椿 ―真剣で新鮮な人選―
-1-
ツバキはモヤモヤしていた。
ここ最近ずっとこのモヤモヤと戦っていた。
そして彼は決心したのだ。
今日こそこの気持ちにケリをつけると。
日差しの強い真夏の昼下がり。
学生たちは夏休みを満喫しており、今年から高校一年生になったツバキもその一人である。
彼は咲増駅近くの喫茶店で人を待っていた。
注文をしていたアイスミルクティーがテーブルにつくのとほぼ同時に喫茶店の扉が開いた。
店内に入ってきたのは、黒い長髪の似合う可愛らしい女性だった。
ツバキはこの女性のことを知っていた。
なぜならこの可愛らしい女性をここへ呼んだのは、他でもないツバキ本人だからだ。
ツバキは右手をあげ、自分の居場所をアピールする。それに気づいた女性はツバキの席へとゆっくり歩き始めた。
「ごめんなアヤメ、いきなり呼び出したりして」
ツバキがアヤメと呼んだ女性に謝罪の言葉をかけると
「どうせ暇だったし大丈夫よ」
と、女性は笑顔で返しツバキの向かいの席へと座った。
アヤメは店員にアイスコーヒーを注文すると、さっそくツバキへ話を切り出した。
「で、大事な話ってなあに?」
そう、アヤメはツバキから『大事な話がある』と聞かされてここへ呼び出されたのだ。
ツバキとアヤメは高校1年生。今年同じクラスになったばかりで、恋人という関係ではないし、お互い恋人がいるわけでもない。ただ、住んでいる所が近いというのがきっかけで連絡先を交換しただけである。
そんなツバキから『大事な話がある』と言われたので、容姿に自信のあるアヤメは淡い青春を期待していた。
「あぁ、そのことなんだが……」
そう言いながらミルクティーを一口飲み、心を落ち着かせる。
そしてカップをそっと受け皿に戻し、ツバキはゆっくりと語り出した。
「俺たちはいま、すぐそこの咲増駅から知恵袋駅まで行き、そこから電車を乗り換えて学校へ向かっている」
「ん? んんっ?」
予想外の切り出しにアヤメは困惑するが、ツバキは気にせず話を続ける。
「夏休みに入ってから昼に電車に乗ることが多くなったんだけど、あの電車は知恵袋駅が終点で、知恵袋駅には左右にホームがある。昼間電車に乗ったとき、俺は知恵袋駅に着いたら進行方向右側の扉の前に待機する。なぜなら右の扉が開くからだ。時間帯によっては左が開くこともあるかもしれないが、俺がいつも乗る時間帯は右側が開くんだ」
そう話しているツバキを横目に、店員が運んできてくれたコーヒーをアヤメは受け取った。
ツバキも店員へ軽く頭を下げると、再び口を開く。
「だが駅に着くとき俺が右側で扉が開くのを待機していると、なぜか左の方にも人が集まりだすんだ。そこで俺はいつも不安になる。『もしや今日は左が開くんじゃないか』と。だが開くのは当然、右の扉だ」
「ならいいじゃん」
そうアヤメは返した。アヤメはすでに飽きていた。
「いや、そんな簡単な話じゃないんだ。俺は自分の信じた右の扉で待機し、そこから電車を降りている。左で待機していた奴らがどうなろうと関係ない。扉が開かないとわかった瞬間、左にいた人達は慌てて右の扉から降りようとする。実際そういう人を何人も見たことがある。だが、最近気づいたんだ……」
アヤメはメニューを見ながら、なにを注文しようか悩んでいた。
「右の扉が開いた数秒後、左の扉も開く事に……!」
「すみませーん、注文いいですかー?」
アヤメがそう言うと店員がテーブルへやってきた。
「この一口サンドウィッチを一つお願いします」
かしこまりました、と店員が笑顔で言うと店の奥へ戻っていく。
「俺が今回アヤメを呼んだのはこの件についてだ」
「は?」
この件とはどの件だ、話が全く見えない、そもそもこれが大事な話なのか、そんなことをアヤメが考えていると、それを察したのかツバキは言葉を繋げる。
「俺はいつも右から降りている。それは当然、右の扉が先に開くからだ。だが、左の扉が開くまで待って、左から降りている人が何人もいる。満員になる朝ならわかるが、人があまり乗っていない昼の時間になぜ右からではなく、わざわざタイムラグがある左側から降りるのか。そこにはきっと理由がある。そこで俺は考えた」
コーヒーの香りが鼻腔をくすぐる。
「左から降りた方が改札に速く着くのでは、と」
あまりコーヒーに詳しくないアヤメだが、缶コーヒーとは違った味わいのような気がした。お店で挽いているのだろうか?
