92.ウサギはビビリで弱虫のようですよ?⑧
ふと、桜花ちゃんは俺の方を見つつ、俺に手をーーー伸ばそうとしたが、俺がビクッと反応したのを見て、ため息をつく。
俺のみっともない姿を見て桜花ちゃんはため息をついたんだ。
何かを言わねばと思うが言葉にならず、何もいえずに情けない姿で逡巡している俺から、桜花ちゃんは興味を失ったように視線を離すと、後ろを振り返った。
「……月にぃ?いつまでここにいるの?」
誰もいない空間に桜花ちゃんは話しかける。
いくら気配を探っても、誰かがいるようには感じられない。
そんな空間に、一体桜花ちゃんは誰に声をーーて、あの方は…
桜花ちゃんが声をかけた先から出てきたのはーー久しぶりぃと手を軽く振りながら姿をあらわしたのは俺も知る人物だった。
戦闘員であれば誰でも知る有名な方であった。
「あーぁ。やっぱり気がついていたんだねぇ?久しぶりぃ〜。遠足の間はいたいとこだったけど…あと1日くらいが限界かなぁ?」
いや、まぁ…
桜花ちゃんが月にぃと呼ぶのは1人しかいないから、分かりきってはいたが。
罠を準備するだけ準備して帰られたと思っていた。お忙しい方がわざわざ来たという事実だけでも、驚きなのにまだいたとは誰も思うまい。
まさかと思って声のした方を見れば、いつからいたのか、彼は木の影から姿をあらわした。
そう、現代月姫である月兎様が。
兎を名の中に持つにふさわしい可愛らしい容姿をしている男性。小柄な身体に童顔な顔。赤みがかった柔らかそうな茶髪のハネも彼に妙にマッチしており、可愛らしいという印象を増長させているように感じられる。
語尾を伸ばす、ふわふわした話し方をして、人懐っこい笑みを浮かべている。
鍛えているため、その身体は筋肉質ではあるが、それでも男らしいと言う印象はない。可愛らしい男の子という印象だ。
ただし。
可愛らしいとかお小さいとか。
口が裂けても言ってはいけない。闘魔隊における禁忌ともいえる。
見た目やら話し方やら名前やらに惑わされてはならない。兎の皮を着た猛獣なのだーーーそれもまた、有名な話だ。
一体どれだけの猛者が彼に言ってはならないことを言って地に伏せてきたことか。何人が残忍な目にあってきたことか。
怒らせてしまった際には空様達を呼びにいかなければならない。一刻も早く、彼を止めることができる猛者をその場に召喚する必要があるのだ。
望めるならば桜花ちゃんも呼ぶ方が良い。彼女も暴れる月姫様を止めることができる。弟子には甘いからな。
止められる者が近くにいなければ、月姫様は暴れまくって手をつけられない惨状となる。地獄絵図がその場に出来上がってしまう。月姫様以外にその場に立っている者は存在しない。
ただし、恐ろしいことに死人はいない。奥深くまでトラウマが植え付けられている。怪我も大したことはない。ひどい怪我は月姫様自身で治療しつつ暴れるからだ。
その匙加減がおそろしい。
「師匠に仕事、押し付けられないの?」
桜花ちゃんは気さくに話しかけるが、彼は月姫の地位にあり、闘魔隊の殿上人だ。おいそれとはお目にかかれなければ話すことなどなかなかに難しい方だ。
月姫様としての業務に忙しく飛び回っていて中々暇がないのも事実。
どうしてこの場にいるーーー
「ん〜?押し付けた上で1日ちょいなのぉ〜。帰ったら桜花の写真見せて自慢話〜。」
ーー弟子の写真のため、か?
