王さまのよめさがし
王さまはお年ごろ。そろそろお妃さまをむかえなければなりません。ですが王さまはとってもロマンチスト。顔も知らないだれかとの政略結婚なんてまっぴらです。王さまは「自分のおよめさんは自分で見つける!」と宣言し、お城を飛び出してしまいました。王さまのおよめさん探しのうわさで、城下町はもちきりです。
「王さまがヨメを探してお城を出たそうだぞ」
「へぇ。どこに行ったんだい?」
「山だとさ」
「山?」
「そう、山」
国民たちは互いに顔を見合わせて、首を傾げました。
「王さまはクマでもヨメにもらうつもりなのかねぇ?」
数日後、王さまはとっても得意そうな顔をして、お城に帰ってきました。背中には竹で編んだ大きなカゴを背負っていて、中にはキノコや山菜など、山の幸がいっぱいです。でも、およめさんのすがたはどこにもありません。
「見てみよ、ジイ! こんなにいっぱい採ってきたぞ! 余が採ったのだ!」
王さまはうれしそうにはしゃいで、ジイにカゴの中身を見せつけました。ジイはピシッとタキシードを着こみ、白く立派なおひげの顔を付けた、王さまに仕える執事です。よほど山菜取りが楽しかったのでしょう、泥んこだらけのお顔がにこにこと笑っています。ジイは表情を動かさぬまま、王さまに聞きました。
「お妃さまはどちらに?」
「……それがな」
王さまは真剣な表情を作ると、ジイにグッと顔を近づけて、ゆっくりと言いました。
「山に、およめさんは、いなかったのだ」
「……さようでございますか」
ジイはひどく疲れたようにガックリと肩を落としました。王さまはジイのそんな様子をまるで気にもせず、
「ようし、これをシェフに渡して、お夕飯を作ってもらうぞ! 今夜は山菜尽くしだ!」
意気揚々と厨房に向かったのでした。
山から帰ってきて数日後、王さまは再びお妃さまを探しにお城を飛び出しました。城下町はまたもや王さまのうわさでもちきりです。
「王さまがまたヨメを探してお城を出たそうだぞ」
「へぇ。今度はどこに行ったんだい?」
「海だとさ」
「海ぃ?」
「そう、海」
国民たちは互いに顔を見合わせて、首を傾げました。
「クマにフラれて、今度はタイでもヨメにもらうつもりなのかねぇ?」
数日後、王さまはまたも得意そうな顔をして、お城に帰ってきました。背中には竹で編んだ大きなカゴを背負っていて、中には新鮮なお魚や海藻など、海の幸がいっぱいです。でも、およめさんのすがたはやっぱりどこにもありません。
「見てみよ、ジイ! こんなにいっぱい獲ってきたぞ! 余が自分で獲ったのだ!」
王さまはたのしそうにはしゃいで、ジイにカゴの中身を見せつけました。よほど釣りやワカメ採りが楽しかったのでしょう、日焼けしたお顔がにこにこと笑っています。ジイは表情を動かさぬまま、王さまに聞きました。
「お妃さまはどちらに?」
「……それがな」
王さまは真剣な表情を作ると、ジイにグッと顔を近づけて、はっきりと言いました。
「海に、およめさんは、いなかったのだ」
「……せめて人里に向かわれませ。少なくとも人間にはお会いできましょう」
ジイはひどく疲れたようにガックリと肩を落としました。王さまはジイのそんな様子をまるで気にもせず、
「ようし、これをシェフに渡して、お夕飯を作ってもらうぞ! 今夜は海鮮三昧だ!」
意気揚々と厨房に向かったのでした。
海から帰ってきて数日後、王さまはみたびお妃さまを探しにお城を飛び出しました。城下町はまたまた王さまのうわさでもちきりです。
「王さまがこりもせずヨメを探してお城を出たそうだぞ」
「へぇ。今度はどこに行ったんだい?」
「森だとさ」
「森ぃ?」
「そう、森」
国民たちは互いに顔を見合わせて、首を傾げました。
