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守護像職人  作者: 猫松ぺ子
第2話 守るもの、守られるもの

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43.ピクニック①

 

 屋敷からは鬱蒼と見えた森だったが、一歩中に足を踏み入れると予想外の穏やかさが出迎えてくれた。


(思ったよりも明るい……)


 シオは目を細めて背の高い木々を見上げた。


 風にサワサワと揺れる葉の隙間から、太陽の恵みがこぼれ落ちてくる。


 大きく息を吸い込んでみると、湿った土の匂いと草花の香りが胸いっぱいに広がった。心に生じ始めた黒い霧が、吸い込んだ空気に溶かされて消えていく。


――ピー、チチチチッ

――カサカサッ


 森に息づく動物たちが、冬の眠りから覚め、活発にうごめいている。


 生命の輝きが色濃く、心地良いこの場所は、ピクニックに打ってつけの場所と言えそうだ。


(リリーが上機嫌に見えるのも、きっとこの森のおかげだな)

 

 隣を歩くリリーをチラッと見て、そんなことを考える。今までピリピリしていた空気も、今はなりを潜めていた。

 

 アリソン邸に来てから、今までで一番穏やかな時が流れているように感じた、その時だった。


「うわぁっ⁉」

――バサバサッッ


 清々しい空気にそぐわない素っ頓狂な声が上がり、驚いた鳥が一斉に飛び立った。


「なぁに?」

「何事だい?」


 前を歩いてたポーラが足を止め、会長も振り返る。


 一行の視線は、声の上がった後方に自然と集まった。


「なっなにか頭についたんですけどっ⁉」

 

 視線を一心に集める主――ミハルは、そのことに全く気が付く様子なく、頭をブンブン左右に振っている。

 

 シオは呆れ半分、不審さ半分で眉をしかめた。


「ミハル……何してるんだ……」

「犬みたいね」


 隣で同じくミハルを眺めるリリーがスパっと評するので、シオは、プッと吹き出した。


「良い表現しますね」


 改めてミハルを見てみると、水浴びした犬の姿が重なって見えるようだった。


 そう思うと、ミハルの不審な行動も少しは可愛らしく見えてくる。


(そういえば、テトも水に濡れたらブルブルして大変だったな)


 工房の愛する守護像のことを思い出し、次いでポポのことに思いを馳せる。


 動物の姿を象る彼らは、得てしてその動物の性質を引き継いでいる。テトも猫の習性からか、水は苦手そうにしていた。


 ポポは、見た目は猫の大きさほどの豚型だが、背中に鳥のような真っ白な羽が生えているので、鳥としての性質も持っていそうである。豚も鳥も水浴びは好きそうだが、はたしてポポはどうなのだろうか。


(ここにいる間に、ポポを風呂に入れてみようかな)


 シオがひそかにそんなことを考えていると、ミハルはさらに激しく頭を振って情けない声を上げた。


「ちょっ、ベンさん! 見てないで取ってくださいよぉ~‼」


 どうやらミハルは両手が籐のトランクで塞がっているので、ああして払おうとしているらしい。


 ベンは心底呆れ顔でミハルを見やった。


「小僧、蜘蛛の巣ぐれェで大騒ぎしすぎだ。そもそもちゃんと前見て歩かねぇから引っかかるんでェ」

「あらあらぁ、大変ねぇ~」


 ポーラが背後でコロコロ笑っているのが聞こえる。セリフとは裏腹の楽しげな声音だ。


(蜘蛛の巣に引っかかるなんて、ミハルらしい)


 と思っていると、見かねたらしい会長が苦笑交じりに声を張った。


「目的地に着いたら、近くの小川で顔を洗うと良い」

「そろそろ着くから、それまで少しの間辛抱してね!」


 夫人の言葉で、ミハルはようやく自分が一行の足を止めていたことに気が付いたらしい。ハッとして固まってしまったミハルの後頭部を、ベンが思いっきり叩く。


――ベシッ‼

「返事しろィ!」

「いっっ‼ は、はいっ、あ、その、す、すみませんっ‼ 大丈夫なのでお気になさらず……」


 アワアワしながら頭を何度も下げるミハルの言葉で、再び一行が歩き出すと、程なくして小川のほとりに出た。


 柔らかな下草が生える少し開けた場所で、風の通りも良い。


「さぁさ、敷布を広げて、荷物を置いていきますよぉ!」


 ポーラが手を叩き、使用人達に指示を出す。


 一斉に使用人達が慌ただしく動き始める中、シオはミハルがそそくさと小川の方へ駆けていく姿を視界の隅に捉えた。ベンが何やら文句を言っているようだったが、ミハルは顔の不快感を払拭する方を優先したらしい。


(勇気あるな)


 と思わず感心してしまう。今までもベンにこき使われていたのに、今日はそれ以上に働かされるんじゃないだろうか。


(こんなに清々しい場所にやって来てまで、自分の首を絞めなくても良いのに)


 呆れながら、シオも他の使用人にならって、自分が持ってきた荷物から敷布を取り出し、広げ始めると、


「私も手伝うわ」

「えっ⁉」


 側にいたリリーが、シオの持つ敷布の反対の端を掴んだ。


 シオは驚き、リリーを凝視した。


「手伝うんですか⁉」

「何よ。私がやったらダメなの?」

「いえ、ダメじゃないですけど……」


 リリーが唇を尖らせ、ギュッと敷布を握る。絶対に離さない、と顔に書いてあるようだ。


(どうしよう……?)


 チラリ、とポーラの様子を窺うが、何も言ってこない。


 首を巡らせると、夫妻はすでにセバスチャンの用意した敷布に腰を下ろしていた。他の使用人が働く姿を眺めているようだが、リリーのやることに口を出すつもりはないらしい。


「ほら、何してるのよ。みんなもう敷き終わっちゃうわ」


 リリーがグイッと敷布を引っ張る。


「モタモタしてたら、ポーラに叱られるわよ」

「それは困りますね」


(……ポーラにリリーをこき使っていると思われたら面倒だと思ったんだけど、リリーが乗り気なら心配ないか)


 シオは敷布を引いてピンと張った。


「それじゃあ、キビキビ働いてください」

「それは私のセリフよ!」


 二人が持った敷布は、ゆっくりと地面に下ろされた。



「本当に良かったわ」


 敷布に腰を下ろした夫人は、リリーの姿に目を細めた。


 近頃のリリーは、どんな言葉を掛けても反発し通しで、一緒に出かけることなんて考えられなかった。それなのに、今回は外出を拒否するどころか二つ返事で了承し、今は機嫌良さげに敷布を広げている。


「それもこれも、シオさんのおかげだね」


 思っていることが分かったのか、隣で夫であるアルベルトが頷いている。


 夫人は微笑んだ。


「えぇ。本当に……あの子のあんな顔を見るのは久しぶりだわ」


 リリーはシオに指図しながら、敷布の上にトランクを広げているところだった。口を尖らせたり、呆れた顔をしたり、ちょっと得意そうに顎を逸らしたり……最近、めっきり見ることのなかった豊かな表情が溢れていた。


 昔の、無邪気で明るくてお転婆なリリーが戻ってきたようで、自然と夫人の顔も明るくなる。


「これなら、なんとかなりそうね」

「あぁ。きっと大丈夫だ」


 会長は夫人の手に手を重ね、敷布の隅に置かれたバスケットに目を向けた。

「43.ピクニック①」おわり。

「44.ピクニック②」につづく。

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