女子高生と先生
友達は好きだ、だがそれ以上に一人が好きだ。私はエリと一緒の時間は好きだけど、エリとの距離感が嫌いだ。抱きつくし腕組むしほっぺすりすりは流石に鳥肌が立った。勿論こんな事エリには言えないけど。
「ハナ!今日こそ行こう!パンケーキ!」
「え、あぁこの前言ってたやつね、いいよ駅前だっけ?」
「うん!ちょっと歩くけど!」
テンション高いな、そんなに楽しみだったのかな。正直今日は早く帰って新作ゲームをやりたいし、MMOでは新しいイベントに備えないといけないからパンケーキなんて食べてる暇無いんだけど。まぁ、これも大事な事だよね。普通の高校生として友達と過ごすことも。
「エリ、何してんの?早く行こ!」
「ちょっと待って、課題が見つかんなくて。さすがにやらないとまずいかなって」
「え、それって明後日提出のやつ?」
「そう!」
馬鹿だ、この子。
課題があるんならパンケーキどころじゃないでしょうに。エリは自由で気まぐれで可愛くて性格も良くて。私なんかとは似ても似つかない様な女の子。対して私は愛想が無く目つきは悪いし、誤解されやすい言動が目立つと毎年変わる担任に言われている。
そんな私にも分け隔てなく接してくれるエリと言う少女。私は彼女の考えが分からない。だから知りたいと思い、今日も嫌々遊びに付き合う。
噂のパンケーキ屋は一駅先にある、そこから少し歩くと言うからそれまでに何も食べなければ入るだろうか。信号で止まる度にエリの話を流しつつ、パンケーキ屋『ワルツ』について検索をかける。
うわ、これ食うの?
パンケーキの上に大量のスイーツやらシロップやらと更には山のような生クリーム。
私、生クリーム苦手なんだよね。
「………ぇ!」
どうしよ、凄く帰りたい。
「ねぇってば!」
「え?!何?」
「あの人!多分道に迷ってるんじゃ無いかなって」
顔を上げると同じ場所を行ったり来たりしている男性がいた。短めのポニーテールに顔が半分くらい隠れそうな前髪。細い指や綺麗な肌から一瞬女の人かと思ったけれど男だ。耳につけたピアスが揺れる度にうーんうーんと声を漏らす所から、やはり何かに困っているようだ。
「声かけた方がいいかな?」
「優しいねエリは」
「えっ?いやーそれ程でも」
「私が声かけてあげる」
近くで見れば見る程に、女の私が嫉妬するほど肌が綺麗だ。こういう人が最近増えてるって聞くけど、本当なんだなぁ。
「あの、何かお困りですか?」
「ん?あぁ、このお店探してるんだけど」
見せられたのは私がさっき見ていたのと同じページ。目眩がしそうなほとんどの甘味の写真だった。
「わ、おにーさんもワルツ行くんだ」
「あの、そのお店。一駅先ですよ」
「……え…?」
1人増えて3人。私とエリと謎のお兄さんは3人で談笑しながらワルツの列に並んでいた。いや、ここで見栄を張るのはやめようか。楽しく話していたのはエリとお兄さん。私は2人について行くのでせいっぱい。そもそもこの謎の状況が気まづくてならない。
「いらっしゃいませー」
「あ、3人です!」
「良いのかい?相席しても」
「良いんですよ!スイーツ仲間です!」
エリのコミュ力はずば抜けている。正直ここまで凄いと才能の域だと思う。そしてそれはこのお兄さんにも言える事。エリのパワフルなトークに難なく対応し、そのうえで自分のリズムも保っている。私はと言えば隣で乾いた笑いを浮かべるだけ。
「ハナは何にする?」
「え、どうしよ。エリと同じので」
「えぇ、それじゃあつまんないよ。こっちのにしてわけわけして食べよ!」
「うん、ならそれで」
3人です注文を済ませると、先に持ってきてくれたドリンクに口をつける。そのまま、ダラダラと話しているとやってきた大皿。私はイチゴが大量に乗ったパンケーキ。エリはブルーベリー、お兄さんはチョコのパンケーキだ。
「おいひー!」
「うん、美味しい」
甘い、正直それ以外に言うことが思いつかなかった。確かに美味いし甘いしパクパク行けるし、あと甘い。アイスコーヒーでリセットしつつ、難なく食べていく。そんな時、ふと気になってお兄さんを見る。さっきまでエリとおしゃべりしていたらはずなのに沈黙だったからだ。
「…………???」
お兄さんはがっついていた。そのがっつき様はラーメンを食べる現場のおじさんみたいな感じ。効率的に且つ大口でパクパクモグモグ、コーヒーで流して口の中をリセットしまた食べる。その様は謎の迫力があった。
「す、凄いね」
「うん、なんかびっくりしちゃった」
エリも気付いたのか素直な感想を持ちかけてくる。呆気にとられながら私達もパンケーキに食らいつく。と、私がほぼ完食。エリが4分の3程食べた時だった。
「え!?今から?!」
「ん?どうしたの?」
「彼氏が今から会えないかって」