「クマにもタイにもフラれて、シカかイノシシ狙いかね?」
「クマやタイがダメなら、シカやイノシシにも好かれんだろうに」
数日後、王さまはたいそうごまんえつの顔をして、お城に帰ってきました。全身をオオカミの毛皮で包み、手には切り分けた鹿肉を入れた袋を持っています。でも、およめさんのすがたはあんのじょうどこにもありません。
「見てみよ、ジイ! オオカミだぞ! カッコいいであろう!」
王さまはうらやましいであろう、と言いたげに、ジイに身に着けた毛皮を見せつけました。ジイは表情を動かさぬまま、王さまに聞きました。
「ご自分で狩りを?」
「いや、余が仕留めたのはシカじゃ。だが大きすぎて持って帰れんかったので、近くにいた猟師に解体してもらって、肉を少しだけ持って帰った。残りを猟師にあげたらたいそう喜ばれてな。代わりに狼の毛皮をくれたのだ」
武勇伝を語るように王さまは誇らしげです。ところで、と前置きして、ジイは王さまに問いかけました。
「お妃さまはどちらに?」
「……それがな」
王さまは真剣な表情を作ると、ジイにグッと顔を近づけて、きっぱりと言いました。
「森に、およめさんは、いなかったのだ」
「……もしや、お城でのお勉強が嫌で、外に逃げているだけではありますまいな」
ジイは半眼で王さまをにらみました。王さまは慌てて首を振ります。
「そ、そのようなことは断じてない!」
しかしジイはまるで王さまの言葉を信じていないようです。じっと王さまを見つめるジイの不信の目に、王さまは「ううっ」とうなり、そして観念したように言いました。
「余が、結婚せねば、王家は絶えるであろう?」
「……何も手を打たねば、そうなりますね」
王さまの言わんとしていることを捉えかねたように、ジイが不思議そうな声音で答えます。王さまは言いにくそうにもごもごと言葉を続けました。
「そっちのほうが、いいのかもしれんと思って」
「……どういう意味です?」
ジイの声がわずかに怒ったような色を帯びました。王さまは深呼吸をすると、ジイの目をまっすぐに見つめました。
「山や、海や、森におもむき、余は多くの人に会ったよ。みな、親切でな。何も分からぬ余にいろんなことを教えてくれた。毒キノコの見分け方、釣りの仕方、シカのさばき方などをな。みなはいろんなことができるのだ。余は、毎日の食卓に並ぶものがどうやって用意されているのか、そんなことさえも知らなかったというのに」
王さまの顔に、悩みと迷いが浮かびます。ジイは黙って王さまの言葉を聞いていました。
「みな、いっしょうけんめいに生きておったよ。だというのに、生活は苦しいようだった。税と労役で、手許に残るお金はわずかだと言っておった。余は飢えたことなどないが、飢えて子が亡くなることも珍しくないのだそうだ。王家が絶え、王などいなくなれば、みなの生活は楽になるのではないかな? 自分たちの働きの成果を、自分たちのために使うことができたら、みなはもっと幸せなのではないだろうか?」
王さまの瞳はとても真剣に、透明に、ジイの目に向けられていました。ジイは王さまの視線を受け止めると、ゆっくりと首を横に振りました。
「たとえ王家が途絶えようと、王がいなくなるわけではありませぬ。別の誰かが王となり、新たな王家が生まれるだけにございます」
「そ、そうなのか?」
王さまは動揺したように視線をさまよわせました。ジイは表情を変えぬまま、静かに言葉を続けます。
「あなた様がお妃をめとろうとめとるまいと、世は何も変わりませぬ。ですが、あなた様が真に望むなら、この国をいかようにでも変えることが叶いましょう。この国は、あなた様の国なのですから」
「余の、国……」