「それを実験するべくアヤメを呼んだんだ」
アヤメはサンドウィッチを食べたら帰ろうと考え始めていた。
「これから二人で電車に乗り、知恵袋駅に着いたら左右に分かれて降りる。その時どちらが先に改札を通り抜けられるか、それを今回実験したい」
ツバキの目は真剣だった。
挽きたてのコーヒーは新鮮だった。
「俺はここから知恵袋駅までの定期を持っている。アヤメも持ってるだろ? だからアヤメを呼んだんだ」
それが理由の人選だった。
-2-
結局、アヤメが注文したコーヒーとサンドウィッチをツバキが奢ることで交渉は成立した。
二人は電車に乗り知恵袋駅を目指す。
「最終確認だ。アヤメは右の扉から1番ホーム側へ降りてくれ。その後は階段を降りてすぐ左にある自動改札を目指すんだ。俺も少し遅れて左の扉から2番ホームへ降り、同じ自動改札を目指す」
そう言うと、ツバキはさらにアヤメに念押しをするように言葉を繋げる。
「わかってると思うが、絶対走るなよ? どちらかがペースを極端に早めたり遅くしたりしたら、正確な結果が出ないからな」
「わかってるわよ」
アヤメがそう答えた直後に車内アナウンスが流れる。
『間も無く知恵袋ー、知恵袋です』
それを聞き、ツバキは左の扉の前へ待機する。それを見てアヤメも右の扉の前まで歩き出す。
電車はホームに入り徐々にスピードが落ちてきた。
改札を抜けた時、このモヤモヤは消えるのだろうか……。
そんなことを考えながらツバキは扉が開くのを待つ。
速度がだいぶ落ちてきた。あと数秒で止まる。
背中越しにいるアヤメは、いま何を思っているのだろうか……。
そんなことを考えながらツバキは前を睨む。
――電車が止まった。
――いよいよ始まる。
――ゆっくり右の扉が開いた。
帰りたい……。
アヤメはそう思いながら1番ホームへ降りる。
アヤメが降りたのを確認しつつ、ツバキは時計を確認した。
左の扉が開くまで何秒かかるかを確認するためだ。
ツバキは待った……。
扉が開くのを……。
だが開かない。扉が開く気配がない。
なぜだ?
なぜ開かないんだ?
今日は開かないのか?
右しか開かないのか?
そんな日もあるのか?
――右の扉が開いてから何秒たった?
