99.飛ばされた先はどこでしょう?④
樹里が音が出せるものを持っていることだって、ここにいるメンバーしか知らないだろう。樹里は今まで、キットを出して使っていないのだから。
だとすると、音を出しても罠だと思って来てもらえない可能性だってある。魔物達を誘き寄せてしまうかもしれない。
「みんなに連絡は取れないって事じゃない…。」
絶望感に溢れた声が出てしまった。泣きそうだと顔が見えなくてもわかるくらいに弱々しい声だった。
じゃあ、ここにいる3人でなんとかしなければならないと言う事だ。
なんとかとはなんだろうか。
一体、何ができると言うのだろう。どうすれば良いのだろうか。
「そうなりますね…」
「どうしよう…」
そして、話の内容は振り出しに戻る。
皆が皆、弱々しい声を出してしまった。良い案は上がりそうな様子はない。
状況整理して多少落ち着いたものの、今後については回答が出せないまま、微妙な空気が場に流れていた。
「とりあえず、歩いてみますか?ここがどこか分かるかもしれません。」
ツバサやマリを見て、このままこの場にいても仕方ないと樹里は立ち上がる。
キョロキョロと周りを見渡しつつ、どちらに行きましょうかと動き出そうとした。
なんだったら、樹里は我先にと歩き出そうとさえしていた。
「魔物がいるのよ?!さっき襲撃してきた奴らもいるかもしれないわ。」
小声ではあるが、マリから悲鳴のような声が出てしまう。
動くか否かさえ、迷っていた。どうするか、方針が出せずにいた。
確かに動かねばどうにもならない。それはマリやツバサだって分かっていた。探索するなり、この建物から出るなりしなければどうにもならないと。
だが、下手に動くのはどうなのか。
先ほど早くみんなに合流せねばと言っていたのはマリだ。
だが、こうして話し合ってみることで冷静になって考えてみれば、ここは魔物がいる地なのだ。下手に動き、魔物と接触する危険性があることに気付いてしまった。そんな今、下手には動けなくなってしまった。
だから。
無防備に動こうとする樹里を止めにかかる。
何より、このメンツならば特攻すべきは自分であって、ツバサや樹里は後ろに控える人員だ。接近戦は自分の十八番なのだから。
だというのに、なぜ樹里が1番に動こうとするのか。
まぁだからといって、一番前を歩きたくはないが。
「そうでーーーッ!?何か来ます!近くにいます!」
怯えるマリに対し、口を開きかけたところで、樹里が声を上げた。どこからする気配か分からないのか、辺りをキョロキョロ見渡している。
大きな声ではなく、ヒソヒソと。それでいて、緊迫感はあるように。
樹里の言葉にツバサもマリも武器を手にし身構え、あたりの気配を探りつつ、先程のように音は立てないようにし、気配を出来うる限り消す。
が。
そんな苦労は無駄になったりすることも時にはあったりするものだ。
ーーーぬるり。
嫌な気配はいつの間にか、すぐそばまで来ていた。
何かがいる。
嫌な気配がすぐそばにあるのが感じられた。
「後ろッ!!!」
樹里は直前で気づき、叫んだ。
それに反応し、ツバサもマリも後ろを振り返り、飛び退いた。
訳がわからず、とりあえず、無我夢中で横に避けた。とにかく、反射的に体を動かした。
《ズシャアアアア》
避けた後で、避けたことは正解だったと、先程まで自分達がいた場所を見て確信する事となる。
何かが、自分達が先程まで座っていた地面を攻撃し、えぐる姿が見えた。後ろまで迫りきていた何かが自分達がいたであろう場所の地面をえぐったのだ。
自分達があれを受けていたらどうなっていただろうか。
攻撃を避けられたそれはすかさず、樹里へと突撃をかましてくる。体当たりをするつもりなのか、一目散に飛んでくる。
マリは反射的に樹里の前に進み出ると最大限の力を込めて拳を繰り出した。
が。しかし。
「ひぃぃッ!ブヨってなった!気持ち悪っ!!て、ダメージゼロなのっ!?嘘でしょっ??なんでぇ?!」
悲鳴が響いた。部屋の中に響き渡ってしまう。誰のって、当然、マリの悲鳴である。
