8.ベッドの中のシオ
遠くで何か物音がする。
(……)
シオは重たい瞼をゆるゆると開けた。見慣れたドーム状の天井が見える。自分の部屋だ。
優しい毛布の肌触りに、シオは自分のベッドで横になっていることに気がついた。ちゃんとベッドで寝たのはいつぶりだろうか。
(そうだ…私)
緩やかに覚醒していく頭で、昨日のことがよみがえる。ちぃとミハルを探しに夜の町へ出たこと、雨が降り始めたこと、ひどく寒くなって、倒れてしまったこと。
たゆたう意識の中で、部屋まで送ってもらい、自力で濡れた服を着替えた気はするが、その辺りの記憶は曖昧だった。
全てが夢であればいいのにと思うが、怠い身体が現実だと訴える。
ぼーっと天井を見ていると、
「なー?」
足元から声がした。
のろのろと声がした方を見てみると、シオの足のすぐ隣にちょこんとテトが座っていた。心配そうな瞳でこちらを見ている。
普段、テトがベッドに乗ってくることはない。
その事実を認識した瞬間、シオの眠たげな眼がカッと見開かれた。
「テト!」
一緒に寝よう!と手を伸ばすが、テトの方が一枚上手だった。
指が触れる寸前でベッドから飛び降りる。
シオの手は空をつかみ、再びベッドに倒れ込む。テトを抱きしめようとしたのだが、身体が思うように動かなかった。そして急に動いたせいか、
「ったい……」
頭が鈍く痛んだ。視界もグラグラと揺れている。
「なぁんな」
テトが呆れたような視線を向けてきた。何やってんだ、と言っているらしい。
「だって……」
今だったら夢の添い寝ができると思ったのだ。こんなチャンスを逃すわけにはいかない。
「ふぇっくちゅん」
「なん!」
テトが不機嫌そうに尻尾で、べしんべしんと床を叩く。早く寝ろということらしい。
シオは大人しく毛布を口元まで引き上げた。
(テトの積極的な行動に思わず舞い上がっちゃったけど)
枕に顔を埋める。
(そんな場合じゃあないでしょ)
現実から目を背けようとする自分が嫌になる。
自己管理もできず、守護像を紛失するなんて職人失格だ。しかもこのままだと納期に間に合わない。
(今日はクロードに見せなきゃいけないのにー)
「おはようございます」
有り得ないはずの声が聞こえ、シオの心臓が縮み上がった。
バッと上体を起こすと、部屋の入り口にクロードが立っていた。ドアが開く音も、気配すら感じなかった。
いつからいたのか、ゆったりと構えるクロードの口元には、聖女のような優しい微笑が宿っている。
(ま、マズい……)
テトに助けを求めようとしたが、いつの間にか姿をくらましていた。勘の鋭いことである。
「シオ君」
今までに聞いたことがないほど、柔らかく甘い声に、シオの背筋が凍る。
「まぁずいぶんと優雅にお休みでしたね」
クロードが一歩、部屋の中に足を踏み入れた。部屋の温度が下がった気がする。
クロードは中身が飛び出たキャビネットや物が散乱した机の上に目をとめる。
「お部屋が荒れているようですけれど」
コツン、コツン、と足音を響かせて、一歩一歩とこちらに近づいてくる。
「良い夢は見られましたか?」
シオが座るベッドの足元に立ち、クロードは小首を傾げた。
(どうか、これが夢でありますように)
重たい空気を感じながら、シオは心の底から祈ってみるが、残念ながら現実だった。
「8.ベッドの中のシオ」おわり。
「9.秘薬」につづく。




