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飼い猫が喋った日

いま、僕は人生で最大のピンチを迎えようとしていた。



「それに、ご主人さまはベタベタ触りすぎニャ。私は人間で言うと14歳だニャ。ご主人の年はいくつニャ!」


「……。」


「早く言うニャ‼」


「えと、32歳です。」

僕は正座をしながら答えた。というか、いつの間にか正座だった。


「32の中年オヤジが14歳の乙女にベタベタ触って、気持ち悪いと思わにゃいのか?」

32歳で中年オヤジとは言い過ぎではないか?


「……いです」


「はっきり言うニャ!」


「はいっ!気持ち悪いと思います。」


「これからはお触り禁止ニャ‼」


「えぇ。だって……。」

僕の声をさえぎるように話す。


「文句は聞かないニャ。」


そんな……。


7ヶ月も愛を注いだ飼い猫に、こんなことを言われるだなんて。

あの頃はまだ小さくて、手の上に乗って、それはそれは可愛らしい猫ちゃんだったのに。





さかのぼること2時間前


「よぉ〜しよし、今日もいい子にしてたかい?可愛いねぇ。ご飯の用意するから、ちょっと待っててね〜。」


僕はいま、この飼い猫と二人暮らしをしている。いたって普通のサラリーマンだ。

「ほら、ご飯だよ〜。いっぱい食べて大きくなるんだよ〜。」


親戚の猫が出産を迎え猫のもらい手を探していたので、せっかくだからと僕がもらうことになった。


この子のおかげで、無味乾燥な生活が一変した。家に帰ると、迎えに来てくれる。これがどれほど幸せなことか。


僕は美味しそうに晩御飯を食べるのを眺めながら、今日一日の疲れを癒やしていた。

時計の針は、もう10時を指していた。最近は残業が多く、いつもこれくらいの時間にならないと帰ってこれない。


そしていつしか、僕は眠ってしまっていた。




「……。」


「誰だっ?」


人の声でハッと目を覚ました。


「誰が喋ったんだ。」


「ここ〜‼ここだニャ」



どこからか女の子の声がする。あたりを見回すが、怪しい人影はない。というか、一人暮らしをしているので、人間の声など聞こえないはずである。


寝起きの僕はそんな事も、さらには語尾があまりにもおかしいことさえ気付かず、しきりにキョロキョロしながら必死に声の主を探していた。



「下を向くんだニャ。そっちの方向じゃにゃい。もうちょっと左!行き過ぎだにゃ!」

自分の目を信じることができなかった。そんな訳はない。僕は疲れすぎているのだろうか。きっとそうだ。もしくは、夢だ。


「見えてるニャ!私だニャ!無視しちゃだめニャー!」

やっぱりおかしい。最近は睡眠不足だから、と自分に言い聞かせ寝室に行こうとすると、脚に鋭い痛みが走った。


「いくんじゃにゃい!私の話を聞くんだニャ‼」

その傷みで目は覚め、夢か幻かのようにに思われた目の前の光景は、一瞬にして現実のものとなった。


そう、猫が喋っているのだ。飼い猫が、飼い主に、今まさに、話しかけている。


僕は驚きすぎて声も出なかった。


「なにじっと見つめてるニャ。気持ち悪いニャ。」


声は美少女そのもので、なんなら声優にだってなれそうな、人間の声。ひとつだけ普通じゃないのは、声の主が、白いふわふわの、見慣れた飼い猫……。


「私はご主人に言いたいことがいっぱい、いっぱいあるニャ。」


「あの、なんで?」

最初に出た言葉がこれだった。


「なにが、『なんで』ニャ。私が喋ってることニャ?それとも、せっかく世話を焼いてるのに、なんで文句があるのかって話しニャ?」


「いや、それはその。」


「まぁ、どっちでもいいニャ。実は今日、昼寝をしている時に神様に出会ったにゃ。私が神様に、ご主人と話しをさせてくださいって祈ったニャ。すると、人間の言葉が話せるようになってたニャ。あ、ちなみに夕方に好きな歌を熱唱したから、お隣さんは一人暮らしの部屋に女の子がいるって勘違いしてたニャ。なんだか、警察とかなんとか言ってた気がするニャ。」