ツバキは腕時計を確認する。
……まだ5秒もたっていない。
涙が頬を伝った。
もしかしたらツバキにとって、人生で最も長い5秒なのかもしれない。
それでもツバキは前を睨む。
前には乗車を待っている人たちがいた。
その瞬間――
プシュー
音を立てて扉が開いた。
ツバキは急いで2番ホームへ飛び出し、すぐ近くにある階段を降りる。
その足は決して早足にならず、一定のペースで階段を一段一段降りていく。
階段を降り、すぐ右にUターンするように曲がると自動改札があった。
その自動改札へ定期をかざし、ゲートを通り抜ける。
「?」
その時ツバキはある違和感を感じたが、
「遅かったじゃん」
アヤメのこの一言で、今回の実験結果を理解した。
「……そっか、俺の負けか」
勝負をしているわけではなかったが、自然と言葉が溢れた。
ツバキは膝を崩してうつむいている。
「でも今回の実験結果は当然といえば当然よね。お互いほぼ同じ距離を歩くんだから、それなら少しでも早く電車を降りた方がいいに決まっているわ」
そう、アヤメの言うとおりである。
今回二人は別々の方向から同じ改札へ向かったが、その改札がある場所は電車の真下。つまり、電車を右から降りても左から降りても、この自動改札までの距離はたいして変わらないのだ。
「そうだよな、距離が同じなら早く電車を降りられる右からのほうが……」
アヤメからの正論に対して明らかに落ち込むツバキ。よく考えれば実験をしなくても簡単にわかったことだ。
だがしかし、
「!!」
ツバキはあることに気づく。
「……同じじゃない」
「え?」
「右と左で、距離は同じじゃない!」
「いやいや、確かに多少の誤差はあるかもしれないけど、ほとんど同じでしょ?」
そのアヤメの言葉を聞き、
「あぁ……」
ツバキはニヤリと笑った。
「……今回はな!」
そう言ったツバキに対して、アヤメはまだなんのことかわからない。
その様子を見てツバキはさらに言葉を付け足す。
「今回は電車から一番近いという理由でA改札を選んだ。だが俺たちが普段乗り換えをする為に使う改札はどれだ?」
そこまで言われてアヤメもようやく気付いた。
今回の実験の穴に。
この駅の構造は一番奥に1番ホームがある。
1番ホームから降りる階段を抜ければすぐ左にA改札があり、その隣には2番・3番ホームへ続く階段がある。
そして2番・3番ホームの階段の隣には有人改札とB改札。
B改札の隣には4番ホームへの階段があり、その階段の斜め前にC改札、といった内容だ。
「俺たちはいつも1番ホームから離れたC改札から出ている。C改札の目の前に乗り換え先の改札があるからだ。だからこのあと乗り換えをするほとんどの人は、C改札から出ているはずだ」
ツバキのこの推察は当たっていた。事実、アヤメも乗り換えをする際はC改札から出ているからだ。
「そして目的地がC改札となると話が変わってくる」
そう、ツバキは真実という改札までたどり着いた――。
「右の扉より、左の扉の方がA改札分距離が短い!」
「帰っていい?」
アヤメの言葉はツバキに届かなかった。
-3-
先ほどまでいた咲増駅に戻ってきた二人は改札を一度出る。再入場をする為だ。
「ねぇ、わざわざ改札を出る必要なくない?」
「いや、こういうのはしっかりしておかないとダメだ」
「たしかに切符とかならまずいかもしれないけど、私たち定期なんだから」
定期を購入していない場合、一度改札を通ると、同じ駅の改札から外に出るということは基本的にできない。
しかし定期の範囲内の駅だと、改札を通った後、再びその駅の改札から出ることができる。
なのでアヤメが言うように咲増駅の改札をわざわざ出なくても、知恵袋駅に戻った際、問題なく改札を通れるのだ。
定期の範囲内とはいえ、一度電車を利用しその駅で降りたのだから、その駅の改札を通る必要があるという考えは、ツバキの真面目さ故なのかもしれない。
あたりまえのようにツバキは再び改札を通ろうとする。
その時――
「!!」
ツバキはまた違和感を感じた。
何かがおかしい――
そう考えていると後ろで
「あれ?」
と、アヤメの声が聞こえたので振り返る。
「どうした?」
「いや、大丈夫だったみたい」
多少疑問は残るが腕時計を見ると次の電車がくるまですでに3分を切っていた。
駅のホームへ降り、電車を待っている間に今回の内容を確認する。
「今回は俺が右の扉から出る。アヤメは左の扉からC改札へ向かってくれ」
「別にいいけど、なんでさっきと違うのよ」
アヤメが尋ねると、
「扉が開くまでの時間が耐えられないんだ……」
と、肩を震わせながら答えるツバキに対して
「えー……」
アヤメは少し引いた。
電車が知恵袋駅のホームへ入る。徐々にスピードが落ちてきた。
ツバキは右の扉、アヤメは左の扉へ待機をする。
やがて電車は完全に停止した。
右の扉が開くのと同時にツバキは電車を飛び出した。
しかし決して走らず、一定のペースを保ちながら階段を降りる。
階段を降りた後は左に曲がり、C改札へ向かう。
人の波を避けるため少し迂回しつつ、しかし確実に前へ進む。
そして2番・3番ホームへ上がる階段前に差し掛かった瞬間、
「なに!?」
ツバキはアヤメの姿を確認する。
それはアヤメが丁度階段を降りきったところだった。
迂回したのが仇となったか、わずにかにアヤメがリードしている。このままではアヤメが先に改札を抜けてしまう。
――人の波が邪魔で思うようにスピードが出ない。でもどうして前から人がくるんだ?