お互いに繰り出した攻撃はお互いに無効であった。
その魔物はアメーバをでっかくしたような姿をしていた。目があるかも分からない。マリたちと同じくらいの大きさがあるというのに、あれで単細胞生物だとでもいうのか。
いや、魔物に常識は通じないわけなんだが。
マリの言う通り、拳を受け、ぶよっと大きく変形した後、飛ばされたわけだが、ダメージが一切ないように見える。
壁にぶつかりさらに変形していたのだが、ダメージはゼロ。変形していたのが嘘かのように元の形に戻っている。
マリが悲鳴を上げ、狼狽えているんだが、それは一切動揺することなく、再びマリへと攻撃を仕掛けようとしているとこを見ると、マリに対する精神的攻撃が効いたと言えそうだ。
マリへの精神的攻撃など狙ってはいないが、効果があったならば儲けもんだ。
動揺しているとこだし、魔物としてはここて追撃をし、敵を全滅したいところだ。マリの動揺を感じ取ったのであろう魔物は動き出す。
魔物による追撃は結果から言ってしまうと、成功しなかった。残念賞。
マリだけであれば成功したかもしれないが、魔物の攻撃はマリによってではなく、ツバサによって防がれた。
ツバサは弓を構え、魔物に狙いを定め、矢を射った。
先程のマリの攻撃は一切効いていなかった様子だったのに対し、ツバサの矢は魔物に傷を負わすことに成功した。魔物を貫き、体の一部を抉り取る。
魔物はツバサに射られた場所の再生が出来ず、その場で蠢いている。うにょうにょ動く姿はなんとも気持ち悪く、うわっと声を上げつつ、マリは後ずさった。
ツバサはそれを横目に、魔物に対し、手をかざした。
「"術式1 炎"」
ツバサが唱えれば、荒々しい炎がツバサの手元から魔物目掛けて放たれる。
術式のコントロールの鍛錬を続けたからか。思った以上に威力をコントロール出来ていることにツバサは満足しつつ、魔物へと炎をぶつけていった。
荒々しさはあるが、建物を燃やさない程度には操られている炎は魔物を容赦なく焼き払っていく。
「やっぱり。」
術式によって焼かれた魔物を見て、ツバサはつぶやいた。自分の予想が当たっていたことにツバサはホッと息を吐いた。
これならば勝てる、と。
マリが拳を繰り出しても全くダメージを与えられなかった魔物。馬鹿力が繰り出す殴りは相当の威力であると言うのに魔物にはダメージがなかった。
それに動揺しマリは叫んだが、ツバサは攻撃を続け、確信を得て、ホッとした。
ホッとしたのも束の間、ツバサは攻撃の手を休めることなく、続けて魔物を攻撃していきーーー見事に魔物を殲滅した。
「打撃に強い魔物、だと、思う。術式で容易く倒せた。………魔物には大抵、弱点がある。冷静に観察して、弱点を知って、倒す。慌てず、冷静に。」
周りを見渡し、魔物が全て倒せたことを確認したのち、ツバサはマリに言う。
ツバサが戦う姿を呆然と見ていたマリはただただ感心してしまう。
まるで自分に言い聞かせるようにツバサは言ったわけだが、そんな様子にはマリは気付く余裕もない。
「……すごいわね。ありがとう。」
マリは、ただただツバサは凄いと、感心するばかりである。
呆然と自分の拳と消えゆく魔物とを見ていた。
「ん。桜花に教わった。」
感心されたが、自分が凄いのではないとツバサは言う。
その表情は本当にそう思っているようだが、魔物が倒せた事実にはホッとしている様子。
それはマリも同じだった。
倒せてホッとした2人であったが、未だに樹里が落ち着きなくキョロキョロしていることに気づき、眉を顰める。そして、徐々に顔色を悪くしていった。
ドクドクドクドクーーー…ッ!
脈が早く、そして強くなっていくのを感じる。嫌な予感が頭の警報をならしまくる。
まりやツバサには何かがいるようには感じないのだけれども、樹里は何かを察知していると言うのだろうか。
その事実に嫌な予感しかしないのは危険が迫っているからだろうか。
マリはどうすればいいか分からず、じっと樹里を見つめた。