9.秘薬
「そもそもなぜ私に隠したりしたんです?」
クロードに見下ろされ、シオは舌打ちしたい気持ちをグッと抑えた。
「報告、連絡、相談は基本でしょう」
それは、確かにそうなのだが、
(これがあるから嫌だったんだ)
椅子に座るクロードの足元で、シオは正座させられ、お説教を受けていた。
隣にはシオと同じ態勢のミハルが、神妙な面持ちで姿勢正しく座っている。
お説教はかれこれ30分は続いていた。長さに加え、場所も悪い、とシオは思う。
なんせここはシオの部屋だ。誰が、自分の部屋で冷たい床に座らされ、頭上から説教など受けたいものか。
せっかく布団で暖まった身体がまた冷えてきた。腰から下は痺れたように感覚がないのに上半身は熱い。なんだかクロードの言っている言葉すら頭に入ってこなくなる。聞きたくもない言葉の羅列なのでちょうど良いかもしれない。
そんなシオを見て、隣に座っていたミハルがぎょっとした。
「あの、クロードさん、あのお話中にすみませんが、シオ、ふらふらなので、せめて椅子に……」
シオの現状を見かねたミハルが訴えたが
「黙らっしゃい」
クロードにピシャリと撥ね付けられてしまった。
「ミハル君が甘やかすせいでもあるんですからね」
鋭い目で睨まれ、ミハルは口をつぐんだ。全くの正論で、言い返すことができない。
ふらふらのシオとしょげかえるミハルを見てクロードはため息をついた。
「風邪くらい、これでも飲んでおけば治りますよ」
クロードは上着の内ポケットからガラスの小瓶を取り出した。
「な、んですかそれ……」
ミハルの声がわずかに震えている。
小瓶の中には、紫と緑の禍々しい液体がたっぷりと入っていた。若干とろみが付いている。
「我が家秘伝の薬です」
キャップが開けられ、シオの目の前に突き出された。
「お飲みなさい」
「ひぃっ」
クロードの爽やかな笑顔にシオの顔が引きつった。
「きょ、拒否権は……」
「お飲みなさい」
「……はい」
シオはすでに苦い薬でも飲んだかのように顔をしかめ、嫌々小瓶を受け取った。
近くで見ると余計に禍々しい。口にするのが躊躇われる色合いだ。こんな色になるなんて、何が入っているのか気にはなるが、聞いたら後悔しそうである。
口元へ小瓶を持って来ると、にんにくと腐った玉ねぎのような匂いが立ち上る。
「うっ」
息が詰まり、顔から小瓶を遠ざける。
薬と毒は表裏一体と言うが、これはどう見ても後者に見える。警告の二文字が頭の中で点滅する。
そんなシオにクロードは誇らしげに説明を加えた。
「この秘薬のおかげで我が一族は、年中無休、生涯現役、商売繁盛で家を大きくしてきましたし、効果は保証いたします」
つくづく恐ろしい一族だ。
シオは唾を呑み、心の内を整える。これ以上グズグズしていたら、痺れを切らしたクロードに無理矢理、口の中に小瓶を突っ込まれそうだ。それは御免こうむりたい。
シオは大きく息を吐き出し、鼻をつまむと一気に小瓶を煽り、中身を口に流し込んだ。
途端に死んだ沼のような臭さが広がり、どろり、と生ぬるく重たい液体が喉を圧迫する。身体が受け入れを拒否しようとするが、気力でなんとか飲み込んだ。
しかし、
―カラン
小瓶が手から滑り落ちる。
「シオ!?」
ミハルが隣でオロオロしているのを感じるが、答えられる状態ではない。急激な不快感で胃がせり上がってくる。
口元を両手で押さえ、耐える。ちょっとでも動いたら、胃の中身がひっくり返ってしまいそうだ。起きた時の比ではないほど、目が回る。自然と目に涙が浮かんできた。
口内には苦みと酸っぱさが残り、口から鼻に抜ける匂いは、生乾きのまま放置していた雑巾臭だ。変な汗が額ににじむ。
次第に意識がー……
「シオー!!」
ミハルにガクガクと揺さぶられ、現世に引き戻された。
「大丈夫?!」
「う、うん」
危うくあの世へ旅立つところだった。恐ろしい秘薬である。
「死にかけたんだけど」
鼻の頭に皺を寄せ、まだ纏わり付く嫌な匂いを感じながら、シオはクロードを睨み上げた。
しかし、クロードは満足そうな表情を浮かべ、椅子の上で足を組み直す。
「効いたようで何よりです」
ミハルがシオの顔を見て目を瞬かせた。
「あれ?シオ、顔色良くなってる?」
(ん?)
言われてみると、寒気やだるさがなくなっている。鈍い頭の痛みもなくなっていた。
(だけど素直に喜べない)
不快感が漂う胃を抱えながら、クロードを恨みがましく見るのであった。