ツバキのこの疑問は2番・3番ホームへの階段を登る人を見てすぐに理解した。
――そうか、2番ホームから乗車する人達だ。そういえば左の扉から降りた時にも乗車待ちの人がいたな。ということは右の扉が正規ルートだとしたら、左の扉は乗車客を押しのけて降りる非正規ルート。
つまり俺は正規ルートを通る代表としてここにいるんだ!
負けられない! 絶対に負けられない!
だがどうする? このままだと上手くスピードが出せない。
かといってこれ以上大きく迂回してもダメ。
それなら――
最適ルートを再構築するしかない!
この時ツバキは――
「ッ!!」
極限の状態から偶然にもそれをやってのけた。いやもしかすると、それは必然だったのかもしれない……。
「あ、あの動きは!?」
アヤメもツバキのこの通常のそれではない動きに気付いた。
「……間違いない、ナンバだわ」
ナンバとは。
右足を前に出すと同時に右肩を前に出し、左足を前に出すと同時に左肩を前に出す歩法の一つ。通常の腰を捻る歩き方と違い、ナンバは腰の捻りがない。
それにより通常では肩がぶつかってしまいそうな人と人との隙間でも、ナンバだと肩を一度縦にするので肩をぶつけずに通り抜けることができる。
これによりツバキは人と人との狭い隙間を、まるで空の王者である鷹の様に鋭く抜けていく。
――C改札を目指して。
「ツバキくん、ナンバができるなんて驚きだわ」
否、ツバキは最初からナンバができたわけではない。
まさに今、頭がこの歩法を必要と判断し、それに身体が応えてくれたのだ。
「――でもね」
だがしかし――
「ナンバができるのは、あなただけじゃないわ!」
アヤメもナンバで応戦する。
人の波を、まるでバレリーナが踊るように華麗に抜けていく。
だが動いたのが早かったツバキが、先に改札までたどり着いた。
「勝った……ここを抜ければ終わりだ」
そう思った次の瞬間――
『ピンポーン』
「……え?」
無情にも改札のゲートは閉ざされた。まるでツバキの勝利を拒絶するように。
「な、なんで……?」
なにが起きたかわからないツバキだが、次の瞬間理解する。
『チャージ金額が不足しています』
「う、あぁ……」
ツバキは後ろの人の邪魔にならないよう、改札から離れながら恐る恐る定期を確認する。
「あ、あぁ……切れている……定期の期限が……昨日で……!」
そう、定期が切れていたため電子マネーのチャージ残高から乗車料金が少しづつ支払われていたのだ。
咲増駅から知恵袋駅までは準急や急行に乗ると1駅だが、各駅停車の普通に乗ると9つ駅があいだにある。
咲増駅から隣の駅までは150円、知恵袋駅までは250円。
つまり、150円以上の残高だと咲増駅の改札は通れるが、250円以下だと知恵袋駅の改札から出ることはできないのである。
そして前回の降車で、電子マネーの残高は250円を下回った。
「チキショー……気づくチャンスはあったはずなのに……こんなことで……」
ツバキが言うように、気づくチャンスはあった。
今日だけで改札を2回出ている。その時に残高が減っているのに気づくことはできたはずなのだ。
だがそれを『違和感』という曖昧なものにして見過ごしていた。
「クソ……改札を通った時に気付いていれば……」
だがツバキは――
「改札を……通った時……?」
この時――
「あ……あぁ!」
ある可能性に気づく――!
