて地面に落としてしまう程の…大金が入っているのだと再実感する。
「おいおいおい!今日は最高に気分が良いぞ!今日は全部俺達の奢りでここにいる皆と宴だ!!」
「まじかよ!最高過ぎるだろ!」
「カッコいいぞ!」
冒険者ギルドで大歓声に見舞われ、更に興奮が冷めないまま宴の開催が決定する。
「今日は良いよな?」
「勿論よ!宴は皆でやるから楽しいんだから!」
「はい。私も沢山食べたいです!」
「構わないわ」
三人からの了承も得れたことで、
「ソフィアさんも飲みましょうよ!」
「そうよ!ソフィアも飲むわよ!」
企みがあったとしてもソフィアさんには一晩のお礼も兼ねて招待すると、セリーヌも拳を上げてソフィアさんを招待する。
「大変嬉しいお誘いですが私にはまだ仕事が」
「今日ぐらいは良いことにしましょう。無礼講として全員今日の仕事はここまでとして英雄のご厚意にお預かりましょう」
ライムさんの一言にギルドの受付嬢の人達からも大きな歓声が沸く。
「分かってるじゃない!」
「良し!宴の始まりだ!!」
大歓声の渦の中で宴が始まる。