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守護像職人  作者: 猫松ぺ子
第2話 守るもの、守られるもの

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57.別れの挨拶

 

 翌日、シオは久しぶりにお仕着せを脱ぎ、訪問着であるモスグリーンのジャケットと、プリーツ入りの白いロングスカートに着替えていた。久しぶりのフリル付きの立ち襟が首にくすぐったい。クロスタイを留めている紫色の石を使ったお気に入りのブローチをいじりながら、シオは馬車の窓から外を眺めた。馬車は緩やかにカーブを描く林道を進んでいる。


「やっとだね」


 向かいの席に座っているミハルがしみじみと言った。


 ミハルもアリソン邸に来た時に着ていたベストにジャケット、細いリボンタイスタイルだ。使用人姿に見慣れてしまった目にはなんとも新鮮に映る。


「どうかした?」

 

 しげしげと眺めていると、ミハルが不思議そうな顔で見返してきた。と思ったのも束の間、何かに気が付いたかのようにハッと口を開き、眉をハの字にする。


「あ、もしかしてシオ、忘れ物⁉ 大変――」

「違うよ。ミハルじゃあるまいし」


 慌てて立ち上がろうとしたミハルにシオはムッとしながら返し、再び窓の外に視線を向けた。アリソン邸はすでに森の向こう側に消えている。


 シオはふぅと息を吐いた。


「本当に、長かったなと思って」


 今までのことを思い出すと、つい感慨深くなってしまう。ミハルもシオの言葉に同意する。


「そうだねぇ。一時はどうなることかと思ったけど」

 

 その時、馬車がガタンと大きく揺れて止まった。どうやら目的地に着いたようだ。


「さてと」


 ミハルは気合いを入れるように声を出して伸びをすると、ドアを開けて外に出た。


「シオ、準備は良い?」


 ミハルが手を差し出してくる。


 その手に自らの手を重ね、シオも馬車の外へと足を踏み出した。


「もちろん」


 シオは力強く頷いた。


 工房に帰る前に、大切な仕事が残っているのだ。


 

 降り立ったのは、森の一画に作られた墓地だった。

 

 春の柔らかな陽が降り注ぐぽっかりと開けた場所には、数十個の様々な形の墓石が整然と並んでいる。参拝者は他になく、シオが乗っていた馬車の前に、もう一台馬車が停まっているだけだ。それぞれの馬車の御者台から、メイド長のポーラと執事長のセバスチャンが降りて来る。


 セバスチャンが前方の馬車のドアを開けると、会長夫妻とリリー、そしてポポが順番に出てきた。夫妻は喪服に身を包み、リリーも白い丸襟の黒いワンピース姿だ。ポポは首に黒いリボンを着け、この場所にふさわしい装いになっている。


「さぁ、行こうか」


 会長が全員を見回して声を掛けると、先頭に立って歩き出した。シオとミハルは最後尾に付いていく。


 柔らかな草を踏みしめながらいくつかの墓石を通り過ぎ、中程で止まった。まだ他のと比べて新しい墓石には「クラリス・アリソン」の名が刻まれている。リリーの祖母の墓だ。

 

 セバスチャンが持っていた花を会長夫妻が受け取り、墓前に供えた。


「リリー」


 夫人に招かれ、リリーが墓前に歩み寄ると、その後をポポが付いていった。


 二人が位置に付いたのを確認すると、会長は後ろに控えていたシオに顔を向けた。


「では、よろしくお願いします」

「はい」


 シオが、墓前に立つリリーとポポの前に進み出ると、二人は姿勢を正して同時に頭を下げた。


「お願いします!」

「ぽぅ!」


 頭を上げた二人と向かい合い、シオも気合いを入れるように背筋を伸ばした。


「それでは始めます」


 これから最後の大切な仕事――リリーとポポの契約を執り行うのだ。


 シオは、ジャケットの内ポケットから細長いガラスの小瓶を取り出した。中には十数本の針が入っている。それぞれの頭部は、形も色も異なるガラスの小玉で飾られており、一見するとまち針のようだ。


