3.お邪魔虫
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「シオ~?」
ミハルは両手で紙袋を抱え直しながら声を張り上げた。しかし返事はない。
(おかしいなぁ?)
てっきり自分が出かけている間、シオは自室に閉じこもって好きなだけ石と戯れていると思ったのに、どこかに行ってしまったのだろうか。
開いている木戸を見て、ミハルは首を捻りながらも、シオの部屋に向かうことにした。
「シオ~? いないの~?」
浴室のある小屋とミハルの自室がある小さな家屋の脇を抜けて裏庭に出ると、中央に立つ大きな樹が出迎えてくれる。その左手にあるとんがり屋根がシオの部屋だ。近づくと扉が開いているのが見えた。
(開けっぱなしで出かけちゃったの? 不用心だなぁ)
やれやれ、とシオの部屋へと向かいながら、ミハルは妙に重たくなったように感じる紙袋に視線を落とした。
(せっかく二人でゆっくり食事しようと思ってたのになぁ……)
紙袋の中には、町を駆け回って集めた新鮮な野菜や肉が溢れんばかりに詰まっている。久しぶりの工房の休日なので、最近の疲れを吹き飛ばす特別滋養強壮メニューをシオに振る舞うつもりだったのだ。しかし、シオが不在では計画倒れも良いところだった。
「はぁ~あ~……」
大きなため息をつき、シオの部屋の前で顔を上げた瞬間、ミハルはギクリと固まった。誰もいないと思っていたシオの部屋の中に、誰かいる。
「ど、どちら様ですか……⁉」
問い掛けに振り返ったのは、異国情緒漂う浅黒い肌の青年だった。自分より背の高い青年は、不思議なものを見るような目でこちらを見下ろしてくる。
(め、目を逸らしたら終わりな気がする……!)
居すくみそうになる自分を鼓舞し、ミハルはグッと顎を反らした。
「うちに何か用でも――」
「おかえり、ミハル」
と、ひょっこりと青年の体の影から顔を覗かせてきたのは、なんとシオだった。
「シオ⁉ さっきから僕何度も呼んでたんだけど⁉」
ミハルはそそくさと青年の脇を通り抜けると、シオに詰め寄った。
「いるなら返事くらいしてよね⁉」
「うるさいな。今交渉中なんだから邪魔しないで」
「へ……? 交渉中……?」
首を傾げると、シオにグイッと作業机の方に押しやられてしまった。
「ねぇ、交渉中って、どういうこと?」
ミハルの問い掛けにシオは答えず、真っ直ぐ青年の元に行ってしまった。
ミハルは作業机の上に両手で抱えていた紙袋を置きながら、机に座っていたテトに小声で尋ねる。
「テト、どうなってるの?」
「なうんなぁー」
テトは作業机の上にあった布袋をてしてしと叩いてから、青年の方に視線を投げた。
(シオほどテトの言葉が分かるわけじゃないけど……)
「……もしかして、あの人ってお客様だったりする……?」
「なうん」
テトがこっくりと頷いた。当てずっぽうで言ってみたが、どうやら当たっていたらしい。
シオの方を見れば、青年に自分を売り込んでいる最中だった。
「私に任せて。絶対に私史上最高の守護像を彫り上げてみせるから」
そう言うシオの顔は、キラキラしていて、自信に満ちている。守護像を彫りたくてうずうずしている顔だ。
(楽しそうだなぁ)
とほっこりする一方で、ふとある疑問が頭をかすめる。
(今日って工房お休みだよね……? なのにお客さん……??)
今日は来客予定などなかったはずだ。もしあったとすれば、クロードから情報共有されているはずだ。
(でも、クロードさんからは何も聞いてない……ってことは、これ、クロードさんが知らない案件なんじゃ……⁉)
嫌な考えに思い至ったが、すでに遅かった。
「いつから取りかかれるんだ?」
「今すぐにでも」
青年の問い掛けにシオが即答すると、青年は満足げに微笑んで手を差し出した。
「それじゃ、よろしく頼む」
「喜んで」
ガシッと固い握手を交わしている。
「うわぁ…………これ絶対ダメなやつだよぉ……」
今更二人の間に割って入っても、話を保留にしてもらうことなどできそうにない。かといって、この依頼をクロードが喜ぶとも思えない。
(どうしよう……⁉)
ふらり、と作業机の前にあった椅子に座り込み、頭を抱えていると、
「なぁ~」
テトが慰めるように肩をポムポムと叩いてくれた。
「3.お邪魔虫」おわり。「4.お説教」につづく。