「急だね」
「うん、でも彼がこんな感じな時ってだいたいなんかあったんだよ…どうしよー」
「行ってきなよ」
「う、うん!そうする!ごめんねハナ、今日は私の奢りだから!また明日!」
お金を私に押し付けてエリは去って行く。元気なのはいい事だ、エリに関してはその元気が彼女の最も素敵な所なのだろう。
「行っちゃったね」
「そ、そうですね」
声をかけられ前を向くとお兄さんは既に食べ終わり、その余韻に浸っていた。どうしようこの空気、初対面の名前も知らないお兄さんとパンケーキ屋で2人。帰りたい。
「良い子だね」
「はい、私にはもったいないくらい」
「あんまり人と居るの好きじゃない?」
「………はい、正直エリといるのもたまにめんどくさいなって」
図星を突かれて、もう会うことも無いお兄さんにならと本音を漏らした。それは私の性格の悪さが、この人に何言ってもエリの所には行かないだろうという確信を持っていたからだ。
「まぁ、そういう事もあるよね。友達って言っても限界があるし」
「そうですね」
「難しいよね、友人関係って」
この人は優しそうだし顔もいいから友人と呼べる人はきっと数多く居たんだろう。そのどれを選んでどれを切るのか、私にはすごく興味があった。人間同士でなぜそんなふうに上からものを見るんだって感じで気持ち悪いけれど、きっと誰だって同じような選択をしているんだろう。
「でも、あの子は大切にしなよ」
「はい」
「今時珍しい裏表のない子だからね」
「そうですね」
「僕にもね居たんだ親友って呼べる奴が1人だけ」
「以外です、なんか友達いっぱい居そうなのに」
「いないいない、僕ね人に興味持てなくて。寄ってくる人は居ても追いかける人はいなかったんだ」
それからしばらく、お兄さんの親友の話を私は黙って聞いていた。知り合ったのは高校の時だとか、初めて遊びに行ったり本気で心配したり殴り合ったりもしたそうだ。まるで映画に出てくる主人公とその親友のような仲のむつまじい話が、とても輝いて聞こえた。
「へぇ、今でも連絡とるんですか?」
「僕はとりたいんだけどね、もう無理なんだ」
「…え……」
何となく察してしまった。
「アイツね5年前に死んだんだ。赤信号に飛び出した女の子を庇って、即死だった。僕ね、その直前にアイツと喧嘩してて死んじまえって言っちゃったんだ。そしたら…」
何も言えなかった。その時、お兄さんがどれくらい辛くてどれくらい後悔したかなんて私なんかにはさっぱり分からなかった。ただ、お店のポップな音楽が今は嫌になるほど耳に届いてきた。
「あの、私なんかには励ます事なんて出来ないんですけど。その、なんて言うかな…」
「………」
「私はお兄さんみたいに優しい人になりたいって思います!」
言うとお兄さんはニコッと笑って口を開いた。
「まぁ、全部今作った話なんだけどね」
「は………」
「いやぁ、君があんまりにもいい反応するから止めらんなくって」
くっくっく、と大声で笑い出すのを何とか堪えるお兄さんに私は混乱していた頭が次第にまとまりだし、その瞬間言い様のない怒りがメラメラと燃え始めた。
「撤回します、さっきの言葉」
「うんうん、そうして。僕みたいな意地悪にはならない方がいいよ…ハハハッ、いやぁお腹痛い」
「くっそムカつく、なんで信じたんだ私」
怒りながらも私はお兄さんの笑顔につられる。
「やっと笑ったね」
「え?」
「君、笑わないからさ来たくなかったんじゃないかって」
「そんなこと…」
「多分、あの子も同じ事思ってたよ」
今思えばいつもよく分からない話をしてくるエリの話が今日は何となく分かるような話ばかりだったように思える。
「あんなに優しい子、大切にしなよ。本当に」
「えぇ、そうしますよ」
「僕にはいなかったけど2人ならきっと親友になれるかもね」
それからしばらく、残りの珈琲を飲みつつ談笑をしていると遠くから声がしてきた。
「先生ー!ダ・ヴィンチ先生!」
「うわ、見つかった」
「………???」
入ってきたスーツの男の人は店員の目も客の目も気にせずに大声でまくし立てる。
「何やってんですか!こんな所で!締切近いんだから帰りますよ!」
「あぁあぁわかったって悪かったよ」
「えと、あの」
「実は僕こういう者で、もう会うことも無いだろうけど、良かったら本買ってね!」
名刺には小説家ダ・ヴィンチと書かれてあった。
肩を組んで歩いていく2人は誰が見ても親友だった。
今度、エリを遊びに誘ってみよう。
ここまで読んでいただきありがとうございます
連日投稿する気持ちだったのですが意外とと言うか普通に難しいですね
私には友人と呼べる人が3人しかいませんが、彼らとの時間は普段通りの自分でいられる気がします
それではまた次回