そんなことのためにお忙しいスケジュールを1日も開けたのか?いや、確かにあの方々ならばやりそうな気もするが。
「盗撮?パシャパシャしてると思ったらそんな目的?」
パシャパシャしてたのか。
あの月姫様が。
ずっと見ていたのか。
多忙な彼が。
それを気付いた上で桜花ちゃんは放置していたのか。
「アハハ。いっぱい撮っちゃったぁ。桜花が可愛いんだもん。それでぇ?僕と遊びたいって話だよね?その予定で来たから相手してあげるよぉ〜。」
月姫様は弟子に甘々である。
それがこの数秒だけでありありと分かる。
月姫様に甘やかれ、伸び伸びと育ったからこそ、ここまで自由人なのだろうな。
「ん。……チビ、建物のとこ警戒してて。」
「にゅい。にゅにゅ?」
「建物から出たら手出しオッケー。回収して。」
「にゅー。」
何の会話をしているかは何となく分かる。
建物内は手出ししないが出た瞬間に手を出すつもりなのだろう。
しかしながら。
「お、桜花ちゃん!建物から25メートル以内もダメだ!」
建物を出たあたりにも彼らのために準備したものがある。
チビや桜花ちゃんがいてはそれが無駄になってしまう。
「あん??」
俺の声に桜花ちゃんは不機嫌そうに声を出すが、ここは引けない。
彼らのために準備したのだから。
「こらこら、桜花?おいたはそれくらいにして行くよぉ。」
気に入らないと全面的に態度に出している桜花ちゃんに月姫様は苦笑を浮かべつつ言った。
あまりおいたしちゃあダメだよ〜?って注意が弱いが。
「むぅ〜。」
桜花ちゃんは気に入らないと頬を膨らませつつ、月姫様に視線を向けた。
桜花ちゃんに甘々な月姫様なら良いと言ってしまうんじゃないだろうか。
「良い子にしててねぇ。」
クスクス笑いつつ、月姫様は桜花ちゃんのほっぺをぷすっと刺すと、ふぐみたいに膨らまされていた頬を潰した。
数秒間、気に入らないと月姫様に視線を向けていた桜花ちゃんだったが、先に折れたのもまた、桜花ちゃんだった。
こういう時は甘やかさないのか。いや、さすがに当たり前か。良かった。
「チビ、25メートル以内から出てきたら回収。」
気に入らないというのは明らかだが。
それでも桜花ちゃんはチビに指示を出し直してくれる。
「にゅぅ〜?」
「はいはい。チビも不服そうにしないでねぇ?」
そんな会話をしつつ、桜花ちゃんは動き出した。
俺らにはもう用はないからこそなんだろうが、怒涛の如く、去っていった。聞きたいことを聞いたら、興味はないようで、振り返ることなく去っていった。
不服そうにしながらも、よほどのことがなければ、桜花ちゃんはこちらの言葉に従わないなんてことはないだろう。
あぁして月姫様が声をかけてくださっていたようだし。
しかし。
「………傷、つけてしまった、か。」
情けないほどに弱々しい声が出てしまった。
やはり。気になる。
いや、気にするべきとこだ。
先ほどの彼女の反応。
俺は彼女に対し、ビビりすぎていた。表に出さないようにウサを演じたというのに情けない。
さっき手を伸ばしたのだって、いつまでも立ち上がらない俺に手を伸ばそうとしたものだろう。
それに対し、俺はーーー最低だな。
「だろうね?ウサ先生、完全に彼女にビビって周りが見えてなかったから?」
疑問系で話しつつも俺の呟きを聞いていたわんこ先生がズバッと言う。
そこに情け容赦など一切ない。
「て、おい!そこは言葉を濁すとこだべよ?!」
「いやいや?志貴さんは僕らを傷つけるつもりはなかったし?志貴さんは怪我をしたけど、僕らは無傷なのがその証拠と言うか?最初から最後まであの子を怖がっていたのはウサ先生だけだし?それを見て、彼女が傷ついたのは確かじゃないかな?」
にゃんこ先生が言えば、さらにわんこ先生は言葉を重ねる。その言葉に俺はぐうの音もでやしない。
傷つけるつもりはなかった。
いつだって言葉に対し責任を持つつもりがない彼は疑問形でしか会話をしない。
だというのに、桜花ちゃんが我々を傷つけるつもりはなかったとはっきりと言い切った。それくらい明らかなことだったんだ。
怖がっていたのは俺だけ。
わんこ先生もにゃんこ先生も一切、怖がっていなかった。普通に桜花ちゃんと会話できていた。
びびってしまったことで大切な仲間を傷つけてしまった。
「言葉を濁さねぇか!!桜花の態度が悪いんだべ!」
にゃんこ先生はお優しい。
わんこ先生に対して、俺のために怒っている。
確かに態度は悪かったが俺が悪いのも事実だというのに。
「いえいえ、にゃんこ先生。俺が悪いのは事実ですから、大丈夫ですよ。お2人はなぜ、彼女が怖くなかったんですか?」
「志貴さんは敵じゃないからだよ?彼女を疑うってウサ先生の傷は深いようだね?」
やはり、わんこ先生は歯に衣を着せずに話す。ズバッと言ってくる。容赦してほしい。
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