「もしかしてあの時……」
それはとても小さい可能性だった。
だがツバキは――
いや、だからこそツバキは――
「まずはチャージだ!」
――動き出した!
チャージ機へ向かったツバキの後ろではアヤメが改札を通り抜けようとしていた。
だがしかし――
『ピンポーン』
改札はそれを許さなかった。
皮肉なことにツバキの勝利への道を閉ざした改札ゲートが、ツバキのチャージ時間を稼ぐ結果となった。
それを横目で見ていたツバキは、二人で咲増駅の改札を通った時のことを思い出していた。
『あれ?』
『どうした?』
『いや、大丈夫だったみたい』
そう、問題はこの時に起きていたのだ。
アヤメが自動改札を通り再入場しようとした時に、タッチが上手くされていなかったのだ。
しかし改札ゲートが閉じるのが少し遅く、自動改札を通り抜けてしまった。
これによりアヤメの定期は入場記録がなく、自動改札を通ろうとするとエラーが起きてしまうのだ。
チャージ機についたツバキは定期を機械にセットしながらアヤメの様子を確認する。
アヤメは状況をすぐに理解し、B改札の隣にある有人改札へすでに向かっていた。
「さすがアヤメだ、判断が早い」
そんなことを呟きながら財布を取り出す。
だがここでツバキはある異変に気づく。
「ない……千円札が……!」
朝、千円札が財布に入っていることは確認した、それはハッキリと覚えている。
そして今日はまだ千円札を使うようなことはしていない。
喫茶店でミルクティーを一杯だけ飲んだ。
だがそれぐらいなら小銭だけでも十分足りる。
――あ
そこまで考えてツバキは思い出した。
アヤメのコーヒーとサンドウィッチを奢ったことに――!
このときの会計でツバキは千円札を使ってしまった。
「クソッ」
ツバキは千円のチャージを諦め、「不足額のみのチャージ」という方法へ切り替えた。
今回の乗車金額が250円、電子マネーの残高は230円。
ツバキは財布から50円玉を取り出しチャージ機へ投げ入れる。
『チャージが完了致しました』
その声を聞くとすぐにカードを取り出し、改札へ向かう。
ゴールはもう目の前だ。
だがツバキは早足にはならず、最初のペースを保ちながら歩く。
そして――
ツバキはC改札を抜けた。
-4-
「遅かったじゃない」
アヤメのこの言葉でツバキは自分が負けたことを知る。
ツバキは思わず膝をつきながら涙を流し始めた。
「え? ちょ、ちょっとやめてよ」
いきなりのツバキの行動にアヤメも困惑の表情を見せた。
「とりあえず人の邪魔にならないように壁側の方へいこ? ね?」
そう言いながらアヤメは、ツバキを引っ張りながら人通りの少ない壁側まで移動した。
「ぐす……うぅ………ちきしょぉ……なんで……なんで……」
そんなことを言いながら、地に膝をつけたまま冷たい涙を流すツバキ。
それを見てどう声をかけていいのか悩むアヤメ。
「えっと、チャージしてたってことは定期が切れてたんでしょう? それじゃしょうがないよ」
そう慰めながらアヤメはさらに続ける。
「私も改札でゲート閉じて焦ったし、今回はお互いトラブルがあったから無効試合ってことでいいんじゃないかな?」
アヤメが言い終わるとツバキの涙は止まっていた。
いや、考えていた……
勝利への糸口を――
「そうだ……今回はお互いトラブルがあった」
ツバキのこの一言に、アヤメは安堵のため息を漏らした。
よかった泣き止んでくれたんだ、と。
だがそれは違った。
「それを考慮すると、今回の勝負……」
ツバキはアヤメの目をじっと見ながら言い放った。
「俺の勝ちだ――!」