 コルク栓を開けると、シオはその中から薄桃色と白の濃淡が美しいガラス玉の付いた針を選び出した。事前に煮沸消毒してあるので、先端には触れないように気をつけながら眼前に掲げ、針をよくよく検分する。この針は超極細の特注仕上げなので、折れ曲がってしまうことがよくあるのだ。


(よし、問題なさそう)


 針に異常がないことを確かめ、シオはリリーに視線を向ける。


「リリー、手を」


 声を掛けると、リリーは緊張した面持ちで左手を突き出した。パッと広げられた手は、指先まで力が入り、少し反り返っている。


「ぽぉ……」


 傍らにいるポポが心配そうな顔でこちらを見てくる。その様子に思わずシオは苦笑した。


(ポポったら、何度も契約してるはずなのに……)


 相手がリリーだと心配せずにいられないらしい。


 シオはガチガチになっているリリーの手に、空いている自分の手を重ねた。リリーの手は、熱く、じっとりと汗ばんでいる。


「?」


 リリーが不思議そうに視線を上げる。


 その手を軽く握り込み、握手するように上下にブラブラと揺らした。


「大丈夫。力抜いて」


 リリーはハッとした顔になると、目を瞑って深呼吸した。一回、二回……ふっ、と身体から余計な力が抜けたことが、握った手のひらから伝わってくる。

 

 目を開けたリリーから手を離し、人差し指を固定するように支え持つ。


「一瞬だから」


 そう前置いて、シオは狙いを定めて、針で指先をチョンッと突いた。


「っ!」


 リリーがわずかに顔をゆがめる。刺した箇所から血がプクッと膨れ上がって、小さな玉になった。


 すかさず次の指示を出す。


「ポポの額に押しつけて」

「ぽぅ!」


 ポポが、待ってました! とばかりに一歩進んで、顔を上向けた。目を瞑って額を差し出している。

 

 しかし、リリーは一瞬躊躇うようにシオの方を見た。どこか不安げに瞳が揺れている。契約が上手くいくのか心配なのだろう。シオは背中を押すように力強く頷いた。


「リリーとポポなら、絶対に大丈夫」


 今なら自信を持って言える。守護像職人として、これほど契約にふさわしいふたりはいない、と。


 リリーは意を決したように小さく頷き返すと、ポポに向き直り、そっとポポの額に人差し指を押し当てた。


 次の瞬間、ポポの身体がカッと眩しく光った。


「……っ⁉」


 リリーが驚いたように手を引っ込める。


 シオはまぶしさに目を細めながらその光景に見入った。


 ポポの身体の内側から、温かな風が舞い起こり、泉が湧き出るように蕩々と光が溢れてくる。神秘的で柔らかな光は、その場にいる人々の心を掬い取り、希望の輝きの中へと導いていく。


 その厳かな場面は、まるで守護像を眠りから目覚めさせたときのようだった。


(あらたな主との契約は、守護像にとってあらたな命の始まりとも言えるから……)


 だからこそ、これほどに美しく尊いのだろう。


 やがて風が静まり、ポポが目をパチパチと瞬いて飛び跳ねた。


「ぽっぽぅ!」

「わっ! ポポ!」


 リリーの胸に飛び込んだポポは、優しくギュッと抱きしめられると嬉しそうにパタパタと翼を動かした。


(あ!)


