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守護像職人  作者: 猫松ぺ子
第2話 守るもの、守られるもの

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44.ピクニック②


「さて――」

 

 荷ほどきが終わり、ピクニックの準備が整った頃合いを見計らって、会長は使用人達を前に口を開いた。横に立つ夫人も、作業が終わった使用人たちに視線を向けている。

 

 会長夫妻の敷布から少し離れた場所には、シオがリリーの指示に従って敷いた敷布があり、小川の側には荷物置き場と使用人同士がくつろぐ場所が設えられていた。


「久しぶりのピクニックだが幸い天気にも恵まれ――」


(みんな、ソワソワしているな)


 シオは興味のない会長の言葉を聞き流し、周囲をこっそり見回した。


 近くに立っている使用人は目をキラキラ輝かせている。ご主人様からのご褒美を待つ犬のようだ。


(それに比べて……)


 シオはチラッと視線を下に向ける。


 大人4人は座れそうな大きな敷布の上で、リリーはクッションを並べている最中だった。自分の父親が言うことなど全く耳に入っていない様子で、何度もクッションの位置をずらしたり、並べ替えたりしている。居心地が良い空間作りに余念がないようだ。


(あっちの敷布に行かなくていいのか?)


 と思い、夫妻の方を窺うと、温かな眼差しの夫人と目が合った。


 夫人は娘とシオの姿を交互に見て、うんうん、と何かを噛みしめるように頷いている。娘を自分の元に呼び寄せる気は全くないようだ。


(ピクニックは、家族で過ごすものだろうに)


 と、シオの顔は自然と渋いものになる。


 シオ自身、そういう経験があるわけではないが、家族が仲睦まじそうにピクニックをしている姿は目にしたことがあった。


 小さくても同じ敷布に腰を下ろし、持ってきたお弁当を美味しそうに頬張っていた姿が印象的だった。両親に挟まれた子どもは、ただお弁当を食べるだけでも楽しくて仕方がないといった様子で、たまたま近くを通りかかったシオにもその気持ちが伝染してしまうほどだったのに。


(……ここには、そういう空気が感じられない)


 そのことが何だかもどかしく、そしてどこか物悲しかった。


「――それでは、出発時にも言ったように、あとは自由に過ごしてくれて構わないよ」

「日暮れ前にはここを立つから、あまり遠くへは行かないでね」


 長い会長の言葉が終わり、夫人が注意を付け加えると、2人は再び敷布に腰を下ろした。それを皮切りに、使用人達は一斉におしゃべりに花を咲かせる。


「ねぇねぇ、どこいく?」

「小川の近くで良いんじゃない?」

「お昼、どこで食べる?」

「あっちの木の下なんかどう?」


 仲の良い者同士、声を掛け合い、好き勝手に散らばっていく。


 そんな和やかで楽しげな雰囲気の中でも、執事長のセバスチャンとメイド長のポーラは、当然という顔で夫妻の側に控えていた。


 あの二人は、夫妻の許しがあっても使用人としての役目を果たすつもりらしい。仕事熱心なことである。


(私はどうするかな)


 と辺りを見回していると、クイッとスカートの裾が引っ張られた。視線を下に向けると、敷布に座ったリリーが不満顔でこちらを見上げていた。


「? 何ですか?」

「早く座りなさいよ。落ち着かないわ」

「えっ⁉」


 思いがけない言葉にシオは目を瞬く。


「座るって、私が、ですか?」

「他に誰がいるのよ」


 リリーは呆れ顔で自分の隣に置かれたクッションを手に取ると、ズイッとシオに向けて差し出した。薔薇の刺繍が施され、四隅に房飾りの付いた豪奢なクッションだ。


「これ、お気に入りなんだけどシオに貸してあげるわ」

「えっ、あ、ありがとうございます……」


 戸惑いながらクッションを受け取ると、リリーはすまし顔ながら、満足げな気配を口元に漂わせた。


(な、なんか落ち着かない……)