アヤメは状況を理解できない。そもそも、もう勝ち負けなんてどうでもいい状態だ。
だがツバキは説明を始める。
「アヤメの言うとおり、今回はお互いトラブルに遭遇した。俺は定期切れのチャージ不足、アヤメは改札入場時のエラー。これらに対して俺らは冷静に対処をしていた」
ツバキはその時のことを思い出しながら説明を続ける。
「俺はすぐにチャージ機へチャージをしに行き、そしてチャージしたあとC改札を抜けた。そしてアヤメは有人改札へ向かい駅員に定期のデータ修正をしてもらい、そのまま改札を抜けた」
アヤメも自分の行動を思い出しながら説明を聞いていたが、
「ここまで言ってもわからないか?」
ツバキに腹がたつのは当然かもしれない。
「もっとわかりやすく言ってやろう。今回の勝負の勝利条件はなんだった?」
「あっ……」
そもそも勝負ではなかった気もするが、ここでアヤメもそれに気づいた。
「そう、それは……」
先にC改札を抜けた方が勝ち――!
「今回の勝負は『どちらが先にC改札を抜けるか』だった。だがアヤメはC改札ではなく、B改札の隣にある有人改札を抜けた。つまりこれは――」
ツバキは『勝利』という種を蒔き、『策』という水を与え続けた――
「アヤメの反則により――」
そして蕾まで成長したそれは――
「俺の勝ちだ!!!」
「うん、それでいいよ、オメデトー」
この瞬間、花開いた――!
「くぅ――――っ!」
ついにたどり着いた勝利。
それは他人から見たら小さな花かもしれない。
「うおっっっっっしゃぁああああああああああ!」
しかしツバキにとっては、とても大きな大輪の花なのだ。
「やった! 勝った! 勝ったんだ!」
再びツバキは涙を流す。
しかし数分前のそれとは全く違う、熱い涙だった。
「勝った……勝ったんだ……」
鼻をすすりながらツバキはその場にうずくまるように寝転ぶ。
「ちょっと、さすがにこんなところで寝転ばないでよ」
アヤメが声をかけるがツバキは気にせず嬉し涙を流しながら、その笑みを隠すように顔を手で覆い、横向きに寝転んで『勝った勝った』と呟いている。
さすがにこのままではまずいと思ったアヤメは、勝利に喜んでいるこのツバキをどう起き上がらせようか考える。
そして、思いついた妙手――!
「それでは勝利を収めたツバキ選手、最後に一言お願いします」
勝利の余韻に浸っているツバキに半ば強引に締めの言葉を吐かせる、まさに最善の一手!
先ほどまで泣きながら喜んでいたツバキは、この言葉でその動きをピタッと止めた。
そしてツバキはアヤメに言葉を返す――
「……帰りの電車賃貸してください」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
実は5年ぐらい前に書いた小説です。
改札口を説明している画像を作るのが面倒で、いままで放置していました。
そして、モデルになっている駅と頑張って作った画像はだいぶ違います。
というのも、いまはすでにこの駅を利用しなくなったので、記憶を頼りに画像を作りました。
どうやらいまは駅の中にコンビニもあるそうです。すごいですね。
内容に関しては、拙い文章かとおもいます。
最初、空白改行はシーンが変わるところ以外はまったくなく、つめつめの文章でした。
しかし、ググってみたらネット小説でそれは読みにくいと書いてあったので、調子に乗っていっぱい使ってしまいました。楽しい。
ストーリーは僕が実際に疑問に思っていたことをテーマにしています。楽しい。
あとがきも読んでいただきありがとうございました。
次の投稿はまったくの未定です。異世界モノとか書きたいな。