いろいろとややこしい。ただでさえ、目の前の光景を受け入れきれないのに、面倒な誤解まで生むとは。


「そんなことより、私の話を聞くニャ。」

さっきから聞いてるんですけど。そんなツッコミを入れる間もなく話が進んでいく。


「まず、晩ごはんは<猫飯ゴールド>』がいいにゃ。」


「あの。」

ようやくまともに話せた。


「なにニャ?」


「言いたいことが色々あるんだけど。」


「とりあえず、ご飯の話ニャ」

どうやら、それ以外の話をしたくないらしい。


「じゃあ、ご飯をするね。僕はいままでずっと、<猫飯シルバー>をあげてるじゃんか。あれでいいんじゃないの?」


「だめニャ。ご主人、一回間違えてゴールドの方を買ったことあるニャ?」


「うん、あるけど。」


「そのときに、感動したニャ。全身が身震いするほど、うまかったニャ!あの濃厚なツナは最高ニャ。それに比べて、シルバーは微妙ニャ。なんだか、味が薄っぺらいニャ。あれはだめニャ。」


「いや、あれけっこう高いんだよ。値段が1.5倍くらいなんだよ。」


「つぎシルバーだったら、もう玄関までお迎えに行ってやらないニャ。それでも良いニャ?」

痛いところを突かれた。玄関へのお迎えは、一日の中でもっとも幸せな時間だ。

背に腹は代えられない。


「わかった。これからゴールドにするよ。」



「じゃあ次は、気温の話ニャ。ご主人、寒がりニャ?」


「え?そうだけど。」


「やっぱりニャ。ずっとずっと暑いニャ!春夏秋冬ぜんぶ暑いにゃ!もっと室温下げてほしいニャ!」


「いや、寒いの嫌じゃんか。」


「寒いのは、着込めばなんとかなるニャ。でも暑いのはどうニャ?いくら脱いでも、それには限界があるニャ。しかも、私はふわふわの毛が生えてるニャ。よけいに暑いニャ。これから涼しくしてなかったら、お迎えがどうなるか分かってるニャ?」


「はい、涼しくします。」

なんで猫相手に、敬語で喋ってるのだろうか。



「それに、ご主人さまはベタベタ触りすぎニャ。私は人間で言うと14歳だニャ。ご主人の年はいくつニャ!」


「……。」


「早く言うニャ‼」


「えと、32歳です。」

僕は正座をしながら答えた。というか、いつの間にか正座だった。


「32の中年オヤジが14歳の乙女にベタベタ触って、気持ち悪いと思わにゃいのか?」

32歳で中年オヤジとは言い過ぎではないか?


「……いです。」


「はっきり言うニャ!」


「はいっ!気持ち悪いと思います。」


「これからはお触り禁止ニャ‼」


「えぇ。だって……。」

僕の声をさえぎるように話す。


「文句は聞かないニャ。」


そんな……。



絶望に打ちひしがれている僕を見て、こう続けた。


「でも、触られないのも寂しいにゃ。それに、たまにはご主人と遊びたいにゃ。だから、私からご主人のとこに行った時だけ、お触りOKニャ。」


「えっ、良いんですか⁉」


「いいニャ。でも、その時だけニャ。ご主人が遊びたい時は、ご主人が遊びたいってことを知れるだけでいいニャ。ご主人が遊んでくれ無さそうな時は、寂しくなるニャ。だからいっぱい遊びに行くニャ。」


「ありがとうございます。他に言いたいことはないですか?」

気分は完全に召使いだった。


「ほかにも小さいことはいっぱいあるけど、まぁこんなものでいいニャ。ご主人、さっき引っ掻いたのごめんニャ。」


「いいよ、これくらい。」

そんな会話をしていると、また眠くなってきた。そして寝ようとすると、また話しかけてくる。今度はいままでより、もっと優しい声で。



「ご主人、寝る前にお風呂に入るニャ。もう、日付変わってるから、お風呂に入って早く寝るニャ。」


「そうだね、ありがとう。じゃ、お風呂に行ってくるね。」


「いってらっしゃいニャ。」


お風呂から出ると、猫はすでに眠っていた。気持ちよさそうに寝ている姿を見て、その日僕は隣で寝た。




翌朝、ニャーという声と鋭い痛みで起きた。


ハッと目覚め時計を見ると、遅刻寸前だった。昨日のことなどすべて忘れ、急いで会社に向かった。


こうして、僕と飼い猫の、不思議な時間が幕を閉じた。あまりにも短時間の出来事だったから、いまでも夢か現実が区別がつかない。


でもあれ以来、猫飯はゴールドだし、部屋は寒いし、僕がテレビを見ていると、ちょっかいを出すようになった。そして、いつもどおりの、平和な生活が、以前と同じようにやってきた。





警察が家に来たこと以外は。

本作品を呼んでいただきありがとうございます。

小一時間ほどで仕上げたので、クオリティはお察しのとおりです。


感想などを、是非コメントで教えて下さい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 言葉を喋れるようになった猫ちゃんが、わがままでしたが、 それでも飼い主さんのことを大切に想っているところが良かったです。
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