 今まで敵意しか向けられていなかったので、こういう反応にはひるんでしまう自分がいる。


 思わずリリーから顔を逸らすと、見知った人物がこちらに歩み寄ってくることに気が付いた。


「ごめんねっ、お待たせ~‼」


 能天気な雰囲気を漂わせながら明るい笑顔でやって来たのは、言わずもがな、ミハルである。その姿に、シオの目がスッと細くなる。


「ミハル……その大荷物、まだ準備終わってなかったの?」

「もぉ~! これでも急いで来たんだよ?」


 唇を尖らせるミハルは、両手に大型のバスケットを2つずつ提げ、右肩には大きな布包みを掛けていた。左肩には、紐で括った敷布が下がっている。シオがリリーの手駒となってピクニックの準備に勤しんでいる間、ミハルは全く仕事をしていなかったらしい。


(悠長すぎる)


 ここに着いて早々、顔にかかった蜘蛛の巣を洗い流しに小川に走って行ったミハルの姿を思い出し、思わず呆れてしまう。豪快に洗ったのか、髪の毛が若干濡れているようだった。


「今から用意するから、そんなに睨まないでよ~」


 ミハルはよいしょ、と両手に持っていたバスケットを草の上に下ろすと、紐で括られた敷布をふわりと広げ、リリーが座っている敷布の隣にピッタリとくっつけた。その行動にシオは目を剥く。


「ちょっ、ちょっとミハル……!」

「ねぇ、あなた!」


 予想通り、鋭く尖った声が飛び、シオは内心ヒヤリとする。


 ごくり、と唾を飲み込んで、恐る恐る視線を下に向けてみると、唇を尖らせたリリーがミハルを睨んでいた。


 普通に考えて、主の敷布と使用人の敷布を並べておくのはマズいだろう。


(これはまたリリーが機嫌を損ねるパターンなんじゃ……)


 嫌な予感がしたその時、リリーの眉毛がつり上がった。


「しゃべってないで早くして‼ お腹空いてるんだから!」

「は、はいっ! 今すぐに‼」


 思いがけない言葉にシオは首を傾げる。


(? ミハルが非常識な場所に敷布を広げたから怒ったんじゃないのか……?)


 リリーの言葉から考えると、ミハルは単にピクニックの居場所作りをしているわけではないようだ。


「ねぇ、ミハルは何しに来たの?」

「やだなぁ~、お昼ご飯の準備に決まってるでしょ~?」


 笑って応えたミハルは、肩から下げていた大きな布包みを開いた。中から姿を現したのは、白っぽい木の折りたたみ式ローテーブルだった。折り畳まれていた足を立ち上げ、リリーの前に設置すると、くるり、とシオに向き直り、背中をグイグイと押してきた。


「ほらほら、シオも早く座ってよ。お昼ご飯、いらないの?」

「いや、ご飯はほしいけど……」


 急な展開に頭が追いつかないまま、ミハルに強引に敷布に座らされる。


「だったら黙って座ってて」


 リリーの横に腰を下ろしたシオに、ミハルは耳を寄せる。


「僕、ベンさんから二人の給仕を任されてて、失敗できないんだから……!」

「ベン爺から?」


 ふと視線を巡らせると、会長夫妻にコップを手渡しているベンの姿が目に入った。どうやら夫妻とリリーが一緒にいないため、給仕も別個でおこなうことになったようだ。そしてミハルがこちらに派遣された、ということらしい。