 その翼を目にしたシオの口元がふんわりと緩む。


 春の日射しを受けて煌めく翼が、キラキラと美しい虹色に輝いていた。


 シオは使用済みの針をハンカチで拭うと、ジャケットの内ポケットから今度は中身の入っていないガラスの小瓶を取りだした。コルクを開けて、中に針を落とす。


――カランッ


「契約、成立!」


 軽やかな音と共にそう告げると、ポポは嬉しそうにリリーに頬ずりをした。


「ぽうぽうっ!」

「こちらこそ、これからよろしくね! ポポっ!」

 

 リリーも幸せそうに頬ずりを返し、共に笑い声を上げた。


「良かったね、シオ」


 背後から近寄ってきたミハルに耳打ちされ、シオは穏やかな気持ちで頷いた。


「うん」


 ふと見れば、夫妻もリリーとポポを愛おしげに見守っている。控えているポーラはそっと目元を拭っているようだ。


「リリーお嬢様」


 セバスチャンがリリーとポポの前に腰をかがめて小さな花束を差し出した。アリソン邸の庭に咲き誇っていたミモザで作られた黄色い花束だ。


「よろしければ、これを大奥様に」


 リリーはポポを地面に下ろすと、花束を受け取ってポポを見た。


「一緒におばあちゃんに渡す?」

「ぽうっ!」


 元気の良い返事に、リリーは笑顔で一輪抜き取り、ポポに渡した。


 そして二人揃って墓前に花を手向ける。すでに両親が供えた花にリリーとポポの花束が加わって、墓所がどことなく明るくなった気がした。


「やっとみんな揃ったね」


 しみじみと会長が言う。夫人はその隣で優しく頷いた。


「えぇ、お義母様もきっと安心なさるわ」


 その言葉に応えるかのように、風がそよそよと吹き、供えられたミモザの花が揺れた。墓石の脇から生えているタンポポの綿毛と花も風にゆらゆらと揺れている。


「別離と幸福か……」


 隣でポツリ、とミハルがつぶやいた。


 シオは首を傾げる。


「何?」

「タンポポの花言葉だよ。綿毛には『別離』、花には『幸福』って意味があるんだって」


 シオの方を見て、ミハルは微笑んだ。


「離れていても二人の幸せを願ってるっていう、おばあちゃんからのメッセージみたいだよね?」


 思わぬ言葉に、シオは目を瞬いた。


(ミハルにしては良いことを言うなぁ……)


 「花」を見ても「花」としか思うことのできない自分とは違った感性がミハルには備わっている。それが、たまにこうして表に出て、あらたな気づきをシオにもたらしてくれるのだ。


「そうだね」


 シオは静かに同意して、リリーとポポに視線を向けた。ふたりは、ただ寄り添い、黙って墓石と向き合っている。


(別れは、どれだけ経験しても慣れない)


 大なり小なり、痛みを伴うものだ。


 しかも、その痛みを一人で抱え込むと、記憶は悲しみに彩られ、やがて楽しかった思い出も書き換えられてしまう。


(でも、このふたりなら大丈夫)


 リリーとポポを見て、シオは思う。


 思い出を分かち合う相手がいれば、痛みはやわらぎ、また優しい思い出と共に歩き出すことができるだろう。


 無理に言葉にする必要もない。ただ、側にいるだけで心が安らぐこともあるのだ。

 

 リリーにとってポポがそうであるように、またポポにとってもリリーはそういう存在なのだろう。

 

 シオはふたりから視線を外すと、ミハルを見上げた。


「そろそろ私達も帰ろうか」

「うん、そうだね」


 ミハルが頷き、一緒に元来た道を戻っていく。


 二人の間を、さぁっと風が通り過ぎた。どこからともなくタンポポの綿毛が飛んできて、空に舞い上がっていく。


――ピィ、チチチチチッ!


 見上げると、上空にはゆったりと泳ぐ鳥の姿があった。もしかしたら、アリソン邸から巣立った雛鳥かもしれない。


 冷たい冬が終わりを告げ、命輝く春の訪れを感じさせる光景にシオは目を細めた。


(ふたりが少しでも永く、一緒にいられますように)


 シオの願いを乗せて、白いふわふわの綿毛は透き通った青い空に溶けて消えていった。

第2話完結!!

お付き合いくださってありがとうございました!!

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