46.ピクニック④
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「はぁ……もう食べられない……」
シオは苦しげにお腹を撫でた。目の前には、昼食の残骸――包み紙やピックが散乱している。テーブルに所狭しと並んでいた料理は、もうほとんど残っていない。
その大半は、シオのお腹の中に収まっていた。青空の下で食べるご飯は食欲を倍増させるらしい。明らかに食べ過ぎである。
「美味しかったわ! ごちそうさま!」
リリーはシオと違って限界には達していないらしい。ホクホク顔でミハルに謝意を伝えている。
ミハルは思ってもみなかった言葉に目を見開き、次の瞬間目を潤ませた。
「ど、どういたしまして……!」
声を震わせ、感極まったかのようにポケットから取り出したハンカチを目尻に当てて、あろうことかシオの肩を前後に激しく揺さぶった。
「ねぇシオ! 今の聞いた⁉ 僕、初めてお嬢様に『ごちそうさま』って言われたよ……!」
「うっ、あぁ……よかったね」
シオは口元を手で押さえて、この攻撃をやり過ごす。あと一歩で、出てはいけない物が満タンの胃から飛び出すところだった。
抗議の意を含めて半眼でミハルを見るが、舞い上がっているミハルが気が付くわけがない。
シオの肩から手を離すと、キリリとした表情を作って人差し指を立てた。
「じゃあ僕はここを片付けるけど、シオはお嬢様と仲良くしててね! お嬢様のご機嫌を損ねるようなこと、しちゃダメだからね!」
「言われなくても――」
ムッとして言い返そうとしたとき、風が三人の間を駆け抜け、シオの前に山積みになっていた包み紙を撒き散らした。
「あっ! 待って!」
シオとミハルが反応するより早く、リリーがさっと立ち上がって紙を追いかけていった。
その姿に、二人は驚いて目を見交わし、一歩遅れて立ち上がる。
「リリーが自分から動くなんて……」
「驚きだね……!」
シオとミハルが敷布付近の包み紙を回収している間に、リリーは会長夫妻の敷布近くまで来ていた。
一枚一枚拾いながら歩みを進めていくと、最後と思われる一枚がタンポポの花の群れに舞い降りた。
「これで最後ね!」
軽く走り出し、包み紙を手に取ったリリーだったが、次の瞬間、身体を強張らせた。
「きゃっ……!」
鋭い悲鳴を上げ、包み紙を投げ捨てる。
「リリー⁉」
「えっ! な、なに⁉」
シオとミハルは包み紙を拾う手を止め、顔を上げる。
近くでお茶を楽しんでいた夫妻も異変に気が付いたようで、手を止めリリーの方を見る。給仕をしていたメイド長のポーラやベンも、何ごとかと不安げ声がした方に顔を向けた。
「ひっ……!」
リリーが小さく息を呑み、後ずさった。
目をこらすと、リリーが放りだした包み紙の陰から、数匹の蜂が飛び立つのが見えた。
蜂は、恐怖にすくむリリーに狙いを定め、素早い動きで一斉に襲いかかる。
「っ!」
「リリーっ‼」
シオが息を呑み、夫妻が悲鳴を上げて立ち上がった時だった。
「ぽぽぽぉぉぉ~~~‼」
独特な雄叫びと共に、リリーと蜂の間に何かが割って入った。
「ぽお゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛~~‼」
普段は垂れているつぶらな瞳を怒らせ、初めて聞く低い声で威嚇しているのは、この場にはいないはずのポポだ。
「ぽっぽおぽぽぉ‼」
ポポは勢いよく飛び上がると、空中で短い足を振り下ろし、蜂の一匹を叩き落とした。
標的をリリーからポポに変えた蜂は、連携してポポを取り囲み、毒針で攻撃しようとする。しかし、ポポの方が早かった。
ひらりと毒針をかわしたポポは再び飛び上がり、目にも留まらぬ速さで猫パンチならぬ豚パンチを繰り出した。
蜂は次々とハート型の蹄の餌食となり、草地に叩き落とされる。全ては一瞬の出来事で、ポポが着地した時には決着が付いていた。
「ぽうっ!」
どうだ参ったか! と言いたげにポポが鼻を鳴らす。
(なんでポポが……?)
突然の出来事に、頭の処理が追いつかない。
他の全員もポカンとした表情でポポを見つめている。その中で、最初にこの硬直状態から抜け出したのは、ポーラと夫人だった。
「お嬢様っ!」
「リリー! あぁ、なんてこと……!」
二人がリリーの元へ駆け寄り、遅れて会長も続く。
「なんでポポがいるのさ……⁉」
「私だって知らないよ」
ミハルから非難の視線を向けられるが、そんなことはシオにも分からなかった。二人も慌ててリリーの元へ走って行く。
「なになに?」
「どうしたんだ?」
「何かあったの?」
各々、自由な時間を楽しんでいた使用人達も騒ぎを聞きつけ、ざわざわと集まってくる。
のどかなピクニックの空気は一変、物々しいものとなってしまった。
「46.ピクニック④」おわり。
「47.ピクニック⑤」につづく。