 ミハルはワナワナと口を震わせ、絶望的な空気を漂わせている。


「ピクニックのメインはお昼ご飯! それを台無しにしたなんて知られたら、ベンさんに何をされるかっ……‼」

「だったら早く仕事に取りかかった方が良いんじゃないの?」


「私もそう思うわ」


「!」


 バッと二人同時に視線を向けると、リリーはつまらなそうな顔で机に頬杖を突いていた。


「口より手を動かせって言ってるわよ?」


 リリーが指さす方向を見ると、先程まで夫妻に給仕していたはずのベンがこちらを睨んでいた。


「ひぃっ!」


 隣でミハルが悲鳴を上げる中、シオは内心頷いた。


(やっぱりね。ベン爺からミハルに何かしらお仕置きがあると思っていたけど、予想通りこき使われてるってわけだ)


 ベンの背後からは怒りの覇気が立ち上っている。


「うわわわっ、い、今やりますっ!」


 ミハルは慌ててバスケットからレース仕立てのテーブルクロスを取り出すと、テーブルにふわっと被せた。


 たったそれだけなのに、敷布の上の空間が一気に居心地の良さそうなものへと変わり、ピクニックの気分を盛り立ててくれる。


「あ、そうだっ!」


 ミハルはバスケットの中からカトラリーを取り出してリリーとシオの前に並べながら、思い出したように付け加えた。


「今回は久しぶりのピクニックってことで、特別メニューになってるから期待して良いと思うよ!」


(特別メニュー⁉)


 シオの目がキランと光る。アリソン邸は良い食材を使っているので、まかない飯でもとても美味だ。


 それが今回はリリーと同じの特別メニューが食べられるなんて。


(どんな料理が出てくるんだろう?)


 ピクニックなので、豪勢な料理が並ぶとは思えない。


 それでも、期待せずにはいられない。


(持ち運びしやすい料理って何だろう? パンとかクッキーとか? でもただのパンな訳がない……!)


 めくるめく想像をしていると、唾液がジワジワと溢れてくる。今までさほど意識していなかったが、急速に空腹度合いが増してきた。


――ぐおぅ~きゅるるるるるるぅぅ~~くうぅぅぅぅぅ~~~……


 突然響いた大きな腹の音に、一気に視線が向けられた。


「シオ、そんなに飢えてるの……?」


 ミハルに哀れみの目を向けられ、シオはムッとする。


「ミハルが特別メニューなんて言うから――」


 言い募ろうとしたとき、くすり、と笑い声が聞こえた。


「?」


 シオは声の聞こえた自分の隣を見た。リリーがうつむいて、肩を振るわせている。


「リリーお嬢様?」


 ミハルが心配げに声をかけ、肩に手を触れようとしたときだった。


「ぷっ、あっははは!」


 突然上がった笑い声に、ミハルは驚いて手を引っ込め、シオもギョッとしてリリーを見つめた。


 顔を上げたリリーは、笑いが堪えきれない、というように、お腹を押さえている。


「ふっ、ふふふっ!  し、シオって、食いしん坊だったのね! こ、こんなに元気なお腹の音を聞いたのは初めてだわ……!」


 くすくす笑うリリーを見て、シオとミハルはポカンと口を開け、顔を見合わせた。


 笑っているリリーを見たのはこれが初めてだ。


「シオのためにも、ふふっ、早く用意してあげて」


 涙を拭いながら言うリリーに、ミハルが畏まった様子で大きく頷く。


「そうですね。もっと大きなお腹の虫が鳴き始めたら困りますし……ぶふっ」

「そんなに鳴らない。ミハルじゃあるまいし」


 吹き出すミハルを睨め付けるが、ミハルは肩を振るわせてさっさとテーブルの用意に戻ってしまった。


「シオ。足りなかったら私の分も食べて良いわよ」

「……ありがとうございます」


 笑いを噛みしめたリリーに肩を叩かれ、シオは微妙な表情で礼を言う。


 完全に食いしん坊認定されてしまったようだ。


(食いしん坊はミハルなのに……)


 釈然としない気持ちがあるものの、子どもらしい表情になったリリーを見ると、


(まぁいいか)


と思ってしまうシオであった。

「44.ピクニック②」おわり。

「45.ピクニック③」につづく。

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