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守護像職人  作者: 猫松ぺ子
第2話 守るもの、守られるもの

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51.湖④sideシオ


「ぽぽぉっ‼」

「どうしたの!?」

 

 突然のポポの声に、シオは思わず声を上げた。

 

 ポポは、左手の突き出た湖岸に向かってぴょんぴょん飛び跳ねている。


「あっ!」


 そのとき、湖岸の影から、すぅーっと一艘のボートが現れた。そこに金髪の頭を見つけ、シオは大きく目を見張った。


「リリーっ⁉ なにしてるんだっ!?」


 ぎょっとして大きな声が出てしまったが、リリーには届いていないようだった。


「危ないから早く戻って!」

「ぽぽっぽぉーっ‼」


 口元に手を当てて、リリーに向かって大きく手を振る。


 ポポも隣で飛び上がって気が付いてもらおうと必死に動き回るが、リリーを乗せたボートは徐々に岸から離れていく。

 

 その様子に、嫌な予感が湧き上がった。


「ねぇ、ポポ…あれ、おかしくない…?」

 

 リリーはボートの縁にしがみついてこちらを見ようともしない。それどころか、オールで漕いですらいないようだ。

 

 ポポも気が付いたように声を上げる。


「ぽぽぅぽぽぅ!!」


(風に流されてる…!)


 そう思った瞬間。


――バキッ!


 急に大きな音が響き、船が不自然に揺れた。


 船尾と船首がわずかに上がり、船が沈み始める。


「ぽぉ〜〜っ‼」


 ポポが悲鳴のような声を聞くが早いか、シオは湖に駆け込んだ。


「リリー!」

 

 バシャバシャと水をはね上げて進み、水深はあっという間に腰から胸に達する。


 リリーはボートの中で微動だにしない。このままではボートとともに水の中に引き込まれてしまう。


(くっ、早く進みたいのに…!)


 靴も服も脱がなかったせいで、なかなか前に進めない。


 と、その時だった。


「ぽぉ〜お〜お〜‼」

「!?」


 突如、背後から雄叫びが上がった。


「なにごと……!?」


 水の中から岸を振り返ると、湖岸沿いに立ち並ぶ木の一本にポポの姿があった。ポポは巨木の高い枝の上で体を大きく揺らしている。その反動で枝も大きくしなり、シオは青ざめた。


「ちょっ、ポポ!! なにしてるのっ!!」

「ぽっぽ〜っ!」


 そんなシオを横目に、ポポはあろうことか枝のしなりを使って、宙へと大きく飛び出した。


「危ないっ…!!」


 枝から放たれたポポは、綺麗な放物線を描き、湖に向かって落ちてくる。


(水面にぶつかっちゃう…!)


 シオは慌ててポポを受け止めようと両手を差し出した。


 しかし、


「ぽうっ!」


 ポポは気合いの入った声を上げたかと思うと、背中にある小さな翼をパタパタと動かし始めた。シオの手が触れる直前で、ふわっと上昇すると、そのままフラフラしながらも飛び始める。


(よかった……)


 シオはホッと息を吐いた。それもつかの間、


――バキッメキッ


 大きな音がして驚いて振り向くと、ボートは二つに折れかけ、ほとんど水の中に浸かってしまっていた。


(大変だ……! 早くしないと……!)


 このままではリリーがボートと運命を共にするのも時間の問題だ。


「今行くから!」


 すかさずリリーの元に急ごうと泳ぎ始めたシオだったが、ポポの方が早かった。高速で翼を動かし、リリーの元に近づく。


「ぽぽおっ‼」


 ポポが叫ぶと、リリーがハッとしたように顔を上げてこちらを見た。


 しかし、次の瞬間、


――バキバキバキッ‼

「きゃっ‼」


 ボートが完全に真っ二つに割れ、リリーが声を上げて水の中に消えてしまった。


「リリーっ‼‼」

――バシャンっ!


 シオが叫んだのと同時に、ポポが水の中に飛び込んだ。


「ポポっ!!」


 シオは二人の名を叫びながら、必死に水を掻いてボートがあった場所に近づいていく。


 真っ二つになったボートがゆっくりと沈んでいく中、リリーとポポが消えた場所には水中から浮き上がってくる小さな気泡しかない。


(まずい……!)


 ポポはあれでも守護像だ。石でできているので浮き上がって来ることができないのかもしれない。

 

 シオが大きく息を吸い込み、水に潜ろうと構えたちょうどその時。


――ザッバァンッ!

「ふぬぬ~~んっ!」


 ポポが水上に勢いよく顔を出した。続いて、ポポに後ろ襟をくわえられたリリーが浮き上がってくる。


「リリー、ポポ!」


 シオはほっと安堵の息を吐く。


「ふぅ〜んっ!」


 ポポがリリーの襟をくわえたまま、水面ギリギリの空中で停止飛行している。リリーの顔だけを水面に出したまま、岸まで引っ張っていく作戦のようだ。


「ちょっと待って」


 シオはリリーに近づき、身体が沈まないように背中に腕を回して支えた。リリーはぐったりしていて、生気のない顔をしている。水を飲んでしまったのかもしれない。


「いいよ、ポポ! 戻ろう!」

「ふぬ~っ!」


 シオの声に、ポポはリリーの後ろ襟をくわえたまま岸へと向かった。



「リリー! リリー! 目をあけて!」

「ぽぉぽぉ‼」

「げほっごほっ! ごほっごほごほっ‼」


 岸にリリーを横たえて頬を軽く叩くと、リリーは激しく咳き込み目を開けた。


(よかった)


 シオはホッとしながら、リリーの背中を支えて身を起こさせる。


 リリーは苦しそうに息をしながら、ギュッと膝を抱え込んだ。ブルブルと身体が小刻みに震えている。シオは労るようにリリーの背をさすった。


「大丈夫?」

「ぽぉ……?」


 ポポが心配そうにリリーを見つめる。


 しかし、リリーは苦しそうに眉根を寄せてポポを見ると、顔を伏してつぶやいた。


「なんでっ……なんで私を助けるのよ……!」


 その言葉を聞いた途端、シオの中にあった労りの気持ちがスッと消えた。


(またこれか)


 心が冷めていくと同時に、頭にカッと血が上っていく。リリーが変わったと思ったのは大間違いだったらしい。


 シオはリリーの背から手を離し、眉を吊り上げた。


「あのねぇ――」

「本当は、私なんか助けたくなかったくせに……」


 小さな声で言葉を遮ったリリーに、シオは目を瞬いた。


「え……?」

「ぽぽ?」


 ポポもキョトンとした顔でリリーを見る。


 リリーはキュッと唇を噛むと、顔を上げてポポを真っ直ぐに見据えた。


「だって、だって……」


 リリーの緑色の瞳が潤み、目の縁に涙が盛り上がる。


「だって、私のせいで、おばあちゃんが死んじゃったから……!」


 リリーの眉が苦しげに寄せられ、ポロリ、と大粒の涙がこぼれ落ちた。


 それが引き金となったかのように、リリーはひっく、と声を引きつらせ、嗚咽混じりに心の内を吐き出した。


「ポポが、っ助けたかったのはっ、おばあちゃんなのにっ……!」


 ボロボロと涙をこぼし、声を震わせる。


「私のせいで助けられなかったんだもん……‼ 私なんて、放っておけば良いのに、何でっ……‼」


――さぁぁぁ


 冷たい風が湖から吹き付ける。


「なんで私を助けたのよぉ……!!」


 静かな湖畔に、リリーの慟哭だけが響き渡った。

「51.湖④sideシオ」おわり。

「52.あの日①」につづく。

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