王さまはジイの言葉を自分自身の中に沁み込ませるように、小さく口の中で繰り返しました。そして迷いを振り切った表情を作ると、ジイに近付き、すばやくその顔に手を伸ばしました。ジイが反応する間もなく、王さまはジイの顔から仮面を取り去ります。老人の仮面の下から姿を現したのは、王さまと同じ年ごろの、かわいい娘でした。
「お、お返しくださりませ!」
顔を赤くしてジイは、いえ、ジイと呼ばれていた娘は仮面を取り返そうと手を伸ばします。しかし王さまは仮面を懐に隠してしまいました。娘はどうすることもできずにこぶしをにぎります。王さまは、今まで娘が一度も見たこともないような真剣な顔で言いました。
「祖父より受け継いだ役目を果たし、余の側に仕えてくれたこと、感謝しておる。しかしこれからは、仮面をかぶった執事ではなく、余の伴侶として、側に居てほしい」
娘はぽかんと口を開けて、目をまんまるにして王さまを見つめます。王さまの瞳の奥に、かすかな不安の色が揺れていました。ああ、この人は本気で言っているのだ、そう思った瞬間、娘の顔は完熟トマトよりも真っ赤に染まりました。
「余の申し出を、受けてくれるだろうか」
王さまがそっと手を差し出しました。王さまの手が娘に触れようとしたとき、娘は弾かれたように身を退き、そして叫びました。
「い、いやでございます!」
王さまがショックを受けたように手を引っ込めました。娘は目に涙を浮かべ、つぶやくように言いました。
「こんな、男の恰好で……」
王さまが「ん?」と小さく首を傾げました。娘は恥ずかしそうに、より大きな声を上げました。
「わ、わたくしだって、結婚に夢も希望もございます! どれほどお慕いする御方からであっても、プロポーズにはそれにふさわしい時と場所と姿がございましょう! もう、なんなのでございますか! あなた様は狼の毛皮を着て、わたくしはタキシードで、こんな花も飾りもない部屋で、帰ってきたついでみたいに! もう!」
娘は涙目でキッと王さまをかわいらしくにらみつけました。
「やりなおしてくださりませ! わたくしが心から、あなた様の愛を受け入れられるように!」
王さまの顔がぱぁっと明るく輝きます。王さまは娘の手を取り、両手で固く握りました。
「あいわかった! すぐにとびっきりのドレスを仕立てよう! 無数のバラで飾った美しい教会で、もう一度そなたに告げよう!」
王さまの言葉に、娘は柔らかに微笑みました。王さまは娘の瞳をじっと覗き込み、言いました。
「これは、決意だ。そなたに仕立てるドレスは、何百の民を飢えから救うほどの大金を費やす、余の最後の奢侈である。その代わり、余はこの国に尽くし、この国の礎となり、やがてこの国の土に還ろう。それは決して容易い道ではない。一人では踏破することはできぬ。どうか余の側にいて、余と同じ道を歩いてほしい」
娘は王さまの自分を見つめる瞳に、囚われたように見入ってしまいました。不覚にも、娘は王さまのことを、かっこいいと思ってしまったのです。そしてさらに不覚にも、この人の歩む道を、同じ速さで、同じ景色を見つめて、歩いていきたいと、そう思ってしまったのです。娘は王さまに、小さく、しかしはっきりと、うなずきました。王さまは両のこぶしを天に突き出し、大きな声で「やった!」と叫びました。その声はお城中に鳴り響き、お城の人々はいったい何事かと、仕事の手を止めてきょろきょろと辺りを見回したのでした。
こうして王さまは無事にお妃さまをむかえることになり、国中で盛大にお祝いが催されました。人々はお妃さまはいったいどこのだれだろうと口々にうわさしましたが、聡明でだれにもやさしいお妃さまのことを悪く言う者は一人もいませんでした。王さまとお妃さまは互いに支え合い、自らの国をより豊かに、平和に、幸せにしたということです。
おしまい。